EC市場の拡大に伴い、物流現場を悩ませ続ける「返品」の波。売り上げに直結しないこのプロセスは、長らくコストセンターとして扱われてきました。しかし、物流先進国である米国では、この常識を覆す新たな動きが加速しています。
世界最大級の物流企業DHLサプライチェーン(DHL Supply Chain)は、北米全域で展開する返品管理網を、従来の「1社専有型」から「複数社共同型(マルチクライアント)」へと大胆に転換させました。
なぜ、DHLはあえて他社の荷物を同じ場所で扱う道を選んだのでしょうか? そこには、日本の物流企業が抱える「人手不足」や「波動対応」の課題を解決する重要なヒントが隠されています。本稿では、DHLの最新事例「DHL ReTurn Network」を深掘りし、日本企業が取り入れるべき「シェアリング物流」の可能性について解説します。
迫りくる「返品倒産」のリスクと日本への示唆
なぜ今、このトレンドを知る必要があるのか
日本の物流現場において、返品処理はいまだに「発生ベースでの個別対応」が主流です。しかし、EC化率の上昇とともに返品率は年々増加傾向にあります。特にアパレルや雑貨分野では、返品対応の遅れが顧客満足度を直撃し、SNSでの悪評拡散やブランド離れを引き起こすリスクが高まっています。
全米小売業協会(NRF)の調査によれば、不適切な返品体験をした消費者の71%が「その店での再購入を控える」と回答しています。つまり、返品物流の品質は、もはやバックオフィスの問題ではなく、マーケティングや経営戦略の中核課題なのです。
以前の記事返品は「収益源」へ。ウォルマートが挑む在庫価値回復の物流DXでも触れた通り、返品を単なるコストと捉えるか、顧客ロイヤルティを高めるチャンスと捉えるかで、企業の未来は大きく変わります。DHLの事例は、まさにこの転換点を象徴する動きと言えるでしょう。
海外動向:北米における返品物流のパラダイムシフト
「1社専有」から「シェアリング」への移行
北米市場では長年、大手小売業者は自社専用の物流センター(DC)内に返品エリアを設けるか、返品専用の倉庫を単独で契約するのが一般的でした。しかし、このモデルには大きな弱点があります。それは「季節変動(波動)」への対応です。
ホリデーシーズン直後の1月には返品が殺到し、倉庫はパンク状態になる一方、閑散期にはスペースと人員が余剰となります。この非効率性は、物流コストを高止まりさせる最大の要因でした。
北米市場の返品トレンドと課題
| 市場環境 | 課題詳細 |
|---|---|
| 返品率の高止まり | EC購入品の返品率は店舗購入の約3倍(20%〜30%に達するカテゴリも) |
| 処理コストの増大 | 検品、再梱包、在庫戻しにかかる人件費が利益を圧迫 |
| 顧客要求の高度化 | 「即時返金」「送料無料」が当たり前となり、処理スピードが競争力に直結 |
| 労働力不足 | 物流作業員の確保が困難で、賃金上昇が続いている |
こうした背景から生まれたのが、複数の企業で物流リソースを共有する「マルチクライアント型」のアプローチです。
先進事例:DHL ReTurn Networkの全貌
DHLサプライチェーンが北米で本格稼働させた「DHL ReTurn Network」は、全米に広がる11の拠点をネットワーク化し、あらゆる規模の小売・EC事業者が共同で利用できる返品プラットフォームです。
異業種ミックスによる「波動の平準化」
このネットワークの最大の特徴は、ピーク時期が異なる多様な業種を同じ倉庫に集約したことにあります。
- ホームセンター・DIY関連: 春から夏にかけて動きが活発化
- アパレル・季節商品: クリスマス後の冬場に返品が集中
- スポーツ用品: イベントやシーズンごとに変動
これらを組み合わせることで、倉庫全体の稼働率を年間通じて安定させ、労働力をプール化することに成功しました。ある荷主の閑散期のリソースを、別の荷主の繁忙期に充てることで、DHLは運用コストの最適化と、熟練スタッフの通年雇用を実現しています。
独自ソフト「ReSKU」による判断の標準化
シェアリング倉庫で課題となるのが、「荷主ごとに異なる検品ルール」への対応です。A社は「箱が少しでも潰れていたら廃棄」、B社は「中身が無事なら良品」といった具合に、基準がバラバラでは現場が混乱します。
DHLはこの問題を、独自ソフトウェア「ReSKU」で解決しました。
- 役割: 返品商品の検品・等級判定(A品、B品、廃棄など)の意思決定をデジタルガイドする。
- 仕組み: 作業員が商品をスキャンすると、画面上にそのブランド固有の検品ポイントと判定フローが表示される。
- 効果: 熟練者でなくても迷わず正確な判断が可能になり、属人性を排除。処理スピードが向上し、顧客への返金までのリードタイム短縮に貢献。
AIが暴く「すり替え返品」の真実。UPS最新事例に学ぶ物流DXでも紹介したように、返品検品におけるテクノロジー活用は、不正防止だけでなく、こうした「作業の標準化」においても威力を発揮します。
日本への示唆:国内企業が今すぐ真似できるポイント
DHLの事例は、広大な北米大陸だけの話ではありません。人手不足が深刻化する日本こそ、この「共同化・標準化」の恩恵を受ける土壌があります。
日本型「共同返品」へのアプローチ
日本では、丸紅ロジのペットフード共同配送のように、「配送」分野でのシェアリングは進みつつあります。次のステップは、この概念を「返品」や「流通加工」の領域に広げることです。
1. 返品拠点の集約とアウトソーシング
自社倉庫の片隅で非効率に行っている返品作業を、3PL(サードパーティ・ロジスティクス)が提供する共有倉庫へ切り出すことを検討すべきです。特に季節波動の大きいEC事業者は、固定費を変動費化できるメリットが大きくなります。
2. 検品ルールのデジタル化と標準化
DHLの「ReSKU」のような高度なシステムがなくとも、タブレット端末や簡易的なWMS(倉庫管理システム)を用いて、検品基準をマニュアル化・デジタル化することは可能です。
「ベテランのパートさんしか判断できない」という状態は、DX推進における最大のリスク要因です。誰がやっても同じ結果が出る仕組み作りが、共同化への第一歩となります。
導入に向けた障壁と対策
障壁: 日本の商習慣特有の「過剰な品質要求」。
日本の消費者は外装の汚れにも敏感なため、検品基準が海外より厳しく、共同化の際のルール統一が難しい側面があります。
対策:
– グレードの細分化: 単なる「良品/不良品」ではなく、「EC再販可」「アウトレット向け」「店舗在庫」など、出口戦略に合わせたグレード定義を明確にする。
– データ共有: どのような理由で返品され、どのグレードに判定されたかのデータを荷主と物流会社でリアルタイム共有し、基準のすり合わせを継続的に行う。
まとめ:物流は「所有」から「利用」へ
DHL ReTurn Networkが成功を収めている理由は、単に拠点を増やしたからではありません。「異なるピークを持つ企業同士をマッチングさせ、テクノロジーでオペレーションを標準化する」という、プラットフォームとしての価値を創出した点にあります。
日本の物流業界もまた、2024年問題や労働人口減少という荒波の中で、「自前主義」からの脱却を迫られています。返品物流を「隠れたコスト」として放置せず、共同化によって効率と顧客満足を同時に高める戦略的機能へと昇華させる。そのためのヒントは、すでに世界の先進事例の中に提示されています。
自社の返品フローを見直し、他社とリソースをシェアできる部分はないか。まずはそこから検討を始めてみてはいかがでしょうか。


