2024年、日本の物流業界に新たな道標となるニュースが飛び込みました。株式会社五十嵐冷蔵によるベトナム・ロンハウ工業団地への現地法人「IGARASHI VIETNAM」の設立、そして大型冷蔵倉庫の新設発表です。
2027年6月の竣工を目指すこのプロジェクトは、単なる海外拠点の増設ではありません。収容能力約2万2000パレット、4温度帯対応、さらに自動ラックや自然冷媒などの先進技術をフル投入するこの施設は、「日本の高品質なコールドチェーンを、ハード・ソフト両面で輸出する」という明確な意志の表れです。
なぜ今、日本企業は海外、特にアジアのコールドチェーンにこれほど注力するのでしょうか? 本稿では、五十嵐冷蔵の事例を起点に、世界で過熱する「低温物流×テクノロジー」の最新トレンドを解説し、日本の物流企業が次の一手を打つためのヒントを探ります。
【Why Japan?】なぜ今、アジアのコールドチェーンなのか
日本国内の物流市場は成熟し、人口減少に伴う消費量の頭打ちが見えています。一方で、世界に目を向けると、コールドチェーン(低温物流網)の需要は爆発的な成長を続けています。
所得向上と「食の安全」への渇望
ASEAN諸国では、中間所得層の拡大に伴い、スーパーマーケットやコンビニエンスストアが急速に普及しています。それに伴い、冷凍食品や生鮮食品の流通量が増加していますが、現地のインフラが追いついていないのが実情です。
- 断絶するコールドチェーン: 輸送途中で温度管理が途切れる「常温放置」が依然として発生。
- 食品廃棄ロス: 不適切な保管による廃棄率の高さが社会問題化。
ここで求められているのが、日本企業が培ってきた「絶対に温度を逸脱させない」緻密な管理ノウハウです。五十嵐冷蔵のプロジェクトは、まさにこのギャップ(需要と供給の質的乖離)を埋める戦略的布石と言えます。
「安かろう」から「高品質・高効率」へのシフト
かつての新興国進出は「安価な人件費」が魅力でした。しかし、ベトナムやタイでも賃金は上昇傾向にあります。五十嵐冷蔵が新倉庫に「冷凍自動ラック(約1万1000パレット分)」や「移動ラック」を導入するのは、現地の人手不足対策であると同時に、「人が介在しないことによる品質担保」と「高密度保管による収益性向上」を狙ったものです。
これは、労働力依存型の古いモデルから、資本集約・技術集約型の新しい海外展開モデルへの転換を意味しています。
世界の物流不動産・コールドチェーン最新動向
五十嵐冷蔵の動きをより深く理解するために、世界の主要市場で何が起きているかを見てみましょう。米国、中国、そして欧州では、コールドチェーンの定義そのものが変わりつつあります。
米国:Lineage Logisticsに見る「規模×データ」の覇権
世界最大の冷蔵倉庫REIT(不動産投資信託)である米国のLineage Logistics(リネージュ・ロジスティクス)は、M&Aで拠点を拡大するだけでなく、テクノロジー企業としての側面を強めています。
- エネルギー管理のDX: 倉庫内の温度センサーと電力消費データをAIで解析し、電力料金が安い時間帯に冷却を強め、高い時間帯は慣性で冷やす「フライホイール効果」を最大化。
- 自動化の徹底: 巨大な自動倉庫(AS/RS)を標準化し、人間が極寒環境で作業する時間を最小化。
彼らの戦略は、倉庫を単なる「保管場所」ではなく、「エネルギーとデータを最適化するサーバー」のように扱っている点にあります。
中国:ニューリテールが牽引する「超・即配」コールドチェーン
中国では、JD.com(京東集団)やAlibaba(アリババ)傘下の物流企業が、ECと直結したコールドチェーンを構築しています。
- 30分配送の裏側: 都市部周辺に「前置倉(マイクロ・フルフィルメント・センター)」を配置し、生鮮食品を注文から30分以内に届ける。
- 全工程の可視化: 生産地から食卓まで、温度ログをブロックチェーンで記録し、消費者がスマホで確認できるトレーサビリティを実装。
ここでは「スピード」と「信頼の可視化」が競争の軸になっています。
東南アジア主要国のコールドチェーン比較
五十嵐冷蔵が進出するベトナムを含め、東南アジア各国の状況を整理します。
| 国・地域 | 市場ステージ | 主な課題 | 最新トレンド | 日本企業への示唆 |
|---|---|---|---|---|
| ベトナム | 急成長期 | インフラ不足、交通渋滞、電力供給の不安定さ | ロンハウなど南部を中心とした大型倉庫建設ラッシュ。外資規制の緩和。 | 高品質な保管と「安定稼働」が差別化要因。省エネ技術は電力コスト対策に直結。 |
| タイ | 成熟・高度化期 | 人件費高騰、既存施設の老朽化 | 自動化投資が加速。周辺国(CLMV)へのハブ機能強化。 | 既存設備のスクラップ&ビルド需要。高度なWMS(倉庫管理システム)の導入。 |
| インドネシア | 黎明・拡大期 | 島嶼国特有の物流非効率、ラストワンマイルの難易度 | コールドチェーン特化型スタートアップの台頭。港湾周辺のインフラ整備。 | 小口配送ネットワークとの連携。現地パートナーとのJV(ジョイントベンチャー)が必須。 |
先進事例:五十嵐冷蔵のベトナム新倉庫が示す「勝ち筋」
