【Why Japan?】なぜ今、日本の物流企業が米国の郵便事情に注目すべきなのか?
2024年問題、深刻化するドライバー不足、そして高騰し続けるラストワンマイルコスト。これらの課題は、もはや日本の物流・小売業界にとって避けては通れない経営課題となっています。多くの企業がDX推進や業務効率化に取り組むものの、自社単独での解決には限界が見え始めています。
そんな中、米国で物流業界の常識を覆す可能性を秘めた、大きな地殻変動が起ころうとしています。米郵便公社(USPS)が、これまで一部の企業にしか開かれていなかった全国18,000拠点以上のラストマイル配送網を、入札形式で広く民間企業に開放すると発表したのです。
これは単なる一国の郵便事業の改革ではありません。世界最大級の公的物流インフラが「オープンなプラットフォーム」へと変貌を遂げる、歴史的な転換点です。この動きは、日本の物流企業が抱える課題を解決する上で、重要なヒントを与えてくれます。本記事では、この「Postal Service to launch bid process for last-mile facility access」の全貌を解き明かし、日本の経営層やDX担当者が今何を学び、どう行動すべきかを徹底解説します。
海外の最新動向:インフラ開放へと舵を切る世界の郵便・物流事業者
USPSの今回の発表は、世界的な「物流インフラのオープン化」という大きな潮流の象徴と言えます。各国で、これまで囲い込んできた自社の資産(アセット)を外部に提供し、新たな収益源やエコシステムを構築する動きが加速しています。
米国:USPSによるラストマイル革命の衝撃
今回、最も注目すべき米国の動きから見ていきましょう。
- 発表内容: USPSは、DDU(Destination Delivery Units)と呼ばれる、各地域の最終配達を担う18,000以上の拠点への直接アクセス権を入札形式で提供します。
- 背景: 慢性的な財政赤字に苦しむUSPSが、EC市場の拡大で急増する荷物量に対応しつつ、遊休資産となっている配送網のキャパシティを収益化する狙いがあります。
- 影響:
- 中小EC事業者: これまでAmazonやFedExなどの大手物流企業に依存せざるを得なかった中小事業者も、USPSの広範なネットワークを直接、かつ自社のニーズに合わせて利用できるようになります。これにより、配送料金の削減やサービスレベルの向上が期待されます。
- 大手物流・小売: UPSやFedExにとっては強力な競合の出現となります。一方で、自社の配送網が手薄なエリアを補完するためにUSPSのネットワークを活用するなど、協業の可能性も考えられます。
- 新たなビジネスモデル: USPSのインフラを基盤とした、新たな物流サービスやテクノロジーを提供するスタートアップが登場する可能性も十分にあります。
この動きは、日本の物流企業が学ぶべき海外物流の最先端事例と言えるでしょう。
欧州・中国:競争と協業が織りなすラストマイル戦略
米国だけでなく、欧州や中国でもラストマイルの覇権をめぐる動きは活発です。公営・民営問わず、各社が独自の戦略で競争力を高めています。
| 国/地域 | 主要プレイヤー | ラストマイル戦略の特徴 |
|---|---|---|
| 米国 | USPS, Amazon, FedEx/UPS | 公的インフラ(USPS)のオープン化。巨大プラットフォーマー(Amazon)の自社網強化と外部提供。 |
| 欧州 | Deutsche Post DHL (ドイツ), Royal Mail (英国) | 郵便事業の民営化を起点にグローバルな総合物流企業へ展開。都市部のPUDO(受取・発送拠点)ネットワークを強化。 |
| 中国 | 菜鳥網絡 (Cainiao), JD Logistics, 中国郵政 | データプラットフォーム(Cainiao)が多数の物流事業者をネットワーク化し最適化。自社網の外部提供(JD)と公的網が共存。 |
例えば、ドイツのDeutsche Post DHLは、郵便事業のノウハウを活かし、世界有数のロジスティクスカンパニーへと成長しました。また、中国のアリババグループが展開する「菜鳥網絡(Cainiao)」は、自社で配送資産を持たず、国内の無数の物流パートナーをデータプラットフォーム上で繋ぎ、最適な配送を実現するモデルで急成長しています。
これらの事例からわかるのは、もはや「すべてを自社で抱える」のではなく、「他社の強みをいかに活用し、オープンなエコシステムを構築するか」が競争力の源泉になっているという事実です。
先進事例(ケーススタディ):USPSの「DDUアクセス開放」がゲームチェンジャーたる所以
USPSの今回の取り組みは、なぜこれほどまでに画期的なのでしょうか。その成功要因を深掘りしてみましょう。
圧倒的な物理ネットワークという「揺るぎない資産」
