化学メーカー大手のDIC株式会社が、製品輸送に伴うCO₂排出量の可視化を開始しました。この動きは、単なる一企業の環境対策にとどまらず、日本のサプライチェーン全体における脱炭素化の潮流が新たな段階に入ったことを示す重要なシグナルと言えるでしょう。
ニュース概要: 今、何が起きているのか(背景)
まず、今回のDICの取り組みの全体像と、その背景にある国内外の動向を整理しましょう。
DICは、長期経営計画「DIC Vision 2030」の中で「2050年度カーボンネットゼロ」という高い目標を掲げています。今回のCO₂排出量可視化は、この壮大な目標達成に向けた具体的な第一歩です。特に、自社の直接排出(Scope1, 2)だけでなく、サプライチェーン全体の排出量(Scope3)の把握、中でも製品輸送(カテゴリ4, 9)に焦点を当てている点が重要です。
この動きを後押ししているのが、国内外の規制強化の波です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 企業 | DIC株式会社 |
| 取り組み | 製品輸送に伴うCO₂排出量の可視化 |
| 目標 | 2050年度カーボンネットゼロ達成(長期経営計画「DIC Vision 2030」) |
| 推進背景(国際) | 欧州CSRD(企業サステナビリティ報告指令)など、環境情報開示の強化 |
| 推進背景(国内) | 改正省エネ法による非化石エネルギー転換、荷主への取り組み要求 |
| ターゲット | サプライチェーン排出量(Scope3)の報告精度向上とグローバル基準への準拠 |
| 先行地域 | 日本、中国、東南アジアのグループ会社 |
欧州ではCSRDにより、対象企業はサプライチェーンを含めたサステナビリティ情報の開示が義務付けられつつあります。日本国内でも改正省エネ法が施行され、荷主企業に対しても物流における省エネ努力や非化石エネルギーへの転換が求められるようになりました。
つまり、DICの取り組みは、こうした規制対応という「守り」の側面と、企業の環境価値を高めるという「攻め」の側面を併せ持った戦略的な一手なのです。
業界への影響: 物流業界にどのようなインパクトがあるか
荷主であるDICのこの動きは、物流業界全体に大きなインパクトを与えます。具体的には、以下の4つの変化が加速するでしょう。
1. 物流事業者選定基準の変革
これまで物流事業者の選定は「コスト」「品質」「納期」が主な基準でした。しかし今後は、これに「環境(CO₂排出量のデータ提供能力)」という第4の軸が加わります。荷主がScope3排出量を正確に算定するためには、委託先である物流事業者が輸送手段や距離に応じたCO₂排出量データを正確に提供できなければなりません。このデータ対応能力が、コンペでの勝敗を分ける重要な要素となるでしょう。
2. 「グリーン物流」の付加価値向上
CO₂排出量の少ない輸送モードへの転換(モーダルシフト)や、積載率向上につながる共同配送、EVトラックの導入といった取り組みは、これまで主にコスト削減や効率化の文脈で語られてきました。しかし、「可視化」が進むことで、これらの取り組みによるCO₂削減効果が数値として明確に評価されるようになります。これにより、「環境に配慮した輸送」そのものが、価格競争から一線を画す付加価値サービスとして成立しやすくなります。
3. LogiTechソリューションの需要急増
CO₂排出量の正確な算定には、膨大な輸送データを収集・分析・管理する仕組みが不可欠です。手作業での集計には限界があり、TMS(輸配送管理システム)や動態管理システムなど、デジタルツールの活用が前提となります。DICがロジスティードの可視化ツールを導入したように、今後、多くの荷主・物流事業者が同様のソリューションを求めることになり、関連市場は急速に拡大するでしょう。
4. 中小物流事業者の二極化
データ管理体制の構築やデジタル投資の余力がある大手物流事業者が有利になる一方で、対応が遅れる中小事業者にとっては厳しい時代になる可能性があります。しかし、見方を変えれば、特定の地域や輸送モードで環境性能の高いサービスを提供できれば、規模に関わらず選ばれるチャンスが生まれます。環境対応を軸に、大手と差別化を図る戦略が中小事業者にとっての活路となるかもしれません。
LogiShiftの視点: 独自の考察、今後の予測
我々は、今回のDICの発表を「可視化時代の本格的な幕開け」と捉えています。そして、この潮流は「可視化」の次のフェーズへと進んでいくと予測します。
「可視化」から「最適化・削減」へ
データが見えるようになれば、次に行うべきは「削減」です。可視化されたCO₂排出量データは、いわば企業の物流活動における健康診断の結果です。どこに課題(排出量の多い非効率な輸送)があるのかを特定し、具体的な改善策を打つ「最適化」のフェーズへと移行します。
例えば、「A拠点からB拠点への陸上輸送は、鉄道輸送に切り替えることでCO₂を〇%削減できる」といったデータに基づいた意思決定が、経営の標準的なプロセスになっていくでしょう。
サプライチェーン全体の「協創」が鍵
DICも課題として挙げていますが、Scope3の排出量削減は一社の努力だけでは不可能です。荷主、元請け物流事業者、実運送を担う協力会社、さらには原材料のサプライヤーまで、サプライチェーンに関わる全てのプレイヤーがデータを共有し、同じ目標に向かって協力する「協創」の体制が不可欠です。今後は、企業間の垣根を越えたデータ連携プラットフォームの重要性がさらに増していくと考えられます。
この分野では、テクノロジーを活用した新しいソリューションが次々と生まれています。海外に目を向ければ、米国物流スタートアップの最新動向やヨーロッパの物流スタートアップが、AIを活用したルート最適化やブロックチェーンによるトレーサビリティ確保など、脱炭素に貢献する革新的なサービスを展開しており、日本市場にも大きな影響を与えるでしょう。
まとめ: 企業はどう備えるべきか
DICの取り組みは、もはや対岸の火事ではありません。物流に関わる全ての企業にとって、サステナビリティへの対応は待ったなしの経営課題です。
荷主企業の皆様へ
まずは自社のサプライチェーンにおけるCO₂排出量の現状把握から始めましょう。どこから、どれくらいのCO₂が排出されているのかを知ることが第一歩です。その上で、物流事業者と協力し、データ収集・可視化の仕組みを構築していく必要があります。
物流事業者の皆様へ
自社が提供する輸送サービスのCO₂排出量を正確に算定し、荷主にデータとして提供できる体制を早急に整えるべきです。これはもはや「できれば良い」ではなく、「できなければ選ばれない」必須の要件に変わりつつあります。環境負荷の低い輸送サービスを開発し、積極的に荷主に提案していくことが、新たなビジネスチャンスを掴む鍵となります。
今回のDICの発表は、物流業界がコストや効率だけでなく、「環境価値」という新たな物差しで評価される時代の到来を告げる号砲です。この変化を脅威と捉えるか、好機と捉えるか。企業の未来は、その判断にかかっています。
