長らく物流業界において、一度出荷した商品が戻ってくる「返品(リバースロジスティクス)」は、利益を圧迫するだけの「厄介者」として扱われてきました。しかし、世界最大級の物流企業DHL Groupは、この常識を根底から覆そうとしています。
彼らは今、物流の役割を「モノを運ぶ」ことから「価値を創出する」フェーズへと再定義しました。特に注目すべきは、返品物流をコストセンターから「競争優位の源泉(Competitive Edge)」へと転換させた戦略です。
2024年問題や人手不足、コスト高騰に苦しむ日本の物流企業や荷主企業にとって、DHLが掲げる「守りから攻めへの転換」は、次なる成長への重要なヒントを含んでいます。なぜ今、グローバルリーダーは「逆流」する物流に勝機を見出しているのでしょうか。その全貌を解説します。
なぜ今、日本企業がこの海外トレンドを知る必要があるのか
日本国内では、高い配送品質と消費者の気質により、欧米に比べて返品率が低い傾向にありました。しかし、越境ECの拡大やZ世代を中心とした消費行動の変化により、その前提は崩れつつあります。
- 「試し買い」文化の流入: 自宅で試着して返すことが前提の購買行動が日本でも一般化しつつあります。
- サステナビリティへの要求: 「廃棄前提」のビジネスモデルは、投資家や消費者から選ばれなくなっています。
- 収益性の限界: 輸送コストの削減だけでは限界があり、物流プロセスそのものから新たな収益を生む必要があります。
DHLの事例は、単なるオペレーション改善の話ではありません。物流部門が経営戦略の中枢に入り込み、トップライン(売上)に貢献できることを証明しています。
海外物流市場の最新動向:返品とサステナビリティの融合
世界的に見ると、EC市場の成熟に伴い、物流に求められる要件が「スピード」から「循環性(サーキュラーエコノミー)」へとシフトしています。DHL Groupは2025年のeコマース市場を牽引する3大要素として「AI」「ソーシャルコマース」「サステナビリティ」を特定しました。
各地域の市場特性とトレンドを比較整理します。
| 地域 | 市場の特性 | 物流トレンドのキーワード |
|---|---|---|
| 北米 | 返品率が高く(20-30%)、処理コストが甚大 | アセットリカバリー 返品商品を検品・再販し、在庫価値を回復させる動き。 |
| 欧州 | 環境規制が厳しく、CO2排出削減が必須 | グリーンロジスティクス SAF(持続可能な航空燃料)活用やEV化が取引条件になる。 |
| アジア | 越境ECが活発で、通関・配送のスピードが命 | デジタル通関 & ソーシャル ライブコマースと連動した爆発的な物流波動へのAI対応。 |
このように、海外では「いかに効率よく運ぶか」以上に、「いかに商品を循環させ、環境負荷を減らしつつ収益化するか」に焦点が移っています。
ケーススタディ:DHL Groupが仕掛ける3つの変革
DHL Groupが現在推進している変革は、日本企業が直面している課題への処方箋とも言える内容です。ここでは「リバースロジスティクス」「サステナビリティ」「デジタル通関」の3つの視点から、その成功要因を深掘りします。
1. リバースロジスティクス:コストから「顧客体験」への昇華
DHLは返品物流(リバースロジスティクス)を、単なる後処理業務ではなく「顧客満足度と収益を生むエンジン」として再定義しました。
具体的には、返品された商品をただ倉庫に戻すのではなく、以下のプロセスを高速化しています。
- 状態のグレーディング(格付け): AIや専門スタッフによる即時検品。
- 再販ルートの最適化: A品は在庫へ、B品はアウトレットや二次流通へ自動で振り分け。
- 返金スピードの向上: 迅速な検品完了が、消費者への早期返金を可能にし、リピート購入(ロイヤリティ)に繋がる。
このアプローチは、返品コストを削減するだけでなく、クライアント(小売業者)のキャッシュフローを改善し、エンドユーザーの信頼を獲得する「攻め」の戦略です。
See also: 返品コストをシェアで圧縮。DHL北米の「共同型ネットワーク」戦略
