物流業界において、米国の動向は数年後の日本の姿を映す鏡と言われます。今、その鏡に映し出されているのは、驚くべき「倉庫の空洞化」現象です。
最新の物流管理者指数(LMI)によると、米国の12月における在庫レベルは35.1を記録。これは過去10年で最も急速なペースで在庫が減少していることを示しています。さらに倉庫稼働率も42.9まで低下しました。一見すると「在庫適正化が進んだ」とポジティブに捉えられがちですが、現地のアナリストたちは強い警鐘を鳴らしています。
なぜなら、この極端な在庫圧縮は、輸送ネットワークへの依存度を危険なほど高めているからです。本記事では、米国で進行する「極限のジャストインタイム(JIT)」への回帰と、それが引き起こす輸送コスト高騰のリスク、そして日本の物流企業が学ぶべき教訓について解説します。
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米国市場で起きている「在庫急減」の正体
2024年末から2025年初頭にかけて、米国の物流データは異常値を示しました。パンデミック以降、サプライチェーンの混乱を恐れて積み上げられた「安全在庫(Just-in-Case)」が、急速に市場から姿を消しています。
過去最低水準を更新したLMIデータ
LMI(Logistics Managers’ Index)のデータは、企業のセンチメントを数値化したものですが、50を境に「拡大」と「縮小」を判断します。
- 在庫レベル(LMI.INVL): 35.1
- 統計開始以来、これほど急速な縮小(在庫削減)が記録されたことは稀です。企業は金利負担を嫌い、キャッシュフロー改善のために在庫を極限まで絞っています。
- 倉庫稼働率(LMI.WHUT): 42.9
- 倉庫スペースに空きが目立っています。これまで満杯だった倉庫が「ガラ空き」になりつつある現状は、保管ビジネスにとって逆風であると同時に、荷主にとっては保管コスト削減のチャンスに見えます。
矛盾する輸送指標:入札拒否指数の急騰
在庫が減れば、物を運ぶ頻度も減り、輸送需給は緩むはずです。しかし、現実は逆の動きを見せています。
トラック運送業者による荷物の受託拒否率を示す「入札拒否指数(STRI)」は、12月のクリスマス時期に13%を超え、1月に入っても10.5%以上の高水準を維持しています(2022年4月以来の高水準)。
- なぜ運んでくれないのか?
- 物流業者(キャリア)側も不況に備え、トラック台数やドライバー数を削減し、極限まで「筋肉質」な経営にシフトしていたためです。
- バッファのない市場
- 供給力(トラック)が絞り込まれている状態で、在庫補充のための急な輸送需要が発生すると、即座にキャパシティオーバーに陥ります。
「反応型市場」への移行と輸送リスク
米国市場は今、在庫というクッションを失い、需要変動がダイレクトに輸送価格に跳ね返る「反応型市場(Reactive Market)」へと変貌しました。
在庫バッファ喪失が招くボラティリティ
かつては倉庫に在庫があれば、輸送トラックが数日遅れても欠品は防げました。しかし、現在の「純粋なジャストインタイム」モデルでは、輸送の遅延が即座に機会損失に直結します。
この状況下では、荷主は「高くても運ばざるを得ない」状況に追い込まれやすく、スポット運賃の高騰を招きます。在庫コストを下げた分、輸送コストのリスクプレミアムが跳ね上がっているのが実情です。
関連記事:在庫削減が招く「輸送危機」。米国最新データが教える2026年への備え
日米中の在庫・輸送トレンド比較
各国の現在の物流トレンドを整理すると、米国がいかに極端な局面にいるかが分かります。
| 項目 | 米国 (US) | 中国 (CN) | 日本 (JP) |
|---|---|---|---|
| 在庫戦略 | 極端なJIT回帰 (在庫LMI 35.1) | 輸出主導の在庫積み増し (過剰生産傾向) | 是々非々 (2024年問題対策で在庫分散の動きも) |
| 輸送供給力 | 逼迫 (キャリアがリソース削減済) | 過剰 (国内需要低迷でトラック余り) | 構造的不足 (ドライバー高齢化・労働時間規制) |
| 市場リスク | 運賃の急騰・ボラティリティ | デフレ・価格競争 | 「運べない」物理的リスク |
| DX焦点 | 運賃予測・動的価格決定 | 自動化・無人化 | 求車求貨・中継輸送 |
