導入: なぜ今、日本の物流企業がKrogerの動向を知るべきなのか?
2024年問題、深刻化する人手不足、そして高騰し続ける燃料費。日本の物流業界は今、構造的な課題に直面しています。多くの企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)を模索する中、「どの技術に、どれだけ投資すべきか」という経営判断は、これまで以上に難しくなっています。
このような状況下で、米国の大手グロサリーチェーンKrogerが打ち出した一手は、日本の経営層やDX推進担当者にとって大きな示唆を与えてくれます。同社はケンタッキー州に約4億ドル(約600億円)を投じ、最新の自動化配送センターを建設すると発表しました。
しかし、この動きは単なる大規模投資ではありません。Krogerは近年、英国Ocado社と提携し、eコマース(EC)向けの最先端自動倉庫(CFC)を積極的に展開してきました。その一方で、一部のCFC閉鎖や計画中止も発表しています。
この一見矛盾するような動きの背景にあるのは、DX戦略における「選択と集中」です。本記事では、Krogerの事例を深掘りし、世界の物流トレンドと比較しながら、日本の物流企業が今、何を学び、どう行動すべきかを徹底解説します。
海外の最新動向: 米国・欧州・中国で加速する物流DXの現在地
Krogerの動きを正しく理解するためには、まず世界で何が起きているかを知る必要があります。各国の物流DXは、市場環境や消費者の行動様式の違いを反映し、異なる進化を遂げています。
米国: サプライチェーン全体の最適化へシフト
米国では、Amazon、Walmart、そしてKrogerといった巨大小売企業が、熾烈な競争を繰り広げています。ECの拡大は依然として続いていますが、コロナ禍の熱狂は落ち着きを見せ、各社はより持続可能で収益性の高い物流モデルを模索し始めています。
その中心にあるのが、ラストワンマイルだけでなく、倉庫から店舗への「ミドルマイル」を含めたサプライチェーン全体の最適化です。Krogerの新配送センター建設は、まさにこのトレンドを象徴する動きと言えるでしょう。
欧州: サステナビリティと都市型物流の進化
欧州では、環境規制の厳しさからサステナビリティが物流戦略の重要な要素となっています。また、歴史的な都市構造から、ラストワンマイルの効率化が大きな課題です。
この課題に対し、都市部に小規模な自動化倉庫「マイクロフルフィルメントセンター(MFC)」を設置する動きが活発化しています。英国のOcadoが展開する大規模CFCモデルとは対照的に、より小回りの利く都市型物流が注目されています。
中国: 「完全自動化」と「即時配送」の覇権争い
中国では、JD.com(京東)やAlibaba(アリババ)が、圧倒的な物量を背景に「完全自動化」を追求しています。例えば、JD.comの自動化倉庫「亜洲一号」では、商品の入庫からピッキング、梱包、出庫までの一連のプロセスがほぼ無人で行われています。
さらに、ライブコマースなど独自のEC文化と結びつき、注文から30分~1時間で商品を届ける「即時配送」サービスが急拡大しており、物流網のさらなる高度化を後押ししています。
各地域の物流DXトレンド比較
| 国・地域 | 主要トレンド | 代表企業・事例 |
|---|---|---|
| 米国 | サプライチェーン全体の最適化、店舗補充(ミドルマイル)強化 | Kroger, Walmart, Amazon |
| 欧州 | ラストワンマイル効率化(MFC)、サステナビリティ | Ocado, Tesco |
| 中国 | 完全自動化倉庫、即時配送網の高度化 | JD.com, Alibaba |
先進事例(ケーススタディ): KrogerのDX戦略「選択と集中」を解剖する
今回注目するKrogerのケンタッキー州フランクリンでの新配送センター建設計画は、同社の物流DX戦略の転換点を明確に示しています。
計画の概要
- 投資額: 3億9,100万ドル(約600億円)
- 目的: 地域サプライチェーンの強化と店舗への商品補充の効率化
- 特徴: スケーラブル(拡張可能)で自動化されたオペレーション
- 効果: 約430人の新規雇用創出
この配送センターは、主に各店舗へ商品を供給するためのものです。つまり、個人顧客向けのEC注文を処理するのではなく、店舗という既存の強力な資産を支えるための投資という点が重要です。
なぜ今、店舗補充(to B)なのか?DX戦略の軌道修正
この投資の背景を理解するためには、Krogerのこれまでの動きを振り返る必要があります。
フェーズ1: EC特化の自動倉庫(CFC)への積極投資
Krogerは2018年、オンラインスーパーの雄である英国Ocadoと提携。Ocadoの持つ大規模な顧客フルフィルメントセンター(CFC: Customer Fulfillment Center)の技術を導入し、米国各地でEC専用の巨大自動倉庫の建設を進めてきました。これは、急成長するEC需要を獲得するための積極的な「攻め」の戦略でした。
