2026年1月現在、米国の物流市場では奇妙な現象が起きています。トラック輸送のスポット運賃は1マイルあたり2.75ドルまで回復し、表面上の数字だけを見れば、運送業界は不況を脱したかのように見えます。しかし、現場の空気は依然として悲壮感に包まれています。
なぜなら、2020年以降のインフレ率(CPI)を加味した「実質運賃」で見ると、現在の運賃水準は適正値よりも約27%も低いからです。
これは単なる米国のローカルニュースではありません。燃料費、車両価格、人件費の高騰に対して運賃転嫁が追いついていない構造は、日本国内の物流事情と完全にリンクします。さらに、米国ではこの「実質的な安値」が、規制当局による取り締まりと相まって、中小運送業者の大量廃業と供給能力(キャパシティ)の急激な縮小を招いています。
本記事では、「Trucking rates have dropped 27% versus CPI」という衝撃的なデータが出発点となり、2026年に訪れるであろう「安価な輸送の終焉」と、日本企業が今から備えるべきリスク管理について解説します。
以前の記事「在庫削減が招く「輸送危機」。米国最新データが教える2026年への備え」でも触れた通り、在庫を減らし輸送頻度を高める戦略をとる企業にとって、この運賃トレンドの転換は経営を揺るがすリスクとなります。
米国物流市場で起きている「名目回復・実質暴落」のパラドックス
「運賃は上がっているのに、経営が苦しい」。このパラドックスこそが、現在の米国物流市場を象徴しています。
インフレ調整後マイナス27%が意味するもの
最新の市場データによると、全米の平均ドライバン(箱車)スポット運賃は2.75ドル/マイルです。パンデミック前の水準と比較すれば、額面上は確かに高い数値です。しかし、2020年を基準とした消費者物価指数(CPI)の上昇率を適用すると、本来あるべき適正運賃は約3.50ドル/マイルとなります。
つまり、現在の運賃には0.75ドル(約27%)の乖離が生じているのです。
この27%のギャップは、運送業者の利益を直接削り取っています。
* 車両維持費: トラック本体価格やメンテナンス部品の高騰
* 保険料: 米国特有の訴訟リスク増加による保険料の暴騰
* 人件費: ドライバー不足を補うための賃上げ
これら全てのコストがインフレとともに上昇しているにもかかわらず、運賃収入の実質価値は目減りしています。結果として、体力の乏しい中小運送事業者(Owner-Operators)は、走れば走るほど赤字になる状況に追い込まれ、市場からの撤退を余儀なくされています。
FMCSAの規制強化による「供給能力の強制削減」
経済的な淘汰圧力に加え、規制当局の動きが供給不足に拍車をかけています。
米国運輸省連邦自動車運送事業者安全局(FMCSA: Federal Motor Carrier Safety Administration)は、2025年後半からコンプライアンス遵守の取り締まりを劇的に強化しました。特にターゲットとなっているのが、不正に取得された商用運転免許(CDL)や、基準を満たしていない運転訓練校の摘発です。
これにより、安全基準を満たさないドライバーや事業者が強制的に市場から排除されています。
「米国「倉庫稼働率42.9」の衝撃。在庫なき物流への回帰が招く輸送リスク」で解説したように、荷主企業が在庫を持たず「必要な時に必要なだけ運ぶ」ジャストインタイムへ回帰する中で、運び手であるトラックの供給能力が物理的に減少しているのです。
この「経済的淘汰」と「規制による排除」のダブルパンチは、2026年中に需給バランスを一気に逆転させ、荷主にとっての「買い手市場」を終わらせる強力なトリガーとなります。
【主要地域別】トラック輸送市場の最新トレンド比較
世界各国の物流市場においても、インフレとコスト増に対する反応は様々です。ここでは米国、欧州、そして日本の状況を比較整理します。
| 地域 | 最新の運賃トレンド | 主要なリスク要因 | 日本企業への影響度 |
|---|---|---|---|
| 米国 | 名目上昇・実質下落。 スポット運賃 $2.75/mile だが、適正値より27%安。底打ちから急騰への転換点にある。 | ・FMCSAによる規制強化(供給減) ・中小事業者の連鎖倒産 ・保険料の急騰 | 高(北米事業) 現地物流コストの予算大幅超過リスク。特にスポット輸送依存は危険。 |
| 欧州 | 環境規制主導の上昇。 ドイツの通行料値上げやCO2排出規制により、ベース運賃が構造的に上昇中。 | ・脱炭素コストの転嫁 ・東欧系ドライバー不足 ・燃料サーチャージの複雑化 | 中(欧州事業) 環境対応コストとして運賃上昇を受け入れる必要がある。 |
| 日本 | 緩やかな上昇(転嫁遅れ)。 「2024年問題」以降、運賃是正が進むが、燃料・人件費の高騰スピードに追いついていない。 | ・ドライバーの高齢化と絶対数不足 ・多重下請け構造による利益圧迫 ・荷主への価格転嫁の難航 | 甚大(国内事業) 米国の「実質安」と同様の構造。供給網崩壊の危機が静かに進行中。 |