先進事例に見る「在庫なき世界」の戦い方
在庫を持たないリスクを、米国の先進企業はどのようにテクノロジーでカバーしようとしているのでしょうか。在庫削減の副作用である「輸送依存」を管理するための事例を紹介します。
「金融×物流」データによる運賃予測の高度化
在庫を極小化する場合、いつ、いくらで運べるかを正確に予測できなければ、利益は吹き飛びます。
米国では、銀行大手のU.S. Bankが北米最大の求車求貨システム「DAT」と提携し、決済データと輸送データを統合した高度な運賃予測モデルを構築しています。これにより、以下のような戦略が可能になります。
- 先物的な輸送枠確保: 「来週火曜日のシカゴ発の運賃が高騰する」というシグナルを検知し、安価なうちに輸送枠を確保する。
- キャッシュフロー最適化: 在庫削減で浮いた現金を、どのタイミングで輸送費に充てるべきかをAIが判断。
単なる「トラック手配」ではなく、金融工学のアプローチで物流リスクをヘッジする動きが加速しています。
関連記事:「金融×物流」データが暴く運賃の未来。米U.S. Bank参入が示すDXの核心
Walmartにおける「クロスドック」の再評価とデジタル化
大手小売のWalmartなどは、倉庫に在庫を滞留させない「クロスドック(入荷した商品を保管せず即座に出荷する手法)」を強化していますが、ここに高度なデジタルツイン技術を導入しています。
- 課題: クロスドックは入荷と出荷のタイミングがズレると破綻するため、輸送遅延に極めて弱い。
- 対策: 店舗のPOSデータ、天候、道路状況をリアルタイムで同期させ、「トラックが遅れるなら、店舗側の棚割りを一時的に変える」あるいは「別のルートから緊急補充する」といった意思決定を自動化。
「在庫」という物理的なバッファの代わりに、「情報」というデジタルのバッファを厚くすることで、JITのリスクを吸収しています。
日本企業への示唆:2025年以降の物流戦略
米国の「倉庫が空っぽ」という現象を、日本企業は対岸の火事として見るべきではありません。また、安易に「在庫削減」だけを真似るのも危険です。
日本の商習慣における落とし穴
日本では「2024年問題」以降、ドライバー不足が深刻化しています。米国の場合は「キャリアが意図的に台数を絞った」ことによる供給不足ですが、日本の場合は「構造的に人がいない」ことによる供給不足です。
この状況下で、米国のように極端な在庫削減(JIT化)を行うと、以下の事態を招きます。
- 突発的な輸送に対応できない: トラックの手配がつかず、欠品が確定する。
- 特車料金の常態化: 緊急便(チャーター)への依存度が高まり、物流コストが激増する。
今すぐ取り組むべき3つのアクション
日本の物流担当者が、海外トレンドを踏まえて着手すべきは以下の点です。
1. 在庫削減とセットで「輸送枠の固定化」を行う
在庫を減らしてスポット輸送に頼るのではなく、年間の輸送契約(コントラクト)を見直し、ベースとなる輸送力を確保した上で在庫を絞る順序を守ることです。
2. 「輸送拒否」をKPIに組み込む
米国のSTRI(入札拒否指数)のように、自社の荷物がどれくらい運送会社から断られているか、あるいは嫌がられているかを数値化してください。在庫を減らすと出荷ロットが小口化し、運送会社から敬遠されやすくなります。
3. 倉庫の「空き」をシェアリングで活用する
もし自社の倉庫稼働率が低下しているなら、それをコストと捉えず、他社の在庫を預かるシェアリング倉庫として活用する視点も重要です。米国では倉庫の空きスペースをAirbnbのように貸し借りするプラットフォームが急成長しています。
まとめ:脆弱なサプライチェーンへの警鐘
米国で起きている「12月の倉庫空洞化」は、物流効率化の成功例ではなく、「サプライチェーンが極めて脆弱(Brittle)になった」というシグナルです。
在庫を持たないことは、財務諸表上は美しく見えます。しかし、ひとたび地政学リスクや災害、あるいはストライキなどで輸送が止まれば、即座にビジネスが停止するリスクと隣り合わせです。
日本企業においては、単なるコストカットとしての在庫削減ではなく、「有事の際に運べるか」というBCP(事業継続計画)の視点を組み込んだ在庫戦略が求められています。安易なJIT回帰ではなく、デジタルで武装した「賢い在庫管理」こそが、次なる勝者への条件となるでしょう。