フェーズ2: 投資対効果の見直しと「選択と集中」
しかし、2023年に入り、風向きが変わります。Krogerはフロリダ州など3拠点のCFCを閉鎖し、一部の建設計画の中止も発表しました。これは、以下の要因が絡み合っていると推測されます。
- EC成長の鈍化: コロナ禍での爆発的な需要増が落ち着き、成長率が想定を下回った。
- CFCの高いコスト: 巨大なCFCの建設・維持には莫大なコストがかかり、収益化へのハードルが高い。
- 店舗網の再評価: Krogerの最大の強みは、全米に広がる広大な店舗ネットワークです。この店舗を基点とした収益モデルの重要性を再認識したと考えられます。
この流れの中で発表されたのが、今回のケンタッキー州の新配送センターです。これは、「EC特化」から「店舗網を活かしたオムニチャネル戦略の基盤強化」へと、DXの軸足を移すという明確な意思表示なのです。単に最新技術を追うのではなく、自社のビジネスモデルの根幹を強化するためにテクノロジーを活用する。これこそが、Krogerの「選択と集中」戦略の核心です。
この動きは、当ブログの別記事「海外トレンドから学ぶ物流テック最前線[日本企業はどう動く?]」で解説した、技術導入ありきではない、事業戦略に基づいたDXの重要性を裏付ける好例と言えるでしょう。
日本への示唆: Krogerの事例から日本企業が学ぶべきこと
Krogerの戦略転換は、日本の物流企業、特に店舗網を持つ小売・卸売業にとって、他人事ではありません。ここから得られる教訓は、明日からの経営判断に直結するものです。
1. DXの幻想を追わず、自社の「強み」を再定義する
一時期、ECへの全面的なシフトや、完全自動化倉庫の導入がDXの唯一の正解であるかのような風潮がありました。しかし、Krogerの事例は、自社のビジネスの核となる強み(Krogerの場合は店舗網)を見失ってはいけないことを教えてくれます。
- 日本企業への問い:
- あなたの会社の本当の強みは何ですか? 顧客との長年の信頼関係ですか? 地域に根差した配送網ですか?
- その強みをさらに伸ばすために、デジタル技術をどう活用できますか?
- 最新のバズワードに惑わされず、地に足のついた投資計画になっていますか?
2. 「ミドルマイル」こそがDXの主戦場になる可能性
日本では「2024年問題」への対応として、ラストワンマイルの効率化(共同配送、ドローン配送など)に注目が集まりがちです。しかし、物流センターから各拠点・店舗への「ミドルマイル」の非効率が、サプライチェーン全体のコストとリードタイムを悪化させているケースは少なくありません。
Krogerが巨額を投じて店舗補充用の配送センターを自動化したように、日本の物流企業もミドルマイルの改革にこそ、大きな改善の余地と投資効果が眠っている可能性があります。特に、長距離輸送の制約が厳しくなる今後、効率的な中継・配送拠点の重要性はますます高まるでしょう。
3. 日本企業が今すぐ取り組めるアクションプラン
Krogerのような大規模投資は困難でも、その思想を自社に活かすことは可能です。
- ボトルネックの可視化: まずは自社のサプライチェーン全体を俯瞰し、どこに最も時間とコストがかかっているのかをデータで可視化しましょう。EC向けピッキングなのか、店舗への幹線輸送なのか、ボトルネックを正確に特定することが第一歩です。
- スモールスタートでの自動化: 全ての倉庫を一度に自動化する必要はありません。例えば、特定の工程にAMR(自律走行搬送ロボット)やAGV(無人搬送車)を導入するなど、部分的な自動化から始めることで、リスクを抑えながら効果を検証できます。こうした具体的なロボット活用の事例については、「物流の最前線|AIロボットが動かす海外物流センター徹底レポート」もご参照ください。
- パートナー戦略の見直し: 特定の技術ベンダーに依存するモデルは、KrogerとOcadoの事例のように、環境変化に対応しづらくなるリスクを伴います。自社の状況に合わせて複数の技術やサービスを組み合わせられるような、柔軟なパートナーシップを構築することが重要です。
まとめ: 物流DXは「最適化」の時代へ
Krogerの4億ドル投資と、その裏にある戦略転換は、世界の「海外物流」トレンドが新たなフェーズに入ったことを示唆しています。それは、単に最新技術を導入する「導入競争」の時代から、自社の事業戦略に合わせて最適な技術を「選択・集中」させる「最適化」の時代への移行です。
日本の物流企業がこの変化の激しい時代を勝ち抜くためには、海外の成功事例や失敗事例から学び、自社のビジネスモデルに即した独自の「物流DX 事例」を創り上げていく必要があります。
Krogerが示した「地に足のついたDX」は、日本のすべての経営者、そしてDX担当者にとって、自社の戦略を再点検する絶好の機会を与えてくれているのです。


