【Why Japan?】なぜ今、日本企業がウォルマートの最新戦略を知るべきなのか
2024年問題、深刻化する人手不足、そしてEC需要の爆発的な増加。日本の物流・小売業界は、今まさに構造的な変革の岐路に立たされています。従来の延長線上にある改善だけでは、増え続ける顧客の期待と、厳しくなる事業環境とのギャップを埋めることは困難です。
このような状況下で、私たちが目を向けるべきは、グローバル市場で熾烈な競争を繰り広げる巨大リテーラーの次の一手です。特に、米小売最大手ウォルマートが2025年に断行した「配送革命」は、日本の経営層やDX推進担当者にとって、未来を生き抜くための重要なヒントに満ちています。
彼らの戦略は、単なる「速さ」の追求ではありません。ドローン、既存店舗、最先端テクノロジー、そして新たな店舗形態「ダークストア」を駆使し、サプライチェーン全体を最適化して顧客体験を最大化するという、次世代の物流DXモデルを提示しています。本記事では、ウォルマートの5つの挑戦を深掘りし、日本の物流企業が明日から何をすべきかを具体的に解説します。
世界で加速するラストワンマイル競争の現在地
ウォルマートの動きを理解するためには、まず世界的なラストワンマイル配送のトレンドを把握する必要があります。米国、中国、欧州では、それぞれ異なるアプローチで配送革命が進行しています。
| 国・地域 | 市場トレンド | 主要プレイヤー |
|---|---|---|
| 米国 | 超高速配送(1時間以内)の一般化。ギグワーカー活用とドローン配送の実用化競争が激化。 | Amazon, Walmart, Target, Instacart |
| 中国 | 自動配送ロボットとドローンの社会実装が先行。圧倒的な物量を支える高密度な物流網を構築。 | JD.com, Alibaba (Cainiao) |
| 欧州 | サステナビリティ重視。電動カーゴバイクやマイクロフルフィルメントセンター(MFC)を活用した都市型物流が主流。 | Getir, Gorillas (Qコマース), Ocado |
米国では2024年時点で、オンライン食料品市場が約1,500億ドル規模に達すると予測されており、その覇権を巡る競争がウォルマートの変革を後押ししています。中国では1日の宅配便取扱個数が3億個を超えるのが日常となり、自動化技術なくしては成り立たないレベルに達しています。欧州では環境規制がイノベーションを促進し、持続可能な物流モデルが模索されています。
このようなグローバルな潮流の中で、ウォルマートはどのような一手で競争をリードしようとしているのでしょうか。
【ケーススタディ】ウォルマートが2025年に仕掛けた5つの配送革命
2025年、ウォルマートのCEO、ダグ・マクミロン氏は「我々の目標は、顧客が望む商品を、望む時に、望む場所へ届けること。そのために、スピードと利便性を再定義する」と宣言。その言葉通り、同社は矢継ぎ早に5つの戦略を実行に移しました。
1. ドローン配送能力の飛躍的強化:30分以内の空中戦
ウォルマートは、提携するDroneUpやZiplineといったスタートアップと共に、ドローン配送ネットワークを劇的に拡大しました。2025年末までに、米国内の数百万世帯をカバーする体制を構築。これにより、最大約4.5kg(10ポンド)までの商品を、注文から30分以内に届けるサービスが現実のものとなりました。
成功要因:店舗網とのシナジー
この戦略の鍵は、全米に約4,700店舗存在するウォルマートの店舗を「ミニ航空基地」として活用した点にあります。顧客の自宅から最も近い店舗の屋上や駐車場からドローンが離陸するため、長距離飛行の必要がなく、迅速かつ効率的な配送が可能になったのです。規制当局との緊密な連携により、安全性を確保しながらサービスエリアを拡大したことも成功の大きな要因です。
2. 既存店舗のフルフィルメント拠点化:「Ship from Store」の進化
ウォルマートは、広大な店舗のバックヤードや売り場の一部を、オンライン注文のピッキング・梱包・発送を行う「ミニ配送センター」へと転換させました。これは「Ship from Store」と呼ばれる仕組みの進化形であり、店舗スタッフが専用のモバイル端末を用いて、リアルタイムで入る注文を効率的に処理します。
成功要因:在庫の最適化とラストワンマイルの短縮
この戦略により、各地域に巨大な配送センターを新設する必要がなくなり、既存の資産(店舗と在庫)を最大限に活用できます。顧客の近くに在庫を配置することで、配送距離が劇的に短縮され、当日配送のカバー率が飛躍的に向上しました。米国の小売大手では、以前ご紹介した【海外事例】Krogerの4億ドル物流投資に学ぶ米国のDX戦略と日本への示唆のように物流への大型投資が相次いでいますが、ウォルマートは既存資産の活用という異なるアプローチで効率化を実現しています。
3. テクノロジー基盤のアップグレード:AIが拓く配送網
ウォルマートは、配送網全体を最適化するため、AIを活用したテクノロジー基盤のアップグレードに巨額の投資を行いました。
