物流業界において「自動化」は長年のテーマですが、ここ数年でそのフェーズは大きく変わりつつあります。これまでは「ハードウェア(ロボット筐体)をどう安く作るか」が競争の主軸でしたが、2025年を目前にした今、焦点は「ロボットにいかに賢く、人間らしい動きを教え込めるか」へと移行しました。
その中心にあるのが、「データ工場(Data Factory)」という概念です。
今回取り上げるのは、モーションキャプチャー技術で世界的なシェアを持つNoitom Technologyの関連会社、Noitom Robotics(ノイトム・ロボティクス)です。同社はプレシリーズAの追加ラウンドで数億元(日本円にして数十億円規模)の資金調達を実施しました。
彼らが目指すのは、ヒューマノイドロボットやエンボディドAI(身体性AI)のための「動きのデータインフラ」構築です。なぜ今、ハードウェアメーカーではなく「データ供給企業」が巨額の資金を集めるのか。そして、この動きは日本の物流現場にどのような変革をもたらすのか。海外の最新トレンドを紐解きながら解説します。
ロボット開発のボトルネックは「ハード」から「データ」へ
日本の物流現場でもAGV(無人搬送車)やアームロボットの導入は進んでいますが、「不定形な荷物のピッキング」や「突発的な状況判断」など、人間なら無意識に行える作業の自動化には依然として高い壁があります。
この壁を突破する鍵として世界中で注目されているのが、エンボディドAI(Embodied AI)です。これは、ChatGPTのような言語モデルの知能を、物理的な身体(ロボット)に持たせ、現実世界で行動できるようにする技術です。しかし、ここで一つの大きな問題が発生しています。「質の高い学習データが足りない」という問題です。
「テキスト」はあっても「動き」のデータがない
AIを賢くするには大量のデータが必要です。LLM(大規模言語モデル)はインターネット上の膨大なテキストデータで学習できましたが、ロボットに必要な「物理的な動きのデータ(物体を持ち上げる時の力加減、バランスの取り方など)」は、ネット上には落ちていません。
そのため、現在のロボット開発競争は、いかに効率よく現実世界の「動き」をデータ化し、AIに学習させるかという「データ収集競争」の様相を呈しています。
以下の表は、ロボット開発における主要なアプローチとその課題を整理したものです。
| アプローチ | 概要 | 主な課題 |
|---|---|---|
| シミュレーション学習 | 仮想空間(デジタルツイン)でロボットを動かし学習させる | 摩擦や衝突など、現実の物理現象を完全再現できない |
| 遠隔操作(テレオペ) | 人間がVRなどでロボットを遠隔操作し、そのデータを記録する | 1対1の操作が必要で、大量のデータ収集に時間がかかる |
| モーションキャプチャー | 人間の動きを直接計測し、データとしてロボットに移植する | 高精度な計測機器が必要だが、最も「人間らしい」動きを再現可能 |
ここでNoitom Roboticsが強みを発揮するのが、3つ目の「モーションキャプチャー」を活用したアプローチです。
先進事例:Noitom Roboticsが構築する「データ工場」の全貌
Noitom Roboticsの母体であるNoitom Technologyは、ハリウッド映画やハイエンドなゲーム制作の現場で使われるプロ向けモーションキャプチャーシステムにおいて、世界シェアの約70%を誇るトッププレイヤーです。この「動きのプロ」が、ロボット業界向けに本腰を入れたのが今回のニュースの核心です。
Noitom Roboticsの資金調達と戦略
- 調達額: プレシリーズA累計で数億元(数十億円規模)
- 出資者: 既存株主からの追加出資に加え、新たな投資機関も参画
- 目的: エンボディドAI向けの「データ工場」建設と、汎用ロボットプラットフォームの開発
彼らの戦略は、単にロボットを作るのではなく、「ロボットが学習するための学校(データ工場)」を作ることにあります。
エンボディドAIのための「データ工場」とは?
