- キーワードの概要:内航海運とは、国内の港と港を結んで荷物を運ぶ海上輸送のことです。一度に大量の荷物を運べるため、長距離輸送の要として日本経済を支えています。
- 実務への関わり:トラック輸送から船への切り替え(モーダルシフト)により、輸送コストの削減やCO2排出量の削減、さらに災害時の代替ルート確保に役立ちます。
- トレンド/将来予測:トラックドライバー不足への対策として需要が高まる一方、海運業界自身の船員不足や船の老朽化が課題です。今後は船の自動運航化などDXによる効率化が期待されています。
日本の物流ネットワークにおいて、トラックドライバーの時間外労働規制強化に伴う「2024年問題」が現実のものとなり、サプライチェーンの維持がかつてなく危ぶまれています。こうした中、陸上輸送の物理的限界を補完し、長距離大量輸送の要として再び脚光を浴びているのが「内航海運」です。しかし、単に「トラックから船へ切り替える」だけで解決するほど、現代の物流実務は単純ではありません。海陸の結節点における情報連携のサイロ化、荷主側の在庫管理ポリシーの硬直化、さらには海運業界自身が抱える深刻な船員不足や船舶の老朽化など、乗り越えるべきハードルは山積しています。本記事では、内航海運の基礎知識から、主要な船種と現場での運用特性、実務担当者が直面する構造的課題、そして最新のDX(デジタルトランスフォーメーション)技術を用いた持続可能な物流戦略の構築手法に至るまで、物流現場の最前線の視点から日本一詳細に解説します。
- 内航海運とは?基礎知識と日本の物流における圧倒的な存在感
- 内航海運の定義と「外航海運」との決定的な違い
- 日本の国内貨物輸送を支えるシェアの実態(トンキロベースのデータ解説)
- カボタージュ制度と「内航海運業法」の基礎知識
- 内航海運が担う3つの社会的役割と導入メリット
- 大量輸送による圧倒的な「輸送効率」とコストメリット
- 環境負荷低減の切り札:モーダルシフトとCO2削減効果
- 災害時のBCP対策・代替輸送ルートとしての重要性
- 【図解】内航船の主要な種類と運ぶ貨物の特徴
- 一般雑貨・物流向け(貨物船・コンテナ船・RORO船・フェリー)
- エネルギー・化学製品向け(油槽船・ケミカル船・液化ガス船)
- 特定物資向け専用船(セメント船・石炭船)とプッシャーバージ
- 内航海運業界が直面する構造的課題(船員不足・高齢化)
- 深刻な「船員不足」の実態と採用・定着の壁
- 過酷な労働環境と働き方改革(2024年・2026年問題への波及)
- 船舶の老朽化と代替建造における資金面の壁
- 内航海運の未来を拓くDX実装と持続可能な物流戦略
- 船員の負担を軽減する「船舶のスマート化・自動運航」の最前線
- 荷主企業が実践すべきモーダルシフト導入のステップ
- 海陸連携の強化によるサプライチェーン全体の最適化
内航海運とは?基礎知識と日本の物流における圧倒的な存在感
日本の物流ネットワークにおいて、血液のように絶え間なく物資を運び続けているのが「内航海運」です。内航海運とは、端的に言えば「国内の港と港を結ぶ海上輸送」のことですが、その実態は単なる船の移動に留まりません。陸上のトラック輸送や鉄道輸送と複雑に絡み合い、需要と供給のバランスを分単位で調整しながら日本経済の根幹を支える巨大なインフラとして機能しています。本セクションでは、表面的な用語解説を超え、物流現場の最前線で内航海運がどのように運用され、どのようなリアルな指標で管理されているのかを解説します。
内航海運の定義と「外航海運」との決定的な違い
内航海運を深く理解する上で、国際間を輸送する外航海運との違いを解像度高く把握することが不可欠です。定義上は「国内輸送か国際輸送か」という違いですが、現場の運用ルール、重要視されるKPI(重要業績評価指標)、そして要求されるスキルセットは全く異なります。
| 比較項目 | 内航海運 | 外航海運 |
|---|---|---|
| 輸送区間と航海日数 | 国内の港湾間。数日〜数時間単位で頻繁に入出港と荷役を繰り返す。 | 複数国の港湾間。数週間から数ヶ月単位。荷役の間隔が極めて長い。 |
| 現場のシビアさ・運用特性 | 陸上輸送と連動した「分単位」の海陸同期。港湾ターミナルのスループット重視。 | 各国の通関手続き、国際法規、地政学的リスクへの適応力。 |
