国土交通省が進める「適正原価」の制度設計において、運賃算出の前提である実車率50%の見直しや下限運賃規制の扱いを巡り、業界内での議論が激化しています。一方で民間では、ハウス食品とF-LINEによるフェリー輸送の複線化や各社の現場防衛策など、供給責任の維持に向けた実務対応が加速しています。
輸送網の複線化と適正原価の制度設計を巡る主要動向
2026年8月現在の物流業界では、激甚化する自然災害へのBCP(事業継続計画)対策と、トラック適正化二法に基づく「適正原価」の基準策定という二大テーマが焦点となっています。
加工食品分野では、ハウス食品グループ本社を含む加工食品メーカー各社とF-LINEが連携し、関西〜九州間におけるフェリーを活用した海上輸送の複線化を定着させています。陸上幹線輸送と海上輸送を並立させることで、ドライバーの拘束時間削減やCO2削減だけでなく、有事の際にも途絶しない強靭なサプライチェーンの構築が進められています。
その一方で、業界の持続可能性を左右する制度面では大きな議論が巻き起こっています。国土交通省の有識者検討会で進む「適正原価」の算定方式において、従来の距離制タリフで前提とされてきた「実車率50%(往復運行前提)」の見直しが提起されました。全日本トラック協会(全ト協)の幹部や運送事業者からは、復路(帰り荷)のコストが切り離されることで実勢運賃が大幅に下落する「半値タリフ化」への強い懸念が示されています。
さらに現場レベルでは、株式会社ファーマインドの100%子会社である全日本ライン株式会社が全国の青果専用センターと連携した低温物流網の強化を推進する一方、兵庫県養父市の山本運輸株式会社が移動式ランドリー「COMOREBI」を熊本の避難所へ派遣するなど、独自の輸送力・設備を活かした社会貢献の動きも広がっています。また、夏場の車両エンジントラブルや街路樹の繁茂による道路標識の死角といった日常的な安全リスクへの情報共有も、中小運送会社の経営防衛において重要視されています。
2026年8月における主要トピックスの整理
物流業界で同時並行して進む制度改革と現場の重要動向を以下の通り整理しました。
| 主体・関係者 | 主な取り組み・論点 | 狙い・背景 | 実務への直接的影響 |
|---|---|---|---|
| 国土交通省 | 適正原価における算定基準の策定 | トラック適正化二法に基づく最低原価の設定 | 実車率の定義次第で運賃水準が大きく変動するリスク |
| 全日本トラック協会 | 実車率50%前提の見直しに対する異論 | 復路確保が困難な中小零細事業者の保護 | 帰り荷コストを反映した実用的なモデルタリフの要求 |
| ハウス食品・F-LINE | フェリー輸送を活用したルート複線化 | 災害時等の供給責任遂行と労務負担軽減 | 陸上と海上のハイブリッド運用によるBCP確立 |
| 全日本ライン | 全国青果専用センター網との連携強化 | コールドチェーンの集約・幹線輸送リード | 低温物流における高効率な中継・共同輸送の実現 |
| 山本運輸 | 移動洗濯車(COMOREBI)の被災地派遣 | 災害避難所(熊本)における被災者支援 | 特殊車両・コンテナを活用した有事の機動的支援 |
適正原価制度のタイムラインと施行ロードマップ
2028年の事業許可更新制導入に向けた適正原価の制度設計スケジュールは下表の通りです。
| 年月・期日 | 決定事項・予定マイルストーン | 物流事業者・荷主企業への影響 |
|---|---|---|
| 2025年6月 | 改正貨物自動車運送事業法(トラック適正化二法)公布 | 適正原価制度および5年ごとの許可更新制の法制化が決定 |
| 2026年7月〜8月 | 国交省「適正原価の設定に向けた有識者検討会」開催 | 原単価方式への移行や実車率設定を巡る論点整理 |
| 2026年12月 | 検討会による最終提言取りまとめ予定 | 適正原価の骨子および基本算定式の構造が確定 |
| 2027年中 | 国土交通省による「適正原価」の正式告示 | 事業者ごとの原価算定・新契約書面への移行準備期間 |
| 2028年6月まで | 適正原価制度および事業許可更新制の全面施行 | 基準を下回る不当運賃の継続に対し事業許可更新拒絶を適用 |
参考記事: 国土交通省の適正原価策定で実車率50%見直しへ!運賃半減を防ぐ経営管理
参考記事: 2028年6月全面施行!国土交通省の適正原価制度で運送事業者の淘汰が加速
参考記事: モーダルシフトとは?鉄道・船舶への転換メリットと実務での導入ステップを徹底解説
業界を構成する4つのプレイヤーへの具体的影響
今回の輸送複線化の進展と適正原価の算定基準を巡る議論は、サプライチェーンに関わる各主体に根本的な意識改革と体制再構築を求めています。
1. 運送事業者(実運送・元請):どんぶり勘定の排除と自社実車率の厳格管理
運送事業者にとって、適正原価の算定基準が「実車率50%前提」から「原単価方式」へシフトする動きは、経営存続に直結する死活問題です。
もし公的な原価基準から復路の回送コストが除外された場合、帰り荷を安定して確保できない事業者は片道分の原価しか請求できず、運行するほど赤字が累積する事態に陥ります。特に全ト協が指摘するように、会員事業者の95%以上を占める中小零細企業では、超大手のように帰り荷を8〜9割確保することは困難です。事業者は自社のデジタルタコグラフや配車実績から、運行ルートごとの正確な実車率と1km・1時間あたりの実発生原価を割り出し、客観的データとして荷主に提示できる体制を整える必要があります。
