2026年10月8日発行の『物流ウィークリー』第2027号は、2028年6月の施行に向け国土交通省が進める「適正原価」制度を巡り、荷主側から実車率設定の柔軟化や施行猶予を求める意見が相次いでいる実態を報じた。日本新聞協会などが運賃が約2倍に跳ね上がる懸念から段階的施行を要望する一方、運送事業者側からは運賃割れを防ぐ強制力あるタリフを求める声が上がっている。
適正原価算定の「実車率50%」見直しと荷主団体の猶予要請
国土交通省が検討を進めるトラック運送の「適正原価」制度は、2025年成立の改正貨物自動車運送事業法に基づき、事業者が法令を遵守して運行を維持するために必要な最低原価を定めるものである。2026年7月に設置された「適正原価の設定に向けた有識者検討会」において、現行の標準的な運賃で採用されてきた「実車率50%(帰り荷なし)」の前提を見直す議論が進められている。
新聞・出版業界による段階的導入の要望と運賃2倍試算
2026年9月28日、日本新聞協会など出版・新聞関係7団体は内閣官房長官に対し、適正原価制度の段階的導入や一定の猶予期間を求める要望書を提出した。日本新聞協会理事を務める読売新聞グループ本社の山口寿一社長は、新制度が直ちに導入された場合、原材料輸送と新聞配送の双方に運賃改定が波及し、運賃が約2倍に達して経営に打撃を与えるとの懸念を示している。
新聞輸送は深夜から早朝にかけての決まった時間枠で専用車両を運行する特性があり、復路に一般貨物を積載する実車運行が困難な構造にある。実車率50%を前提とした往復コストの全額負担が義務化された場合、配送網の維持そのものが困難になるとして、業種ごとの特性に応じた猶予措置を主張している。
経団連が求める車格別実車率と適正原価算定の論点
2026年10月1日に開催された第3回適正原価検討会において、一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)は、大型車と小型車で実車運行の実態が異なる点を指摘し、車格別の実車率設定をはじめとする柔軟な制度設計を求めた。
現行の標準的な運賃(2024年3月告示)と、適正原価の算出において実車率を走行実績に合わせて引き上げた場合の単価試算は、以下の通り乖離している。
| 項目 | 現行の標準的な運賃(2024年3月告示) | 適正原価(実車率見直し試算値) | 差分・変動率 |
|---|---|---|---|
| 前提実車率 | 50%(復路コストを往路運賃に包含) | 実績連動(復路コストを切り離し) | 算定基準の変更 |
| 近畿地区・10t車・500km運行の運賃額 | 16万2,120円(税抜) | 10万5,000円(税抜) | 5万7,120円減少 |
| 走行1kmあたりの運賃単価 | 324円/km | 210円/km | 約35%減少 |
| 法的効力 | 参考指標(努力義務) | 最低ライン(違反継続は許可更新拒否) | 拘束力の付与 |
適正原価の算定から復路の空車運行コストが除外された場合、見かけ上の距離制タリフは最大35%程度下落する。運送事業者側は、復路の貨物が確保できない運行においてキロ単価210円の最低ラインが一人歩きし、運賃ダンピングの口実とされることを警戒している。
適正原価制度を巡る議論の経緯
2024年4月の時間外労働上限規制(年960時間)の適用開始以降、運賃水準の適正化に向けた法改正と審議が進行している。
| 年月 | 出来事・審議内容 | 荷主・運送事業者の動き |
|---|---|---|
| 2024年3月 | 国土交通省が「標準的な運賃」を改定告示 | 平均約8%引き上げ、荷役・待機時間料を明記 |
| 2025年6月公布 | 改正貨物自動車運送事業法(トラック新法)成立 | 適正原価制度の創設と事業許可5年更新制が規定 |
| 2026年7月 | 第1回 適正原価の設定に向けた有識者検討会 | 山内弘隆座長のもと、算定方式の検討に着手 |
