「トラックがなかなか来ない、来ても荷積み作業に時間がかかり、ドライバーを長時間待たせてしまう…」
「倉庫内は保管用のパレットで溢れかえり、管理コストもスペースも圧迫している…」
物流倉庫の現場で、このような悩みを抱えている管理者や担当者の方は少なくないでしょう。特に、2024年問題によるドライバーの労働時間規制強化は、荷待ち時間の削減を待ったなしの課題へと押し上げています。
従来のやり方の延長線上では、これらの課題解決は困難です。しかし、視点を変え、先進的なテクノロジーと業務プロセスの抜本的な見直しを行えば、劇的な改善が可能です。
本記事では、キリンビールを含む大手4社が共同で実現した「新ピッキングシステム」の事例を基に、貴社の倉庫が抱える荷待ち時間と過剰なパレット問題を解決するための具体的な手法と実践プロセスを、現場目線で徹底解説します。
なぜ改善が進まない?物流現場が抱える根深い課題(Before)
多くの物流倉庫では、長年にわたり確立されたオペレーションが存在します。しかし、その裏側では、非効率が常態化しているケースも少なくありません。まずは、多くの現場が直面している課題を整理してみましょう。
| 課題項目 | 具体的な状況(Before) | 現場への影響 |
|---|---|---|
| 長時間の荷待ち | ・出荷指示が出てからピッキングを開始するため、トラック到着後に作業が始まる ・オーダーが集中すると、ピッキングと積み付けに時間がかかり、待機が常態化 | ・ドライバーの拘束時間が長くなり、輸送効率が低下 ・2024年問題への対応が困難になる ・バースの回転率が悪化し、さらなる待機列を生む |
| 過剰なパレット | ・製品を入荷後、保管しやすいようにパレットに積み付け直す ・在庫として保管する期間中、常にパレットを使用し続ける | ・パレットの購入・レンタル・管理コストが増大 ・保管スペースを圧迫し、倉庫の収容能力を低下させる ・空パレットの移動や管理に余計な工数がかかる |
| 複雑なピッキング作業 | ・多様なSKU(在庫管理単位)から、人手で必要な商品をケース単位で集める ・熟練作業員への依存度が高く、新人教育に時間がかかる | ・ピッキングミスによる誤出荷のリスク ・作業員の身体的負担が大きい(特に重量物) ・作業スピードが個人のスキルに左右され、生産性が安定しない |
これらの課題は互いに連鎖しており、一つを放置すると他の問題まで悪化させてしまいます。この悪循環を断ち切るには、これまでの常識を覆す新しいアプローチが不可欠です。
解決策は「平置き保管」と「出荷時自動積み付け」への転換
この根深い課題を解決する鍵として注目されるのが、キリンビール、アサヒビール、サッポロビール、サントリービールが共同物流会社で導入した新ピッキングシステムです。
このシステムの核心は、以下の2つのコンセプトに集約されます。
- 製品の「平置き(ひらおき)保管」: 従来のように保管用にパレットを使わず、製品ケースを直接床に置く、あるいは簡易的な荷役台で保管します。
- 出荷指示に合わせた「ロボットによる自動積み付け」: 出荷指示が出たタイミングで、デパレタイズロボット(パレットから荷物を自動で降ろすロボット)や積み付けロボットが、平置きされたケースを掴み、出荷用のパレットに自動で積み付けます。
なぜこの仕組みが効果的なのか?
このシステムは、従来の「保管のためにパレットに積み、出荷時にそのパレットごと、あるいはケースをピッキングする」というプロセスを根本から覆します。
- 荷待ち時間の削減: トラックが到着する前に、出荷指示に基づきロボットが自動でパレットへの積み付けを完了させておきます。そのため、トラックは到着後すぐに積み込みを開始でき、ドライバーの手待ち時間はほぼゼロになります。
- 使用パレット枚数の削減: 製品を在庫として保管している間はパレットを使用しません。これにより、倉庫全体で必要となるパレットの総枚数が劇的に減り、コスト削減とスペース効率の向上に直結します。
この革新的なアプローチは、物流業界が直面する課題に対する強力なソリューションとなり得ます。より詳細な仕組みや業界への影響については、関連記事「キリンビール全工場に新ピッキングシステム導入、荷待ち待機時間削減について|物流業界への影響を徹底解説[企業はどう動く?]」もご参照ください。
【実践ガイド】新ピッキングシステムの考え方を自社に導入する4ステップ
「大手ビール会社だからできる大規模な話だろう」と感じるかもしれません。しかし、その中核にある思想やプロセスは、どのような規模の倉庫でも応用可能です。ここでは、そのエッセンスを自社の現場改善に活かすための具体的な4ステップをご紹介します。
| ステップ | アクション内容 | 成功のためのポイント |
|---|---|---|
| Step 1: 現状の徹底的な可視化 | ・トラックの受付から退場までの時間を実測し、どの工程(受付、待機、荷役、検品)に時間がかかっているかを分析する ・倉庫内のパレット総数、実働率、保管コストをデータ化する ・ピッキング作業の動線、作業時間、ミス発生率を計測する | ・思い込みではなく、客観的なデータに基づいて課題を特定する ・「荷待ち時間〇%削減」「パレットコスト〇%削減」など、具体的な数値目標を設定する |