「データ工場」といっても、煙突がある工場ではありません。それは、高精度なセンサーとカメラが張り巡らされたスタジオのような空間、あるいは実際の物流倉庫を模した環境です。
そこでプロの作業員やアクターが、荷物を積み下ろしたり、複雑な組み立て作業を行ったりします。Noitomの技術は、その指先の細かな動きから体重移動までをミリ単位でデジタル化します。
- 超高精度なデータ収集:
従来のロボット学習用データよりも圧倒的に解像度が高い「人間の動き」を収集。 - マルチモーダル対応:
動き(モーション)だけでなく、視覚情報や触覚情報もセットで収集し、AIに「見て、触れて、動く」統合的な学習をさせる。 - スケーラビリティ:
世界各地にデータ収集拠点を展開し、多様な環境・タスクのデータを蓄積。
既に数十社のヒューマノイドロボット企業やエンボディドAI企業と提携しており、Noitomが集めた「人間の熟練技能データ」をインストールされたロボットたちが、各地でテスト導入され始めています。
See also: 1XとEQTの提携最前線|ヒューマノイド1万体導入の衝撃と日本への示唆
なぜ「汎用ロボット」にデータが必要なのか
専用機であれば、決まった軌道をプログラムするだけで済みます。しかし、これからの物流現場で求められているのは、多品種少量に対応できる「汎用ロボット」です。
Muso Action1億円調達|「汎用ロボットワーカー」が物流現場を変える理由の記事でも触れたように、汎用ロボットには「未知の状況」に対応する能力が求められます。そのためには、あらゆるパターンの動きを学習した「基盤モデル」が必要です。Noitomは、この基盤モデルを作るための「燃料(データ)」を供給するインフラ企業としての地位を確立しようとしています。
日本への示唆:熟練工の「匠の技」をデジタル資産へ
Noitom Roboticsの事例は、中国や米国だけの話ではありません。むしろ、少子高齢化による人手不足と、現場の「熟練技能(匠の技)」に依存している日本企業こそ、このトレンドを直視すべきです。
日本の物流現場が抱える「暗黙知」の課題
日本の物流品質は世界一と言われますが、それはベテラン作業員の経験と勘、いわゆる「暗黙知」に支えられています。「壊れやすい荷物はこう持つ」「隙間にはこう詰める」といった言語化しにくいスキルです。
ベテランが引退すれば、この技術は失われます。しかし、Noitomのようなモーションキャプチャー技術を用いて「作業のデジタルアーカイブ化」を行えば、それはロボットを教育するための最強の教材になります。
今すぐ日本企業ができるアクション
いきなりヒューマノイドロボットを導入するのはハードルが高いですが、「データ化」への準備は今から可能です。
- 作業の定量化・可視化:
現場の作業が具体的にどのような「動き」で構成されているかを分析する。 - PoC(概念実証)でのデータ重視:
ロボット導入のPoCを行う際、単に動くかどうかだけでなく、「どのようなデータを学習させれば精度が上がるか」という視点を持つ。 - 「教える」プロセスの見直し:
専門家不要の衝撃。米欧で加速する「ロボット・ノーコード化」の全貌で解説したように、専門的なプログラミングではなく、人がやって見せる(ティーチングする)技術への注目が高まっています。
導入に向けた障壁と対策
日本で「データ工場」的なアプローチを進める際の障壁についても触れておきます。
| 障壁 | 内容と対策 |
|---|---|
| プライバシーと権利 | 作業員の動きをデータ化する際の肖像権やデータの所有権。事前の明確な契約と透明性が必要。 |
| 現場の抵抗感 | 「監視されている」「仕事を奪われる」という懸念。技術継承や負担軽減のためのツールという合意形成が不可欠。 |
| コスト対効果 | データ収集・解析への初期投資。長期的な人件費削減や品質安定化とのバランスを経営層が理解する必要がある。 |
まとめ:ロボットは「買う」から「育てる」時代へ
Noitom Roboticsが数十億円を調達して「データ工場」を建設するというニュースは、ロボット産業が「ハードウェアの量産」から「知能(データ)の量産」へとフェーズを移したことを象徴しています。
テスラの「Optimus」や中国のスタートアップ勢が猛スピードで実用化を進めている背景には、こうしたデータインフラの充実があります。
See also: テスラ工場も採用。中国ロボット「量産・実用化」の衝撃と日本の活路
See also: 人型ロボット「月100台量産」の衝撃。中国25歳博士が示す安価な自動化
日本の物流企業にとって、これは脅威でもあり、チャンスでもあります。現場に眠る「高品質な作業ノウハウ」をデータ化できれば、それは世界中のロボットを賢くするための貴重な資源になり得るからです。
「ロボットを買ってきて設置する」のではなく、自社の現場データで「ロボットを育て、最適化する」。そのような視点転換が、次世代の物流DXを成功させる鍵となるでしょう。Noitom Roboticsの動きは、その未来への最初の一歩に過ぎません。


