現在、日本の物流企業の多くが「サプライチェーンの可視化(Visibility)」に取り組んでいます。しかし、ダッシュボード上に船やトラックの位置が表示されたとして、現場の負担は本当に減っているでしょうか?
実は、世界のトレンドはすでに「可視化」の先へと進んでいます。単にデータの羅列(受動的な追跡)をするのではなく、「今、何をすべきか」をAIが指示する「能動的なインテリジェンス(Actionable Intelligence)」への転換です。
本記事では、シンガポールを拠点にグローバルで注目を集めるPortcast(ポートキャスト)の事例を中心に、可視化ツールの次なる進化形である「タッチレス・サプライチェーン」について解説します。2024年問題や人手不足に喘ぐ日本企業にとって、これは単なる海外事例ではなく、業務改革の決定的なヒントとなるはずです。
海外トレンド:「可視化疲れ」から「実利ある自動化」へ
データを見るだけで終わらせない「Actionable Intelligence」
これまで欧米や中国の物流テック市場では、「Where is my cargo?(荷物はどこ?)」という問いに答えるリアルタイムトラッキングが主戦場でした。しかし、PortcastのCEOであるNidhi Gupta氏が指摘するように、多くの企業はデータを集めたものの、「遅延が発生したことはわかったが、どう対応すればいいかわからない」という新たな課題に直面しています。
これを解決するのが「Actionable Intelligence(行動を促すインテリジェンス)」です。これは以下の3つのステップで進化します。
- 記述的(Descriptive): 何が起きたか(従来の可視化)
- 予測的(Predictive): 何が起きるか(AIによるETA予測など)
- 処方的(Prescriptive): どうすべきか(代替ルートやキャリア変更の提案)
特に欧米の荷主企業は、インフレや運賃変動のリスクに晒されており、単なる位置情報以上に「財務リスクの回避」を強く求めています。
船社の価格支配「崩壊」へ。2025年運賃乱高下と日本企業の生存策の記事でも触れた通り、これからの市場環境では、運賃やスケジュールの乱高下に即応できる「判断力」こそが競争力の源泉となります。
【比較】従来型可視化ツール vs 次世代型インテリジェンス
世界の物流テックがどのように進化しているか、日本企業が導入している一般的なツールと比較してみましょう。
| 比較項目 | 従来型可視化ツール(Visibility 1.0) | 次世代型インテリジェンス(Portcastなど) |
|---|---|---|
| 主な機能 | 位置情報の表示、ステータス更新 | リスク予測、回避策の提示(処方的) |
| 担当者の動き | 画面を見て電話・メールで調整する | AIの提案を承認するだけ |
| データの扱い | 過去・現在の事実を羅列 | 未来予測と財務インパクトの算出 |
| 解決する課題 | 「荷物がどこにあるかわからない」 | 「遅延による逸失利益や過払いを防ぐ」 |
| 目指す姿 | デジタル化(Digitalization) | タッチレス(Touchless / 自動化) |
先進事例:Portcastが実現する「タッチレス・サプライチェーン」
Portcastは、単なる追跡ツールではありません。CEOのNidhi Gupta氏が提唱するのは、AIが文書処理やリスク検知を行い、人間が介在する手作業(タッチ)を極限まで減らす「タッチレスなサプライチェーン」です。
「週2回の紛争解決会議」が「5分」に短縮された衝撃
Portcastの導入効果として最も象徴的なのが、ある顧客企業における「請求関連の紛争解決(Dispute Resolution)」の劇的な効率化です。
物流現場では、予定通りに貨物が届かなかった場合、Demurrage & Detention(D&D:滞船料・コンテナ延滞料)などの追加費用が発生し、荷主と物流事業者の間で「どちらの責任か」「請求額は正しいか」を巡る不毛なやり取りが発生します。
具体的な改善プロセス
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Before(導入前):
