中国のフィジカルAIスタートアップ「原力無限(INFIFORCE)」が、シリーズAおよび追加ラウンドで約240億円(10億元)の巨額資金調達を実施しました。ロボットの形態ごとに個別開発・個別学習を行ってきた従来の物流自動化に対し、「1つのAI頭脳で多様なロボットを制御する」というアーキテクチャの台頭は、人手不足に悩む日本の物流現場の導入コストと期間を劇的に圧縮する可能性を秘めています。
中国・世界で加速するフィジカルAI投資と社会実装の潮流
物理世界の法則を理解し、自律的に判断して機械を制御する「フィジカルAI(身体性AI/Embodied AI)」は、生成AIの次なる主戦場として世界的な投資ラッシュを迎えています。単にテキストや画像を生成するサイバー空間のAIから、現実の倉庫や工場で「自ら環境を認識して手足を動かすAI」への進化です。
政策支援と巨額資本が牽引する中国のロボット市場
中国市場においては、国家戦略と民間資本の双方がフィジカルAIの実装を強力に後押ししています。中国工業・情報化部(MIIT)と国務院国資委は2026年6月、「人形ロボット及び具身知能(エンボディドAI)実景実訓特別行動」を発表しました。この政策では、倉庫・物流や製造などの現場において2026年末までに100以上の実用シーンを形成し、万台規模の商用導入能力を確立することが明記されています。さらに「第15次5カ年計画(十五五)」に向けた未来産業重点指定においても、エンボディドAIは新たな経済成長の柱として位置付けられました。
こうした政策的追い風を受け、中国のエンボディドAI分野への投資は過熱しています。2026年上半期における同セクターの調達総額は935億元(前年同期比5倍)に達し、広義の市場規模は1兆元(約24兆円)を突破する勢いを見せています。
世界のロボット開発アプローチと市場動向の比較
身体性を持つAIロボットの開発では、米国、中国、欧州でそれぞれ重点を置くアプローチや市場展開の速度が異なります。
| 国・地域 | 開発の主流アプローチ | 物流・製造現場での実装状況 | 2026年時点の市場・投資の特徴 |
|---|---|---|---|
| 米国 | 汎用二足歩行とLLM統合 | 大手EC倉庫や自動車工場での実証運用 | 基盤モデルの知能面を重視。巨額調達が先行。 |
| 中国 | 実用構造(車輪・人型)と1脳多身体 | 30都市以上の倉庫・工場で商用検証 | サプライチェーンを活かした高速量産と低コスト化。 |
| 欧州 | 既存産業機器の高度化とデータ収集 | 精密製造ラインでの協働ロボット実証 | 安全基準の策定とデータ収集拠点の整備を推進。 |
世界の人型・汎用ロボット出荷台数は、2026年に前年比約247%増の約6.25万台に達すると予測されており、その8割以上をサプライチェーンの集積する中国勢が占めると見込まれています。
参考記事: 半年で460億円調達!中国の車輪式AIロボに学ぶ物流DXと自動化3つの戦略
原力無限(INFIFORCE)が提示する「1つの頭脳、複数の身体」
今回の大型調達で世界の注目を集めた原力無限(INFIFORCE)は、従来のロボット開発が抱えていた最大の構造的ボトルネックを打ち破ろうとしています。
元アリババ副総裁が率いるトップタレント集団
原力無限は、アリババで15年以上にわたりクラウドやヘルスケア事業を主導した元副総裁の白恵源博士によって、2023年8月に浙江省杭州市で設立されました。
同社の強みは、産業実装と先端AI研究を融合させた経営・技術陣にあります。CTOを務める王一舟博士はカリフォルニア大学バークレー校出身で、百度(Baidu)の自律走行研究所(IDL)や米NVIDIAの自律走行チーム(DriveAV)でコアメンバーとして活躍した実績を持ちます。また、首席科学者(Chief Scientist)には香港大学助理教授の陳佳玉博士、共同創業者にはテンセントや百度出身の劉揚氏が参画しており、研究開発陣の75%以上が修士・博士号保持者で構成されています。
設立から短期間で実績を積み重ね、2024年のエンジェルラウンド、2025年のPre-Aラウンドを経て、2026年8月にはシリーズAおよびA+ラウンドで累計約10億元(約240億円)の調達を完了しました。出資にはリード投資家の敦鴻資産(Dunhong Asset)や大手国有資本プラットフォームに加え、浙江浙大科創集団、塩城市塩都区国有資産控股集団、麗水市国有資本、既存株主の創世夥伴創投(CCV)などが名を連ねています。
