EC市場の拡大に伴い、物流業界が直面する「返品(リバースロジスティクス)」の課題は年々深刻化しています。特に米国では、購入した商品とは異なる安価な品や模倣品を送り返す「なりすまし返品(Decoy Returns)」などの不正が横行し、企業の利益を大きく圧迫しています。
2024年、UPS傘下のHappy Returnsが発表したAI活用の新機能は、この問題に対する強力なカウンターメジャーとして注目を集めています。日本ではまだ「性善説」で回っている返品物流ですが、越境ECの拡大や人手不足の深刻化を背景に、このトレンドは決して対岸の火事ではありません。
本記事では、UPSの最新事例を深掘りしつつ、世界の返品物流トレンドと日本企業が今導入すべきDXのヒントを解説します。
米国・中国・欧州で進む「返品物流」の最前線
まず、世界各地で返品物流がどのような局面にあり、どういった技術が投入されているのかを概観します。海外では返品は単なる「後処理」ではなく、「収益防衛」と「顧客体験(CX)」の最重要拠点と見なされています。
「返品大国」米国と「信用スコア」中国の対比
米国では、全米小売業協会(NRF)の報告によると、返品全体の約9%が不正と推定されています。これに対抗するため、AIによる検知や、そもそも商品を回収しない「Returnless Refund(返品なし返金)」などの極端な施策が混在しています。
一方、中国ではアリババグループなどのプラットフォーマーが持つ「信用スコア(芝麻信用など)」が物流と直結しており、スコアが高い顧客には即時返金を、低い顧客には厳格な検品を行うという「信用の可視化」が進んでいます。
欧州では、サステナビリティ(環境配慮)の観点から、廃棄ロスを減らすための再販流通(Re-commerce)への接続が重視されています。
主要エリア別:返品物流トレンド比較
| エリア | 主要な課題と動向 | 導入されている主要技術 | キーワード |
|---|---|---|---|
| 米国 | 不正返品(すり替え、着用後返品)の急増による収益悪化。 | 画像認識AI、行動データ分析、ブロックチェーン | Decoy Returns(なりすまし返品) |
| 中国 | 圧倒的な物流ボリュームとスピードの両立。 | 顔認証、信用スコアリング連動、自動仕分けロボット | Smart Logistics(智慧物流) |
| 欧州 | 環境規制(廃棄禁止)への対応とサーキュラーエコノミー。 | デジタルプロダクトパスポート、RFID、再販プラットフォーム連携 | Sustainability(持続可能性) |
UPS Happy Returnsが挑む「AI画像解析」の実態
ここからは、今回の核心であるUPS傘下「Happy Returns」の事例を詳細に解説します。彼らが開発した新ツールは、単なる管理ソフトではなく、物理的な「眼」を持つ点が画期的です。
「Return Vision」と「リスクスコアリング」の2段階認証
Happy Returnsがパイロット運用を開始したシステムは、大きく分けて2つのフェーズで不正をブロックします。
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リスクスコアリング(Risk Scoring)
顧客の過去の行動データを分析します。「返品頻度が異常に高い」「過去にトラブル報告がある」といった履歴に基づき、返品リクエストの時点でリスクレベルを判定します。
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Return Vision(画像解析AI)
ここが今回のイノベーションの核です。物流拠点(ハブ)に商品が到着した際、AIが商品の画像を撮影し、メーカーの「カタログ画像」と照合します。
- 微細な検知能力: 縫い目のパターン、ロゴの位置、生地の質感などの微細な違いを認識し、模倣品やすり替え(古いモデルを送り返すなど)を検知します。
- 処理速度: ハブ到着から1日以内に監査を完了させます。
Everlane等が先行導入:フラグ付き返品で218ドルの損失回避
アパレルブランドのEverlane(エバーレーン)などがこのパイロットプログラムに参加しています。重要なのは、すべての返品を厳格にチェックするわけではないという点です。
- 1%未満への集中: AIが「怪しい」とフラグを立てるのは、全返品の1%未満です。
- 物流速度の維持: 99%の善良な顧客にはスピーディーな返金を提供しつつ、ハイリスクな1%をピンポイントで有人監査に回します。
- 具体的成果: 不正検知により阻止できた損失額は、フラグ付き返品1件あたり平均218ドル(約3万円強)に上ります。
Happy Returnsはこの機能を2026年に本格展開する計画を立てており、物流現場における「AI検品」の標準化を狙っています。
日本企業への示唆:今すぐ「防御」と「効率」に投資すべき理由
「日本ではそこまで悪質な詐欺は少ない」と考える経営者も多いかもしれません。しかし、この事例から日本企業が学ぶべき本質は「詐欺対策」だけではありません。
人手不足解消としての「検品DX」
日本の物流現場における最大の課題は、慢性的な人手不足です。熟練スタッフが目視で行っている「検品」「良品・B品判定」をAIに置き換えることは、セキュリティ以上に「省人化」の文脈で極めて有効です。
特にアパレルや高額家電において、返品された商品が「再販可能か」「廃棄すべきか」の判断基準をAIに学習させることで、判断の属人化を防ぎ、再販サイクルを高速化できます。
越境EC対応を見据えたリスク管理
円安を背景に、日本企業が海外へ商品を販売する「越境EC」は拡大の一途を辿っています。海外の顧客を相手にする場合、性善説に基づいたオペレーションは通用しません。UPSの事例のような「画像エビデンスを残す」「リスクベースで検品強度を変える」という発想は、グローバル展開における必須のリスク管理となります。
日本企業が取り組むべきアクションプラン
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返品データのデジタル化と蓄積
返品理由、商品状態、顧客属性のデータを統合管理することから始めます。多くの現場では、返品伝票と顧客データが紐付いていないケースが散見されます。
2. 画像記録のプロセス導入AI導入の前段階として、返品商品の開梱時に画像を記録するフローを導入します。これはトラブル時の証拠になるだけでなく、将来的にAIを導入する際の教師データとなります。
3. リスクベースのアプローチ検討「全ての返品を平等に扱う」のではなく、優良顧客には即時返金を、新規や高額返品には詳細検品を行うといった、メリハリのある運用フローを設計します。
港湾エリアでのDX同様、物流拠点の内部でもデジタル技術による効率化は急務です。国の支援策なども活用しながら、ハード・ソフト両面での投資を検討する時期に来ています。
(参考記事:【国交省】CTゲート高度化補助金公募開始|港湾DXが変える「待機時間」の未来)
まとめ:返品は「コスト」から「戦略」へ
UPS傘下のHappy Returnsが取り組むAI検品は、単なる詐欺防止ツールではありません。「真正な顧客には最高の体験を、不正には鉄壁の守りを」という、物流におけるサービスレベルの最適化(セグメンテーション)を実現するものです。
2026年の本格展開に向けて技術はさらに洗練されていくでしょう。日本の物流企業やEC事業者も、「返品=面倒な作業」という意識を捨て、テクノロジーを活用して収益を守る「攻めの物流」へと転換していく必要があります。
AIが人間の目を補完し、物流現場の負荷を下げる未来は、すぐそこまで来ています。