到着予定日(ETA)の精度が低く、請求書と実際の搬入日にズレが多発。担当者は週に2回、長時間にわたる会議を開き、エクセルとメールを突き合わせて事実確認を行っていた。 -
After(導入後):
PortcastのAIが、天候・港湾混雑・船舶動静など外部データを統合し、精度の高いETAを算出。さらに「遅延理由」と「責任の所在(外部要因かオペレーションミスか)」を自動で記録。 -
Result(成果):
データが客観的かつ正確になったことで、議論の余地が消滅。週2回の会議はわずか5〜10分の確認作業へと短縮されました。
これは単なる業務効率化ではありません。支払う必要のない追加コスト(過払い)を未然に防ぐ、財務的なリスクマネジメントの成功事例です。
3つのリスクを同時攻略するアルゴリズム
Portcastのアプローチは、物流リスクを以下の3層で捉え、それぞれに「処方箋(アクション)」を出します。
- オペレーショナル・リスク:
- 抜港(Blank Sailings)やロールオーバー(積み残し)のリスク。AIが事前に危険を察知し、「この船会社は避けるべき」「別ルートへの変更」を推奨します。
- 外部要因リスク:
- 台風、ストライキ、地政学的リスク。これらをリアルタイムで取り込み、影響範囲を特定します。
- 国内でも【Spectee】津波・台風リスクを即座に可視化!BCP初動を変える新機能のように、災害リスク可視化の重要性は高まっていますが、Portcastはこれを「物流スケジュールへの具体的影響」に変換することに特化しています。
- 財務リスク:
- 前述のD&Dコストや、在庫切れによる販売機会損失、キャッシュフローの悪化。これらを予測し、経営層が判断できる数字として提示します。
日本企業への示唆:DXの目的を「監視」から「解決」へ
「人間による調整(スリ合わせ)」の限界
日本の物流現場は優秀であり、これまで現場担当者の「経験と勘」、そして「阿吽の呼吸(スリ合わせ)」で多くのトラブルを解決してきました。しかし、Portcastの事例が示唆するのは、もはや人間の調整能力だけで対応できる情報量を超えているという現実です。
Nidhi Gupta氏が語る「タッチレス」とは、人間を排除することではありません。「AIができる計算や監視はAIに任せ、人間は最終的な意思決定(ルート変更の承認など)や、AIでも解決できない例外対応に集中する」という役割分担です。
これは、ガートナー社が提唱する新しい物流の役割とも合致します。ガートナー初定義「真の4PL」とは?物流の役割は監視から解決へでも解説したように、これからの物流管理者は、単なる監視役(Monitor)ではなく、問題を解決する指揮者(Orchestrator)になる必要があります。
日本企業が今すぐ取り入れられる視点
Portcastのような海外ツールをそのまま導入するだけでなく、以下の視点を自社のDX戦略に組み込むことが重要です。
- KPIの再定義:
- 「可視化率(何%追跡できているか)」を追うのをやめ、「アクション率(データに基づいて何回対策を打てたか)」や「回避できた追加コスト額」を指標にする。
- 財務部門との連携:
- 物流データを物流部門だけで抱え込まず、経理・財務部門と共有する。ETA精度向上によるキャッシュフロー改善効果を提示できれば、DX予算の獲得も容易になります。
- ドキュメントのデジタル化:
- 「タッチレス」の前提はデータです。紙やFAX、PDFの添付ファイルに依存している限り、AIによる自動解析は機能しません。
まとめ:未来は「探す」から「教えられる」へ
Portcastの事例は、物流DXの現在地が「可視化」から「インテリジェンス」へと移行したことを明確に示しています。
- Before: 画面上の地図を見て、遅れている貨物を担当者が必死に探す。
- After: 朝出社すると、AIから「この貨物が遅れそうです。A案(航空便への切り替え)とB案(在庫取り崩し)のどちらにしますか?」と提案される。
これこそが、Portcastが目指す「Actionable Intelligence」であり、これからの物流スタンダードです。
日本企業においても、人手不足が深刻化する中で「いかに人の手を介さずに(タッチレスに)サプライチェーンを回すか」は避けて通れない課題です。まずは自社の可視化ツールが「データを見せているだけ」になっていないか、見直すことから始めてみてはいかがでしょうか。


