越境EC(電子商取引)の急拡大を背景に、長らく物流の「抜け道」として利用されてきた「少額貨物の免税措置(De minimis)」。しかし今、米国を中心にこの優遇措置を廃止する動きが加速しており、世界のサプライチェーンは大きな転換点を迎えています。
特に注目すべきは、この逆風を逆手に取り、物流網の抜本改革で利益率を改善させた企業の存在です。
なぜ今、この海外トレンドを日本企業が知る必要があるのでしょうか。それは、円安を追い風に「越境EC」や「グローバル展開」を加速させる日本企業にとって、現地の通商政策変更はもはや対岸の火事ではないからです。また、地政学リスクが高まる中、関税コストを吸収できる強靭な物流ネットワークの構築は、経営の生命線となりつつあります。
本記事では、米アパレル小売大手Aritzia(アリツィア)が直面した「免税撤廃」の危機と、それを乗り越えた「物流の国内回帰(リショアリング)」の成功事例を徹底解説します。
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世界で進む「少額免税」包囲網の現状
SHEINやTemuといった中国発の越境ECプラットフォームの台頭により、米国では「De minimis(デミニミス)」と呼ばれる少額輸入免税制度の利用が爆発的に増加しました。しかし、国内産業の保護や安全保障の観点から、各国でこの制度を見直す動きが活発化しています。
「De minimis」見直しのグローバルトレンド
米国政府は、年間数十億個に達する免税小包の流入を抑制するため、制度の厳格化を進めています。これは単なる課税強化にとどまらず、通関手続きの遅延や、物流コストの構造的な上昇を意味します。
以下の表は、主要地域における少額免税制度とその影響をまとめたものです。
| 地域 | 制度変更の動向 | 物流への影響 |
|---|---|---|
| 米国 | 免税適用除外品目の拡大、中国製品への監視強化 | 通関リードタイムの長期化、D2C直送モデルのコスト急増 |
| 欧州 (EU) | 2021年にVAT免税を廃止済み。さらなる関税改革を議論中 | 輸入時のデジタル申告義務化、コンプライアンスコスト増 |
| 日本 | 海外からの少額輸入急増を受け、税関検査を強化中 | 輸入申告項目の詳細化、個人輸入代行業者への規制検討 |
これまで「在庫を持たずに現地へ直送する」ことでコストを抑えてきたビジネスモデルは、今まさに岐路に立たされています。
【事例】Aritziaの逆転劇:関税410bpの衝撃と克服
カナダに本社を置き、米国で急成長しているアパレルブランド「Aritzia(アリツィア)」。同社は2024年から2025年にかけて、まさにこの「免税撤廃」と「関税引き上げ」の直撃を受けました。
しかし、同社は単なるコストカットではなく、「攻めの物流投資」によってこの危機を脱しています。
危機:利益率を直撃した「410ベーシスポイント」
Aritziaは従来、米国の顧客からの注文に対し、カナダの物流センターから商品を直送していました。これは北米自由貿易協定や少額免税措置を活用した効率的なモデルでした。
ところが、米国の通商政策変更により状況は一変します。
- 免税措置の終了: カナダからの越境配送に対する免税メリットが消滅。
- 関税の増額: トランプ政権時代から続く対中関税等の影響も含め、調達コストが上昇。
これにより、同社の粗利益率には合計で410ベーシスポイント(4.1%)もの下押し圧力がかかりました。小売業において、粗利の4%減は致命的な数字です。
対策:オハイオ州への「完全移行」と拠点拡張
この危機に対し、Aritzia経営陣は「越境配送の全廃」という大胆な決断を下しました。
カナダ配送の停止と米国拠点への集約
これまでカナダから発送していた米国向け注文を、すべて米国内の物流ネットワークに切り替えました。その中核となったのが、オハイオ州コロンバスに新設・拡張した物流センターです。
処理能力の3倍増強
単に在庫を移すだけではありません。オハイオ拠点の処理能力を従来の3倍に引き上げ(将来的には4倍を計画)、米国内の需要を一手に引き受けられる体制を整えました。
成果:コスト増を相殺し、利益率改善へ
この戦略転換の結果、Aritziaは以下の成果を上げました。
- 固定費のレバレッジ効果: 拠点を集約し大量の注文を処理することで、1件あたりの倉庫固定費を劇的に削減しました。
- 配送コストの最適化: 国境を越える高額な配送費がなくなり、米国内の安価な運賃レートを活用できるようになりました。
- 粗利率の回復: 410bpのマイナス要因があったにもかかわらず、これらの施策により、最終的な粗利率は前年同期比で30ベーシスポイント(0.3%)の増加を達成しました。
Aritziaの事例は、「関税対策=商品値上げ」だけが正解ではないことを証明しています。物流ネットワークの再設計こそが、最強の防衛策となるのです。
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日本企業への示唆:越境ECから「現地化」への転換
Aritziaの成功事例は、日本から海外へ展開するメーカーや物流企業に重要なヒントを与えています。日本の商習慣や地理的条件は異なりますが、本質的な戦略は応用可能です。
クロスボーダー依存からの脱却
日本企業による越境ECでは、依然として日本国内の倉庫からEMSや国際宅配便で個別に発送するケースが主流です。しかし、米国の「De minimis」縮小が現実となれば、このモデルはコスト競争力を失います。
- 日本企業のアクション:
- 主要マーケット(米国、中国、ASEANなど)においては、現地または近隣国に「前線基地(Forward Stocking Location)」を設ける。
- 在庫を現地化することで、関税リスクを大口輸入(B2B)の段階でコントロールし、ラストワンマイルは国内配送として処理する。
3PL活用による「擬似的な拠点拡張」
Aritziaのように自社で巨大な物流センターを建設・運営するのは、多くの日本企業にとってハードルが高いでしょう。ここで重要になるのが、現地の3PL(サードパーティ・ロジスティクス)や、フルフィルメントサービスの活用です。
- DXのポイント:
- 日本から現地の在庫状況をリアルタイムで可視化できるWMS(倉庫管理システム)の導入。
- 需要予測AIを活用し、適切なタイミングで「まとめ送り」を行い、輸送コストを下げる。
「攻めの物流」としてのサプライチェーン再構築
2026年「攻めの物流」5つの潮流でも触れた通り、これからの物流戦略は、単に「運ぶ」だけでなく、通商政策や地政学リスクを回避する「盾」としての機能が求められます。
Aritziaがオハイオ州を選んだのは、全米の人口の多くに短時間でアクセスできる地理的優位性があったからです。日本企業も、進出先の国で「どこに在庫を置くのが最も関税・配送料のバランスが良いか」を、データに基づいて再計算する時期に来ています。
まとめ:物流網の柔軟性が利益を守る
米国の「De minimis」廃止の動きは、グローバルな電子商取引のルールが変わるシグナルです。Aritziaの事例は、外部環境の変化(関税・規制)によって生じた4%もの利益損失を、物流ネットワークの再構築(拠点集約・能力増強)によって取り戻せることを示しました。
今後の海外物流においては、以下の3点が勝負を分けます。
- 政策モニタリング: 関税や免税ルールの変更をいち早く察知する。
- ネットワークの柔軟性: 国境を越える直送と、現地在庫型モデルを柔軟に切り替える。
- スケールメリットの追求: 拠点を分散させすぎず、自動化投資が効く規模に集約する。
「関税が上がったからビジネスができない」と嘆く前に、物流網の中に眠る「効率化の余地」を探すこと。それが、不確実な世界市場で日本企業が勝ち残るための鍵となるでしょう。


