2025年の国際コンテナ輸送市場は、かつてない不安定な局面に突入しています。
海外の物流メディアやアナリストの間で、今年の市場を表すキーワードとして浮上しているのが「Spikes, slumps, and standoffs(急騰、停滞、そして対立)」です。
これは単なる運賃の下落や市場の崩壊を意味するものではありません。より深刻なのは、船社(キャリア)が市場価格をコントロールする力を喪失しつつあるという事実です。「政策的なショック」や「慢性的な供給過剰」が複雑に絡み合い、短期的な乱高下を繰り返すこの現象は、安定供給を是とする日本の荷主企業にとって極めて厄介なリスクとなります。
なぜ船社は価格決定権を失ったのか。そして、この予測不能な市場で日本企業が生き残るための「物流DX」と「調達戦略」とは何か。海外の最新トレンドと具体的な事例をもとに解説します。
海外物流市場の最新動向:船社の「コントロール不全」
2025年のコンテナ市場を一言で表すなら、「Failed Control(制御不能)」です。
これまでの海運業界では、船社アライアンスが船腹量(供給)を調整することで、ある程度運賃相場を維持・管理してきました。しかし、2025年はそのメカニズムが機能不全に陥っています。
「Spikes(急騰)」と「Slumps(停滞)」の繰り返し
市場は今、二つの相反する力が激突しています。
- 供給過剰(Overcapacity): 2023年から続く新造船のラッシュにより、物理的なスペースは余っています。これは本来、運賃を下押しする圧力(Slumps)となります。
- 政策的ショックと迂回ルート: 紅海情勢の悪化による喜望峰ルートへの変更や、各国の関税政策変更に伴う駆け込み需要が、突発的なスペース不足と運賃急騰(Spikes)を引き起こしています。
この結果、運賃はなだらかに変動するのではなく、「短期間で急騰し、需要が剥落すると即座に急落する」というノコギリ状の不安定な動きを見せています。
崩れ去った「規律の演出(Discipline Theatre)」
2025年第1四半期、船社はブランク・セーリング(欠便)などを駆使して、運賃の「管理された下落」を試みました。海外のアナリストはこれを皮肉を込めて「Discipline Theatre(規律ある振る舞いの演出)」と呼びました。
表向きは供給を絞って価格を維持しているように見せかけましたが、実態はショックに対する受動的な反応に過ぎませんでした。ひとたび外部ショック(例:港湾ストライキの解決や季節需要の減退)が収まると、供給過剰の重みに耐えきれず、運賃規律は即座に崩壊しました。船社が意図的に価格を操作できた時代は、終わりを告げようとしています。
以下の記事でも触れた通り、世界的な在庫戦略の転換もこの混乱に拍車をかけています。
在庫削減が招く「輸送危機」。米国最新データが教える2026年への備え
先進事例:MSCの攻勢と市場の分断
この「コントロール不全」の状況を象徴する動きとして、世界最大の船社MSC(Mediterranean Shipping Company)の戦略と、欧米市場での具体的な混乱事例を見ていきます。
欧米・大西洋航路における市場の歪み
以下の表は、主要エリアで起きている現象を整理したものです。
| エリア・航路 | 現象(Trends) | 具体的な動向と数値感 |
|---|---|---|
| 大西洋航路(欧州→北米) | MSCによるシェア奪取 | MSCが他社アライアンスを圧倒する低価格とキャパシティを投入。伝統的な価格維持メカニズムを無視し、短期的なシェア拡大を優先する「単独行動」が市場価格を押し下げている。 |
| 太平洋航路(アジア→北米) | Standoffs(荷主との対立) | GRI(一般運賃修復)による値上げを強行する船社に対し、荷主が抵抗。スポット運賃と契約運賃の乖離が激しく、契約交渉が「膠着状態(Standoff)」に陥るケースが多発。 |