| 管理される重要KPI | 港湾滞留時間(Dwell Time)、荷役稼働率、定時入出港率。 | 航海燃費効率、コンテナ積載率、TEU(20フィートコンテナ換算)あたりの輸送コスト。 |
【実務上の落とし穴】
実務現場において、内航海運の最大の難所は「荷役スピード」と「海陸連携」のシビアさにあります。特に、トラックのヘッド(トラクター)を切り離してシャーシのみを船に積み込むRORO船(Roll-on/Roll-off船)の運用では、港湾ターミナルにおけるドレージ手配のタイミングが命です。到着したシャーシをどの順番で船に押し込むかという積付けプラン(ストーウェージプラン)が10分遅れるだけで、出港時間がずれ込みます。この遅延は到着港での後続トラックの待機問題を引き起こし、運送会社からの待機料請求やドライバーの労働時間超過(2024年問題)に直結するという、極めて緊迫した現場運用が行われています。
日本の国内貨物輸送を支えるシェアの実態(トンキロベースのデータ解説)
国土交通省の統計によると、日本の国内貨物輸送における内航海運のシェアは、トンキロ(輸送トン数 × 輸送距離キロ)ベースで約4割を占めています。さらに、鉄鋼、セメント、石油製品といった「産業基礎資材」に限定すると、そのシェアは約8割に達します。このデータが示すのは、長距離かつ大ロットの輸送において、内航海運の輸送効率が他の追随を許さないという事実です。
【成功のための重要KPIとWMSの連動】
圧倒的な輸送効率の恩恵を最大限に引き出すためには、荷主側の入念なデータ管理が不可欠です。一隻でトラック数十台〜数百台分の貨物を運べる反面、「大ロット化による在庫回転率の低下」という副作用が生じます。これを防ぐため、先進的な物流現場では「トンキロあたり輸送コスト削減率」と「安全在庫日数」のバランスを監視するKPIダッシュボードが導入されています。
さらに重要なのが、システム障害時の危機管理です。海陸連携の結節点である港湾ターミナルにおいて、荷主や倉庫側のWMS(倉庫管理システム)がシステム障害等でストップした際、シャーシのヤード内搬入指示や積付けプランが瞬時に白紙化します。この際、紙ベースの配船表とホワイトボードを用いたアナログな車両管理へダウンタイムなしで切り替える訓練(BCP対応力)が、物流品質を担保する生命線となります。
カボタージュ制度と「内航海運業法」の基礎知識
内航海運の法制度を語る上で欠かせないのが「カボタージュ(自国船専属輸送)」制度です。これは、自国の沿岸輸送を自国籍の船(および自国の船員)に限定する国際的なルールであり、日本の場合は船舶法によって定められています。これに加え、国内の海上輸送秩序を維持し、安定した輸送網を確保するために制定されているのが内航海運業法です。この法律により、事業者の登録制度や安全管理体制の基準が厳格に定められています。
【DX推進時の組織的課題と人材の流動性】
カボタージュ制度は、有事の際の国家の安全保障や国内物流網を守る強固な防波堤です。しかし、この規制は「閉鎖的な労働市場」という副作用を生み出しています。外航海運のように外国籍の安価な労働力を機動的に活用することができず、特定の資格を持つ日本人船員に依存せざるを得ません。結果として、労働市場の流動性が極めて低く、ITリテラシーの高い若手人材が流入しにくいという構造的ジレンマを抱えています。業界全体が最新テクノロジーによる自動運航船の実証実験や陸上からの遠隔操船システムの導入を急ぐ背景には、単なる「技術の進化」ではなく、この法規制下で生き残るための「人的リソースの限界点」が存在しているのです。
内航海運が担う3つの社会的役割と導入メリット
前セクションで触れた基礎知識を踏まえ、ここからは荷主企業や物流事業者にとっての「真の導入価値」を深掘りします。長距離トラック輸送の物理的限界が露呈する中、内航海運へのシフトは単なるコスト削減策ではなく、経営戦略そのものに直結します。ここでは、表面的なメリットだけでなく、実務現場のリアルな運用課題と成功の鍵を解説します。
大量輸送による圧倒的な「輸送効率」とコストメリット
内航海運の最大の武器となるのがその圧倒的な輸送効率です。一般的に、トラック輸送と内航海運の損益分岐距離は「500km以上」とされています。長距離幹線輸送をトラックからRORO船やフェリーに切り替えることで、ドライバーの長距離運転を免除し、幹線区間の運賃コストを20〜30%程度削減できるケースも珍しくありません。
