物流業界において「人手不足」は長年語り尽くされてきた課題であり、その解決策の多くはロボットやAIを用いた「省人化(人を減らすこと)」に偏重してきました。しかし、最新のテクノロジーを用いて全く逆のアプローチ、すなわち「働ける人の分母を増やすこと」に挑む画期的なプロジェクトが動き出しました。
日本通運(NIPPON EXPRESSホールディングス)は、電動マイクロモビリティを開発するWHILL社および東京大学と共同で、倉庫内ピッキング作業における電動モビリティ「WHILL(ウィル)」の活用実証を実施したと発表しました。本記事では、この実証実験が物流業界に与える衝撃と、今後の倉庫オペレーションや採用戦略にどのようなパラダイムシフトをもたらすのかを、独自の視点で徹底解説します。
日本通運が挑む「誰にもやさしい倉庫」プロジェクトの全貌
日本通運は2024年より、これまで倉庫で働くことが難しかった人々の障壁を取り除くことを目的とした「誰にもやさしい倉庫」プロジェクトを始動しています。今回の実証実験は、その中核をなす重要な取り組みです。
産学連携による実証実験の概要と検証結果
本実証実験は、日本通運、自立支援機器を活用する就労支援プロジェクトに取り組むWHILL社、そして東京大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻(二瓶研究室)の三者共同で行われました。
以下の表は、実証実験の事実関係と明らかになったポイントを整理したものです。
| 検証項目 | 実施内容の詳細 | 明らかになった成果と課題 |
|---|---|---|
| 実証の目的と対象 | 多様な身体的制約を持つ参加者を対象に模擬ピッキングを実施 | 移動や立ち作業に伴う負担軽減と就業可能性の検証 |
| モビリティの評価 | 歩行領域を走行する近距離モビリティWHILLの使いやすさ評価 | 身体的負担の大幅な軽減と心理的活力の向上を確認 |
| 環境要件の洗い出し | 模擬倉庫における通路幅や棚の高さが作業に与える影響の確認 | 通路幅の確保、棚の高さの最適化、床面整備の重要性を特定 |
| 機能拡張の論点 | 実際の就労者を対象とした支援機器の満足度ワークの実施 | 最下段への対応、座面の昇降機能、小回り性能の向上が必須 |
実証の結果、電動モビリティを活用することで、これまで長時間の歩行や立ち作業が困難であった層でも、倉庫ピッキング作業への就業可能性が大きく拡大することが客観的に確認されました。
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現場実装に向けた「環境」と「機能」の課題
一方で、この革新的なアイデアを実際の物流現場に落とし込むための論点も明確になりました。
1つ目は「環境整備」です。車いす型のモビリティがすれ違うことができる十分な通路幅の確保、段差や傾斜のないフラットな床面の整備、そして座った状態でも手が届く棚の高さの設計など、従来の「健常者が歩き回る」ことを前提とした倉庫レイアウトからの脱却が求められます。
2つ目は「モビリティ自体の機能拡張」です。通常の電動車いすは移動を主目的としていますが、ピッキング作業においては「最下段の荷物を拾い上げる」「高い位置の荷物を取るための座面昇降」「狭い通路でのその場旋回(小回り性能)」といった、作業特化型の機能が不可欠であることが整理されました。
物流業界・各プレイヤーへの具体的な影響
この取り組みは、単なる一企業の社会貢献活動(CSR)にとどまりません。将来的には日本通運とWHILL社が新たな「作業専用モビリティ」を共同開発し、自社導入のみならず他企業への外販も視野に入れています。これが実現した場合、サプライチェーンの各プレイヤーにどのような影響を及ぼすのでしょうか。
倉庫事業者における採用ターゲットの劇的な拡大
倉庫事業者にとって最大の影響は、慢性的な労働力不足に対する「究極の解決策」を手に入れられる点です。
ピッキング作業において、作業員は1日に数キロから十数キロを歩き回ることも珍しくありません。この過酷な身体的負荷が、シニア層や体力に不安のある層の就業を阻んできました。電動モビリティの導入は、この「歩行」という最大の障壁を取り除きます。
これにより、倉庫事業者の採用ターゲットは「体力のある若年層・中年層」から、「高齢者」「身体的制約のある方」「長時間の立ち仕事が難しい方」へと劇的に拡大します。労働力のパイ(分母)そのものを広げるアプローチは、時給を上げて限られた人材を奪い合う現在の消耗戦から抜け出す強力な武器となります。
