なぜ今、日本の物流企業が欧州のAIトレンドを知るべきなのか?
「2024年問題」への対応は、もはや待ったなしの経営課題です。ドライバーの労働時間規制強化は、単なるコスト増だけでなく、日本のサプライチェーンそのものを揺るがしかねません。多くの企業が輸配送の効率化に取り組んでいますが、「日々の配車業務に追われ、根本的な改善まで手が回らない」「ベテラン担当者の経験と勘に頼りきりで、属人化から抜け出せない」といった声が後を絶ちません。
このような状況を打破する鍵は、単なる「効率化」ではなく、AIを活用した「業務プロセスの抜本的な変革」にあります。
今回ご紹介するのは、ベルギー発のAI駆動型TMS(輸送管理システム)プロバイダー「Qargo」の最新動向です。同社はシリーズBで3,300万ドル(約51億円)もの大型資金調達に成功し、欧州の物流DXシーンで今最も注目を集めるスタートアップの一つです。
Qargoの事例は、AIが輸送業務をどのように変革し、驚異的な成長を実現するのかを具体的に示しています。本記事では、この海外の先進事例を深掘りし、日本の経営層やDX推進担当者が自社の戦略に活かすためのヒントを、海外物流トレンドウォッチャーの視点から徹底解説します。
世界で加速するTMS市場の進化:AIが主戦場に
輸送管理システム(TMS)市場は、世界的に大きな変革期を迎えています。単に配車計画や運行管理を行うツールから、AIやIoTを活用してサプライチェーン全体の最適化を目指すインテリジェントなプラットフォームへと進化しているのです。
特に、米国・欧州・中国では、それぞれの市場環境を背景に独自のアプローチでTMSの高度化が進んでいます。
| 国/地域 | 市場の主な特徴 | 代表的なプレイヤー/事例 |
|---|---|---|
| 米国 | 大手ITベンダーが強く、M&Aが活発。サプライチェーン全体の可視化(Visibility)と予測分析に重点を置く。 | Oracle, SAP, Project44, Trimble |
| 欧州 | サステナビリティへの意識が高く、CO2排出量削減機能が重視される。Qargoのような革新的なスタートアップが多数登場。 | Qargo, Transporeon, LKW WALTER |
| 中国 | 膨大な物量を背景に政府主導でDXが加速。低コストで高性能なAI/IoTソリューションが急速に普及している。 | G7 Connect, Manbang Group |
米国ではサプライチェーン全体の最適化、中国では圧倒的な物量を捌くためのスケールとコスト効率が追求されています。一方で欧州では、Qargoの事例が示すように、AIを活用して「現場のワークフローを根底から変える」アプローチが大きな資金を集め、急成長を遂げているのが特徴です。
こうした海外の潮流は、日本の物流業界にとっても無関係ではありません。特に、中小企業が多く、現場の業務負荷が高い日本市場において、欧州型の「ワークフロー変革」アプローチは大きなヒントとなるでしょう。
関連して、中国における低コストAIの動向は、今後の物流DXのコスト構造を大きく変える可能性を秘めています。詳しくは以下の記事もご参照ください。
参考: 中国DeepSeek創業者『Nature』選出の衝撃!低コストAIが物流DXを変える
【先進事例】Qargoはなぜ評価されたのか?成功要因を深掘り
それでは、なぜQargoは短期間で急成長し、投資家から高い評価を得ているのでしょうか。その成功の核心は、単機能の最適化ではなく「エンドツーエンドの業務自動化」にあります。
驚異的な成長を示す具体的データ
まず、Qargoが達成した成果を数字で見てみましょう。
- 資金調達: シリーズBで3,300万ドルを調達(累計調達額は5,400万ドル)
- 事業成長: 過去18ヶ月で顧客基盤は4倍、収益は5倍に拡大
- 顧客インパクト:
- 導入企業の手作業に費やす時間を平均75%削減
- Qargo上で処理される顧客の年間請求額が5億6,000万ドルから25億ドルへと急増
これらの数字は、Qargoのソリューションが顧客に絶大な価値を提供していることの証左です。では、その価値はどのようにして生み出されているのでしょうか。
成功要因1:AIによる「ワークフロー全体の自動化」
従来のTMSの多くは、配車計画や動態管理など、特定の業務を効率化することに主眼が置かれていました。しかしQargoのAIエンジンは、輸送業務の始まりから終わりまで、一連のワークフローを自動化します。
- 注文受付・作成: 顧客からのメールやPDFの注文書をAIが自動で読み取り、システムにデータを入力。
- ルート計画・運行最適化: 車両の種類、積載量、ドライバーの労働時間、配送先の条件などを考慮し、AIが数秒で最適な配車・配送ルートを計画。
- 請求書作成・支払い管理: 配送完了後、実績データを基に請求書を自動で生成し、送付。
これにより、これまで人間が手作業で行っていたデータ入力、計画立案、事務処理といった時間を大幅に削減。担当者は、イレギュラー対応や顧客とのコミュニケーションといった、より付加価値の高い業務に集中できるようになります。
成功要因2:属人化からの完全な脱却
日本の運送会社でよく聞かれるのが、「あのベテラン担当者がいないと配車が組めない」という課題です。Qargoは、この「属人化」という根深い問題をテクノロジーで解決します。
AIは、過去の膨大な運行データや交通状況、天候などの外部データを学習し、常に最適な判断を提案します。これにより、担当者の経験や勘に頼ることなく、誰もが高品質な配車計画を立てられるようになります。これは、まさに私たちが以前の記事で解説した「属人化配車の解消」を、より高度なAIで実現している事例と言えるでしょう。
参考: 属人化配車を80%削減!運送DXで実現する配送最適化【実践ガイド】
成功要因3:データドリブンな経営判断の実現
Qargoを導入することで、輸送に関するあらゆるデータがリアルタイムで蓄積・可視化されます。
- どのルートが最も収益性が高いのか?
