シャープと豊田自動織機は2026年9月4日、疑似量子アニーリング(SQA)技術を活用し、自動倉庫における最適な出庫計画を算出する基盤手法と計算モデルを共同で確立したと発表した。1日10万個以上の荷物を扱う大規模物流センターを対象とした検証において、出庫計画の算出にかかる計算時間を従来手法比で約5分の1に短縮することを確認している。
疑似量子アニーリングが解決した自動倉庫のボトルネック
電子商取引(EC)の急速な普及と市場拡大に伴い、物流センターの大規模化と取り扱いSKU(最小管理単位)の多様化が進んでいる。物流現場では深刻な人手不足への対応策として、自動倉庫(AS/RS)をはじめとするマテハン機器や各種搬送ロボットの導入が相次いでいるが、設備の大規模化に伴い「運用計画の立案そのもの」が新たな現場の制約要因として浮上していた。
今回の共同検証は、豊田自動織機が構築した大規模物流ソリューションの実環境を想定し、シャープが研究開発を進めてきたSQAアルゴリズムを組み合わせて実施された。
大規模物流センター実証の概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発表日 | 2026年9月4日 |
| 共同確立企業 | シャープ株式会社、株式会社豊田自動織機 |
| 採用技術 | 疑似量子アニーリング(SQA:Simulated Quantum Annealing) |
| 対象施設規模 | 取扱荷量1日10万個以上の大規模物流センター |
| 検証成果 | 最適な出庫計画の算出計算時間を従来比約5分の1に短縮 |
| 知的財産 | 両社共同で関連特許を出願中 |
組み合わせ爆発に直面する自動倉庫の出庫計画
自動倉庫における出庫業務は、単に保管棚から荷物を取り出すだけの作業ではない。トラックの接車時刻、配送先ごとの仕分け順序、作業バースの空き状況、さらには搬送ライン上での荷物の渋滞回避やステーションに配置された作業者の負荷バランスなど、無数の動的パラメータが複雑に絡み合う。
取り扱う荷量が1日あたり数万点から10万点規模に達すると、考慮すべき組み合わせの総数は天文学的な数値へと膨れ上がり、いわゆる「組み合わせ爆発」を引き起こす。従来の汎用コンピュータと既存の古典的アルゴリズム(線形計画法や各種ヒューリスティクス)による計算では、制約条件を網羅して厳密な最適解を算出しようとすると数時間から半日以上の計算時間を要していた。
このため、現場では計算処理のタイムリミットに間に合わせる目的で、制約条件を人為的に簡略化したり、エリアごとに計画を細分化して解を求めたりする妥協策が一般的であった。その結果、算出された計画が部分最適にとどまり、特定ラインへの搬送集中による渋滞や、作業者の手待ち時間といった運用上のロスが発生していた。
SQA技術の仕組みと汎用コンピュータ活用の意義
今回活用された「疑似量子アニーリング(SQA:Simulated Quantum Annealing)」は、膨大な選択肢の中から最適な組み合わせを高速に探索する量子アニーリングの物理原理を、汎用コンピュータのアーキテクチャ上で疑似的に再現・実行するアルゴリズム技術である。
本物の量子プロセッサを搭載した量子アニーリングマシンは、極低温を維持するための冷却装置や特殊なインフラ環境を必要とし、運用コストや設置場所の面で物流施設への直接導入には依然として高いハードルが存在する。一方でSQAは、すでに市場で広く普及している一般的なサーバーやワークステーションなどの汎用計算基盤上で動作する点が決定的な特徴である。
シャープはこれまで、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「量子・古典ハイブリッド技術のサイバー・フィジカル開発事業」に採択されるなど、大学機関との連携を通じてSQAを用いた搬送機器の群制御アルゴリズム開発を推進してきた。この計算技術と、産業車両世界首位かつ物流システム世界3位の実績を持つ豊田自動織機が培った大規模自動倉庫の運用ノウハウが結実した形となる。なお、両社間に資本提携や株式保有などの資本関係はなく、純粋な技術アライアンスとして本成果の特許を共同出願している。
SQA技術開発の時系列
| 年月日 | 発表主体 | 取り組み内容 |
|---|---|---|
| 2023年12月19日 | シャープ、東北大学 | 自動搬送ロボットの多台数同時制御技術に関する共同研究を開始 |
