世界中のフォワーダー(貨物利用運送事業者)にとって、WiseTech Global社が提供する「CargoWise」は、長らく事実上の標準(デファクトスタンダード)として君臨してきました。日本でも大手物流企業を中心に導入が進んでおり、その堅牢な機能とグローバル対応力は疑いようがありません。
しかし今、震源地である欧米市場では、この「巨大な一枚岩(モノリシック)システム」への依存を見直す動きが急速に広がっています。
なぜ、彼らはこれまで巨額の投資をしてきた基幹システム(ERP)を再考し始めたのでしょうか? その背景には、AI技術の進化と、SaaS(Software as a Service)の多様化による「コンポーザブル(構成可能)な物流」へのパラダイムシフトがあります。
本記事では、海外のフォワーダーが直面している「CargoWiseジレンマ」と、そこから導き出された新しい選択肢(オプション)について解説します。これは単なるツール選びの話ではなく、日本の物流企業が今後直面する「システムの硬直化」を防ぐための重要なケーススタディです。
【Why Japan?】なぜ今、日本企業がこのトレンドを知るべきか
日本の物流DXにおいて、「オールインワンのパッケージソフトを導入すれば安心」という考え方は根強く残っています。しかし、海外の動向は真逆を指しています。
「巨大戦艦」から「高速艇の艦隊」へ
米国や欧州の先進的なフォワーダーは、一つの巨大なシステムですべての業務(見積もり、ブッキング、通関、請求、顧客ポータル)を賄うことを諦めつつあります。代わりに、各分野で最高の機能を持つ特化型SaaSをAPIで連携させる「ベスト・オブ・ブリード(Best-of-Breed)」戦略へと舵を切りました。
以前の記事『「AI導入」の95%は失敗?2026年、物流DXは「実利」へ回帰する』でも触れた通り、これからのDXは技術のブランドではなく「実利(アウトカム)」が全てです。高額なライセンス料を払いながら、変化の激しいAI機能を「ベンダーのアップデート待ち」にする姿勢は、経営リスクとなりつつあります。
海外の最新動向:モノリシックなERPへの反乱
CargoWiseのような包括的なERPは、財務管理やコンプライアンス、税関申告といった「守り」の領域では依然として最強です。しかし、顧客体験(CX)やAIによる自動化といった「攻め」の領域では、柔軟性に欠けるという声が上がっています。
フォワーダーが抱える3つの不満
海外の物流メディアやコミュニティ(The LoadstarやFreightWavesなど)では、以下の3点が頻繁に議論されています。
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導入コストと時間の増大
CargoWiseの導入には、認定パートナーによるコンサルティングが必須となるケースが多く、数百万ドル(数億円)規模の投資と数年の期間を要することも珍しくありません。
2. 「WiseTech Tax」への懸念市場独占に近い状態が生む強気な価格設定や、トランザクションごとの課金体系が、利益率の低いフォワーダーの経営を圧迫しています。
3. UI/UXの陳腐化現代のデジタルネイティブな荷主は、Amazonのような直感的な操作画面を求めます。しかし、レガシーなERPの顧客ポータルは、機能豊富ながらも操作が難解であることが多いのが実情です。
世界のシステム選定基準の比較
以下の表は、従来のERP中心型と、現在欧米で主流になりつつある「ベスト・オブ・ブリード」型のアプローチを比較したものです。
| 項目 | 従来型(CargoWiseモデル) | 最新トレンド(ベスト・オブ・ブリード) |
|---|---|---|
| システム構成 | オールインワン(一枚岩) | API連携によるモジュール型 |
| 導入スピード | 年単位の大規模プロジェクト | 数週間〜数ヶ月で段階的導入 |
| 強み | 会計・コンプライアンスの堅牢性 | CX・AI自動化・柔軟性 |
| AI活用 | ベンダーのロードマップに依存 | 最新AIツール(Raft, Chain.io等)を即座に接続 |
| コスト構造 | 高額な初期投資と保守費 | サブスクリプション(SaaS) |
先進事例:欧米フォワーダーが選んだ「第3の選択肢」
では、CargoWiseを捨てて全て自社開発するのか? というと、それはFlexportのようなテック企業でない限り非現実的です。多くのフォワーダーは、「コア(基幹)は残しつつ、皮(レイヤー)を変える」という現実的な解を選んでいます。