【実務上の落とし穴:ミドル・ラストマイルのコスト逆転】
しかし、いざ導入する際に現場が直面する罠が「トータル物流コストの逆転」です。海上区間(幹線)のコストを削減できても、港から最終納品先までのミドルマイル・ラストマイルを担うドレージ(陸送)の確保が難航し、スポット運賃が高騰することで、結果的にトラック直走よりも高くつくケースが多発しています。これを回避するためには、単体の「海上運賃」だけを見るのではなく、KPIとして「ドア・ツー・ドアでのトンキロあたり輸送単価(円/t・km)」を設定し、港湾近郊の物流センターの配置見直し(ネットワークオプティマイゼーション)までを含めた全体最適化が必須です。
環境負荷低減の切り札:モーダルシフトとCO2削減効果
近年、ESG投資を重視する荷主企業から強い要請があるのが、トラックから鉄道や船舶への「モーダルシフト」です。内航船は1トンの貨物を1km運ぶ際のCO2排出量がトラックの約5分の1に抑えられます。これは、企業の「スコープ3 カテゴリ4(上流の輸送・配送における温室効果ガス排出量)」削減に向けた即効性の高い切り札です。改正省エネ法に基づく特定荷主の義務としても、この数値改善は経営上の重要アジェンダとなっています。
【排出量算定の実務とデータのサイロ化】
「環境に良いから」という理由だけで導入できるほど物流現場は甘くありません。実務上の最大の障壁は「複数荷主の混載時におけるCO2排出量の精緻な按分計算」です。船の燃費データ、トラックの横持ち走行距離、積載率など、異なる事業者が持つデータがサイロ化(分断)しているため、精度の高い排出量算定に膨大な事務工数がかかります。最新の物流DXでは、海運業者と陸運業者のシステムをAPI連携させ、「輸送量あたりのCO2排出原単位」を自動算出して荷主へ提供するダッシュボード機能の構築が、選ばれる物流事業者の必須要件となりつつあります。
災害時のBCP対策・代替輸送ルートとしての重要性
地震や台風など、自然災害が頻発する日本において、内航海運はBCP対策(事業継続計画)の要として再評価されています。陸上の主要幹線道路や鉄道網が土砂崩れ等で寸断された際、海という「破壊されないインフラ」を活用できる点は、2011年の東日本大震災や2024年の能登半島地震の際にも実証され、荷主企業のサプライチェーン維持において決定的な差を生みました。
【平時からの訓練とアナログへの切り替え】
有事の際、単に「船で運ぶ」という希望的観測だけでは機能しません。陸路が麻痺すると同時に、自社拠点や委託先倉庫のWMSやTMS(輸配送管理システム)が停電や通信障害で完全に機能停止に陥る最悪のシナリオを想定しておく必要があります。
成功の鍵は、KPIに「代替ルート立ち上げまでの所要時間」を設定し、以下のアナログ運用を含めたバックアップ体制を平時から訓練しておくことです。
- 代替保管拠点の確保:到着港周辺の上屋やテント倉庫の一時利用ルールの策定。
- 手作業による入出庫フロー:システムダウン下でも対応可能な、Excelや手書きの納品伝票による最低限のロット管理。
- 災害時優先配車協定:港からの緊急ドレージを担う地場運送会社との事前のリレーション構築。
【図解】内航船の主要な種類と運ぶ貨物の特徴
荷主企業の物流担当者が「自社の貨物を船へモーダルシフトしたい」と考えた際、直面するのが「自社の貨物の特性やリードタイム要件に最適な船種はどれか」という実務的な壁です。ここでは、表面的な船のカタログスペックではなく、荷役現場の制約、海陸連携の難易度という「超・実務視点」から内航船を解剖します。
一般雑貨・物流向け(貨物船・コンテナ船・RORO船・フェリー)
日用品や加工食品、機械部品など、リードタイムに厳格な一般雑貨の輸送を担う船種です。昨今の物流クライシスへの対応として最も導入検討が急増しています。
- RORO船・フェリー:トラックの荷台(シャーシ)ごと船に乗り込むため、港でのクレーン荷役が不要です。港湾での滞留時間が極めて短く、輸送効率の最大化に直結します。
- 内航コンテナ船・一般貨物船:パレット積みやバラ積みに対応し、一度に大量の物資を輸送することに優れます。ただし、港湾荷役(ステベ)の手配や、雨天時の荷役中止リスク(雨天待機)を計算に含める必要があります。
