なぜ今、インド洋の港湾事情に注目すべきか
南アジアの物流地図が、今まさに塗り替えられようとしています。
インド洋の要衝、スリランカのコロンボ港が深刻な混雑と容量不足に直面する中、かつて「白い象(無用の長物)」と揶揄されたこともあるハンバントタ国際港(HIP)が、その代替ハブとして爆発的な成長を遂げています。
2024年、HIPのコンテナ取扱量は前年比7倍となる約53,170 TEUを記録しました。この数字は単なる一時的な特需ではありません。中国招商局港口(CMPort)による戦略的な運営と、周辺国(特にインド)の物流インフラの変化が絡み合った構造的なシフトです。
日本企業にとって、スリランカは欧州・アフリカ・中東を結ぶ海上輸送の「へそ」に当たります。既存のコロンボ港一辺倒のルートに依存し続けることは、サプライチェーン上の大きなリスクとなり得ます。
本稿では、スリランカとインドで起きている物流ハブの地殻変動を解説し、日本の荷主や物流企業がとるべき「ルート多重化」の戦略について考察します。
海外の最新動向:コロンボの限界とハンバントタの躍進
南アジア海運の現状は、「既存ハブのパンク」と「新興ハブの台頭」という言葉に集約されます。
コロンボ港が直面するキャパシティの壁
スリランカ最大の港であるコロンボ港は、長らく南アジアのトランシップ(積み替え)ハブとして君臨してきました。しかし、近年はその地位が揺らいでいます。
- 慢性的な混雑: 紅海情勢による喜望峰ルートへの変更船の増加に加え、悪天候によるオペレーションの遅延が常態化しています。
- インフラの限界: 増加する貨物量に対し、ターミナルの処理能力が追いついておらず、沖待ち時間の長期化が課題となっています。
ハンバントタ国際港(HIP)の急成長
コロンボ港から南東へ約240km。中国資本が主導するハンバントタ国際港(HIP)は、コロンボのあふれた貨物を吸収する形で急成長しています。
- 取扱量の急増: 前述の通り、コンテナ取扱量は前年比700%増を記録。
- 運営主体: 中国の国有企業、中国招商局港口(CMPort)が99年間の運営権を持ち、港湾設備だけでなく工業団地との一体開発を推進しています。
- 多目的化: 単なるコンテナ港ではなく、完成車輸送(RORO船)やバルク貨物、さらにはバンカリング(燃料補給)拠点としての機能を強化しています。
インド物流事情との連動
スリランカの動向は、巨大市場インドの物流事情と不可分です。インド国内でもインフラ整備が進む一方で、突発的な混乱が発生しています。
例えば、ムンバイ国際空港(MIAL)では、2024年8月中旬より、メンテナンス工事と混雑緩和を理由に貨物専用機の離発着が一時的に制限される事態が発生しました。これに対し業界団体が強く反発するなど、インド物流の「ボトルネック」は依然として予測困難です。
こうしたインド側の不安定さが、スリランカ経由のトランシップ需要をさらに複雑にし、より柔軟な「第2のルート」としてのハンバントタの価値を高めているのです。
先進事例:中国招商局港口(CMPort)の「柔軟性」戦略
ハンバントタ港の成功は、単に「コロンボが混んでいるから」という受動的な理由だけではありません。運営を担うCMPortの戦略には、日本企業が学ぶべきアジリティ(俊敏性)があります。
成功要因1:RORO船不足を逆手に取った「コンテナ化」
世界的な自動車輸送船(RORO船)のスペース不足は深刻です。HIPはこの課題に対し、完成車をコンテナに詰めて輸送するソリューションを積極的に推進しました。
- MSCなど大手船社との連携: コンテナ船社と協力し、RORO船の寄港を待つのではなく、豊富なコンテナ船のスペースを活用して車両を輸出入するルートを確立しました。
- 迅速なオペレーション: 専用の積み込み設備やノウハウをいち早く導入し、自動車メーカーの急な出荷要請に応える体制を整えました。
成功要因2:南アジアの「戦略的代替地」としてのポジショニング
