2024年4月から「働き方改革関連法」による時間外労働の上限規制が適用され、トラックドライバーの労働環境改善が進められています。しかしその一方で、法令やルールを厳格に遵守した中小運送会社が収益性の低下に苦しむという、皮肉な現実が浮き彫りになりました。
ビジネスモビリティの普及やEV導入を支援するCUBE-LINX(東京都日野市)が2026年6月に実施した実態調査によると、中小運送会社の4割以上が2024年問題への対応後に「収益が低下した」と回答。「正直者が報われない」厳しい経営環境のなか、物流構造の可視化と適正取引の推進がかつてないほど急務となっています。
本記事では、この調査結果の背後にある多重下請け構造の弊害、法改正がもたらす地殻変動、そしてこれからの時代を生き抜くために運送事業者と荷主企業が取るべき具体的な戦略を解説します。
ニュースの背景・詳細:2024年問題対応後の経営実態
CUBE-LINXが2026年6月23日から6月29日にかけて、20代から60代の中小運送会社経営者322人を対象に実施したインターネット調査から、法改正後のリアルな経営実態が見えてきました。主要なデータを以下に整理します。
【中小運送会社の収益性とコスト増に関する主要ファクト】
| 調査項目 | 該当する選択肢 | 構成比(%) | 業界および経営への影響 |
|---|---|---|---|
| 2024年問題対応後の収益性変化 | 収益性が低下(「やや低下」「低下」の合算) | 42.2% | ルール遵守に取り組む企業ほど利益を削られる構造的な歪みが発生。 |
| 同上 | 変化なし | 41.9% | 現状維持はできているものの、将来的なコスト高騰への不安は根強い。 |
| 収益悪化の主因(複数回答) | 燃料費高騰 | 75.0% | 地政学リスクや円安による燃料高が、運送会社の固定的な大打撃に。 |
| 同上 | 採用強化に伴う人件費高騰 | 33.8% | ドライバー不足に伴い、採用コストや最低賃金の底上げが直撃。 |
| 運賃値上げ交渉の結果 | 希望額には及ばず値上げ | 37.0% | 交渉のテーブルには着けたものの、コスト上昇分を転嫁しきれず。 |
| 同上 | 希望額まで値上げ達成 | 10.9% | 適正な利益を含んだ価格転嫁に成功しているのは、わずか1割。 |
労働時間の厳格な管理や運行管理体制の強化は、本来であれば労働環境を正常化するための前進であるはずです。しかし、多くの企業では「走れる時間(輸送可能量)」が削られた一方で、燃料高や人件費の高騰という外部コストの増加を運賃へ十分に転嫁できていません。結果として、法令を遵守しようとする「正直な中小企業」ほど、身を削る経営を強いられる歪んだ構造が裏付けられました。
参考記事: 働き方改革関連法(物流)を徹底解説|2024年問題と現場の実務対応
サプライチェーン各プレイヤーに及ぶ具体的な影響
2024年問題のひずみと、それに伴う規制強化の波は、運送事業者だけでなくサプライチェーン全体に広範なインパクトを与えています。各プレイヤーの立場から具体的な影響を分析します。
1. 運送事業者:多重下請けの末端における価格交渉力の限界
多重下請け構造の末端(二次請け・三次請け)に位置する中小零細運送事業者ほど、元請けや仲介業者(水屋)に対する価格交渉力が極めて弱いのが実態です。
今回の調査でも、希望額通りの価格転嫁ができた企業はわずか10.9%に留まっており、燃料費(75.0%)や人件費(33.8%)の上昇を自助努力で飲み込まざるを得ない状況に陥っています。
こうした状況から脱却するため、運送事業者は従来の「どんぶり勘定」による交渉を捨て、実走行データや時間あたりのコストをベースにした科学的な交渉へのシフトを迫られています。
2. 製造業者・小売業者(荷主):「運んでもらって当たり前」から経営リスクへの変化
荷主企業にとって、物流の持続可能性の低下は「モノを運べなくなる」という事業継続に直結するリスクです。2024年3月に改正された「標準的な運賃」では、下請けに発注する際の手数料(上限10%)を運賃と別立てで請求できる規定が設けられました。また、行政による「トラック・物流Gメン」の監視活動も非常に活発化しています。
不当な運賃での据え置きや、長時間の荷待ち・附帯作業の強要を続ける荷主に対しては、勧告や企業名の公表などの厳しいペナルティが科されるため、コンプライアンス維持の観点からも適正な運賃支払いや物流効率化への協力が不可避となっています。