事例1:顧客接点だけを切り離す「ラッピング戦略」
米国のある中堅フォワーダーは、CargoWiseをバックエンドの「データベース兼会計ソフト」として維持しつつ、顧客が触れるフロントエンドにはLogixboardのようなCX特化型プラットフォームを採用しました。
- 課題: 荷主から「荷物の追跡画面が使いにくい」「見積もりの回答が遅い」というクレームが多発。
- 解決策: 既存のERPの上に、API経由でモダンなUIを持つカスタマーポータルを被せた(ラッピングした)。
- 成果:
- 荷主はスマホアプリのような感覚で貨物を追跡可能に。
- システムを総入れ替えすることなく、CXを劇的に改善。
事例2:AIエージェントによる「業務の自動化」
欧州のフォワーダーでは、Raft(旧Raft.ai)のようなインテリジェントドキュメント処理(IDP)ツールを導入し、ERPへの入力作業を自動化しています。
- 課題: インボイスやパッキングリストのデータをERPに手入力する作業に、スタッフの時間の40%が割かれていた。
- 解決策: AIが書類を読み取り、自律的にデータを構造化してERPに流し込む。
- 成果:
- 入力ミスがほぼゼロに。
- 『電話もAIが代行。米Penskeが実証した「自律型」の衝撃と実利』で紹介したように、人間は「例外対応」や「顧客との対話」に集中できるようになった。
インテグレーターの台頭:Chain.io
こうした「バラバラのSaaS」を繋ぐためのハブとして、物流特化型のiPaaS(Integration Platform as a Service)であるChain.ioの存在感が増しています。彼らは「CargoWiseと他の最新ツールを繋ぐ」ことを専門としており、このエコシステムの拡大が「脱・一枚岩」を後押ししています。
日本への示唆:今、何をすべきか
日本の物流業界では、商習慣の複雑さから国産の基幹システム(TOSSなど)や、カスタマイズされたオンプレミス環境が依然として主流です。しかし、「2025年の崖」を超え、世界と戦うためには以下の視点が必要です。
1. 「総入れ替え」ではなく「レイヤー構造」で考える
「今の基幹システムが古いから、最新のERPに買い替えよう」という発想は危険です。数年かけて導入した頃には、そのシステムもまた古くなっているからです。
- SoR(記録のシステム): 会計や通関など、変わらない部分は堅牢な既存システム(またはCargoWise)に任せる。
- SoE(エンゲージメントのシステム): 顧客対応や見積もりなど、変化が激しい部分はAPI連携可能な軽量SaaSを採用する。
このようにシステムを階層(レイヤー)で捉え、必要な部分だけをブロックのように入れ替えられる設計にすることが、日本企業にとっての最適解です。
2. データ連携(API)を恐れない
日本の現場では「CSVダウンロードしてエクセルで加工、再アップロード」という業務が散見されます。しかし、海外トレンドは「リアルタイムAPI連携」が前提です。
『物流AIは「見る」から「指揮する」へ。2026年、自律エージェントの衝撃』でも解説した通り、AIが物流を「指揮」するためには、システム間でデータがシームレスに流れている必要があります。SaaSを選定する際は、機能の多さよりも「APIの充実度(接続しやすさ)」を優先順位の上位に置くべきです。
3. ベンダーロックインからの脱却
特定のベンダーに依存しすぎると、そのベンダーの開発スピードが自社の成長スピードの限界になります。
「使い慣れた画面」への未練を捨て、業務プロセス自体を「ツールに合わせて標準化」する覚悟が、経営層と現場リーダーには求められます。
まとめ:2025年以降の「賢い選択」
「Forwarders are rethinking CargoWise」というトレンドは、単なるCargoWise批判ではありません。これは、「一つの巨大な魔法の杖ですべて解決しようとする時代の終わり」を意味しています。
これからの物流企業に必要なのは、以下の3つの力です。
- 目利き力: 自社の課題解決に最適な「部品(SaaS)」を見つける力。
- 統合力: それらをAPIで繋ぎ合わせ、一つのワークフローにする力。
- 柔軟性: 技術の進化に合わせて、部品をいつでも交換できる体制。
世界は「コンポーザブル(組み合わせ可能)」な物流へと進んでいます。日本企業も、既存の資産を活かしつつ、必要な機能だけを最新のAIツールで補強する「ハイブリッドなDX」こそが、最も勝率の高い戦略となるでしょう。