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システム・マテハンベンダーの設計思想の転換
物流機器やシステムを提供するベンダーにとっても、この動きは新たな市場の創出を意味します。
これまでの物流ロボティクスは、AGV(無人搬送車)やAMR(自律走行搬送ロボット)のように「荷物を自動で運ぶ」ことに主眼が置かれていました。しかし今後は、「人間を乗せて移動し、人間の作業能力を拡張する」という、モビリティとマテハンが融合した新たなハードウェアの開発競争が始まります。
さらに、WMS(倉庫管理システム)の側でも、「モビリティに乗車した作業員がアクセスしやすいロケーション(中段エリア)にピッキング頻度の高い商品を配置する」といった、ダイバーシティを前提とした高度な在庫配置アルゴリズム(スロッティング)が求められるようになるでしょう。
LogiShiftの視点:「省人化」から「労働力拡充」への大転換
ここからは、物流ジャーナリストの視点で、今回の日本通運とWHILL社の取り組みが示す業界の未来を考察します。
「完全自動化」への過剰な期待と「半自動化」の最適解
近年、AIやロボティクスの進化により、ピッキングから梱包までをすべて機械が行う「完全自動化(無人化)」を目指す動きが加速しています。しかし、商品の形状やサイズが頻繁に変わる変種変量の現場において、完全自動化は莫大な初期投資を要し、ROI(投資対効果)を合わせることが非常に困難です。
LogiShiftでは、物流現場の最適解は完全自動化ではなく、「人の高度な判断力」と「機械の機動力」を掛け合わせた「半自動化(人間拡張)」にあると予測しています。
WHILLを活用したピッキングはまさにこの体現です。「似たようなパッケージを見分ける」「商品の状態を瞬時に確認する」といった、現在のAIロボットが苦手とする繊細な作業は人間の脳と目で行い、「重いものを運ぶ」「長距離を移動する」という過酷な身体的負荷のみを機械(モビリティ)が代替する。この役割分担こそが、最も現実的かつ費用対効果の高い物流DXの姿と言えます。
参考記事: 10万台普及へ!RoboCT数十億円調達から導く次世代物流「人間拡張」3つの戦略
究極の採用戦略となる「ユニバーサルデザイン倉庫」
日本通運が掲げる「誰にもやさしい倉庫」というコンセプトは、今後の物流不動産開発におけるデファクトスタンダード(事実上の標準)になる可能性を秘めています。
これからの物流センターは、単に「交通アクセスが良い」「賃料が安い」というだけでは優位性を保てません。「車いすや電動モビリティが安全にすれ違える通路幅があるか」「バリアフリー対応の休憩室やトイレが完備されているか」といった、施設全体のユニバーサルデザイン化が問われるようになります。
企業が「身体的制約の有無にかかわらず誰もが活躍できる現場」を構築することは、ESG経営の観点から高く評価されるだけでなく、地域社会における「最も働きたい職場」としての圧倒的なブランド力を築くことに直結します。
まとめ:明日から現場が意識すべき3つのポイント
日本通運とWHILL社による電動モビリティを活用したピッキング実証は、物流業界が直面する労働力不足に対し、「テクノロジーによる労働力の分母拡大」という全く新しい鮮やかな解答を提示しました。
経営層や現場リーダーの皆様が、このニュースから学び、明日から意識すべきポイントは以下の通りです。
- 現場レイアウトの再評価
現在の倉庫の通路幅や棚の配置が「健康で体力のある作業員」だけを前提としていないかを見直す。将来的なモビリティ導入や多様な人材の受け入れを見据え、ゆとりのある動線設計を検討する。 - 「人を活かす」テクノロジー投資への転換
「人を減らすためのロボット」だけでなく、「人の負担を減らし、長く働いてもらうための支援機器(アシストスーツや電動モビリティ)」への投資をポートフォリオに組み込む。 - ダイバーシティを前提とした採用戦略の構築
作業環境の改善をアピールポイントとし、これまで物流業界に目を向けていなかったシニア層や身体的制約のある層へ積極的にアプローチする採用計画を立案する。
「誰にもやさしい倉庫」は、決して夢物語ではありません。テクノロジーを活用して人に寄り添う現場を作れる企業だけが、2030年以降の苛烈な人材獲得競争を生き抜くことができるのです。