「1脳多身体」を実現するAtomBrainとDataGridの仕組み
原力無限が掲げるコアコンセプトは「1つの頭脳で、複数の身体を動かす(One Brain, Multi-Bodies)」というシステムアーキテクチャです。
具身の頭脳「AtomBrain」の3階層モデル
従来のロボットは、AGV用、アーム用、人型用と、ハードウェアの形状(形態)ごとに別々のプログラムや制御モデルをゼロから設計・学習させる必要がありました。これに対し、原力無限の「AtomBrain」は、物理世界の因果関係を把握する「因果世界モデル(AtomWM-0など)」を中核に据え、以下の3つのサブモデルで構成されています。
- 空間インタラクション理解モデル「AIM」: 現場の立体空間や障害物、荷物の三次元構造を瞬時に把握する。
- 長周期タスク記憶モデル「HiMem-WAM」: 「トラックから降ろした荷物を仕分けステーションへ運び、検品後に指定棚へ格納する」といった一連の長期作業手順を記憶・管理する。
- 行動予測・制御モデル「AtomVLA」: 視覚・言語・行動(Vision-Language-Action)を統合し、モーターやアクチュエータへ最適な動作命令を出力する。
フルスタックAIインフラ「DataGrid」
AI頭脳を賢く育てるためには、現実世界での膨大な物理データが欠かせません。原力無限は「DataGrid」と呼ばれるデータ収集基盤を構築し、作業員が装着する手持ちグリッパーや一人称視点(Ego-Centric)デバイス、実機遠隔操作ツールを通じて、現場作業のリアルな動作・力加減データを高速で吸い上げています。
【入力: DataGridによる一人称データ・遠隔操作】
↓
【統合AI頭脳: AtomBrain (因果世界モデル / 記憶 / 行動予測)】
↓
┌──────────────────────┬──────────────────────┬──────────────────────┐
│ 車輪式人型ロボット │ 二足歩行ロボット │ 汎用・専用ロボット │
│ 「AstroDroid」 │ 「小原子(Yuanzi)」 │ 「UltraDroid/FORCE」│
│ (倉庫内高速ピッキング)│ (狭小通路・段差対応) │ (特定ラインの搬送等) │
└──────────────────────┴──────────────────────┴──────────────────────┘
多様なロボットラインナップと実証実績
統一されたAtomBrainによって駆動されるロボット群は、倉庫や工場内のあらゆる作業環境に対応します。
- 車輪式人型ロボット「AstroDroid」: 平坦な倉庫内を高速移動しながら、双腕でピッキングや仕分けを行うハイブリッド型。
- 二足歩行ロボット「小原子(Yuanzi)」: 階段や不整地、人間用の狭い足場にも侵入可能な二足歩行型。
- 汎用ロボット「UltraDroid」および専用ロボット「FORCE」シリーズ: 現場のライン形状に合わせて柔軟にカスタマイズ可能な産業向けロボット。
原力無限によれば、ある現場で獲得した「荷物を認識して掴む」という基本能力はAtomBrain内に蓄積されるため、車輪型から二足歩行型へ、あるいは別の倉庫環境へと即座に転用できます。同社はすでに中国国内30以上の都市、100カ所以上の実環境(商業サービス、倉庫・物流、工業製造)で導入検証と商用化を進めています。
参考記事: 車輪も二足歩行も「一つの脳」で。物流ロボット統合管理の革命
物流現場の導入常識を覆す3つの技術革新
原力無限の「1つの頭脳で、複数の身体」というアプローチは、物流自動化における従来の常識を根底から覆します。
1. 現場ごとの個別学習(PoC)期間を数ヶ月から数週間へ短縮
従来の物流ロボット導入では、現場のレイアウトや荷物の種類が変わるたびに、専門エンジニアが数ヶ月かけてティーチングやプログラミングを行っていました。これが導入コストを高止まりさせ、PoC(概念実証)から本番稼働へ進めない大きな要因となっていました。
AtomBrainのような因果世界モデルを持つフィジカルAIは、「物理的に物体がどう動くか」「段ボールをどう持てば崩れないか」という基本法則をあらかじめ理解しています。そのため、新しい現場に配置された際もゼロからの学習が不要となり、短期間の微調整(ファインチューニング)のみで即戦力化できます。
2. 「自動化の孤島」を解消する異種混合フリート制御