- どの顧客・案件が利益を圧迫しているのか?
- 車両の実働率や燃費は適正か?
経営者はこれらのデータを基に、勘や経験ではなく、客観的な事実に基づいた迅速な意思決定が可能になります。これは、厳しい競争環境を勝ち抜く上で極めて強力な武器となります。
日本への示唆:海外事例から学び、今すぐ行動できること
Qargoの成功は、日本の物流企業にとって多くの学びを与えてくれます。しかし、欧州の事例をそのまま日本に持ち込むことには、いくつかの障壁も存在します。
日本市場特有の障壁
- 複雑な商習慣: 日本の物流業界は、元請け・下請けといった多重下請け構造が根強く、企業間の力関係も複雑です。これが、オープンなデータ連携や標準化を阻む一因となっています。
- アナログ文化の根強さ: 未だにFAXでのやり取りや手書きの伝票が多用されており、業務プロセス全体のデジタル化が進んでいません。AIを活用する以前の、データ化の段階でつまずくケースが少なくありません。
- IT投資への慎重な姿勢: 特に中小企業においては、大規模なシステム投資に対する心理的・資金的なハードルが高いのが現状です。
障壁を乗り越え、日本企業が今すぐ真似できること
これらの障壁を認識した上で、日本企業がQargoの事例から学び、実践できることは何でしょうか。
1. 「ペインポイント」の特定とスモールスタート
いきなり全業務の自動化を目指す必要はありません。まずは自社のワークフローを可視化し、「どこで最も時間がかかっているか」「どこでミスが多発しているか」といった、最も解決すべき課題(ペインポイント)を特定しましょう。
- 例: 請求書作成に毎月20時間かかっている → 請求書発行を自動化するSaaSを導入する
- 例: 配車計画に毎日3時間かかっている → まずは配車計画支援ツールから試してみる
このように、特定の課題を解決する比較的小さなツールから導入し、成功体験を積み重ねていくことが、DX推進の着実な一歩となります。
2. 「データを貯める」意識改革
AIの精度は、学習するデータの質と量に大きく依存します。将来的に高度なAI活用を目指すなら、今から「データを貯める」習慣をつけなければなりません。
- 手書き日報のデジタル化: スマホアプリや簡単なシステムを使い、運行実績をデータとして記録する。
- Excel管理からの脱却: 顧客情報や案件情報を、共有可能なデータベースやCRM(顧客管理システム)で一元管理する。
まずは「使えるデータ」を蓄積する基盤を整えること。これが、将来の大きな競争力に繋がります。
3. 経営層の強いコミットメント
物流DXは、情報システム部門だけの仕事ではありません。Qargoが実現しているようなワークフロー全体の変革は、部門を横断した協力と、業務プロセスの見直しが不可欠です。
そのためには、経営層が「DXによって会社をこう変える」という明確なビジョンを示し、トップダウンで改革を推進する強いリーダーシップが求められます。
まとめ:TMSは「管理ツール」から「事業成長エンジン」へ
ベルギーのスタートアップQargoの躍進は、世界の物流DXが新たなフェーズに入ったことを象徴しています。AI駆動型TMSは、もはや単なる業務効率化ツールではありません。注文受付から請求まで、輸送業務のバリューチェーン全体を最適化し、データに基づいて経営判断を支援する「事業成長エンジン」へと進化しているのです。
2024年問題、そしてその先にある2025年の物流DXトレンドを見据えたとき、この変化に適応できるかどうかが、企業の将来を大きく左右します。
日本の物流企業が今、目を向けるべきは、遠い海外の華々しい成功事例だけではありません。その成功の裏にある「なぜ彼らは変革できたのか」という本質です。自社の課題を直視し、スモールスタートでデータを蓄積し、経営がリーダーシップを発揮する。
Qargoの事例を羅針盤に、自社の未来を切り拓く一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。


