物流業界が直面する「2024年問題」や脱炭素化の波は、個々の企業の自助努力だけで乗り越えられる限界をとうに超えています。今、業界全体で求められているのは「競合」という枠組みを取り払い、「協調」へと舵を切る劇的なパラダイムシフトです。
こうした中、NIPPON EXPRESSホールディングス(以下、NXHD)と化学品大手3社(三菱ケミカル、東ソー、三井化学)が共同で行った実証実験の成果が発表され、業界内に大きな衝撃を与えています。経済産業省と国土交通省が主導する「フィジカルインターネット実現会議」の枠組みの中で実施されたこの実験は、同一のコンテナを活用して荷主間で往復輸送(ラウンド輸送)を行うという、極めて難易度の高い取り組みでした。
結果として、CO2排出量やドライバーの拘束時間を劇的に削減する「驚異的な成果」を叩き出した一方で、社会実装に向けて立ちはだかるインフラ面や実務面の「リアルな課題」も浮き彫りになりました。本記事では、この注目のニュースの全貌を紐解きながら、物流関係者が知っておくべき業界への影響と、次の一手について詳しく解説します。
化学品ワーキンググループによるラウンド輸送実証実験の全貌
物流の最適化を目指す「フィジカルインターネット実現会議」には、多数の企業や団体が参画し、業界別のワーキンググループ(WG)を通じて実証実験を進めています。今回の取り組みは、86の企業と1つの大学などが参加する「化学品ワーキンググループ」の主導で行われました。
まずは、今回の実証実験の事実関係と、得られた成果および課題を整理します。
実証実験の基本情報と座組み
今回の実験の最大のポイントは、単なる鉄道への「モーダルシフト」ではなく、複数荷主が同一のコンテナを融通し合う「ラウンド(往復)輸送」を成立させた点にあります。
| 項目 | 詳細情報 |
|---|---|
| 参加企業 | NXHD、三菱ケミカル、東ソー、三井化学 |
| 実施期間 | 2025年8月から2026年1月にかけて実施 |
| 対象区間 | 東海エリア(名古屋)と中国エリア(広島・大竹)の相互間 |
| 実験の特徴 | 荷主間の枠組みを超え同一コンテナを往復利用するラウンド輸送 |
通常、鉄道輸送を利用する際、片道にしか荷物がない場合は空のコンテナを回送する必要があり、これがコストとエネルギーの大きなムダ(空荷回送)を生んでいました。東海エリアから中国エリアへ、そして中国エリアから東海エリアへ、異なる化学品メーカーの荷物をタイミングよくマッチングさせることで、このムダを徹底的に排除しようとしたのが本プロジェクトの核心です。
参考記事: フィジカルインターネット実装へ|JPIC「成熟度モデル」が示す物流の現在地
驚異的な削減成果と浮き彫りになった課題
半年間にわたる実証実験の結果、物流危機の特効薬とも言える圧倒的な数値的成果が得られました。しかし同時に、現場のリアルな課題も明確になっています。
| 区分 | 具体的な結果・内容 |
|---|---|
| 環境への貢献 | CO2排出量を従来比で57%削減することに成功 |
| トラックの削減 | トラックの総輸送距離を74%という大幅な削減 |
| 労働環境の改善 | トラックドライバーの拘束時間を64%削減し労務問題を緩和 |
| 顕在化した課題 | 31ftコンテナを扱える駅の制約とドレージ距離の増大 |
トラック輸送距離が74%削減され、ドライバーの拘束時間が64%削減されたことは、深刻化する人手不足への極めて有効な回答となります。長距離運行を鉄道に置き換えることで、ドライバーの労働環境を日帰り可能な範囲(コンテナの陸送であるドレージ業務)に収めることができたのです。
一方で、課題として強く認識されたのがインフラの制約です。今回使用された31ft(フィート)大型コンテナは、大型トラック(10トン車)とほぼ同等の積載量を持ち、パレットの積み替えなしで輸送できるため荷役効率が非常に高いというメリットがあります。しかし、日本国内の貨物駅において、この巨大な31ftコンテナを専用フォークリフトで荷役できる駅は限られています。