多くの物流センターでは、搬送用AGV、ピッキング用アーム、デパレタイズロボットが別々のメーカー・制御システムで導入されており、システム同士が分断される「自動化の孤島」が発生しています。
統一されたAIプラットフォームで異種ロボットを制御できるようになれば、長距離の平坦搬送は車輪式のAstroDroidが担い、入り組んだ保管エリアは二足歩行のロボットが対応するといった「適材適所のチーム編成」が、単一のシステム基盤上でシームレスに実現します。
3. ハードウェア主導から「AIソフトウェア主導」へのパラダイムシフト
従来のロボット選定は「モーターの精度」や「可搬重量」といったハードウェアスペックが中心でした。しかしフィジカルAI時代においては、「稼働すればするほど賢くなるAI頭脳(OS)を積んでいるか」が最大の差別化要因になります。
安価なハードウェアを調達し、優秀なAI頭脳をサブスクリプション型でアップデートし続けるモデルへと転換することで、設備投資の減価償却リスクを抑えながら常に最新の作業効率を維持することが可能になります。
参考記事: 人型ロボットは実験室から現場へ。中国Agibotの欧州量産拠点が示す物流DX
日本の物流企業が直面する現実と今すぐ着手すべき対策
原力無限の事例が示すイノベーションを、日本の物流現場にどう適用していくべきでしょうか。日本独自の制約を踏まえた上で、経営層やDX推進担当者が取るべき現実的なアクションを整理します。
日本特有の現場環境とロボット導入における障壁
海外の大規模な平屋倉庫と異なり、日本の物流拠点は地価の高い都市部を中心に多層階構造(マルチテナント型)が多く、通路幅や天井高に厳しい物理的制約が存在します。また、多頻度小口配送や流通加工(タグ付け、チラシ同梱、ギフト包装など)といった、極めて繊細で複雑な現場オペレーションが標準とされています。
このような環境に対して、単一機能の大型自動化設備を無理に導入しようとすると、莫大なレイアウト改修費用が発生します。既存の建物構造(ブラウンフィールド)を活かしつつ、人間と同じ通路や作業台を使って自律的に動ける「知能化ロボット」の重要性が高まっている背景には、こうした日本固有の事情があります。
日本企業が競争力を維持するための具体的なアクション
海外製の安価で知能化されたロボットが国内に本格流入する未来を見据え、日本企業が今すぐ準備すべきポイントは以下の3点です。
1. 作業手順書(SOP)の徹底的なデジタル化と標準化
フィジカルAIが現場に適応するためには、人間がどのような判断基準で荷物を扱い、どの順番で作業しているかの明確なプロセス定義が必要です。現場ごとの暗黙知を可視化し、作業手順をデータ化しておくことが、将来ロボットを即座に稼働させるための土台となります。
2. WMS/WES側のマスターデータ精緻化
ロボットの頭脳がどれほど優れていても、基幹となるWMS(倉庫管理システム)やWES(倉庫運用管理システム)の商品マスタ(三面サイズ、重量、材質、重心位置など)が不正確であれば、適切な把持や搬送は行えません。商品データの整備は、フィジカルAI導入における最大の前提条件です。
3. 「汎用ハード×統合AIソフトウェア」を見据えた選定眼の確立
単一メーカーの独自規格に縛られるベンダーロックインを避け、将来的に異なるメーカーのロボットを束ねて運用できるオープンな管理基盤(オーケストレーションシステム)を意識したシステム選定を行う必要があります。
参考記事: ヒト型ロボットが仕分け・梱包へ!ダイフクの工場無人化・3年後実証の衝撃
まとめ:ロボットは「専用機」から「学習する汎用労働力」へ
原力無限(INFIFORCE)による240億円の資金調達と「1脳多身体」アーキテクチャの商用化は、物流自動化が「専用機械の導入」から「自律学習する汎用労働力のチーム編成」へと完全に移行したことを告げています。
2026年以降、AIが物理世界を理解するスピードはさらに加速し、中国勢をはじめとする低価格・高性能な身体性AIロボットが実環境へ大量投入されていきます。日本の物流現場が直面する労働力不足を解決する鍵は、技術の完成を待つことではなく、自社の現場業務をデータ化・標準化し、いつでも次世代AIを受け入れられる環境を整えておくことです。ハードウェアの枠組みを超えた「AI頭脳主導」の物流DXは、すでに現実のサプライチェーンを書き換え始めています。
出典: 36Kr Japan
出典: 東方財富 (eastmoney.com)
出典: 新浪科技 (sina.com.cn)
出典: 新華網 (news.cn)