最大の強みは、全米の隅々まで張り巡らされた18,000以上のDDUという物理的なインフラです。これは、いかに資金力のある民間企業でも、一朝一夕に構築できるものではありません。この参入障壁の極めて高いアセットを公開することで、USPSはラストマイル市場において他に類を見ないユニークなポジションを確立しようとしています。
「入札形式」がもたらす柔軟性とダイナミズム
今回の開放は、単なる「場所貸し」ではありません。荷主や物流事業者が、自社が必要とする物量、価格、そして荷物の引き渡し時間帯といった条件を組み合わせて提案できる「入札形式」である点が重要です。
- 荷主側のメリット: 繁忙期と閑散期で物量が大きく変動するアパレル業界や、特定の時間帯に配送が集中する生鮮食品ECなど、業種・業態に応じた最適なラストマイルソリューションを、コストを抑えながら構築できます。
- USPS側のメリット: 配送網の空き時間やスペースを効率的に埋めることができ、インフラ全体の稼働率を最大化できます。これにより、収益性の向上が見込めます。
これは、固定的な価格やサービス内容を提供する従来の物流サービスとは一線を画す、極めて柔軟でダイナミックな関係性を築く試みです。
Win-Winのエコシステム構築
この取り組みは、USPSと利用企業の双方にメリットをもたらすだけでなく、消費者や社会全体にも良い影響を与える可能性があります。
- USPS: 財政改善
- 利用企業: 低コストで高品質なラストマイル網の利用
- 消費者: 配送料金の低下や、配送オプションの多様化
- 社会: 複数企業による配送網のシェアが進むことによる、トラック台数の削減やCO2排出量の抑制
まさに、関係者全員が利益を得られる「三方よし」の共創モデルであり、今後の物流DXの事例として長く語られることになるでしょう。
日本への示唆:USPSの衝撃を、対岸の火事から「我が事」へ
さて、この米国の壮大な実験を、日本の物流企業はどのように捉え、自社の戦略に活かせばよいのでしょうか。
日本郵便が持つポテンシャルと課題
日本において、USPSに匹敵する全国的なネットワークを持つのは、言うまでもなく日本郵便です。全国に約24,000局ある郵便局と、その配送網は、日本のラストマイルを支える巨大なインフラです。
もし、日本郵便がUSPSと同様に、そのネットワーク(例えば、郵便局の空きスペースや配達網の余力)をよりオープンな形で民間企業に提供するサービスを本格化させれば、日本の物流業界に与えるインパクトは計り知れません。地域の小規模EC事業者やスタートアップが、安価で信頼性の高い配送網を手に入れることで、新たなビジネスが生まれる土壌となるでしょう。
もちろん、実現には郵便法などの規制緩和や、既存の物流パートナーとの利害調整といった高いハードルが存在します。しかし、人口減少社会においてインフラを維持していくためには、こうした「アセットの共有」という発想が不可欠になってくるはずです。
民間企業が今すぐ真似できる「オープン化」の発想
「公的機関だからできることだ」と考えるのは早計です。民間企業でも、この「オープン化」の発想を取り入れることは可能です。
自社アセットの再評価と外部提供
自社が保有する倉庫の空きスペース、トラックの積載余力、配送員の空き時間などを、単なる「コスト」ではなく「収益を生む資産」として再評価してみましょう。
例えば、小売大手のウォルマートも、自社のEC配送のために構築した物流網を他の小売業者に提供する『GoLocal』というサービスを展開しています。これは、まさに自社アセットの外部提供によって新たな収益源を生み出した好例です。
(参考記事: 【海外事例】ウォルマート2025年の配送革命に学ぶ!米国の最新動向と日本への示唆)
業界の垣根を越えた「水平連携」
日本では、系列や資本関係を重視する傾向が根強くありますが、今後は競合他社も含めた水平連携が重要になります。特定エリアでの共同配送や、繁忙期におけるトラックや人員のシェアリングなど、業界全体でリソースを融通し合う仕組みを構築できれば、2024年問題への強力な対抗策となり得ます。
USPSの事例が示すのは、自社の強み(アセット)を定義し直し、それを他社が利用しやすい形で提供(オープン化)することで、新たな価値と収益が生まれるという事実です。これは、DX推進担当者にとって、テクノロジー導入と同じくらい重要な視点と言えるでしょう。
まとめ:物流は「所有」から「共有・共創」の時代へ
USPSが打ち出したラストマイル配送網の入札による開放は、単なる米国のニュースに留まりません。それは、世界の物流が「自前主義(所有)」から、業界の垣根を越えてインフラをシェアし、共に新たな価値を創り出す「共有・共創」の時代へと大きくシフトしていることを示す象徴的な出来事です。
この変化の波は、必ず日本にも訪れます。
日本の経営層、そして新規事業・DX担当者の皆様は、この大きな潮流を的確に捉え、「自社のアセットをいかにオープン化し、新たなエコシステムを構築できるか?」という視点で、自社の戦略を今一度見直してみてはいかがでしょうか。USPSの挑戦は、そのための絶好のケーススタディとなるはずです。


