前回の資金調達からわずか6ヶ月。英米を拠点とするECプラットフォーム「Swap Commerce(以下、Swap)」が、新たに1億ドル(約150億円)もの巨額資金を調達し、世界のテック業界や物流業界に衝撃を与えています。
DST GlobalやIconiqといった、かつてFacebookやSpotifyの成長期を支えた著名VCがこぞって投資するこのスタートアップは、設立からわずか3年。「Shopifyの競合」と形容されますが、その本質は単なる「ウェブストア構築ツール」ではありません。
彼らが提供しているのは、「ECのバックエンド業務(物流・在庫・返品・税務)をAIで完全自動化するオペレーティングシステム」です。
なぜ今、フロントエンド(売り場)ではなく、バックエンド(物流・運営)にこれほどの巨額マネーが流れているのか。本記事では、Swapの急成長から読み解く世界のEC物流トレンドと、日本企業が直面する「越境EC×物流DX」の課題解決へのヒントを解説します。
海外トレンド:なぜ「ストア構築」から「オペレーション統合」へシフトしているのか
これまでECプラットフォーム市場は、Shopifyに代表される「誰でも簡単に美しいオンラインストアが作れる」サービスが牽引してきました。しかし、市場の成熟とともに、EC事業者の悩みは変化しています。
「店を作るのは簡単になった。しかし、グローバルでモノを売るためのオペレーションが複雑すぎる」
これが、現在の欧米ブランドが抱える最大のペインポイントです。
「アプリの継ぎ接ぎ」への疲弊
Shopifyの強みは豊富なアプリエコシステムですが、それは同時に「複雑化」も招きました。
在庫管理にはA社のアプリ、返品処理にはB社のアプリ、海外配送にはC社のアプリ……。これらを連携させる作業は煩雑で、データが分断され、システム利用料も嵩みます。
Swapはこの課題に対し、「DTC(Direct to Consumer)に必要な機能をすべてネイティブに統合する」というアプローチを取りました。特に、以下の3点における統合が評価されています。
- グローバル物流と税務の一元化
- AIによる在庫配置と配送最適化
- 返品プロセスの自動化と再販サイクル短縮
モデル比較:Shopify型 vs Swap型
従来のモデルと、Swapが提唱する新しい「Operations-First」なモデルの違いを整理します。
| 比較項目 | 従来型(Shopify + アプリ構成) | 次世代型(Swap Commerce) |
|---|---|---|
| システム構成 | コア機能 + 複数のサードパーティアプリ | オールインワン(物流・決済・返品統合) |
| データ連携 | アプリ間のAPI連携が必要(分断リスク有) | 単一データベースでリアルタイム同期 |
| 越境EC対応 | 国ごとに決済や配送アプリの選定が必要 | MoR(Merchant of Record)として税務・法務を代行 |
| 物流管理 | WMS(倉庫管理システム)との連携開発が必要 | プラットフォーム自体がWMS機能を内包 |
| 主なターゲット | 中小規模〜大規模まで全方位 | グローバル展開を目指すラグジュアリー/DTCブランド |
先進事例:Swap Commerceが解決した「越境ECの壁」
2022年に設立されたSwapは、ロンドンとニューヨークを拠点とし、特にラグジュアリーブランドや急成長中のDTCブランドから支持を集めています。今回の1億ドル調達は、シリーズBラウンドによるものです。
1. 「Merchant of Record」モデルによる越境の簡素化
日本企業が海外進出する際、最大の障壁となるのが「関税」「VAT(付加価値税)」「現地法規制」です。
Swapは、プラットフォーム自体が「Merchant of Record(記録上の販売者)」として機能します。
つまり、ブランド側はSwapのシステムを使うだけで、世界中の複雑な税務処理やコンプライアンス対応を自動的にクリアできます。これにより、ブランドは「商品を作って売る」ことだけに集中でき、バックエンドの複雑さから解放されます。
2. AIによる「返品・在庫」の自律制御
Swapの強みは、AIを活用したオペレーションの自動化にあります。
例えば、返品リクエストが発生した際、AIが以下の判断を瞬時に行います。
- 商品の状態と顧客の信用度判定: 不正な返品ではないか?
