物流業界における「在庫戦略」の振り子が、再び大きく動き始めました。
過去5年間、パンデミックによる供給網の混乱を経験した企業は、「Just-in-Time(必要なものを必要な時に)」から「Just-in-Case(万が一のために)」へと舵を切りました。しかし、最新の米国市場データは、企業が再び「リーン(筋肉質)」な体制、つまり在庫削減へと回帰しつつあることを示しています。
なぜ今、リスクを承知で在庫を減らすのか。そして、在庫という「緩衝材(バッファ)」を失ったサプライチェーンにおいて、輸送品質がどれほど致命的な意味を持つのか。
本記事では、米国の最新データをもとに、2026年に向けて日本企業が警戒すべき市場変動と、取るべき対策について解説します。
米国物流で起きている「在庫戦略」の再転換
米国では今、物流マネージャーたちが難しい決断を迫られています。これまでの「持てるだけ持つ」という安全策から、コスト削減を最優先する「持たない経営」への転換です。
データが示す「在庫削減期」への突入
物流市場の動向を示す信頼性の高い指標、FreightWaves SONARやLogistics Managers’ Index(LMI)の最新データによると、2023年後半から2025年後半にかけて続いた「在庫積み増し期」は終わりを告げ、現在は明確な「在庫削減期」に入ったと分析されています。
この背景には、以下の複合的な要因があります。
- スタグフレーション懸念: 景気停滞とインフレが同時進行する中で、企業はキャッシュフローを重視し、保管コストのかかる過剰在庫を嫌気しています。
- 倉庫稼働率の低下: LMIの倉庫稼働率(Warehouse Utilization)データは、企業の倉庫から荷物が減り始めていることを示唆しており、保管スペースに空きが出始めています。
輸送コストへの影響:運送拒否率の上昇
在庫を減らすということは、需要が発生した瞬間に、確実に商品を届ける「輸送力」が必要になることを意味します。しかし、ここで新たな問題が浮上しています。
Tender Rejection Rates(運送拒否率)の上昇です。
これは、荷主が提示した輸送依頼(Tender)を、運送会社がどれだけ断ったかを示す指標です。前年比で平均1〜3ポイントの上昇が見られており、これは以下のことを意味します。
- 輸送需給の逼迫: 運送会社が「より条件の良い荷物」を選べる立場になりつつある。
- スポット運賃の高騰: 契約運賃で断られた荷物は、より高額なスポット市場(単発依頼)でトラックを探さなければならず、コストを押し上げる。
在庫というバッファを捨ててコスト削減を図った結果、皮肉にも輸送コストの高騰と、出荷遅延による機会損失リスクに直面しているのが現在の米国企業の姿です。
関連記事:再び「持たない物流」へ。米国データが示す在庫戦略の転換と2026年リスク
米国・日本・中国の現状比較
在庫戦略のトレンドは、国ごとの経済状況や商習慣によって異なります。現在の各国の状況を整理しました。
| 比較項目 | 米国 (USA) | 日本 (Japan) | 中国 (China) |
|---|---|---|---|
| 現在の在庫トレンド | 削減(Lean)へ回帰 金利高・コスト抑制を優先し、バッファを圧縮中。 | 微増〜横ばい 2024年問題への懸念から、安全在庫を厚めに持つ傾向が継続。 | 過剰在庫の消化 内需停滞により、海外(越境EC)への押し出しを強化。 |
| 輸送市場の状況 | 売り手市場へ転換 運送拒否率が上昇し、スポット運賃が高騰傾向。 | 慢性的な供給不足 ドライバー不足により、運びたくても運べないリスクが常態化。 | 価格競争の激化 物流インフラの供給過剰により、低価格競争が続く。 |
| 主なリスク要因 | 2026年の市場変動 在庫なし状態で需要急増時の輸送確保が困難に。 | 物流コストの高止まり 在庫維持費と輸送費のダブルパンチ。 | 地政学的リスク 関税障壁などによる輸出ルートの遮断。 |
日本企業が直面する「タイムラグ」の罠
日本企業は米国トレンドから半年〜1年遅れて動く傾向があります。しかし、今回は状況が異なります。日本には「物流の2024年問題(ドライバーの労働時間規制)」という独自の制約があるためです。
