物流2024年問題を経て、現場における「生産性向上」はもはやスローガンではなく、企業の生存をかけた必須課題となっています。しかし、多くの倉庫現場では未だに「紙の日報」や「Excelによる手集計」が横行し、リアルタイムな状況把握が困難な状況が続いています。
そんな中、NIPPON EXPRESSホールディングス(以下、日本通運)が発表した物流Webアプリ「DCX」の新機能「Operation Insight」は、業界に静かな衝撃を与えています。
なぜなら、この機能が「作業員の打刻操作不要」かつ「Excel集計不要」で、倉庫内の動きを1時間単位で完全可視化するものだからです。本記事では、この新機能が物流現場にもたらす変革と、経営層・現場リーダーが今すぐ認識すべき「データ活用の新基準」について解説します。
打刻レスで実現する「Operation Insight」の全貌
日本通運が展開するデジタルプラットフォーム「DCX(Digital Customer Experience)」に追加された新機能「Operation Insight」。その最大の特徴は、現場の負担を一切増やさずに、管理精度を劇的に向上させる点にあります。
ログ活用がもたらす「3つのゼロ」
これまでの倉庫管理システム(WMS)や生産性管理ツールは、正確なデータを取るために、作業員に対して「作業開始・終了のバーコードスキャン」や「端末への入力」といった追加アクションを強いることが一般的でした。しかし、Operation Insightはアプローチが異なります。
日々の業務で自然に蓄積される「作業ログ」を活用することで、以下の「3つのゼロ」を実現しています。
- 打刻操作ゼロ: 作業員は意識的にデータを入力する必要がない
- 集計作業ゼロ: 管理者がExcelを叩いてグラフを作る必要がない
- タイムラグゼロ: 翌日ではなく、1時間ごとに状況が分かる
従来型管理とDCX新機能の比較
この機能がどれほど画期的か、従来の一般的な倉庫管理手法と比較して整理します。
| 項目 | 従来の倉庫管理(Excel・日報) | DCX「Operation Insight」 |
|---|---|---|
| データ取得 | 手書き日報、専用端末への打刻 | 作業ログから自動抽出 |
| 集計頻度 | 日次(翌朝確認)または月次 | 1時間ごと(リアルタイム) |
| 管理コスト | 集計・加工に多大な工数 | 自動集計のため工数不要 |
| 人員配置 | 経験と勘、翌日以降の改善 | 当日中の即時配置転換が可能 |
| 課題発見 | 遅れが発生してから気づく | 遅れの兆候を即座に検知 |
現場・経営に与える具体的なインパクト
この新機能は、単なるツールの導入にとどまらず、倉庫運営のオペレーションそのものを変革する力を持っています。それぞれのレイヤーにどのようなメリットがあるのかを見ていきましょう。
現場リーダー:感覚的な采配からの脱却
現場リーダーにとって最大の悩みは、「今の作業ペースで今日中に終わるかどうかが、夕方にならないと分からない」という点でした。
Operation Insightにより1時間ごとの進捗(予実管理)が可視化されることで、以下のようなアクションが可能になります。
- 午前中の段階で遅れを検知: ピッキングの進捗が遅れているエリアへ、余裕のあるエリアから人員を即座に回す。
- 残業時間の抑制: 終了見込み時間が正確に予測できるため、無駄な待機時間や突発的な残業を減らすことができる。
現場主導での業務改善については、パナソニックコネクトの事例も参考になります。トップダウンではなく、現場のデータに基づいた改善がいかに重要か、以下の記事でも解説しています。
SCM最適化はなぜ現場から?パナソニックコネクトに学ぶ現場主導DX【残業3割減】
経営層・荷主:グローバルレベルでの品質統一
日本通運はこの機能を国内外の拠点で展開するとしています。これは、経営層や荷主にとって以下の意味を持ちます。
- KPIの統一: 世界中のどこの倉庫でも、同じ基準(作業ログベース)で生産性を比較できる。
- 透明性の確保: 荷主に対して「なぜコストがかかったか」「どの工程がボトルネックか」をデータで証明できる。
LogiShiftの視点:データ活用の「時間軸」が変わる
ここからは、単なるニュース解説を超えて、このトレンドが今後の物流業界に何を示唆しているのか、独自の視点で考察します。
「日報」から「時報」へのパラダイムシフト
これまでの物流管理は「日報文化」でした。「昨日の作業実績はどうだったか」を翌朝の朝礼で振り返り、反省する。これは「過去の検証」であり、終わった作業を修正することはできません。
しかし、DCXのOperation Insightが提示しているのは「時報文化」への移行です。
1時間ごとに実績が出るということは、「今まさに起きている遅延」に対して、その日のうちに手を打てることを意味します。これは「管理(Management)」というよりも「操縦(Steering)」に近い感覚です。物流センター長は、データを翌日見る「監査役」ではなく、リアルタイムで計器を見ながら舵を切る「パイロット」になる必要があります。
WES(倉庫運用管理システム)導入前の「現実解」
近年、WMS(倉庫管理)の上位概念として、WES(倉庫運用管理)や高度な自動化機器の導入が注目されています。しかし、これらは導入コストが高く、全ての中小倉庫に適用できるわけではありません。
今回の日本通運のアプローチの賢い点は、「既存のWMSや業務アプリのログ」という、既にそこにあるデータを活用した点にあります。高額なIoTセンサーやカメラを導入しなくても、データの吸い上げ方を変えるだけでDXは可能であるという、極めて現実的な解を示しています。
求められるマネジメントスキルの変化
ツールが自動で集計してくれるようになれば、管理者の仕事から「Excel集計」は消滅します。その代わりに求められるのは、「表示されたグラフを見て、瞬時に意思決定する能力」です。
データを見て「あ、遅れているな」と思うだけでは意味がありません。「なぜ遅れているのか?」「誰を動かせば解決するのか?」を論理的に判断するスキルが、現場リーダーに強く求められるようになります。
こうしたAI・データ時代の新しい経営・管理視点については、以下の記事で詳しく掘り下げています。
【論考紹介】AI時代の“経営の学び直し”で生産性15%向上を実現する3ステップ【実践ガイド】
まとめ:明日から意識すべきアクション
日本通運の「Operation Insight」は、大手だけの特殊な事例ではありません。「ログデータ活用」と「リアルタイム管理」は、今後の物流業界の標準(スタンダード)になります。
このニュースを受けて、物流関係者が明日から意識すべきことは以下の3点です。
- 「打刻」を見直す: 現場に無駄な入力作業を強いていないか?既存のシステムログから実績を取れないか検討する。
- 管理のサイクルを短くする: 「翌日の振り返り」から「当日の修正」へ。1日単位ではなく、時間単位での進捗管理を試みる。
- Excelからの脱却: 集計作業そのものをなくすためのBIツールやWMS機能の活用を本格的に検討する。
「データはあるが、使えていない」。多くの倉庫が抱えるこの課題に対し、日本通運は一つの明確な答えを出しました。次は、貴社の現場がそのデータを使って「どう動くか」が問われています。


