物流業界の「2024年問題」や燃料費高騰に加え、脱炭素化への対応という待ったなしの課題に直面する中、ゲームチェンジャーとなり得る新たな取り組みが横浜の地で始動しました。
2023年11月20日、名糖運輸グループの株式会社ジャステム、いすゞ自動車、ファミリーマート、伊藤忠商事、そして横浜市が協業し、バッテリー交換式小型EVトラック「エルフEV」を用いた配送実証実験の出発式が開催されました。
本稿では、この画期的な実証実験の概要を解説するとともに、物流業界に与えるインパクト、そして私たちがどう向き合うべきかについて、独自の視点で深掘りしていきます。
ニュース概要: 何が起きているのか(背景)
今回の実証実験の核心は、EVトラック導入における最大の障壁であった「充電時間の長さ」を根本から覆す「バッテリー交換方式」にあります。
従来のEVは、業務終了後や休憩時間に数時間かけて充電する必要があり、特に24時間稼働が求められるコンビニ配送などでは、車両の稼働率低下が大きな課題でした。
この問題を解決するため、本実証では、専用のステーションで充電済みのバッテリーパックに数分で交換する方式を採用。これにより、従来のディーゼル車と遜色のない稼働時間を確保しながら、走行中のCO₂排出ゼロを実現します。
今回の実証実験のポイントを以下の表に整理しました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 実施主体 | ジャステム(名糖運輸グループ) |
| 協業パートナー | いすゞ自動車、ファミリーマート、伊藤忠商事、横浜市 |
| 使用車両 | いすゞ自動車製 バッテリー交換式小型トラック「エルフEV」 |
| 配送対象 | 横浜市内のファミリーマート店舗へのチルド食品 |
| 最大の特徴 | 国内初となる車両の左右両側からバッテリーを同時交換できるステーション |
| 目的 | バッテリー交換方式によるEVトラックの実用性・事業性の検証 |
| 開始日 | 2023年11月20日(出発式開催) |
特筆すべきは、いすゞ自動車が開発した「センタースワップ方式」のバッテリー交換ステーションです。車両の左右から同時にバッテリーを交換することで、作業時間をわずか3分程度に短縮。ドライバーの負担を軽減し、配送オペレーションへの影響を最小限に抑える設計となっています。
これは、配送効率を維持したまま脱炭素化を進めたい物流事業者にとって、まさに待望のソリューションと言えるでしょう。
業界への影響: 物流業界にどのようなインパクトがあるか
このバッテリー交換式EVトラックの実証実験が成功し、社会実装へと進んだ場合、物流業界に計り知れないインパクトをもたらす可能性があります。
1. ラストワンマイルのEVシフトを一気に加速
コンビニやスーパーへの店舗配送、ECの宅配といったラストワンマイル領域は、走行距離が比較的短く、EV化が期待される分野です。しかし、前述の通り充電時間の問題が導入のネックでした。
バッテリー交換方式がこの課題を解決することで、事業者は車両のダウンタイムを気にすることなくEVを導入できるようになります。これにより、これまで二の足を踏んでいた企業もEVシフトに踏み切りやすくなり、業界全体の脱炭素化が劇的に加速する可能性があります。
2. 車両稼働率の最大化とTCO(総保有コスト)の最適化
充電時間が不要になることで、車両の稼働率は飛躍的に向上します。1台のトラックを複数のドライバーで24時間近く稼働させることも理論上可能になり、保有台数の最適化に繋がります。
初期導入コストはディーゼル車より高価ですが、燃料費(電気代)の安さ、メンテナンス費用の低減、そして稼働率向上による収益増を考慮すると、TCO(Total Cost of Ownership)で優位に立つ可能性を秘めています。
3. 新たなエネルギーインフラ・ビジネスの創出
バッテリー交換ステーションは、単なる「交換場所」にとどまりません。多数のバッテリーをストックし、電力需要の少ない夜間に充電、需要の多い昼間に供給するといったエネルギーマネジメント拠点としての役割も期待されます。