米国のように「在庫を減らして、必要な時だけ運ぶ」という戦略を安易に採用すると、日本では「運び手がいない」という致命的な事態に陥ります。日本における在庫削減は、米国以上に「確実な輸送枠の確保」とセットでなければ成立しないのです。
【先進事例】在庫レスを支えるテクノロジーと戦略
在庫を減らしつつ、欠品リスクを回避するために、海外の先進企業はどのような手を打っているのでしょうか。
高精度な需要予測による「能動的」在庫管理
在庫を減らすための絶対条件は、「いつ、何が、どれだけ売れるか」を正確に知ることです。
従来の勘や経験、あるいは前年実績ベースの予測では、市場の急変動に対応できません。
そこで注目されているのが、AIを活用した在庫インテリジェンスです。例えば、当ブログでも紹介したNautaのようなAIプラットフォームは、輸入業者のオペレーションに深く入り込み、リードタイムの変動リスクまで加味した在庫最適化を実現しています。
受動的に在庫を持つのではなく、AI予測に基づいて「必要な分だけを、最適なルートで」手配する。この「能動的な在庫経営」へのシフトが、リーンな体制を成功させる鍵となります。
詳しくは以下の記事も参考にしてください。
【海外事例】NautaのAI在庫最適化に学ぶ!米国の最新動向と日本への示唆
物流拠点の分散と高速サプライチェーン
在庫総量を減らす代わりに、顧客に近い場所に在庫を配置し、配送スピードを上げる戦略も有効です。
米国家具小売大手のHome Depotは、物流拠点の再編とデジタル化により、重量物であっても翌日配送を可能にする高速サプライチェーンを構築しました。在庫を中央に積み上げるのではなく、フロー(流れ)を高速化することで、少ない在庫回転期間でも機会損失を防いでいます。
【海外事例】Home Depotのサプライチェーン高速化に学ぶ!米国の最新動向と日本への示唆
日本企業への示唆:2026年に向けて今やるべきこと
米国のデータが示す「在庫削減と輸送コスト上昇」のジレンマは、遠くない未来の日本の姿です。日本企業が今のうちに準備すべきアクションプランを提案します。
1. 「Shipper of Choice(選ばれる荷主)」への変革
運送拒否率(Tender Rejection Rates)の上昇は、運送会社が荷主を選別している証拠です。
日本でも、待機時間が長い、荷役作業が重い、運賃が安いといった荷主は、いざという時にトラックを確保できなくなります。
- 待機時間の削減: バース予約システムの導入。
- 契約の見直し: 燃料サーチャージや付帯作業費の適正化。
- 情報の透明化: 出荷情報の早期共有。
在庫を減らすなら、輸送は「コスト」ではなく「生命線」です。運送会社とのパートナーシップ強化が、在庫レス経営の必須条件となります。
2. 在庫の「質」を見極める(ABC分析の再徹底)
一律に在庫を減らすのは危険です。
地政学リスクの影響を受けやすい輸入品や、代替が効かない重要部品は「Just-in-Case」で厚めに持ち、国内調達可能な汎用品は「Lean」にする。このような品目ごとのメリハリ(ハイブリッド戦略)が求められます。
3. デジタルツインによるシミュレーション
「もし在庫を20%減らしたら、欠品率はどう変わるか?」「輸送リードタイムが3日延びたらどうなるか?」
こうしたシナリオを、デジタル上でシミュレーションする環境を整えるべきです。
先日開催されたSEMICON Japanのロジスティクスパビリオンでも、半導体業界を中心に、フィジカルな物流とデジタルデータを融合させる動きが加速していました。物理的な在庫を減らす分、情報(データ)の量を増やしてカバーするという考え方です。
SEMICON/半導体展示会19日まで、ロジスティクスパビリオンに注目について|物流現場への衝撃と対策
まとめ:変化を恐れず、しかし慎重に
米国のデータは、企業が再び「コスト効率」を重視し始めたことを告げています。しかし、それはかつての「在庫ゼロ」への回帰ではなく、リスクコントロールを伴った「戦略的縮小」であるべきです。
2026年には、予測不能な市場変動や新たな地政学リスクが待ち受けている可能性があります。
- 在庫のバッファを減らすなら、輸送の確実性を上げる。
- 輸送コストが上がるなら、在庫の回転率を上げて吸収する。
このトレードオフを高度にバランスさせるには、AIによる予測やDXの力が不可欠です。海外のトレンドを単なるニュースとして消費せず、自社のサプライチェーンを点検する契機としてください。