【成功の鍵:ラウンドユースの構築】
RORO船を利用した無人航送(シャーシのみを船に乗せ、到着港で別のトラクターが牽引する手法)を導入する際、重要となるKPIが「シャーシ実車率」です。往路は荷物が満載でも、復路で空のシャーシを船に乗せて運ぶ「空走」が発生すれば、コストは倍増します。海運業者と複数の荷主が連携し、A社の荷物を運んだシャーシで、帰りはB社の荷物を運ぶ「ラウンドユース」の仕組みを港湾ヤード内でいかに構築できるかが、実務担当者の腕の見せ所です。
エネルギー・化学製品向け(油槽船・ケミカル船・液化ガス船)
石油製品、化学薬品、LPGなどの危険物を輸送する特化型の船種です。日本のエネルギーサプライチェーンの根幹を支える極めて重要なインフラですが、コンプライアンスの要求水準が最も高い領域でもあります。
- 油槽船(黒油・白油):原油や重油(黒油)、ガソリンや軽油(白油)を運びます。両者の混載は厳禁です。
- ケミカル船:多種多様な化学製品を運ぶため、タンク内がステンレスや特殊コーティングで保護されています。
- 液化ガス船:高圧または極低温で液化されたガスを輸送する高度な技術と設備が要求されます。
【実務の落とし穴:洗浄証明とリードタイムの圧迫】
これらの船種を運用する上で、実務者を最も悩ませるのが「コンタミネーション(異物混入)防止とタンククリーニング(洗浄)」の壁です。前航海で積んだ貨物の成分を完全に除去しなければならず、洗浄作業自体に時間がかかる上、第三者のサーベイヤー(鑑定人)による品質クリアの証明書発行待ちで出港が半日〜1日遅れるケースが頻発します。KPIとして「本船稼働率」や「配船スケジュール遵守率」を高く保つためには、洗浄の難易度を考慮したパズルライクな配船計画(例えば、似た性質の貨物を連続して積む等の工夫)が必須となります。
特定物資向け専用船(セメント船・石炭船)とプッシャーバージ
特定の産業資材を最も効率的に運ぶために設計された船です。外航海運の大型船で輸入されたバルク貨物を、国内の各工場へ二次輸送する役割も担います。
- セメント船・石炭船(専用船):粉塵爆発を防ぐ密閉構造や、コンベアを用いて自ら荷降ろしができるセルフアンローダー設備を備えています。
- プッシャーバージ(押船・艀):動力を持たない荷物船(バージ)を、後ろから動力船(プッシャー)が押して進む形態です。港に到着後、バージだけを切り離して荷役作業を行い、プッシャーは別のバージを押してすぐに出港できるため、機関のダウンタイムを極限まで削れます。
【在庫連動ジャッジの高度化】
プッシャーバージは究極の海陸連携ソリューションですが、構造上波浪に弱く、荒天時には外洋の航行が著しく制限されるという実務上の弱点(欠航リスク)があります。そのため、荷主企業の配船担当者は気象ルーティングシステムを常時監視し、「陸上サイロの安全在庫日数」と「海上輸送の遅延想定日数(欠航率)」のバランスを最適化する高度なジャッジが求められます。台風接近時には、サイロが空になる前にスポットで割高なトラックを手配するなど、需要予測と気象データを連動させたダイナミックな意思決定が不可欠です。
内航海運業界が直面する構造的課題(船員不足・高齢化)
これまで、環境負荷低減や大量輸送の観点から内航海運のメリットをお伝えしてきましたが、現場の裏側に目を向けると、業界の屋台骨を揺るがす深刻な危機が静かに、しかし確実に進行しています。荷主企業の物流企画担当者にとって有望な輸送手段に見える裏で、「船はあるが動かせない」「古い船が急に故障して荷物が届かない」といった実務上の致命的なリスクが潜んでいるのです。
深刻な「船員不足」の実態と採用・定着の壁
第一セクションで触れた「カボタージュ制度」により、内航船の乗組員は原則として厳格な資格を持つ日本人に限定されています。国土交通省の統計によれば、内航船員の半数以上が50歳を超えており、ベテランの大量退職が目前に迫る一方で、30歳未満の若手は2割にも満たないのが実態です。