| 2024年9月2日 | シャープ、東北大学 | SQA技術を用い1,000台規模の搬送ロボットを制御する計算エンジンを開発(NEDO事業採択) |
| 2026年9月4日 | シャープ、豊田自動織機 | 1日10万個規模の自動倉庫における出庫計画計算時間を5分の1にする手法を共同確立・特許出願 |
参考記事: 自動倉庫の仕組みと種類を解説|導入メリットや失敗しない選定基準まで
参考記事: 物流自動化とは?導入メリットや主要設備・失敗しない進め方を徹底解説
倉庫オペレーションと関連産業への波及効果
出庫計画の計算時間が従来の5分の1に短縮された事実は、物流オペレーションの柔軟性とスピードを根底から変革する可能性を秘めている。
倉庫事業者・3PL企業:計算ボトルネックの解消による設備稼働率の最大化
大規模な自動倉庫を運用する3PL事業者にとって、設備の投資回収(ROI)を左右する最大要因は時間あたりの処理能力(スループット)の安定維持である。これまでは、出庫計画の再計算に長時間を要していたため、突発的なオーダー変更や車両の到着遅延、緊急の優先出荷依頼が発生しても、稼働中の計画を動的に差し替えることが極めて困難であった。
計画変更が間に合わなければ、搬送ラインの停止やクレーンの空転が発生し、高額な自動化設備の稼働効率を大きく引き下げる要因となる。計算時間が5分の1に圧縮されることで、作業開始直前のオーダー締め切りや、日中における複数回の動的リプランニング(再計画)が現実的な運用フローに組み込めるようになる。
さらに、計画精度が向上することで搬送ライン上のボトルネックが平準化され、ピッキングステーションにおける作業者の手待ち時間が直接的に削減される。自動倉庫と連携する有人作業エリアの労働生産性が向上し、限られた人員での最大出荷能力を引き出すことが可能となる。
EC事業者:波動対応力の向上とリードタイムの極小化
EC物流の現場は、セールイベントや季節要因による日々の物量変動が極めて激しい。特定の時間帯に注文が集中した場合、従来のシステムではバッチ処理による計画計算の完了を待たねばならず、受注から出庫開始までのタイムラグがリードタイム短縮の障壁となっていた。
計画立案の高速化により、オーダー確定から自動倉庫のピッキング開始までのインターバルが大幅に短縮される。当日配送や時間帯指定配送の受注締め切り時刻を従来よりも後ろ倒しに設定できるようになり、荷主企業にとっては顧客サービスの競争力強化に直結する。
また、荷物の出庫順序がトラックの運行ダイヤおよび配送先の荷降ろし順(逆積みの順序)と寸分違わず整流化されるため、出荷バースでの仕分け待ちや荷待ち車両の滞留を防止できる。これは、2024年4月に施行されたトラックドライバーの時間外労働上限規制(年間960時間)への対応はもちろん、改正物流効率化法(流通業務総合効率化法)において特定荷主・特定事業者に課される荷待ち・荷役時間削減の義務基準を満たす上でも極めて有効な手段となる。
SaaS・テクノロジーベンダー:最適化エンジンの組み込み競争が本格化
倉庫管理システム(WMS)や倉庫実行システム(WES)、倉庫制御システム(WCS)を展開するソフトウェアベンダーにとって、今回の実証成功は製品開発のロードマップに大きな影響を与える。
これまでWESやWCSにおける設備制御は、あらかじめ設定された固定ルールやヒューリスティックな優先順位付けに基づく処理が主流であった。しかし、汎用ハードウェア上で稼働するSQAのような高度数理モデルが実用に耐えうることが証明されたことで、パッケージソフトやクラウド型SaaSのバックエンドに「疑似量子最適化エンジン」をAPI経由で組み込む潮流が一気に現実味を帯びてきた。
単に実績データを収集・可視化するだけの管理ソフトウェアから、刻々と変わる庫内状況をリアルタイムに計算し、最適な搬送・出庫指示を動的に下す「インテリジェント制御プラットフォーム」への機能高度化が市場競争の焦点となる。
参考記事: [WMS(倉庫管理システム)とは?在庫管理・OMS・TMSとの違いや導入メリットを解説](https://logishift.net/glossary/wms/
参考記事: ヤマトホールディングス、8.4億円調達のJIJに出資|配送最適化が加速
LogiShiftの視点:物流自動化は「ハードウェア導入」から「アルゴリズム主導」へ
今回のシャープと豊田自動織機による成果は、物流センターにおける自動化の競争軸が「どのようなマテハン機器を並べるか」というハードウェアの選定フェーズから、「導入した設備群をいかに高度な計算力で統制するか」というアルゴリズムの最適化フェーズへと明確に移行したことを物語っている。
