物流業界における「2024年問題」や深刻なドライバー不足が叫ばれる中、海の向こう中国では、物流DXの歴史を塗り替えるような大きな動きがありました。
中国の自動運転トラック開発企業であるTrunk Tech(主線科技)が、香港証券取引所への上場を申請したのです。同社は2020年に世界初となる港湾での無人トラック商用運行を実現し、すでにレベル4自動運転の実績を積み重ねています。
「海外の事例は日本の現場には合わない」
そう感じる方もいるかもしれません。しかし、Trunk Techが成功させた「港湾」という限定領域での自動化モデルは、日本の物流現場が抱える課題解決に直結するヒントに満ちています。
本記事では、Trunk Techの上場申請の背景と実績を深掘りしつつ、世界の自動運転トラック市場の最新トレンドを解説。そして、日本の物流企業がこの先進事例から何を学び、どう自社のDXに活かすべきかを紐解きます。
世界の自動運転トラック最新動向:実装フェーズに入った米中
自動運転技術の開発競争は、実験室を飛び出し、実際の物流現場での「稼ぐ力」を試されるフェーズに移行しています。特に中国と米国では、アプローチこそ異なりますが、商用化に向けた動きが加速しています。
米中のアプローチの違いと市場概況
米国では、広大な国土を結ぶ長距離幹線輸送(ミドルマイル)の自動化に焦点が当てられています。一方、中国では幹線輸送に加え、港湾や物流パークといった「閉鎖環境・準閉鎖環境」での完全無人化(レベル4)が先行して収益化されています。
以下に、主要な市場の動向を比較します。
| 項目 | 中国(China) | 米国(USA) | 欧州(EU) |
|---|---|---|---|
| 主な注力領域 | 港湾・物流施設内の完全無人化、幹線輸送 | 州間高速道路での長距離幹線輸送 | 隊列走行(プラトーン)、環境負荷低減 |
| 主要プレイヤー | Trunk Tech、Pony.ai、TuSimple | Aurora、Kodiak Robotics、Waymo Via | Daimler Truck、Volvo、Einride |
| 規制環境 | 政府主導で特区や港湾での実証・実装を強力に推進。5Gインフラ整備も迅速。 | 州ごとに規制が異なるが、南部を中心に自動運転フレンドリーな法整備が進む。 | 安全基準が厳格。環境規制とセットでEV化・自動化が進められる傾向。 |
| 商用化フェーズ | 港湾など限定領域ではすでに商用稼働中(レベル4)。 | 安全要員同乗での商用パイロット運行が主流。完全無人化は一部で開始。 | 実証実験段階が中心。EVトラックとの統合が進む。 |
特に中国市場では、Trunk Techのように「特定のシーン(港湾)」に特化することで技術的なハードルを下げ、早期に収益化モデルを確立する戦略が奏功しています。
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【先進事例】Trunk Techが実現した港湾DXの正体
今回、香港上場を申請したTrunk Tech(主線科技)は、単なる自動運転技術の開発会社ではありません。彼らは「AIトラック」を港湾物流のエコシステムに組み込み、実質的なインフラの一部として機能させています。
世界初の港湾無人化とその実績
Trunk Techの最大の特徴は、「世界初の港湾無人トラック商用運行」を2020年に天津港で実現した点です。これは実証実験ではなく、実際のコンテナ輸送業務としての稼働です。
同社の目論見書や報道によると、以下の驚くべき実績が公開されています。
- 出荷台数: 主力製品であるレベル4自動運転トラック「AiTruck」の出荷台数は830台に到達。
- 走行距離: 累計走行距離は約1億kmに迫る勢いです。これは地球を約2,500周する距離に相当します。
- 成長率: 売上高の年平均成長率(2022年〜2024年)は50.4%を記録。赤字幅も縮小傾向にあり、ビジネスとしての自立が見え始めています。
成功の鍵:隊列走行による効率20%改善
Trunk Techが提供する価値は「無人化」だけではありません。「効率化」です。
同社のシステムは、クラウドプラットフォーム「AiCloud」を通じて複数のトラックを制御し、隊列走行(プラトーニング)を行います。これにより、空気抵抗の低減や車両間隔の最適化が可能となり、輸送効率を20%改善したというデータがあります。