業界の組織的課題として、若手人材のリクルーティングと定着の失敗が挙げられます。数ヶ月に及ぶ船内生活において、「プライバシー空間の欠如」や「海上でのスマホの電波が届かない(Wi-Fi未整備)」といった居住環境の悪さが、デジタルネイティブ世代の若手船員の早期離職を招いています。海運各社はKPIとして「若手船員の3年以内離職率」を重要視し始めており、個室化への改装や、陸上管理者と海上乗組員との間のコミュニケーション不全を解消するためのメンター制度の導入など、労働環境のソフト面でのアップデートが急務となっています。
過酷な労働環境と働き方改革(2024年・2026年問題への波及)
トラックの2024年問題の受け皿としてモーダルシフトが加速する中、そのシワ寄せは海陸連携の最前線である船員に直接波及しています。内航船員の労働環境は、昼夜を問わず4時間交代で船の操縦や機関監視を行う「ワッチ(当直)」体制が続きます。特にRORO船の現場では、陸側のトラック到着遅延による出港遅れを取り戻すため、船員が休息時間を削って荷役スタンバイや荒天時の操船に対応するケースが後を絶ちません。
【労務管理KPIとデジタル化の遅れ】
現在、船員法改正に伴う労務管理の厳格化が進んでおり、労働時間の上限規制や休息期間の確保に対する監査が激化しています。これは実質的に、内航海運業界における「2026年問題(規制強化の完全適用)」として重くのしかかっています。ここで現場の課題となるのが、いまだに根強く残る「紙の機関日誌やアナログな勤怠管理」です。KPIである「月間時間外労働時間」や「連続休息期間」を精緻にトラッキングし、法規定違反を未然に防ぐためには、船上の労働実態をクラウドでリアルタイムに陸上と同期する労務管理システムの導入という組織的DXが不可欠です。
船舶の老朽化と代替建造における資金面の壁
人的リソースの枯渇と並んで深刻なのが、ハード面における「船舶の老朽化」です。安全な航行と輸送効率の維持、そして荷主企業のBCP対策を担保するためには、定期的な新造船の投入が不可欠ですが、日本の沿岸を航行する内航船の多くは船齢20年を超える老朽船が未だに第一線で酷使されています。
【資金調達のスキームとグリーンファイナンス】
新造船への代替が進まない最大の理由は「建造資金の急騰」です。鋼材価格の高騰に加え、環境規制に対応する新型エンジンの搭載義務により、船価が過去数年で1.5倍〜2倍近くに跳ね上がっています。内航業界は「船を所有する船主(多くは中小零細)」と「荷物を集めて運航するオペレーター」が分離していることが多く、運賃へのコスト転嫁(荷主への値上げ交渉)が難航し、新造船の投資回収計画が立ちません。
この壁を突破するため、鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT)が提供する「共有建造制度(長期・低利の資金供給スキーム)」の活用や、環境負荷の低い代替燃料船に対する「トランジションファイナンス(移行金融)」へのアクセスが、今後の海運事業者の「船隊の平均船齢」を若返らせるための重要な経営戦略となっています。
内航海運の未来を拓くDX実装と持続可能な物流戦略
属人的なオペレーションとハードの老朽化という課題に対し、業界が提示する具体的なアンサーが、最新のDX技術による解決策と、荷主企業を巻き込んだ次世代の物流戦略です。本セクションでは、持続可能なサプライチェーンを構築するための道筋を深掘りします。
船員の負担を軽減する「船舶のスマート化・自動運航」の最前線
内航船は日本沿岸の非常に狭く船舶が密集する「輻輳(ふくそう)海域」を昼夜問わず航行するため、操船・機関監視にかかる負荷が極めて高いのが実情です。この過酷な労働環境を改善し、船員不足を解消する切り札が、IoTとAIを活用した「船舶のスマート化」と「自動運航」です。
【アラート疲れの解消と通信インフラの壁】
先進的な内航船では、従来のTBM(時間基準保全:定期的に部品を交換する)から脱却し、センサーで異常の兆候を検知するCBM(状態基準保全)への移行が進んでいます。KPIとして「予知保全によるダウンタイム削減率」を追求するものですが、現場導入時に起きる組織的課題が「アラート疲れ」です。初期設定のままセンサーを稼働させると、微細な振動で警告が鳴り響き、現場の業務を圧迫してシステムが使われなくなります。実務においては、ベテラン機関長の暗黙知(許容範囲内のノイズ)をAIに学習させ、真に危険な異常のみをフィルタリングする地道なチューニング作業が不可欠です。