HIPはコロンボと競合するのではなく、「コロンボが捌ききれない貨物」や「インド直行便が取れない貨物」を狙い撃ちにする補完戦略をとっています。
以下の表は、南アジア主要港の現状と特徴を比較したものです。
| 港湾名 | 国 | 運営主体/特徴 | 直近の状況・課題 |
|---|---|---|---|
| コロンボ港 | スリランカ | 国営・民間・中国・インド系混合 | 容量不足、悪天候による遅延常態化。主要ハブだがリスク増。 |
| ハンバントタ港 (HIP) | スリランカ | 中国招商局港口 (CMPort) | 取扱量7倍増。混雑なし、多目的対応(RORO、ガス、コンテナ)。 |
| ナバシェバ (JNPT) | インド | 国営 (ムンバイ近郊) | インド最大のコンテナ港だが、陸側インフラの渋滞が慢性的課題。 |
| チェンナイ港 | インド | 国営 (東海岸) | 東南アジア・日本向けに近いが、ドラフト(水深)制限などの制約あり。 |
日本への示唆:サプライチェーンの「多重化」と「南下」
このスリランカの事例は、日本の物流担当者にどのようなアクションを求めているのでしょうか。
「主要ハブ一本足打法」からの脱却
日本の多くの荷主は、長年の慣習から「スリランカ経由=コロンボ港」と固定して考えているケースが少なくありません。しかし、コロンボの混雑が常態化する中、その硬直性は納期遅延のリスクに直結します。
- 日本企業の課題: 契約しているフォワーダーや船社が、ハンバントタやその他の代替ルート(インドの地方港など)を利用できるオプションを持っているか再確認する必要があります。
- DXの活用: リアルタイムの混雑状況を可視化するプラットフォームを活用し、コロンボが詰まっている場合は即座にハンバントタやシンガポール、あるいはインド南部の港へルートを変更できる動的な体制構築が求められます。
「チャイナ・プラス・ワン」としてのインド・スリランカ連携
製造拠点のインドシフトが進む中、スリランカの港湾機能は「インドの玄関口」として重要性を増しています。
インド国内の港湾や空港(前述のムンバイ空港の事例など)は、依然としてインフラや規制の面で不安定さが残ります。そのため、インド本土に在庫を置くだけでなく、スリランカの保税区を活用して在庫を持ち、そこからインド各地や中東・アフリカへ配送する「ハブ&スポーク」戦略が有効になります。
この点については、ヤマトホールディングスがインドに大規模な物流施設を開設した動きとも深く関連します。インド国内の製造・物流機能の強化と、スリランカのような国際ハブの活用はセットで考えるべき戦略です。
詳しくは、以下の記事も併せてご覧ください。
ヤマトHDがインドに2.5万㎡新拠点。「製造物流」の世界的潮流を読み解く
完成車・重量物輸送のモードチェンジ
HIPの事例で見られた「RORO船からコンテナ船へのシフト」は、日本からの機械輸出や自動車部品輸出においても有効な選択肢です。
従来の輸送モード(専用船)に固執せず、コンテナ活用、あるいはブレイクバルク(在来船)活用など、港湾の特性に合わせて輸送形態を柔軟に変える発想が、物流コスト削減と納期遵守の鍵となります。
まとめ:静的なルート管理から、動的なネットワーク運用へ
ハンバントタ港の急成長は、単なる一港湾の成功談ではありません。「主要ハブが機能不全に陥ったとき、資本と戦略を持った代替ハブが瞬く間にその受け皿となる」というグローバル物流のダイナミズムを象徴しています。
日本の物流企業や荷主企業にとっての教訓は明確です。
- 地図を更新する: コロンボ以外の選択肢(ハンバントタなど)を常にモニタリング対象に入れる。
- 柔軟性を持つ: 混雑状況に応じて、港や輸送モードを即座に切り替える判断力を持つ。
- インド・スリランカを一体で見る: 成長するインド市場へのアクセスとして、スリランカの港湾機能を戦略的に利用する。
安定した「太いパイプ」を一本持つ時代は終わりました。これからは、状況に合わせて太さを変えられる「複数のパイプ」を使い分けるネットワーク力が、企業の競争力を左右することになるでしょう。