設備投資の成否を分ける「ソフトウェアの計算力」
これまで多くの物流現場では、クレーンの走行速度向上や搬送コンベヤの増設、AGV(無人搬送車)の台数追加といったハードウェアの物量投入によってスループット向上を図ってきた。しかし、ハードウェアを追加すればするほど、経路の交差や合流地点での干渉が増え、計画立案における制約条件は幾何級数的に増加する。
結果として、設備投資額を増やしたにもかかわらず、ソフトウェアの計算能力が追いつかずに設備が頻繁に一時停止し、期待した投資対効果(ROI)が得られないという「自動化の罠」に直面する現場が少なくない。
先行事例として、東芝とミライズテクノロジーズがFPGAを活用した組合せ最適化技術を自律移動ロボットに内蔵し、現場での停止ロスを無くす技術を発表した事例や、カインズがラストワンマイル配送に量子技術を適用して車両数を約30%削減した事例が存在する。これらの動きと今回の自動倉庫におけるSQA適用は、根底で完全に軌を一にしている。物理的なハードウェア性能の限界を、高度な数理計算能力によって突破するアプローチが、物流インフラの標準仕様になりつつある。
入庫・在庫配置・出庫の「完全同期」に向けた布石
発表において両社は、出庫計画にとどまらず、入庫計画や在庫配置を含むより大規模で複雑な条件下への適用拡大を示唆している。これは極めて重要な視点である。
出庫計画の最適化は、それ以前のプロセスである「どの棚に、どのアイテムを保管したか」という入庫時の在庫配置(スロッティング)の良し悪しに決定的な影響を受ける。将来の出庫頻度や出荷組み合わせを予測しながら、最適な入庫ロケーションをSQAによって瞬時に決定し、実際の出庫時には最短動線で荷役を行えるようになれば、倉庫全体のエネルギー消費やマテハンの稼働ロスは極限まで削減される。
ハードウェア製造の巨頭である豊田自動織機が、エレクトロニクスと計算技術に強みを持つシャープのアルゴリズムを自社のソリューション基幹に組み込んだことは、日本の物流機器産業が「ハード単体の売り切り」から「計算アルゴリズムを中核とした統合型運用サービス」へと事業モデルを進化させる試金石となる。
参考記事: 東芝、量子技術を自律ロボに内蔵|倉庫の「停止ロス」を無くす世界初の衝撃
参考記事: カインズが量子技術で配送30%効率化!Quanmatic導入が示す物流の未来
まとめ:明日から意識すべきアクション
シャープと豊田自動織機が実証した「計算時間5分の1」という成果は、最先端の数理技術が実運用レベルの物流インフラに定着し始めたことを示している。自動化設備の導入や更新を検討している企業の経営層および物流DX責任者は、以下の実務的なアクションを直ちに整理しておく必要がある。
- 自社拠点の「計画計算時間」がもたらす機会損失を棚卸しする
自社のWMSやWCSにおいて、出庫指示データの取り込みから実際の機器稼働開始までにどれだけの計算時間・バッチ処理待ちが発生しているかを計測する。計画作成の遅れが原因で、トラックの待機やピッキング作業者の手待ち、出荷締め切り時刻の制限が生じていないかを特定することが改善の第一歩となる。
- マテハン選定基準に「上位制御アルゴリズムの拡張性」を組み込む
自動倉庫や搬送システムの選定・更新を行う際、クレーン速度やラック容量といったハードウェアの物理スペック比較にとどまらず、将来的にSQAや数理最適化ソルバーなどの外部計算エンジンをAPI経由で接続可能なオープンアーキテクチャを有しているかを重要な選定評価軸に設定する。
- 現場オペレーションの制約条件をすべてパラメータとしてデータ化する
高度な計算アルゴリズムを導入しても、投入する制約条件(優先順位、荷姿制限、作業者のスキルレベル、トラックの接車ルールなど)が現場の「属人的な暗黙知」のままでは最適解を導けない。現場特有の運用ルールを洗い出し、数理モデルへ落とし込める形式に言語化・デジタル化しておく準備を進める。
出庫計画の高速化は、庫内作業の整流化だけでなく、ドライバーの荷待ち削減やサプライチェーン全体のリードタイム短縮に直結する。物理的な設備増強のみに頼るのではなく、「高度な計算力をテコにして既存設備と人員の生産性を極限まで引き上げる」という発想の転換が、今後の物流競争力を左右する。
出典: 物流(ロジスティクス)ニュース LNEWS
出典: シャープ株式会社
出典: 株式会社豊田自動織機
出典: PR TIMES
出典: 国土交通省