| 2026年8月 | 第2回 有識者検討会を開催 | 全日本トラック協会等が中小の実態反映を要請 |
| 2026年9月 | 出版・新聞関係7団体が要望書を提出 | 読売・山口社長らが段階導入と猶予期間を主張 |
| 2026年10月 | 第3回 有識者検討会を開催 | 経団連が車格別実車率など柔軟な制度設計を提案 |
| 2028年6月まで | 適正原価制度の全面施行(予定) | 下限割れ運賃の是正命令・事業許可更新拒否の運用開始 |
参考記事: 国土交通省の実車率50%見直し、新タリフ最大半額で収益悪化に直結
参考記事: [国土交通省の適正原価、標準運賃比35%減試算で下限タリフ210円へ](https://logishift.net/2026/09/16/post-9090/)
港湾CT渋滞と中小運送事業者の収益格差
『物流ウィークリー』第2027号では、適正原価を巡る政策議論と並行し、コンテナターミナル(CT)における長時間待機の実態や、中小運送事業者の経営環境に関する現場報告が取り上げられた。
東京港コンテナターミナルにおける長時間待機と海コン乗務員の負担
東京都トラック協会海上コンテナ専門部会が2026年5月に実施した調査によると、東京港の一部のコンテナターミナル周辺において、トレーラーがゲートインするまでに3〜5時間以上の待機を強いられる事態が常態化している。
海上コンテナ輸送では、船会社やターミナルオペレーター側の荷役遅延、ヤード内の実入りコンテナ配置の錯綜により、乗務員が車内で待機を余儀なくされる。待機時間に対する対価(待機時間料)は荷主や元請に請求しづらい商慣行が残っており、拘束時間の延長と燃料消費の増加という二重の負担が実運送事業者に偏っている。
価格転嫁率3%にとどまる中小運送事業者の経営状況
全国商工会連合会が2026年8月に公表した調査データによると、運輸業におけるコスト増加分の価格転嫁率は「97%ができていない(転嫁率3%程度)」という結果が示されている。全日本トラック協会の会員事業者の95%以上は中小零細事業者であり、元請や荷主に対する価格交渉力の弱さが改善されていない。
標準的な運賃の活用率は9割に達しているものの、告示水準の8割以上を収受できている事業者は全体の約35%にとどまり、半数以上の事業者が告示額の5〜7割の水準で受注している。そのため運送業界側からは、目安にとどまるガイドラインではなく、違反に対して事業許可の更新不許可などを伴う「強制力あるタリフ」の制定が求められている。
認証マーク取得による優遇税制と中小企業間連携の動き
運送事業者の信頼性を客観的に示す手段として、安全性優良事業所(Gマーク)などの各種認証制度の取得が進んでいる。認証取得事業者は、環境対応車両の導入に伴う固定資産税の軽減や低利融資といった税制・金融上の支援措置を受けられる利点がある。
また、情報掲示板や専門紙面の情報網を活用し、同業他社との間で復路貨物のマッチングや共同輸配送のネットワークを構築する中小事業者の動きも広がっている。自社の営業力だけでは帰り荷を確保できない事業者が、地域や業種の枠組みを超えて車両の空きスペースを融通し合っている。
参考記事: 積載率とは?計算方法や実車率との違い・改善に向けた実践アプローチを解説
荷主・実運送・ドライバーに生じる実務上の影響
適正原価制度の導入と実車率の算定基準変更は、輸送に関わる各主体の契約実務や運行管理に直接的な変化をもたらす。
運送事業者:下限割れ規制と自社原価証明の義務
運送事業者は、国が提示する「適正原価(下限規制)」を下回る運賃での運行受託が法的に禁止される。2028年6月までに導入される事業許可の5年更新制において、下限割れ取引を継続した事業者はライセンスの更新が拒否され、市場から退場させられる。
ただし、適正原価は利潤を含まない最低限のコストであるため、適正原価ぎりぎりの運賃で運行を請け負った場合、事業者の営業利益は消失する。事業者はデジタルタコグラフや運行管理システムから自社の走行キロあたりの実原価を算出し、荷主に対して「適正原価+適正利益(モデル運賃)」を提示して交渉する契約管理能力が必須となる。
