運輸デジタルビジネス協議会(TDBC)が主催した最新の対談イベントで、物流業界の最前線を走る中堅トラック運送会社の経営者3名が、極めてシビアな現実を語りました。
その共通認識は、「荷主との運賃交渉を行わないことは、もはや事業継続の放棄に等しい」という強烈な危機感です。
燃料費の高騰、車両価格の上昇、そしてドライバー不足による人件費の増加。これらは一過性のトレンドではなく、構造的な変化です。本記事では、TDBC対談で語られた「標準的な運賃」交渉のリアルと、現場が抱える「契約外作業」の闇、そして生き残るために経営者が持つべきマインドセットについて解説します。
物流危機が叫ばれて久しい今、なぜこの対談が重要なのか。それは、これが単なる「値上げのお願い」の話ではなく、日本の物流網を維持するための「最終警告」だからです。
TDBC対談の全容:なぜ今「交渉=生存」なのか
今回の対談は、運輸デジタルビジネス協議会(TDBC)の主催により、セイリョウライン、菱木運送、松浦通運という、地域物流を支える実力派企業の経営トップ3名を招いて行われました。
彼らが共有したのは、物流業界における「標準的な運賃」の浸透度合いと、現場での価格転嫁の難しさ、そしてそれを乗り越えるための覚悟です。
経営者たちが語った「現場のリアル」
対談で浮き彫りになった主要な論点は、以下の通りです。
| テーマ | 議論の要点 | 現状の課題 |
|---|---|---|
| 運賃交渉の必然性 | 値上げ交渉は「利益確保」以前に「会社を畳まないため」の必須条件であるとの認識で一致。 | 未だに「交渉=関係悪化」と恐れる経営者が多いが、その姿勢こそがリスク。 |
| 荷主の反応 | メディア報道の影響もあり、荷主側の理解は徐々に進んでいる。門前払いは減りつつある。 | 一部の荷主、特に多重下請け構造の中間層では依然として抵抗感が強い。 |
| 同業他社の壁 | 自社が適正運賃を提示しても、安値で引き受ける他社が存在するため、切り替えられる懸念がある。 | 原価計算ができていない運送会社が、ダンピングに近い価格で市場を破壊している。 |
| 付帯作業の問題 | 「車上渡し」の原則が守られず、契約外の荷役作業がドライバーの負担とコスト増になっている。 | 慣習として定着しており、明確な対価(積込料・取卸料)を請求しにくい空気がある。 |
| 経営マインド | 運賃収受を「次世代への投資原資」と捉え直すことで、交渉への迷いを断ち切る必要がある。 | 「現状維持」を望むマインドセットからの脱却が急務。 |
「事業継続」という言葉の重み
これまで運賃交渉といえば、「燃料が上がったから少し上げてほしい」という補填的な意味合いが強いものでした。しかし、今回の対談で強調されたのは、「交渉しなければ廃業」という極めて高い緊張感です。
車両価格は数年前に比べて数百万円単位で上昇しており、2024年問題への対応でドライバーの労働時間を短縮すれば、売上は自然減となります。このダブルパンチの中で、従来の運賃水準を維持することは、物理的に会社を維持できないことを意味します。
詳しくは以下の記事でも触れていますが、2024年問題施行から1年が経過し、対応できた企業とできなかった企業の明暗は、まさにこの「価格転嫁力」の差となって表れています。
See also: 2024年問題【1年後のリアル】物流への影響と企業の明暗を徹底検証
業界への具体的影響と構造的課題
TDBCの対談からは、単に「荷主が厳しい」という話だけでなく、運送業界内部の問題や、商慣習の壁も見えてきました。
「安値放置」の同業者が招く業界の衰退
今回、特に注目すべき発言の一つが、「運賃を低く据え置く同業他社の存在が、標準的な運賃の浸透を阻んでいる」という指摘です。
荷主に対し適正運賃を提示しても、「A社は今のままでやってくれると言っている」と返されれば、交渉は難航します。ここで問題なのは、そのA社が「企業努力でコストを下げている」のではなく、「どんぶり勘定で赤字に気づいていない」あるいは「ドライバーに低賃金を強いている」ケースが多いことです。