結果として、荷主の工場から「31ft対応駅」までの距離が遠くなり、陸送(ドレージ)の距離が長くなってしまうという現象が起きました。ドレージ距離が延びれば、せっかく鉄道で削減したトラックの走行距離やコストのメリットが相殺されてしまいます。これが、社会実装に向けて乗り越えなければならない大きな壁となっています。
実証実験が浮き彫りにした物流業界各プレイヤーへの影響
今回の「NXHDと化学品3社による実験成果」は、参加企業だけの成功物語で終わらせるべきではありません。この取り組みから見えてくるのは、今後の物流インフラの形と、各プレイヤーに求められる役割の変化です。
荷主企業(メーカー)に迫られる「個社最適」からの脱却
化学品をはじめとするメーカー各社にとって、最も大きなパラダイムシフトとなるのが「物流条件の緩和」への対応です。
往復のラウンド輸送を成立させるためには、A社の東海から中国への出荷タイミングと、B社の中国から東海への出荷タイミングを、パズルのように完璧に合わせる必要があります。しかし、実際のビジネスでは「明日すぐ届けてほしい」「月末に集中して納品してほしい」といった、顧客ごとの個別要件が複雑に絡み合っています。
これまでの「個社最適」の物流では、トラックをチャーターして無理やり要望に応えていました。しかし、共同輸送を前提とする場合、リードタイムの延長や、出荷日の平準化、納品時間の柔軟な調整といった「物流条件の緩和」が不可欠になります。物流部門だけでなく、営業部門やエンドユーザー(納品先)を含めたサプライチェーン全体での意識改革と交渉が、今後の荷主企業における最重要課題となるでしょう。
参考記事: JPR×長瀬産業がPIアワード最優秀賞|化学品物流「個社最適」の限界突破
運送・ドレージ事業者が直面する業務モデルの転換
実運送を担う運送事業者にとっても、影響は甚大です。長距離の幹線輸送が鉄道へとシフト(モーダルシフト)していく流れが加速すれば、従来の「長距離を走って運賃を稼ぐ」というビジネスモデルは見直しを迫られます。
代わりに需要が急増するのが、鉄道貨物駅と荷主拠点をつなぐ「ドレージ(陸送)輸送」です。しかし前述の通り、31ft大型コンテナのドレージには、専用の大型トラクターとコンテナ用シャーシが必要であり、牽引免許を持つ熟練ドライバーも求められます。
さらに、対応駅の少なさからドレージ距離が長距離化する傾向にあるため、ドレージ事業者は「いかに効率よく駅と拠点を往復するか」の配車組みが難しくなっています。運送事業者は、荷主やフォワーダー(NXHDのような利用運送事業者)と密に連携し、空車走行を減らすための情報共有とシステム化を急ぐ必要があります。
鉄道・インフラ事業者に求められる柔軟性と拠点整備
鉄道事業者であるJR貨物や、駅構内の荷役を担うインフラ事業者にも大きな変革が求められています。
31ftコンテナの利便性は荷主にとって魅力的ですが、対応駅の拡充には莫大な設備投資と時間がかかります。インフラの整備を待つだけでなく、既存の設備を最大限に活かす工夫が求められます。
例えば、トラックの確保が難しくなる中で「それでも鉄路を選ぶ」荷主を増やすためには、運行ダイヤの柔軟性確保や、遅延時のバックアップ体制の強化、そして何より貨物駅におけるトラックの待機時間を削減する仕組みづくりが不可欠です。
参考記事: トラック確保難を解決!「それでも、鉄路を選びます」――JR貨物は不正危機をどう乗り越え、輸送量7.5%増を実現した…
LogiShiftの視点|ラウンド輸送の社会実装に向けた課題と未来予測
ここからは、当メディア「LogiShift」独自の視点で、今回のニュースの背景にある真の課題と、今後の物流業界の未来予測、そして企業が取るべき具体的なアクションについて考察します。
31ftコンテナの制約から見える「コストと効率性のトレードオフ」
今回の実験で最も示唆に富んでいるのは、31ftコンテナ特有の「コスト・効率性のトレードオフ」がデータとして可視化された点です。