将来的には、地域の電力網の安定化に貢献する「バーチャルパワープラント(VPP)」の一部となるなど、物流インフラがエネルギーインフラと融合した新たなビジネスモデルが生まれるかもしれません。
サプライチェーン全体での環境負荷低減は、今や企業の責務です。先日、当メディアで紹介した【解説】★DIC、物流におけるCO₂排出量の可視化を開始について|サプライチェーン脱炭素への号砲のように、排出量の可視化と並行して、今回のような具体的な削減技術の実用化を進めることが、持続可能な物流を実現する上で不可欠です。
LogiShiftの視点: 独自の考察、今後の予測
この先進的な取り組みを、私たちはどう捉えるべきでしょうか。いくつかの論点から今後の可能性と課題を考察します。
課題は「バッテリーの標準化」と「エコシステムの構築」
この方式が広く普及するための最大の鍵は、バッテリーパックの標準化です。
現在はいすゞ自動車独自の規格ですが、将来的に他の自動車メーカーも参入し、メーカーの垣根を越えてバッテリーを共有できるようなオープンなプラットフォームが構築されれば、インフラ整備は一気に進むでしょう。逆に、各社が独自規格を乱立させると、かつてのビデオテープ(VHS対ベータ)のように、普及の足かせとなりかねません。
また、交換ステーションの設置場所や運営主体、バッテリーの所有権(リース、サブスクリプションなど)といったビジネスモデルを含めたエコシステム全体の設計が、今後の成否を分ける重要な要素となります。
「都市型物流」との親和性
バッテリー交換ステーションは、大規模な充電スペースを必要としないため、地価の高い都市部での展開に適しています。特に、トラックターミナルや大規模倉庫、配送センターといった物流結節点に設置することで、効率的な運用が可能になります。
今回の実証実験の舞台が横浜市であることも、こうした都市型物流における有効性を検証する上で非常に示唆に富んでいます。
今後の展開予測:協業モデルの多様化
今回の実証は、自動車メーカー、運送事業者、荷主、商社、自治体という異業種が連携した公民連携(PPP)モデルの好例です。
今後は、エネルギー会社や不動産デベロッパーなども加わり、さらに多様なプレーヤーによる協業が進むと予測されます。例えば、複数の運送会社が共同で交換ステーションを利用するシェアリングモデルや、商業施設の駐車場に設置し、買い物中の充電(交換)を促すといった展開も考えられるでしょう。
まとめ: 企業はどう備えるべきか
このバッテリー交換式EVトラックは、まだ実証実験の段階です。しかし、そのポテンシャルは計り知れず、物流の未来を大きく左右する可能性を秘めています。私たち物流に携わる者は、この変化の波に乗り遅れないよう、今から準備を始める必要があります。
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動向の注視と情報収集の徹底
まずは、今回の実証実験の結果を注意深く見守ることが重要です。性能、コスト、運用上の課題など、公表される情報を収集・分析し、自社の事業にどう活かせるかを検討し始めましょう。 -
自社オペレーションとの適合性評価
自社の配送ルート、走行距離、積載量、稼働時間などのデータを分析し、バッテリー交換式EVが適合する業務領域はどこかを洗い出しておくべきです。特に、拠点間輸送やエリア配送など、ルートが固定化されている業務から導入のシミュレーションを進めると良いでしょう。 -
パートナーシップの模索
インフラ整備には莫大な投資が必要です。1社単独で抱え込むのではなく、荷主企業や同業他社、地域の企業と連携し、共同でインフラを整備・利用する「協調領域」として捉える視点が不可欠です。今のうちから、脱炭素化という共通の目標を持つパートナーとの対話を開始しましょう。
今回の出発式は、単なる一台のEVトラックの門出ではありません。物流業界が長年抱えてきた「効率」と「環境」という二律背反の課題を、テクノロジーと協業によって乗り越えようとする、未来への力強い第一歩なのです。この動きが日本の物流をどう変えていくのか、引き続き注目していきましょう。