港湾内という、ルートが決まっており、かつ24時間稼働が求められる環境において、疲れを知らないAIトラックが隊列を組んで正確にコンテナを運び続ける。これが彼らが実現した「港湾DX」の姿です。
ハードウェアとサービスの融合
彼らのビジネスモデルは、単にトラックを販売するだけではありません。
– AiTruck: 自動運転トラック本体
– AiBox: 既存のトラックをスマート化するデバイス
– AiCloud: 運行管理・データ分析を行うクラウド基盤
これらを組み合わせ、顧客には「車両」ではなく「輸送能力」を提供しています。これは、物流企業が初期投資を抑えつつ最新技術を導入できるモデルとして、日本企業も注目すべき点です。
日本への示唆:港湾・構内物流の自動化をどう進めるか
Trunk Techの事例は、日本の物流業界にどのような示唆を与えているのでしょうか。日本の商習慣や道路事情は中国とは異なりますが、アプローチの本質には共通点があります。
1. 「公道」の前に「閉鎖空間」を攻略せよ
日本の自動運転議論は、どうしても「高速道路でのレベル4」に注目が集まりがちです。しかし、法規制や安全性のハードルが高い公道よりも先に、港湾、空港、大規模工場などの「閉鎖空間(または準閉鎖空間)」での無人化こそが、現実的な解となります。
Trunk Techが天津港で成功したように、日本でも空港や港湾での導入機運が高まっています。例えば、全日空と豊田自動織機による羽田空港内でのレベル4実用化のニュースは、まさにこのトレンドに沿ったものです。
See also: 全日空、豊田自動織機/羽田空港制限内で自動運転レベル4実用化について|物流業界への影響を徹底解説[企業はどう動く?]
2. 「隊列走行」による人手不足解消
ドライバー不足が深刻な日本において、1人のドライバー(または無人)が先頭車両を走り、後続車が自動で追従する「隊列走行」は非常に有効です。
Trunk Techの実績である「効率20%改善」は、燃料費高騰に悩む日本の運送会社にとっても無視できない数字です。新東名高速道路などで実証が進んでいますが、これを構内物流に応用することで、夜間運行の無人化などが早期に実現できる可能性があります。
3. スモールスタートからのスケールアップ
Trunk Techも最初から800台を走らせていたわけではありません。まずは特定の港で、少数の車両から運用を開始し、データを蓄積しながら台数を増やしていきました。
日本の物流企業も、いきなり全車両を入れ替えるのではなく、特定のルート、特定の倉庫間輸送から自動化を試みる「スモールスタート」が重要です。
See also: From Pilot to Production: 自動運転トラック導入5つのステップとメリットを物流担当者向けに…
4. 既存資産の活用(レトロフィット)
Trunk Techが「AiBox」のようなデバイスを提供している点も見逃せません。新車への買い替えだけでなく、既存のトラックにセンサーやAIを後付け(レトロフィット)して自動化レベルを上げるアプローチは、投資余力が限られる中小物流企業にとっても現実的な選択肢となり得ます。米国でも同様のアプローチで導入を進める事例が増えています。
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まとめ:物流DXは「待ったなし」の領域へ
中国のTrunk Techが香港上場へ向かう動きは、自動運転トラックがもはや「未来の技術」ではなく、「投資回収可能なビジネス」へと進化したことを証明しています。
日本の物流企業が彼らから学ぶべきは、以下の3点に集約されます。
- 領域の限定: 公道完全自動化を待たず、港湾や構内などの閉鎖空間から自動化に着手する。
- データの価値: 走行データをクラウドで管理し、運行効率を最適化する視点を持つ。
- エコシステムの構築: 車両単体ではなく、運行管理システムを含めた全体最適を目指す。
2024年問題の先にあるのは、労働力人口がさらに減少する未来です。海外の先進事例を「対岸の火事」とせず、「対岸の灯台」として進むべき方向の道しるべにすることが、これからの経営層やDX担当者には求められています。
港湾や工場内など、自社の足元にある「管理可能な領域」から、自動化の一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
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