日本の物流は長らく10トントラックを基準にパレットや荷姿が最適化されてきました。そのため、10トントラックの荷台をそのまま切り取ったようなサイズの31ftコンテナは、メーカーにとって最も使い勝手が良い(積み替えの手間がない)理想のソリューションです。
しかし、その「荷主にとっての効率性」を追求した結果、鉄道駅での荷役制約という「インフラ側のボトルネック」に衝突しました。対応駅までのドレージ距離が延びれば、燃料費もドライバーの拘束時間も増大し、結局はトータルの物流コストが跳ね上がってしまいます。
このジレンマは、食品業界でも同様に起きています。過去にはブルボンや不二製油などの食品メーカーが、31ft冷蔵コンテナを用いたラウンド輸送の実証を行いましたが、そこでも拠点とインフラのアンマッチが課題として指摘されていました。
参考記事: ブルボン・不二製油ら5社|31ft冷蔵コンテナ「ラウンド輸送」の衝撃
異業種マッチングと20ftコンテナ活用へのシフトという次なる一手
このトレードオフを解消するため、プロジェクト陣営はすでに次の方針を打ち出しています。それは「より汎用性の高い20ftコンテナの活用」と「業界の垣根を超えた荷主確保」です。
20ftコンテナであれば、海上コンテナの規格とも親和性が高く、扱える貨物駅も大幅に増えます。ドレージ距離を短縮でき、より細やかなネットワークを構築することが可能です。ただし、10トントラックの荷物量に対しては中途半端なサイズになるため、積載率を高めるための新たなパレット積み付けパターンの開発や、受発注ロットの見直しが必要になります。
さらに重要なのが、化学品という同業種だけでなく、他業種とのマッチングです。例えば、往路は化学品メーカーの原料を運び、コンテナを洗浄した上で、復路は建材や日用品を運ぶといった「異業種間のラウンド輸送」です。すでに医療メーカーの共同配送などでも競合協調の動きは加速しており、これからは「いかに多様な荷主データを集約し、AI等で最適な往復ルートを弾き出すか」というプラットフォーマーの力量が問われる時代になります。
参考記事: 医療メーカー4社共同配送へ|物流危機を救う「競合協調」の衝撃
企業が今すぐ取り組むべき「対話とデータ化」のアプローチ
このようなマクロな変化に対し、一企業の物流現場や経営層は明日からどう動くべきでしょうか。
第一に、自社の物流データの精緻な可視化です。「どこから、どこへ、どのタイミングで、どれだけの物量が動いているのか」をデジタルデータとして即座に提示できなければ、共同輸送のプラットフォームに乗ることすらできません。
第二に、タブー視されがちだった「競合他社との対話」を始めることです。物流は競争領域ではなく、非競争の協調領域であるというトップの明確なメッセージが必要です。
第三に、顧客との「リードタイム延長」の交渉です。「いつでも・すぐに」という過剰なサービスレベルを見直し、余裕を持った輸送スケジュールを組むことが、結果的に持続可能で安定的、かつ環境負荷の低いサプライチェーンを維持する唯一の方法となります。
まとめ|持続可能な物流網の構築に向けて明日から意識すべきこと
NXHDと化学品大手3社(三菱ケミカル、東ソー、三井化学)による同一コンテナを活用した往復鉄道輸送の実証実験は、CO2排出量57%削減、ドライバー拘束時間64%削減という輝かしい成果を残しました。
しかし、その裏側にある31ftコンテナのインフラ制約や、往復の貨物量を合わせるための物流条件の緩和といった課題は、日本中のすべての荷主・物流事業者が直面する「共通の壁」です。
単なるモーダルシフトの時代は終わりを告げ、これからは「共同利用(ラウンド輸送)」を前提としたサプライチェーンの再設計が求められます。汎用性の高い20ftコンテナへの移行や、異業種とのマッチングなど、変化のスピードはますます加速していくでしょう。
自社の物流を「個社最適」から「全体最適」へとアップデートできるか。業界動向をいち早くキャッチアップし、社内外での対話を今日から始めることが、次世代のビジネスを生き抜くカギとなります。