これは、業界全体が「共倒れ」に向かう悪循環です。適正な原価管理を行わないプレイヤーが市場価格を歪めることで、まともな投資を行おうとする企業が排除されるリスクがあります。
「車上渡し」原則の崩壊と付帯作業の常態化
もう一つの大きな壁が、「車上受け・車上渡し」の原則が現場で守られていない点です。
本来、トラック運送契約における運賃は「A地点からB地点へ運ぶこと」の対価であり、積み込みや荷卸しといった役務(荷役)は含まれません。しかし現場では、ドライバーがフォークリフトを操作したり、手積み手降ろしを行ったりすることが「サービス」として強要されています。
対談では、これが収益を圧迫する大きな要因であると指摘されました。これについては、今年1月から施行された改正下請法(通称:取適法)においても、発荷主の責任がより厳格に問われるようになっています。契約にない作業を無償でさせることは、明確な法令違反となるリスクが高まっています。
See also: 改正下請法「取適法」始動|荷主の運送委託も規制対象へ。実務への影響と対策
LogiShiftの視点:次世代投資への転換
TDBCの対談内容を踏まえ、LogiShiftでは今後の物流経営において以下の3つの視点が不可欠であると考えます。
原価管理なき値上げ交渉の限界
経営者たちが語った通り、荷主の理解は進んでいますが、それは「無条件の値上げ」を受け入れるという意味ではありません。
成功する交渉には、明確な根拠が必要です。「なぜこの運賃が必要なのか」を、車両の償却費、人件費、燃料費、そして安全投資やDX投資のコストを積み上げた上で提示できなければなりません。
「他社も上げているから」ではなく、「自社の品質と安全を維持し、貴社の荷物を運び続けるためには、この原価が必要だ」と説明できる「計数管理能力」が、経営者の必須スキルとなります。
「お願い」から「パートナー選定」へのフェーズ移行
これまでは「運んでいただく(荷主)」「運ばせていただく(運送会社)」という上下関係が支配的でした。しかし、ドライバー不足が深刻化する中、力関係は逆転しつつあります。
今後は、運送会社側が「適正な運賃を支払わない荷主とは取引しない」という選択(選別)を行うフェーズに入ります。これは強気な姿勢というよりは、リソースが有限である以上、利益の出ない案件にトラックとドライバーを割く余裕がないためです。
2026年にはCLO(最高物流責任者)の設置義務化なども控えており、荷主側も「コンプライアンスを守り、持続可能な運送会社」を確保することに必死になります。この流れに乗れるかどうかが分水嶺です。
See also: 2026年物流大転換|CLO義務化と改正下請法で経営はどう変わる?
「投資マインド」への切り替えが荷主を動かす
対談の中で非常に示唆に富んでいたのが、「値上げは投資のために不可欠」というマインドセットの転換です。
単に「苦しいから助けて」と言うよりも、「新しい車両を導入し、若いドライバーを採用して、御社の物流を10年先まで支えるために、この運賃が必要です」と伝える。つまり、値上げを「コスト増」ではなく「将来の安定輸送への投資」として荷主にプレゼンテーションできるかが鍵となります。
このロジックは、特に大手荷主の経営層やCLOに対して説得力を持ちます。
まとめ:明日から意識すべきアクション
TDBCの対談は、トラック運送業が「我慢の産業」から「価値創出の産業」へと脱皮するための重要なメッセージを発信しています。
経営者や現場リーダーが今すぐ意識すべきアクションは以下の通りです。
- 正確な原価計算の徹底:
どんぶり勘定を脱し、路線別・荷主別の収支を可視化する。赤字案件は勇気を持って交渉テーブルに乗せる。 - 契約外作業の棚卸しと請求:
「車上渡し」原則に立ち返り、ドライバーが行っている付帯作業をリストアップする。これを「標準的な運賃」とは別の「積込料・取卸料」として請求、あるいは作業自体をお断りする交渉を行う。 - 「投資」を語る交渉術:
値上げの目的を「現状維持」ではなく「未来への投資(採用、車両、DX)」に置き換え、荷主と長期的なパートナーシップを築く提案を行う。
もはや、沈黙は美徳ではありません。声を上げ、交渉し、適正な対価を勝ち取ることこそが、日本の物流を守る唯一の道なのです。