| Step 2: 「保管」と「出荷」の分離設計 | ・「平置き保管」が可能な商品やエリアを特定する ・出荷頻度の高い商品から、オーダーピッキング+自動積み付けのプロセスを検討する ・WMS(倉庫管理システム)と連携し、平置き在庫のロケーション管理と出荷指示を自動化する構想を練る | ・全ての製品を対象にする必要はない。まずは効果が出やすい製品群から着手する ・自社の予算や規模に合った自動化ソリューション(AGV、ロボットアーム、自動倉庫など)をリサーチする |
| Step 3: スモールスタートでの試験導入 | ・特定の製品ラインや倉庫の一区画をモデルエリアとして設定する ・モデルエリアで「平置き保管」と「半自動ピッキング・積み付け」を試験的に運用する ・効果(時間短縮、コスト削減)を測定し、現場の作業員からフィードバックを収集する | ・初期投資を抑え、リスクを最小化する ・導入前に現場への十分な説明を行い、改善活動への協力を得ることが不可欠 ・想定外の問題点を洗い出し、本格導入に向けた改善計画を立てる |
| Step 4: 本格展開と継続的な改善 | ・試験導入の結果を基に、システムや運用プロセスをブラッシュアップし、対象エリアを拡大する ・導入後も定期的にKPI(重要業績評価指標)をモニタリングし、さらなる改善点を探す ・自動化によって生まれた余剰人員を、検品精度の向上や在庫管理の最適化など、より付加価値の高い業務へ再配置する | ・一度導入して終わりではなく、PDCAサイクルを回し続ける文化を醸成する ・成功事例を社内で共有し、改善へのモチベーションを高める |
劇的な変化!新システムがもたらす未来(After)
この仕組みを導入することで、現場はどのように変わるのでしょうか。キリンビールの事例で報告されている数値を参考に、期待される効果をBefore/Afterで比較してみましょう。
| 項目 | Before (従来の方式) | After (新システム導入後) | 期待される効果 |
|---|---|---|---|
| 荷待ち時間 | ドライバーが到着してからピッキング・積み付け作業が開始され、長時間の待機が発生 | 到着前にロボットが出荷準備を完了。到着後すぐに積み込み開始 | 年間1万時間(※)の大幅削減、ドライバーの負担軽減と輸送効率の向上 |
| 使用パレット枚数 | 保管用パレットが常に必要で、在庫量に比例して枚数が増加 | 保管時はパレット不要。出荷用のパレットのみ使用 | 年間9万枚(※)の大幅削減、パレット関連コストと保管スペースの圧縮 |
| ピッキング作業 | 人海戦術によるケース単位のピッキング。身体的負担とミスが課題 | ロボットによる24時間体制の自動ピッキング・積み付け | 省人化・省力化の実現、作業ミスの撲滅、夜間などでの無人稼働も可能に |
| 出荷リードタイム | オーダーが集中すると、ピッキングがボトルネックとなり出荷が遅延 | オーダー受信後、システムが即座にロボットへ指示を出し、迅速に出荷準備が完了 | リードタイムの短縮と顧客満足度の向上 |
| 現場の安全性 | 重量物の手運びやフォークリフトと作業員の交錯による労働災害リスク | 人とロボットの作業エリアを分離。重量物作業を自動化 | 労働災害リスクの低減と、安全で働きやすい職場環境の構築 |
| 従業員の役割 | 単純な繰り返し作業や体力勝負の業務が中心 | システムの監視、メンテナンス、改善提案など、より付加価値の高い業務へシフト | 従業員のスキルアップと働きがいの向上 |
※キリンビール、アサヒビール、サッポロビール、サントリービールの共同物流会社における削減目標値
このように、単なる業務効率化にとどまらず、コスト構造の改善、労働環境の向上、そして持続可能な物流体制の構築といった、経営レベルの大きなインパクトが期待できます。
まとめ:成功の秘訣は「プロセスの再構築」と「共創」の視点
キリンビールの新ピッキングシステム導入事例から我々が学ぶべき最も重要なことは、「最新のロボットを導入した」という事実そのものではなく、「保管と出荷のプロセスを根本から見直した」という思想です。
高価なロボットを導入しなくても、まずは「平置き保管できる商品はないか?」「出荷準備を前倒しできないか?」と自社のプロセスを疑うことからDXは始まります。
成功の秘訣は、以下の3点に集約されるでしょう。
- データに基づいた現状把握: 感覚や経験だけに頼らず、客観的なデータで課題を特定する。
- 業務プロセスの抜本的見直し: 既存のやり方を前提とせず、「あるべき姿」から逆算して新しいプロセスを設計する。
- スモールスタートと継続的改善: 一足飛びに完璧を目指さず、小さな成功を積み重ねながら全社的な変革へと繋げる。
また、キリンの事例は、競合であるビール会社4社が手を取り合い、業界全体の課題解決に挑んだ「共創モデル」である点も特筆に値します。自社内での改善に行き詰まりを感じた際は、サプライチェーンを構成する取引先(荷主、運送会社、納品先)と連携し、全体の最適化を目指す視点も重要になります。
2024年問題をはじめ、物流業界を取り巻く環境は厳しさを増しています。しかし、それは同時に、旧来の非効率な慣習を打破し、新しい物流の形を創造する絶好の機会でもあります。本記事で紹介した事例とステップが、貴社の現場改善への大きな一歩となることを願っています。