| 欧州航路(アジア→欧州) | Spikes(一時的急騰) | 紅海情勢による迂回コストを名目に運賃を引き上げるも、実際の需要が追いつかず、ピークシーズン直後に価格が急落する乱高下が常態化。 |
MSCの「単独覇権」がもたらす意味
特に注目すべきはMSCの動きです。2Mアライアンス(Maerskとの提携)解消後、MSCは大西洋航路などで極めて攻撃的な戦略をとっています。
彼らは市場全体の安定よりも「自社の稼働率維持」を最優先し、他社が追随できないレベルの供給量を維持しています。これにより、他の船社が減便を行っても市場全体の供給が絞られず、運賃が回復しないという構造が生まれています。
これは、これまでの「アライアンスによる協調した市場管理」が機能しなくなったことを意味します。船社間の競争(激しい殴り合い)が再燃しており、荷主にとっては「どの船社を選ぶかでコストとリスクが劇的に変わる」状況となっています。
日本企業への示唆:不安定市場での生存戦略
欧米で起きている「Spikes, slumps, and standoffs」は、対岸の火事ではありません。日本企業が得意とする「長期固定契約による安定化」が、2025年には最大のリスクになる可能性があります。
日本型「長期固定契約」の落とし穴
日本の物流商習慣では、年間の固定レート(SC)を結び、安定を優先するのが一般的です。しかし、2025年の市場環境では以下の2つのリスクが生じます。
- Spike(急騰)時のリスク: スポット運賃が急騰した際、船社は安価な固定契約の荷物を後回し(ロールオーバー)にし、高値のスポット貨物を優先する傾向が強まります。「契約しているのに積めない」という事態が起こり得ます。
- Slump(急落)時のリスク: 逆に市場価格が暴落した場合、固定契約の運賃が市場価格より割高になります。競合他社がスポットで安く輸送している中、自社だけが高いコストを負担することになります。
日本企業が今すぐ取り組むべきアクション
ハイブリッドな調達ポートフォリオの構築
「全量を固定契約」または「全量をスポット」にするのではなく、比率を柔軟に変える戦略が必要です。
例えば、ベースカーゴの60〜70%は固定契約で確保しつつ、残りの30%はデジタルフォワーディング等のプラットフォームを活用してスポット市場で調達します。これにより、市場急落時のメリットを享受しつつ、急騰時のリスクヘッジも可能になります。
「見えないコスト」の可視化と自動化
運賃の乱高下に加え、関税リスクや港湾混雑といった外部要因も複雑化しています。
物流部門のリソースが「運賃交渉」や「スペース確保」に奪われすぎないよう、通関や荷卸し業務の自動化を進める必要があります。
現場の効率化については、以下の記事で紹介している最新の自動化事例が参考になります。
荷卸し時間97%短縮の衝撃。2025年海外物流「関税と自動化」の二極化
デジタルツールによる市況モニタリング
船社からの通知を待つのではなく、XenetaやDrewryといった国際的な運賃指標データを自社でモニタリングし、「今、船社が強気に出られる局面か、弱気な局面か」を客観的に判断できる体制を整えることが重要です。DX担当者は、こうした外部データAPIを自社のSCMシステムに連携させる仕組みづくりを急ぐべきでしょう。
まとめ:管理不能な波を乗りこなすために
2025年のコンテナ運賃市場は、船社によるコントロールが効かない「野生の相場」へと回帰しています。
「Spikes(急騰)」、「Slumps(停滞)」、「Standoffs(対立)」が繰り返される中、日本企業に求められるのは、「安定を信じること」ではなく「不安定を前提に動くこと」です。
船社の規律が崩れている今こそ、荷主側はデジタル技術を駆使して市場の歪みを検知し、機動的に調達ルートや契約形態を切り替える「アジリティ(敏捷性)」を持つべきです。それが、2025年の荒波を乗り越え、グローバル市場での競争力を維持する唯一の道となるでしょう。


