物流業界における「競合」の定義が、今、劇的に書き換えられようとしています。
東南アジアを席巻し、中国市場でも台風の目となっていた新興勢力J&T Express(極兔速遞)と、中国の物流品質を牽引する最大手SF Holding(順豊控股)が、相互に出資を行う「資本提携(Cross-Shareholding)」に合意しました。
「価格破壊のJ&T」と「高品質のSF」。水と油とも思える両社の接近は、単なる中国国内の再編にとどまりません。これは、UPSやDHLといった欧米メガキャリアに対抗しうる「アジア発のグローバル物流連合」の誕生を意味します。
なぜ今、日本企業はこのニュースを直視すべきなのか。それは、日本の物流業界が国内の「2024年問題」や人手不足対応に追われている間に、国境を越えた「支配権」争奪戦が次のフェーズ(戦略的再構築)に入ったことを示唆しているからです。
本記事では、この衝撃的な提携の背景と、そこから日本の経営層やDX担当者が学ぶべき「生存戦略」を解説します。
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海外物流市場の最新動向:競争から「共創」による支配へ
世界的なインフレと地政学リスクの高まりにより、物流業界のM&Aや提携のトレンドは「規模の拡大(Scale)」から「機能の補完(Capabilities)」へとシフトしています。
米国・中国・欧州の再編トレンド比較
各地域の物流大手がどのような戦略で動いているか、現状を整理します。
| 地域 | 主要プレイヤー | 最新トレンドと戦略 | 日本企業への影響度 |
|---|---|---|---|
| 中国・アジア | SF Holding, J&T Express, Cainiao | 「ハイエンド×ローエンド」の融合。国内競争を休戦し、共同で海外(中東・南米)を取りに行く姿勢。 | 高(緊急)。アジア域内での日系物流のプレゼンス低下リスク。 |
| 米国 | UPS, FedEx, Amazon | 「垂直統合の深化」。ラストワンマイルから航空貨物まで自社網を強化しつつ、テクノロジー企業を買収。 | 中。EC物流の基準(翌日配送など)がさらに引き上げられる。 |
| 欧州 | DHL, DSV, Maersk | 「海運と陸送の統合」。フォワーディング機能とアセットの組み合わせによるサプライチェーン全体の囲い込み。 | 中。欧州発着のサプライチェーン管理において選択肢が絞られる。 |
これまでは「誰が一番安いか」「誰が一番速いか」を競っていましたが、現在は「誰と組めば、最も効率的に世界地図を塗り替えられるか」という陣取り合戦に移行しています。
以前の記事でも触れましたが、2026年に向けて物流M&Aは「量」から「質」への転換期を迎えています。今回のSFとJ&Tの提携は、まさにその象徴的な事例です。
先進事例:SF HoldingとJ&T Expressの資本提携
では、今回の提携の何が画期的なのか。具体的な企業データとともに深掘りします。
SF Holding(順豊控股):中国のFedEx
- 特徴: 自社で80機以上の貨物航空機を保有し、圧倒的な配送品質とスピードを誇る。ビジネス便や高付加価値商品の配送に強み。
- 課題: 国内市場は成熟しており、EC(電子商取引)の爆発的な低価格配送需要を取り込みきれていなかった。
- 売上規模: 約2,600億元(約5.2兆円 ※2023年実績ベース)
J&T Express(極兔速遞):東南アジアの破壊者
- 特徴: 2015年インドネシア創業。Oppoなどの配送網を基盤に急成長。「フランチャイズモデル」を駆使し、低価格で中国市場に逆上陸。2023年に香港上場。
- 強み: 東南アジア、中東、南米など新興国での圧倒的な地上ネットワーク。
- 課題: 急拡大による赤字体質と、自社航空網などのインフラ不足。
相互補完が生むシナジー
今回の資本提携(クロスシェアホールディング)により、以下のシナジーが期待されています。
ネットワークの相互開放
SFは、J&Tが持つ東南アジアや中東の広範な「地上配送網(ラストワンマイル)」を手に入れます。一方、J&TはSFが持つ巨大な「航空輸送網」と「幹線輸送能力」を活用できるようになります。
これにより、SFは自社で一から海外拠点を整備するコストをかけずにグローバル展開を加速でき、J&Tは投資負担を抑えつつ配送スピードと品質を向上させることが可能になります。
価格帯の住み分けによる全方位カバー
- SF: ハイエンド、ビジネス、越境ECの高額商品
- J&T: ローエンド、大衆向けEC、ボリュームゾーン
これまで中国国内で激しく価格競争を繰り広げていた両社が手を組むことで、「上から下まで全ての貨物をこの連合で運ぶ」という体制が完成します。
日本への示唆:ガラパゴス化を回避するために
「海外の巨大企業の事例だから、日本には関係ない」と考えるのは危険です。なぜなら、彼らの次なるターゲットは、日本を含むアジア全域のEC物流市場だからです。
日本の物流企業がこの事例から学び、今すぐ取り組むべきポイントを解説します。
「自前主義」からの完全脱却
日本の物流企業、特に大手は、伝統的に「自社アセット」「自社ネットワーク」にこだわる傾向があります(あるいは、特定の下請け構造に依存しています)。
しかし、SFとJ&Tの事例が示すのは、「強みが異なる競合他社と手を組み、リソースを共有する」ことの合理性です。
日本企業が検討すべきアクション:
– 競合他社との共同配送: すでに一部で始まっていますが、単なるトラックのシェアだけでなく、中継拠点や倉庫の相互利用まで踏み込めるか。
– 異業種との資本提携: テクノロジーを持つスタートアップや、特定の商流を持つ商社・メーカーとのより深い(資本を伴う)連携。
スピード感のある意思決定とM&A
J&T Expressは創業からわずか8年で中国トップシェアの一角に食い込み、SFと提携しました。このスピード感は、デジタル基盤(DX)が整っているからこそ実現できます。
DX担当者が意識すべき視点:
– システム統合の柔軟性: M&Aや提携が決まった際、数ヶ月以内にシステムを連携できるAPI基盤があるか?
– データの標準化: 異なる会社間でもデータが流通するよう、業界標準に準拠したデータ構造を持っているか?
日本の物流DXは「紙のデジタル化」に留まりがちですが、海外では「企業間連携のためのデジタル化」が進んでいます。
アジア市場での立ち位置の再定義
SF・J&T連合が東南アジアの物流を支配した場合、日系メーカーが東南アジアで商品を販売する際、物流パートナーとして日系物流企業ではなく、彼らを選ぶ可能性が高まります。
グローバル戦略の転換:
– 「日系企業の荷物を運ぶ」だけのモデルからの脱却。
– 現地の有力プレイヤー(今回で言えばJ&Tのような存在)に対し、日本品質(コールドチェーンなど)を武器に提携を持ちかける。
まとめ:2025年以降の物流は「群れ」で戦う時代へ
J&T ExpressとSF Holdingの資本提携は、物流業界が「単独での優勝劣敗」から「アライアンスによる市場支配」へとルールが変わったことを告げています。
日本の物流企業にとっての教訓は明確です。
「高品質だが高コスト」という日本ブランドだけで戦うには限界があります。デジタルを介して他社と緩やか、あるいは強固に繋がり、「自社にない機能は他社から調達し、自社の強みを他社に提供する」というエコシステムの発想が不可欠です。
2026年に向けて加速する「支配権」争奪戦において、日本企業が孤立せず、アジアの物流ネットワークの中で重要なハブとして機能し続けるためには、今、経営レベルでの大胆な提携戦略と、それを支えるDXの加速が求められています。