米国の状況は、日本の数年先の未来を映し出す鏡とも言えます。インフレ下での価格転嫁の遅れは、最終的に「運んでくれる人がいなくなる」という供給危機として跳ね返ってきます。
先進事例:インフレ時代の「適正運賃」を取り戻す米国の挑戦
米国では、この「実質運賃の低下」という危機に対し、大手プレイヤーやテック企業が具体的な対策に動き出しています。
J.B. Hunt:スポット市場からの脱却と専用輸送へのシフト
北米最大級の物流企業であるJ.B. Hunt(J.B. ハント)は、不安定なスポット市場への依存度を下げ、長期契約に基づいた「専用輸送サービス(Dedicated Contract Services)」へのシフトを加速させています。
彼らは、単にトラックを提供するだけでなく、荷主企業の物流部門そのものを請け負う形で、車両とドライバーを専属化させます。これにより、市場のスポット運賃が一時的に下落しても影響を受けにくい収益構造を確立しました。
荷主側(例えば大手小売チェーン)にとっても、多少のコスト増となっても「確実に運べるキャパシティ」を確保できるため、Win-Winの関係が成立しています。これは、安値競争から脱却し、品質と安定供給に価値を置く戦略転換の成功例です。
デジタル貨物プラットフォームの進化:透明性による価格是正
Uber Freight(ウーバー・フレイト)や、Flexportに統合された旧Convoyの技術チームなどは、AIを活用して「持続可能な運賃」を可視化する取り組みを進めています。
これまでのデジタルマッチングは「いかに安く運ばせるか」に主眼が置かれがちでしたが、最新のアルゴリズムは方向性が異なります。
* 燃料費、待機時間コスト、帰荷(Backhaul)の有無などをリアルタイムで計算。
* 「この運賃ではドライバーが赤字になるため、受託率が下がる」というリスクスコアを荷主に提示。
SONARのような市場分析ツールも普及しており、荷主に対して「インフレ調整後の実質運賃」をデータで突きつけ、適正価格での契約を促す動きが活発化しています。データが「安値叩き」の武器から、「フェアトレード」を実現するための共通言語へと進化しているのです。
日本企業への示唆:2026年、安価な物流の終焉にどう備えるか
米国の事例は、インフレ下において「過去の成功体験(安価な物流)」にしがみつくことがいかに危険かを示しています。日本企業は以下の3つの視点で戦略を見直す必要があります。
1. 「実質運賃」視点での予算再構築
経営層や物流部門は、前年踏襲型の予算策定を即座にやめるべきです。
米国で起きている「CPI比マイナス27%」の乖離は、日本でも形を変えて存在します。燃料サーチャージだけでなく、車両価格や人件費の上昇分を「基本運賃」に組み込んで評価する実質運賃(Real Rate)の概念を導入してください。
「見積もりが高い」と一蹴するのではなく、「この価格で協力会社は継続的に経営できるのか?」という視点を持たなければ、突然の契約打ち切りや廃業による物流停止リスクを抱え込むことになります。
2. 買い叩きから「キャパシティの囲い込み」へ
米国の「The Great Purge(大淘汰)」が示唆するのは、供給能力が絞られた後の世界では、荷主が運送会社に選別されるということです。
J.B. Huntの事例のように、特定の運送会社と強固なパートナーシップを結び、専用のキャパシティを確保する動き(Dedicated化)を検討すべきです。2026年は、スポットで安く探す時代から、長期契約で「枠」を買う時代へと完全にシフトするでしょう。
3. テクノロジーによるコスト構造の可視化
日本の物流DXにおいても、単なるマッチングだけでなく、コスト構造を可視化するツールの導入が急務です。
運送会社から値上げ要請があった際、それが不当なものなのか、インフレによる正当な転嫁なのかをデータに基づいて判断できる体制が必要です。ブラックボックス化したままでは、建設的な価格交渉は不可能です。
詳細な戦略については、「2026年「攻めの物流」5つの潮流。USMCAと自律AIが分ける勝敗」も併せて参照してください。自律AIの活用が、このコスト可視化の鍵を握っています。
まとめ:インフレに負けない物流ネットワークへ
米国のトラック運賃がインフレ調整後27%も下落している現状は、一時的な「お得な期間」ではなく、将来の「供給崩壊の前兆」です。
FMCSAの規制強化によるドライバー減少と、経済的圧力による事業撤退が重なる2026年は、運賃相場が底を打ち、急激な上昇局面に転じる歴史的な転換点となるでしょう。
日本の物流企業や荷主企業にとっても、これは対岸の火事ではありません。
「安さ」を追求するステージは終わりました。これからは、「適正な対価を支払い、強靭な供給網を維持する」企業だけが、商品を顧客に届け続けることができます。
今こそ、インフレ時代に即した新しい物流戦略へと舵を切る時です。