See also: 返品は「収益源」へ。ウォルマートが挑む在庫価値回復の物流DX
2. サステナビリティ:2050年ネットゼロへの「本気の投資」
「環境対応はコストがかかる」という考え方は、DHLにおいては過去のものです。彼らはサステナビリティを「選ばれるための必須条件」として捉えています。
- SAF(持続可能な航空燃料)への投資: 航空輸送における脱炭素化を推進。顧客に対して、SAF利用による排出削減証明書を発行するサービスも展開しています。
- 太陽光発電の活用: 物流施設へのソーラーパネル設置を標準化し、電力コストの変動リスクを抑制。
これにより、環境意識の高いグローバル企業(AppleやNikeなど)からのパートナーシップを強固にしています。日本企業が海外進出する際も、こうした「グリーンな物流網」を使えるかどうかが競争力を左右します。
See also: 自動化の盲点は「電力」にあり。米欧物流DXが挑むエネルギー戦略
3. デジタル通関:地政学リスクを越える「一括通関サービス」
地政学的リスクが高まる中、国境を越える物流の複雑さは増しています。これに対し、DHLは米国輸入小売業者向けに「DHL Consolidated Clearance Service(一括通関サービス)」を新たにローンチしました。
- サービスの概要: 複数の出荷を1つの通関エントリーとしてまとめることで、通関手数料を削減し、手続きを簡素化する仕組み。
- メリット: 米国の複雑な関税ルール(デミニミス・ルールの変更など)に対応しつつ、リードタイムを短縮。
これは、単に書類作成を代行するだけでなく、AIを活用して通関リスクを予測・回避する高度なソリューションです。関税変動や規制強化が頻発する現在、こうした「インテリジェンス機能」を持つ物流企業が勝者となります。
See also: 関税4400ページの罠。設計からリスクを潰す「シフトレフト」の新常識
日本企業への示唆:今すぐ真似できる「逆転の発想」
DHLのような巨大グローバル企業の事例は、「規模が違うから真似できない」と思われがちです。しかし、その本質的な考え方は、日本の物流現場にも適用可能です。
返品を「品質管理」の最終工程と捉える
日本の商習慣では「返品=悪」とされがちですが、これを「顧客の声(VoC)収集のチャンス」と捉え直してみてください。
- アクション: 返品理由のデータを細かく収集・分析し、商品開発やWebサイトの表記改善(サイズガイドの見直しなど)にフィードバックするループを作る。
- 期待効果: 返品率の低下だけでなく、商品そのものの品質向上に繋がります。
「見えない物流」を可視化・収益化する
DHLが一括通関サービスで示したように、物流業務の中には「顧客が困っているが、ブラックボックス化している領域」があります。
- 日本での適用: 例えば、複雑な着荷指定や、ギフト対応、あるいは産業廃棄物の処理など。これらを「面倒な作業」として処理するのではなく、付加価値の高い「有料オプションサービス」としてパッケージ化できないか検討する余地があります。
サステナビリティを「営業ツール」にする
「CO2削減に取り組みました」という報告書レベルではなく、荷主企業に対して「当社の倉庫を使えば、貴社のスコープ3(サプライチェーン排出量)をこれだけ削減できます」と数字で提案できる体制を整えることが、今後の入札案件では勝敗を分けます。
まとめ:物流は「運び屋」から「価値の建築家」へ
DHL Groupの事例が示しているのは、物流企業がもはや単なる「運び屋」ではないという事実です。
- 返品を収益化するリバースロジスティクス
- ネットゼロ達成のためのグリーンテクノロジー
- 地政学リスクを回避するデジタル通関
これらはすべて、顧客のビジネスを成功させるための「価値創出」活動です。
2050年に向けた長期ビジョンの中で、日本の物流企業も「コスト削減」という守りのDXから、「競争優位性の確立」という攻めのDXへと舵を切る時期が来ています。まずは、「返品」という最もネガティブに見えるプロセスの中に、宝の山が眠っていないかを見直すことから始めてみてはいかがでしょうか。