また、大量の運航データを陸上へ送るため、低軌道衛星通信(Starlink Maritimeなど)の導入が急速に進んでおり、これは同時に船内ブロードバンド化による「船員の福利厚生向上」という副次的ながら極めて重要な効果をもたらしています。
荷主企業が実践すべきモーダルシフト導入のステップ
労働力不足の時代において、内航船へのモーダルシフトは不可避の流れです。しかし、単に「輸送手段を船に変えるだけ」では、現場の物流は確実に破綻します。成功させるためには、各部門を巻き込んだ段階的なアプローチと、KPIの再定義(例:単発のスピードではなく「定時納品率」の重視)が必要です。
| 導入ステップ | 実務上のアクションと現場のハードル(組織的課題) | 解決策・バックアップ体制 |
|---|---|---|
| 1. ネットワークの再設計 | 500km以上の幹線輸送を抽出。 営業部門からの「リードタイムが延びると顧客が離れる」という強い抵抗(部門間コンフリクト)。 |
WMS上の安全在庫基準を「リードタイム+1日」へ改修しバッファを持たせる。顧客へはCO2削減効果を付加価値として提示する。 |
| 2. ドレージの共同輸配送 | 港湾ターミナルから納品先までのトラクタヘッドとドライバーの確保難。 | 同業他社との共同輸配送や、港湾側でのシャーシプールを活用した中継輸送網を構築し、ラウンドユースを実現する。 |
| 3. トライアルと品質管理 | テスト輸送時の荷崩れや、海上特有の波のピッチング(縦揺れ)による製品ダメージの発生。 | ラッシング(固縛)手法の抜本的見直し。海上輸送専用の緩衝材やパレットの再設計を行い、「製品破損率」を厳格にモニタリングする。 |
海陸連携の強化によるサプライチェーン全体の最適化
モーダルシフトを真の成功に導くためには、港湾を単なる「通過点」ではなく、情報とモノが行き交う「結節点」として機能させる海陸連携が不可欠です。平時から輸送効率を高め、海陸のシステムを統合しておくことが、最終的な物流品質を決定づけます。
【サイロ化の打破とフィジカルインターネットへの統合】
現場視点で最も恐ろしいのは、「悪天候による抜港や大幅な遅延」です。この時、海運業者の運航管理システムと荷主のWMS、さらには陸運業者のTMSが連携されていなければ、港湾ヤードに貨物が滞留し、工場の生産ラインがストップします。最先端の物流実務では、情報のサイロ化を打破するデータプラットフォームの構築が進んでいます。気象データに基づく本船のETA(到着予定時刻)APIが遅延の兆候を示した瞬間、システムが自動的に代替の長距離トラック配車を促す、あるいは近隣倉庫からの在庫引当へ切り替えるといったフェイルセーフ機能が実装されつつあります。
内航海運は、もはや「時間がかかるが安いだけの輸送手段」ではありません。最新のDX技術と高度な情報連携を組み合わせることで、あらゆる輸送モードをシームレスに繋ぐ「フィジカルインターネット」の強力なノード(結節点)として、強靭で持続可能なサプライチェーンのコア・インフラへと進化を遂げているのです。
よくある質問(FAQ)
Q. 内航海運とは何ですか?外航海運との違いは?
A. 内航海運とは、日本国内の港同士を結んで貨物を運ぶ海上輸送のことです。国際間を航行する外航海運とは異なり、国内貨物のみを対象とします。カボタージュ制度により外国船の参入が制限されており、トラックに代わる長距離大量輸送の要として、日本の国内輸送シェア(トンキロベース)の大きな割合を占めています。
Q. 物流における内航海運のメリットは何ですか?
A. 主なメリットは、大量輸送によるコスト削減、環境負荷の低減、災害時のBCP(事業継続計画)対策の3つです。一度に大量の貨物を運べるため輸送効率が高く、CO2排出量を抑えるモーダルシフトの切り札として注目されています。また、災害等で陸上輸送網が寸断された際の強力な代替輸送ルートとしても機能します。
Q. 内航海運が抱える問題点・課題は何ですか?
A. 海運業界自身が抱える深刻な船員不足・高齢化や、船舶の老朽化といった構造的な問題が挙げられます。さらに、トラックから船へ切り替える際、海と陸の結節点における情報連携の分断(サイロ化)や、荷主側の硬直化した在庫管理など、単なる手段の変更だけでは解決できない実務上のハードルが山積しています。