- 最適な返送先: メイン倉庫に戻すべきか、現地のサードパーティ倉庫で再販すべきか、あるいは廃棄コストの方が安いか?
- 在庫の再計上: 返品された瞬間、オンライン上の在庫として即時反映し、販売機会損失を防ぐ。
ECにおける「返品」は利益を圧迫する大きな要因です。この領域へのテクノロジー投資は世界的なトレンドであり、以下の記事でも詳しく解説しています。
See also: AIが暴く「すり替え返品」の真実。UPS最新事例に学ぶ物流DX
3. 高級ブランドが求める「ブランド体験」の維持
ラグジュアリーブランドにとって、物流は単なる配送ではありません。「顧客体験」の一部です。
Swapは、配送状況の追跡ページや返品ポータルまでをブランドの世界観に合わせて完全にカスタマイズ可能です。物流会社任せになりがちな「ラストワンマイルの体験」を、ブランド側がコントロールできる点が支持されています。
日本企業への示唆:2025年以降の物流戦略
Swapの急成長は、海外だけの話ではありません。日本の物流企業やEC事業者にとっても、極めて重要な示唆を含んでいます。
「つなぐ」だけでは勝てない時代へ
日本の物流DXは、WMS(倉庫管理)、OMS(受注管理)、TMS(配送管理)がそれぞれ別々のベンダーによって提供され、それらをAPIでどうつなぐかという議論に終始しがちです。
しかし、Swapの事例が示すのは、「最初から統合されたプラットフォーム」の優位性です。
特に人手不足が深刻化する日本では、システム間のデータ不整合を人間が修正する余裕はもうありません。
以前、当ブログで解説した「自律エージェント」のトレンドと同様に、今後は人間が管理画面を見て判断するのではなく、AIがシステム全体を指揮(オーケストレーション)する形へと進化していくでしょう。
See also: 物流AIは「見る」から「指揮する」へ。2026年、自律エージェントの衝撃
越境ECにおける「MoR」の重要性
日本のEC事業者が海外へ出る際、これまでは「越境EC対応のカートシステム」を導入するのが一般的でした。しかし、それだけでは現地の税務処理や物流手配まではカバーしきれません。
Swapのような「MoR(Merchant of Record)」機能を内包したプラットフォーム、あるいは物流企業がその機能を代行するサービスの需要は、今後日本でも爆発的に高まるはずです。物流企業は単に「荷物を運ぶ」だけでなく、「商流・金流のリスクを肩代わりする」ことが新たな付加価値となります。
中国ECのスピード感との競争
また、グローバル市場を見渡せば、SHEINやTemuといった中国発のECプラットフォームが、圧倒的な物流網とAI投資で市場を席巻しています。これに対抗するためにも、欧米や日本のブランドは、Swapのような高度に自動化されたバックエンド基盤を持つ必要があります。
See also: 物流1800億個を支えるAI投資。中国ECが示す日本の未来
まとめ:物流は「コストセンター」から「成長エンジン」へ
Swap Commerceが設立からわずか3年でここまでの評価額を得た事実は、投資家たちが「ECの勝敗はバックエンド(物流・運営)で決まる」と確信している証拠です。
- 統合化: バラバラのツールではなく、物流・決済・税務を一気通貫で管理する。
- 自動化: AIを活用し、在庫配置や返品処理を自律的に行う。
- グローバル化: 複雑な国境の壁をテクノロジーで無効化する。
日本の物流企業やEC担当者が目指すべきは、単なる「省人化」ではありません。バックエンド業務を極限まで自動化することで、人間が「商品開発」や「ブランド構築」というクリエイティブな領域に集中できる環境を作ることです。
「Shopifyの次に来るもの」は、派手な機能ではなく、地味だが強力な「オペレーションの完全自動化」かもしれません。Swapの動向は、今後の物流DXを考える上で欠かせないベンチマークとなるでしょう。


