パンデミック以降、世界の物流トレンドは「ジェットコースター」のような変動を見せてきました。2021年のサプライチェーン寸断による過剰な在庫積み増し(Just-in-Case)、その後の需要減退による在庫圧縮を経て、いま再び米国の物流現場で大きな「戦略転換」が起きています。
最新の市場データが示唆するのは、「リーン(筋肉質)な在庫戦略への回帰」です。
しかし、かつての「Just-in-Time(カンバン方式)」への単純回帰ではありません。地政学的リスクやインフレ、そして輸送コストの高騰という複合的な不確実性の中で、企業は「コスト抑制」と「機動性」という相反する要素の両立を迫られています。
なぜ今、日本の物流関係者がこの米国の動きを注視すべきなのでしょうか。それは、日本国内で深刻化する「2024年問題(ドライバー不足)」と、米国で予測される「2026年の輸送危機」が、構造的に非常に似通ったリスクを孕んでいるからです。
本記事では、米国の主要な物流指標(SONAR、LMI)をもとに最新の在庫トレンドを読み解き、日本企業が取るべき対策について解説します。
米国・世界の最新動向:在庫バッファの減少と輸送リスクの再燃
米国の物流市場では、在庫を持たない「リーンな経営」への揺り戻しが鮮明になっています。これは単なるコスト削減ではなく、高金利環境下でのキャッシュフロー改善を目的とした戦略的な動きです。
データが語る「筋肉質」へのシフト
FreightWaves社のSONAR(Inbound Ocean TEUs:海上輸入コンテナ量)や、LMI(Logistics Managers’ Index:倉庫稼働率)などの主要データは、企業の在庫戦略が変化していることを裏付けています。
パンデミック直後、多くの企業は「品切れ」を恐れて倉庫を満杯にしました。しかし現在は、過剰在庫の整理が一巡し、再び在庫レベルを適正化(あるいは最小化)する動きが加速しています。これにより、倉庫の逼迫感は一時的に緩和傾向にあります。
しかし、在庫という「バッファ(緩衝材)」を減らすことは、同時に「輸送ネットワークへの依存度を高める」ことを意味します。在庫が少なければ、必要な時に即座に商品を運ぶ輸送力が命綱となるからです。
入札拒否率(Tender rejection rates)の上昇
ここで懸念されるのが、輸送市場の逼迫です。
足元のデータでは、米国のトラック輸送における入札拒否率(Tender rejection rates)が、前年比で平均1~3ポイント上昇しています。
- 入札拒否率とは: 荷主からの輸送依頼を、運送会社が「トラックが足りない」「運賃が合わない」などの理由で断る割合。
在庫を絞っている状況でトラックが確保できなければ、即座に「欠品(機会損失)」に直結します。2026年に向けて輸送コストの高騰や輸送力不足が予測される中、在庫削減と輸送難が同時に襲いかかる「複合危機」のリスクが高まっています。
米国における在庫戦略の変遷
| 時期 | 戦略キーワード | 背景・要因 | 物流への影響 |
|---|---|---|---|
| 2021-2022 | Just-in-Case (万が一への備え) | パンデミックによる供給網寸断 港湾ストライキへの懸念 | 倉庫満杯、保管コスト増大 リードタイムの長期化 |
| 2023 | Inventory Correction (在庫是正) | 消費需要の減退 過剰在庫の処分セール | 在庫削減圧力が最大化 輸送需要の一時的低迷 |
| 2024-現在 | New Lean (新・筋肉質経営) | 高金利による資本コスト増 不確実な経済見通し | 在庫バッファ減少 輸送の確実性が最重要化 拒否率上昇リスクへの露出 |
このトレンドは、在庫管理におけるAI活用や可視化の重要性を再認識させています。
参考記事: 【海外事例】NautaのAI在庫最適化に学ぶ!米国の最新動向と日本への示唆
先進事例:データドリブンな「新・リーン戦略」の実態
かつてのリーン戦略は「乾いた雑巾を絞る」ような物理的な削減が主でしたが、現在の米国企業が進めるのは「インテリジェンス(情報)で在庫を代替する」アプローチです。
小売・製造業における「在庫の流動化」