同時に、酷暑による車両トラブルの未然防止や、街路樹の死角といった日常の走行環境リスクをドライバー間で共有・教育するなど、運行の安全性を担保する地道なリスクマネジメントも不可欠です。
2. 製造業者・メーカー(荷主):供給網のレジリエンス投資と適正コストの受容
荷主企業にとって、物流を単なる「コスト削減の対象」と見なすアプローチは、有事における供給停止の引き金となります。
ハウス食品とF-LINEが推進するフェリー輸送の複線化は、平時におけるドライバーの労務負荷軽減やCO2削減にとどまらず、地震や異常気象で陸路が寸断された際にも商品を届け続けるための戦略的投資です。陸上輸送よりもリードタイムやダイヤの制約が生じるフェリー輸送を使いこなすには、出荷計画の平準化や発注リードタイムの前倒しなど、荷主側の商流を物流制約に合わせる歩み寄りが前提となります。
また、適正原価の導入により、復路コストを無視した片道買い叩き契約はコンプライアンス違反となるリスクが高まります。自社のサプライチェーンを維持するためには、実態に即した原価を受け入れ、安定的な輸送キャパシティを確保するパートナーシップが求められます。
3. 行政・規制当局:現場実態との乖離防止と実効性ある制度設計の責務
国土交通省をはじめとする規制当局は、理論上の計算式と輸送現場の実態との間にあるギャップを埋める責任を負っています。
国交省幹部から「下限運賃制度にあらず」との発言が出るなど、価格統制への慎重論も根強い中、拘束力を持つ「適正原価」をどのように現場へ浸透させるかが問われています。地域や業種(青果、冷食、一般雑貨など)によって荷動きの偏りや実車率の構造は大きく異なります。
画一的な算定式を導入して中小事業者が立ち行かなくなる事態を防ぐため、片道輸送に対する割増係数の設定や、荷待ち・付帯作業料の別建て収受を義務付けるなど、きめ細かな補正ガイドラインの策定が急務です。
4. 物流業界全体の構造的変化:「安さの追求」から「供給責任と科学的原価」への転換
日本の物流市場は、1990年の規制緩和以降続いてきた価格破壊の時代から、持続可能性と供給責任を軸とする新たな競争環境へと完全に移行しました。
これからの物流取引では、「いくらで運べるか」ではなく「どれだけ確実・安全に運び続けられるか」「提示された運賃にどのような原価的根拠があるか」が評価基準となります。フェリーや鉄道を活用した複線化インフラの構築力と、自社の運行実態を科学的に証明する原価計算力の有無が、企業の生存を分ける決定打となっています。
参考記事: 標準的な運賃の2024年改定ポイント|実務での計算・届出と荷主交渉術
参考記事: 2026年10月1日より新日本海フェリーが週3便へ増便、2026年問題に直結
LogiShiftの視点:制度依存を脱し「BCP複線化」と「データ武装」で自衛する時代へ
適正原価の制度設計において「実車率50%の前提」や「下限運賃の是非」が議論されている背景には、公的な運賃指標に頼らざるを得ない中小運送会社の脆弱性と、自由競争下での買い叩き構造の根深さがあります。
LogiShiftでは、国による「適正原価」の告示を単に待つだけの受動的な姿勢には強いリスクが存在すると指摘します。なぜなら、2028年6月までに導入される適正原価は、あくまで事業継続に必要な最低限のコストラインであり、企業の再投資や成長に必要な利益(利潤)は含まれない設計となるためです。
もし事業者が適正原価の数値をそのまま請求運賃として受け入れてしまえば、法令違反による許可取消は免れても、利益率はゼロ近辺に張り付き、車両更新や人材確保への投資余力は失われます。
生き残りを図る運送事業者が取るべき道は明確です。ハウス食品やF-LINEのように、フェリーや中継輸送を組み合わせた複線型ネットワークを荷主とともに構築し、「止まらない物流」という付加価値を提供することです。そして、自社の運行実績データ(実車率、待機時間、固定費比率)を精密に可視化し、適正原価をベースに自社独自の適正利益を乗せた運賃を堂々と提示する「データ武装型の価格交渉」へと舵を切る必要があります。
まとめ:供給網の再編と制度転換に向けて明日から取り組むべき3つのアクション
輸送の複線化と適正原価制度の具体化が進む中、物流企業の経営層や現場責任者が明日から着手すべき実務アクションは以下の3点です。
- 自社の運行データから「路線別実車率」と「時間・距離当たり原価」を算出する
従来の標準的運賃表に頼るのをやめ、デジタルタコグラフや運行管理システムの記録から、自社トラックの実車率や復路の空車実態を路線ごとに可視化してください。帰り荷が確保できない運行の原価構造を把握することが、適正原価導入に向けた価格交渉の前提条件となります。
- 幹線輸送ルートにおけるフェリー・内航船を活用した複線化の可能性を検証する
長距離陸上輸送を行っている主要幹線について、フェリー等の海上ルートへのモーダルシフトが可能か再点検してください。ドライバーの拘束時間削減や労務環境改善に加え、自然災害発生時における代替ルート(BCP)の確保を荷主への提案材料として整理することが有効です。
- 車両メンテナンスと運行環境リスク(視認性・死角)の点検体制を強化する
猛暑によるエンジントラブルや街路樹の繁茂に伴う標識の死角など、日々の運行に潜む身近な事故リスクを洗い出してください。トラブル事例の社内共有や日常点検の徹底を通じて、突発的な車両故障や事故による突発的損失を未然に防ぐ現場防衛を徹底してください。
出典: 物流ウィークリー
出典: F-LINE株式会社 ニュースリリース
出典: LNEWS
出典: LOGISTICS TODAY
出典: 全日本ライン株式会社 会社概要
出典: 熊本県公式ウェブサイト