- AIによる需要予測: 過去の購買データ、天候、地域のイベント情報などを分析し、各店舗でどの商品がいつ、どれだけ売れるかを高精度で予測。欠品を防ぎ、在庫を最適化します。
- 動的ルーティングシステム: 交通状況や配達員の現在地、荷物の緊急度をリアルタイムで分析し、最も効率的な配送ルートを瞬時に計算。これにより、配送コストを削減し、配達時間を短縮します。
成功要因:データドリブンな意思決定
これらのテクノロジーは、人間の勘や経験だけに頼るのではなく、膨大なデータに基づいて最適な意思決定を下すことを可能にしました。結果として、配送ネットワーク全体の生産性が向上し、より広範な地域への高速配送が実現したのです。
4. オンライン注文特化型「ダークストア」の試験導入
ウォルマートは、顧客が入店しないオンライン注文専用のフルフィルメントセンター、通称「ダークストア」の試験導入を開始しました。これらの施設は、一般的な店舗よりもピッキング効率を最大化するように設計されており、一部では自動ピッキングロボットも導入されています。
成功要因:プロセスの専門化による効率向上
来店客の動線を気にする必要がないため、商品の配置をピッキング効率が最も高くなるように最適化できます。店舗運営とフルフィルメント業務を完全に分離することで、それぞれの業務に特化でき、生産性が飛躍的に向上。特に注文が集中する都市部において、迅速な配送サービスを支える心臓部としての役割が期待されています。
5. 顧客中心の多様な配送オプション:「Walmart+」の価値向上
これら4つの戦略を組み合わせることで、ウォルマートは顧客に前例のないほど多様な配送オプションを提供できるようになりました。
- Express Delivery: 2時間以内の超高速配送
- Drone Delivery: 30分以内のドローン配送
- Same-Day Delivery: 当日配送
- In-Store Pickup: 店舗での受け取り
これらの選択肢は、同社のサブスクリプションサービス「Walmart+」の会員に無料で、あるいは割引価格で提供され、顧客ロイヤルティの向上に大きく貢献しています。
日本への示唆:ウォルマートから何を学び、どう活かすか
ウォルマートの壮大な挑戦は、そのまま日本で真似できるものではありません。しかし、その根底にある思想やアプローチには、日本の物流企業が学ぶべき点が数多く存在します。
日本国内に適用する場合のポイントと障壁
- ドローン配送: 日本では航空法などの規制が大きなハードルとなります。しかし、過疎地や山間部での医薬品や食料品の配送など、特定のユースケースに絞った実証実験から始めることで、社会実装への道筋が見えてきます。
- 店舗の拠点化: コンビニ、スーパー、ドラッグストアなど、日本には稠密な店舗網が存在します。これをラストワンマイルの拠点として活用するポテンシャルは非常に高いと言えます。課題は、店舗スタッフの負荷増大をどう管理し、オペレーションを標準化するかです。
- ダークストア: 人口が密集する首都圏や関西圏では、ダークストアは配送効率化の切り札になり得ます。すでに一部のネットスーパーやQコマース事業者が導入していますが、大手小売が参入することで、市場が一気に拡大する可能性があります。
日本企業が今すぐ真似できること
ウォルマートのような巨額投資は困難だとしても、発想を転換し、スモールスタートで取り組めることは少なくありません。
- 既存アセットの再評価と活用: 自社の店舗や倉庫を、単なる「保管・販売」の場所ではなく、「配送拠点」として再定義できないか検討しましょう。まずは1店舗からでも「Ship from Store」を試行する価値はあります。
- データ活用の第一歩: 高度なAI導入が難しくても、まずは配送ルート最適化ツールや簡易的な需要予測システムを導入することから始められます。小さな改善の積み重ねが、大きなコスト削減とサービス向上に繋がります。
- オープンイノベーションの推進: 自社単独ですべてを賄う必要はありません。ドローン、自動配送ロボット、ギグワーカープラットフォームなど、専門技術を持つ国内外のスタートアップと積極的に連携し、自社の弱点を補うパートナー戦略が重要です。
まとめ:未来の物流は「統合」と「最適化」が鍵
ウォルマートが2025年に示した配送戦略は、テクノロジーを駆使してスピードを競うだけの「点」の戦いではなく、リアル店舗網、サプライチェーン、デジタルプラットフォームをシームレスに連携させる「面」の戦いであることを示唆しています。これは、物流をコストセンターと捉える旧来の考え方から、顧客体験を創造するプロフィットセンターへと転換させる大きなパラダイムシフトです。
日本の物流・小売企業も、自社の強みであるリアルなアセットと、デジタル技術をいかに融合させるかという視点が不可欠です。ウォルマートの事例を羅針盤とし、自社に合った形で物流DXを推進していくことが、不確実な時代を勝ち抜くための唯一の道となるでしょう。