ここで改めて、五十嵐冷蔵の「IGARASHI VIETNAM」プロジェクトの詳細を分析し、その戦略的意図を深掘りします。
1. 規模の経済と自動化の融合
延床面積約1万8600㎡、収容能力約2万2000パレットという規模は、ベトナム国内の単独冷蔵倉庫としてはトップクラスです。しかし、特筆すべきはその中身です。
- 冷凍自動ラック(約1万1000パレット): 全体の半数を自動化。
- 移動ラック: 通路スペースを削減し、保管効率を最大化。
ベトナムでは依然として、フォークリフトと人海戦術による荷役が主流です。しかし、五十嵐冷蔵はあえて自動化に振り切りました。これには「ヒューマンエラーによる温度逸脱の防止」と「将来的な人件費高騰への先手」という二重の狙いがあります。
自動化設備の導入については、国内でも急速に進んでいます。2024年の実績では、倉庫向けの無人搬送車(AGV)のシェアが急増しており、この流れが海外拠点にも波及していることがわかります。
See also: 無人搬送車2024年実績|倉庫向けシェア倍増が示す「物流自動化」の現在地
2. 環境技術を競争力にする「グリーン・コールドチェーン」
新倉庫では、以下の環境対策が導入されます。
- 自然冷媒(アンモニア/CO2)の採用: オゾン層破壊係数ゼロ、地球温暖化係数の低い冷媒。
- 太陽光発電設備(1,067kWp): 屋根全面を活用した発電。
- 陽圧空調システム: 外気の侵入を防ぎ、冷却効率を高める。
ベトナムをはじめとするASEAN諸国では、電気料金の上昇が物流コストを圧迫しています。また、現地に進出しているグローバル企業(ユニリーバ、ネスレなど)は、サプライチェーン全体での脱炭素を求めています。
つまり、「環境対応=コスト削減+顧客獲得のための営業ツール」になっているのです。日本の「省エネ技術」は、現地企業に対する圧倒的な優位性となります。
3. 4温度帯対応によるプラットフォーム化
「冷凍(-25℃)」「冷蔵(+5℃)」「定温(+15〜20℃)」「ドライ(常温)」の4温度帯に対応することで、食品だけでなく、温度管理が厳しい医薬品や精密化学品まで取り扱いが可能になります。
単一の荷主のためではなく、多様な日系企業や現地企業の受け皿となる「マルチテナント型に近い機能」を持たせることで、稼働率のリスクを分散させています。
日本企業への示唆:海外展開における「3つの壁」とその突破口
五十嵐冷蔵の事例や海外トレンドを踏まえ、日本の物流企業や荷主企業が海外で成功するためのポイントを整理します。
壁1:インフラ品質の壁(電力・道路)
新興国では、停電や電圧変動が日常茶飯事です。高度な自動倉庫を作っても、電力が止まればただの箱になります。
【突破口】エネルギーの自給自足とバックアップ
五十嵐冷蔵のように太陽光発電を組み込むことは、SDGsの観点だけでなく、BCP(事業継続計画)の観点からも必須です。また、非常用発電機や、瞬低(瞬時電圧低下)対策の導入も検討すべきでしょう。日本の安定した電力事情を前提にした設計は命取りになります。
壁2:メンテナンスと運用スキルの壁
最新の自動ラックや自然冷媒冷凍機を導入しても、現地にそれをメンテナンスできるエンジニアがいなければ、故障時に長期間稼働が停止します。
【突破口】リモート監視と現地人材の早期育成
– IoT活用: 日本本社から設備の稼働状況をリアルタイムで監視し、予兆保全を行う体制。
– 教育: 竣工前から現地スタッフを日本に招聘、あるいは日本の熟練技術者を長期派遣し、オペレーションだけでなく「なぜその手順が必要か」というマインドセットを教育する。
壁3:商習慣と法規制の壁
ベトナムの通関手続きや消防法、建築基準法は頻繁に変更され、運用も担当官によって異なる場合があります。
【突破口】ローカルパートナーとの戦略的提携
ロンハウ工業団地のような、日系企業の誘致に積極的で、法的手続きのサポートが手厚いパートナーを選ぶことが重要です。五十嵐冷蔵がタイでの実績を基盤にしているように、一足飛びに未開の地へ行くのではなく、信頼できるネットワークを活用する「点から面へ」の展開が成功率を高めます。
まとめ:物流インフラ輸出の「第2フェーズ」へ
五十嵐冷蔵のベトナム新倉庫プロジェクトは、日本の物流業界が海外展開における「第2フェーズ」に入ったことを象徴しています。
- 第1フェーズ: 現地の日系メーカー向けに、日本式のきめ細かいサービスを提供する(労働集約型)。
- 第2フェーズ: 現地の社会課題(電力不足、人手不足、食品ロス)を、日本のテクノロジー(自動化、省エネ)で解決するインフラを提供する(資本・技術集約型)。
これからの海外物流は、単に「モノを運ぶ・預かる」だけでなく、「エネルギー効率」や「データの信頼性」という付加価値をセットで販売する時代です。
2027年の竣工時、IGARASHI VIETNAMがどのような稼働状況を見せるのか。それは、日本の物流DXと環境技術が、グローバルマーケットで通用するかどうかの重要な試金石となるでしょう。経営層や新規事業担当者は、この「ハイスペック・低温物流」の流れを、自社の海外戦略にどう取り込むか、今一度見直す時期に来ています。