製造業者・荷主企業:片道運賃提案例への対応と共同輸配送の検討
荷主企業は、運送事業者との契約において適正原価を下回る運賃を強要した場合、行政処分や企業名公表の対象となる。新聞社のように専属車両で片道運行を前提としてきた業種では、運賃支払額が従来の1.5〜2倍へ急激に増加する可能性がある。
運賃総額の上昇を抑えるため、荷主企業側には他社との共同輸配送や帰り荷の斡旋、運行ダイヤの緩和といった運行効率化への関与が求められる。経団連が求めた車格別実車率の導入が実現するかどうかにかかわらず、荷主側が復路の空車状態を放置したまま片道分の実車コストのみを支払う契約形態は、コンプライアンス上成立しなくなる。
ドライバー:CT待機解消と適正運賃収受による労働環境改善
コンテナターミナル周辺の待機問題や発着荷主での長時間荷待ちが是正されれば、ドライバーの拘束時間が直接的に短縮される。2024年4月に適用された年960時間の上限規制を遵守しながら走行距離を確保するためには、非効率な待機時間の排除が不可欠である。
また、適正原価の収受が運送事業者に義務付けられることで、ドライバーの労務費(基本給および残業手当)が運賃原価として確実に確保される。待機時間料や付帯作業料が別建てで支払われる商慣行が定着すれば、拘束時間に見合った適正な賃金水準の維持につながる。
LogiShiftの視点:適正原価制度が迫るサプライチェーンの契約構造改革
適正原価制度の設計を巡り、読売新聞グループ本社の山口社長が猶予を求め、経団連が車格別実車率を要請する背景には、輸送コストの増加に対する荷主側の危機感がある。しかし、運輸業の価格転嫁率がわずか3%にとどまり、実車率見直しによって走行キロ単価が324円から210円へ下落する試算が出ている現状を鑑みれば、従来の低運賃構造を維持することは不可能である。
国土交通省が設計を進める制度は、利潤を含まない最低限の「適正原価(算定式による下限規制)」と、適正利益を上乗せした「モデル運賃(タリフ)」の二層構造となっている。この二層構造において最も警戒すべきリスクは、荷主企業が「適正原価=国が認めた正規の運賃水準」と解釈し、本来受け取るべき利益部分を削る交渉基準として悪用することである。
運送事業者が生き残るためには、単一のタリフ表に依存する受動的な経営から脱却しなければならない。車両ごとの減価償却費、ドライバーの労務単価、燃料費、待機時間コストを自社でデータ化し、荷主に対して「なぜこの運賃でなければ法令を遵守した運行ができないのか」を原価構造から論理的に提示できる事業者だけが、適正なマージンを確保できる環境へ移行していく。
明日から運送経営層・物流実務者が着手すべき実務対応
適正原価制度の全面施行と運賃制度の再編に向け、運送事業者および荷主企業の双方が明日から取り組むべき具体策を整理する。
- 自社の走行キロあたり・時間あたりの運行原価の算出
デジタコや会計データを連動させ、1運行あたりの固定費・変動費・人件費を正確に数値化する。国が示す適正原価の基準値と比較し、自社の採算ラインがどの水準にあるかを把握する。
- 荷主ごとの実車率と復路運行の実態調査
専属便やチャーター運行において、復路が空車になっている運行ルートを特定する。片道運行のまま適正原価が適用された場合のコスト増加額を試算し、運行計画の再設計に着手する。
- 待機時間料および荷役作業料の契約書面化
コンテナターミナルや配送先での待機時間について、30分単位での時間料を設定し、基本運賃とは完全に切り離した別建て契約を荷主と締結する。運行記録計による待機実績の記録・保管を徹底する。
- 情報プラットフォームや認証制度の活用
求荷求車システムや業界内の情報掲示板を活用し、復路貨物のマッチングや共同輸送のパートナーを開拓する。安全性優良事業所(Gマーク)等の認証取得を通じて、税制優遇や金融支援の適用を進める。