大手小売チェーンや消費財メーカーでは、以下の3つのアプローチで在庫リスクを回避しつつ、コスト削減を図っています。
-
Safety Stock(安全在庫)の動的調整
- 固定的な安全在庫を持たず、AI需要予測に基づき週次・日次で在庫基準を変動させる。
- これにより、無駄な保管費を削減しつつ、需要のスパイク(急増)に対応する。
-
クロスドッキングの活用強化
- 輸入コンテナを倉庫で保管せず、到着後すぐに仕分けして店舗や配送センターへ直送する(Touchless Logistics)。
- Home Depotなどが推進する「サプライチェーンの高速化」がこれに該当します。
-
輸送枠の戦略的確保
- 在庫を減らす分、確実な輸送手段を確保するために、特定の運送会社(キャリア)とのパートナーシップを強化。
- スポット市場(単発依頼)への依存を減らし、契約運賃での安定輸送を優先する動き。
2026年を見据えたリスク管理
米国のアナリストは、2026年にかけて輸送市場が「売り手市場(運送会社優位)」になると予測しています。在庫を持たない企業にとって、輸送が止まることは死活問題です。
そのため、ウォルマートのような巨人は、自社で配送網を構築し、外部の輸送混乱に左右されない体制を整えています。
参考記事: 【海外事例】ウォルマート2025年の配送革命に学ぶ!米国の最新動向と日本への示唆
日本企業への示唆:2024年問題と「在庫削減」のジレンマ
ここからは、米国のトレンドを日本の文脈に落とし込んで解説します。
日本企業にとって、米国の「リーン回帰」は対岸の火事ではありません。むしろ、より深刻な状況に陥る可能性があります。
日本特有の「在庫と輸送」の綱引き
日本には「多頻度小口配送」という商習慣があり、元々在庫を極限まで薄く持つ傾向がありました。しかし、ここに「物流の2024年問題(トラックドライバーの時間外労働規制)」が直撃しています。
- 米国のリスク: 在庫を減らすと、トラックの手配がつかない時に欠品する。
- 日本のリスク: 在庫を減らしたいが、そもそも「明日運んでくれるトラック」がいなくなる。
つまり、米国以上に「在庫削減」と「輸送力確保」のバランスがシビアなのです。
日本企業が今すぐ取り組むべき3つのアクション
海外の先進事例を踏まえ、日本企業が取るべき対策は以下の通りです。
1. 「Shipper of Choice(選ばれる荷主)」への変革
米国で入札拒否率が上がっているように、日本でも運送会社が荷主を選ぶ時代に入っています。在庫を絞るなら、急な輸送依頼にも応えてもらえる関係構築が不可欠です。
- 具体的施策: 待機時間の削減、附帯作業(荷役など)の有料化・適正化、運賃交渉の柔軟化。
-
FedExが進めるような、空陸統合によるネットワークの最適化視点も参考になります。
2. 在庫配置の分散化と適正化
「リーン」とは「ゼロ」にすることではありません。「必要な場所に必要な量がある」状態です。
一箇所の巨大倉庫(DC)に集約するのではなく、消費地に近い小規模倉庫(または店舗)へ在庫を分散させ、ラストワンマイルの距離を縮める戦略が有効です。
3. 可視化による「見なし在庫」の活用
輸送中の商品(In-transit inventory)をリアルタイムで把握し、それを「在庫」としてカウントできるレベルまでデータ精度を高めること。
これにより、物理的な倉庫在庫を減らしても、販売機会を逃さない体制が作れます。これこそが真のDXです。
まとめ:不確実な未来に備える「柔軟な筋肉質」へ
米国のデータは、企業が再び「コスト意識」と「効率性」に回帰していることを示しています。しかし、その背景には「輸送リスクの高まり」という時限爆弾が埋まっています。
2026年に向けて、世界的な物流コストの上昇や容量不足が懸念される中、日本企業に求められるのは「ただ在庫を減らす」ことではありません。
「万が一のバッファ」を在庫(モノ)で持つのではなく、データ(情報)と強力なパートナーシップ(輸送網)で代替する。
これこそが、次世代のサプライチェーン管理の要諦です。海外のトレンドをいち早く掴み、自社の物流戦略を「耐震構造」から「免震構造」へと進化させていきましょう。