3. テคโนโลยี・SaaSベンダー:「実運送体制管理簿」の義務化に伴う市場拡大
元請け事業者はもちろん、サプライチェーン全体の透明性を確保するため、2025年4月からはすべての元請け事業者に「実運送体制管理簿」の作成・保管が義務付けられています(新法の順次施行に伴い現場での徹底が加速)。
これまで誰が実際に運送しているのか分からなかった「情報のブラックボックス」を排除するため、スマホアプリやクラウド型運行管理システム(TMS)の導入需要が爆発的に高まっています。紙やExcelでの管理には限界があるため、デジタル技術を活用した効率的な実運送体制の把握が急務となっています。
参考記事: 標準的な運賃とは?2024年4月改定の5大ポイントと実務対応を徹底解説
LogiShiftの視点:量から効率へ、そして「データ武装」による選別の時代
今回のCUBE-LINXによる調査結果は、物流業界がこれまでの「労働力の切り売り」で維持されてきたモデルから、デジタルと効率化を武器に適正利益を確保する「高度情報産業」への脱皮を強制されていることを意味します。LogiShiftでは、この急激な構造転換期における方向性を以下のように予測します。
タリフ依存から「原単価方式」へのシフトが事業の命運を分ける
これまで多くの中小運送会社は、国が示す「標準的な運賃(タリフ)」を根拠に価格交渉を行ってきました。しかし、車両のスペックや運行ルート、荷主ごとの待機時間は千差万別であり、一律のタリフだけでは自社特有のコスト上昇分を完全にカバーすることはできません。
今後は、デジタコや動態管理システムから得られる「時間・距離ごとの運行データ」を蓄積し、自社独自の「適正な原単価(時間・距離あたりのコスト)」を正確に算出できる運送会社だけが、荷主に対して説得力のある価格交渉を成功させることができます。データを武器に「武装化」できない事業者は、不採算取引から抜け出せず、さらに厳しい淘汰の波にさらされるでしょう。
共同配送とデジタル化による「サプライチェーン全体の最適化」
収益構造の改善策として、不採算ルートの間引き(25.2%)や減車(19.6%)といった「縮小均衡」の対策が挙げられる一方、他社との「共同配送(12.4%)」や「デジタル化による業務効率化(15.8%)」への取り組みも始まっています。
共同配送は、積載率を劇的に高め、1台あたりの燃料費や人件費を抑えることができる極めて有効なアプローチです。これを実現するためには、競合他社や異業種間で出荷・配送データを安全かつリアルタイムに共有できるプラットフォームの存在が不可欠です。物流は単一企業の課題ではなく、調達から配送に至るサプライチェーン全体で最適化を図る「SCM(サプライチェーン・マネジメント)」の視点で再設計される必要があります。
参考記事: 貨物自動車運送事業法第24条と2026年7月9日の原単価方式転換への必須対応
まとめ:明日から実践すべき3つの実務アクション
「ルールを守った正直者が損をする」状況を打破し、物流を社会の持続可能なインフラとして維持するためには、運送会社自身の経営改革と、荷主・消費者・行政が一体となった意識変革が不可欠です。明日からの実務で意識し、実行すべき具体的なアクションを以下に提示します。
1. 自社の運行データを可視化し、根拠ある「原価ベース」の運賃交渉を行う
どんぶり勘定での価格交渉を直ちにやめ、ルートごとの実走行時間、燃料消費量、荷待ち時間をすべて記録・数値化しましょう。データに基づいた確実な交渉を行うことが、10.9%という「希望額での成約」の壁を突破するための第一歩です。
2. 「実運送体制管理簿」の作成を機に、デジタル配車ツールを導入する
義務化された実運送体制管理簿の作成を手作業で行うのは、配車担当者の大きな負担となります。スマートフォンアプリやTMSなどのデジタルツールを早期に導入し、実運送者の情報や完了報告が自動で一元管理される仕組みを構築しましょう。
3. 「量」を競う経営から、共同配送やエコドライブによる「効率重視」へ転換する
自社の限られたリソース(車両・ドライバー)を最適に配置するため、稼働率の低い不採算ルートは思い切って見直し、近隣地域での共同配送や帰り荷の確保など、1運行あたりの生産性を極限まで高める戦略へ舵を切りましょう。
参考記事: ロジテック25アプリで2026年義務化の実運送体制管理簿作成を効率化
出典: au Webポータル


