- キーワードの概要:貿易におけるインボイス(商業送り状)は、国境を越えて貨物を輸送する際に必要なパスポートのような最重要書類です。単なる明細書ではなく、納品書や請求書の役割も兼ね備えており、関税額の決定や国際決済の根拠となります。国内の消費税制度とは異なる点に注意が必要です。
- 実務への関わり:輸出入申告の根拠となるため、正確な作成が不可欠です。品名の曖昧な表記や過少申告、パッキングリストとの不一致は、税関での保留や事後調査のリスクを招きます。正しいフォーマットと必須項目を理解し、ヒューマンエラーを防ぐことで、通関をスムーズに進めることができます。
- トレンド/将来予測:Excelでの手入力によるミスを防ぎ、業務を効率化するため、貿易プラットフォームやAI-OCR技術を活用したインボイスの電子化(貿易DX)が進んでいます。今後はシステムをまたいだデータの一元化や、システム障害に備えた事業継続計画の策定がより重要になってきます。
グローバルサプライチェーンの複雑化や地政学的リスクの高まり、さらには「物流2024年問題」に代表されるリソース不足など、現代の貿易・物流業界はかつてない激動の波に晒されています。その中で、国境を越えて貨物を輸送する際に決して避けて通れない最重要書類が「インボイス(商業送り状:Commercial Invoice)」です。
インボイスは、単なる貨物の明細書ではありません。輸出入申告の根拠となり、関税額を決定し、国際決済の引き金となる「貿易の心臓部」です。本記事では、貿易におけるインボイスの基本的役割から、実務担当者が直面する生々しいトラブル事例、さらには最新の貿易DXの最前線に至るまで、日本一詳細かつ実務に即した視点で徹底解説します。
- 貿易における「インボイス」とは?基本的な役割と意味
- インボイス(商業送り状)が持つ3つの役割と現場のリアル
- 【重要】日本の「インボイス制度(適格請求書)」と貿易のインボイスの決定的違い
- 通関手続きにおけるインボイスの法的要件と税関の公的見解
- 貿易実務で使われるインボイスの種類と高度な使い分け
- Commercial Invoice(商業送り状):貿易取引の中核となる標準書類
- Proforma Invoice(プロフォルマインボイス):契約前・L/C開設時の重要性
- 公的な要求による特殊なインボイス(税関送り状・領事送り状)
- 【実務の深掘り】三国間貿易における「スイッチ・インボイス(Switch Invoice)」
- 実務で失敗しない!インボイスの書き方と税関が求める必要項目
- 税関指定フォーマットは存在しない?通関を最速でクリアする基本ルール
- 【項目別】インボイスに記載すべき必須項目一覧と書き方の鉄則
- 無料の「商業送り状テンプレート」を利用する際の危険性とカスタマイズ術
- 成功のための重要KPI:通関リードタイムと申告エラー率の管理
- 貿易実務担当者が陥りやすいインボイス作成時の致命的ミスと対策
- 品名の曖昧表記とアンダーバリュー(過少申告)が招く税関保留・事後調査リスク
- パッキングリスト(梱包明細書)との整合性チェック:現場で必ず確認すべき4項目
- L/C(信用状)決済におけるディスクレパンシー(不一致)の恐怖
- 貿易業務の未来:インボイス電子化と貿易DXの推進
- Excel手入力の限界とヒューマンエラーが引き起こすサプライチェーンの断絶
- AI-OCR技術と貿易プラットフォームを活用した業務効率化とデータ一元化
- DX推進時の組織的課題:部門間連携とマスターデータ管理(MDM)
- システム依存の落とし穴:WMSダウン時に備える究極のBCP(事業継続計画)
貿易における「インボイス」とは?基本的な役割と意味
貿易実務において「インボイス(商業送り状:Commercial Invoice)」は、貨物とともに国境を越える「パスポート」のような最重要書類です。しかし、昨今この言葉を聞いて多くの方が頭に浮かべるのは、国内の消費税法に関連する制度ではないでしょうか。本セクションでは、貿易におけるインボイスの正確な定義と役割を紐解き、国内制度との混同を解消するとともに、物流現場で実際に起こり得るリアルな運用課題にまで踏み込んで解説します。
インボイス(商業送り状)が持つ3つの役割と現場のリアル
貿易におけるインボイスは、単なる紙切れではありません。具体的には以下の3つの役割を同時に果たします。
- 明細書:箱の中に何が、いくつ、いくらで入っているかを示す。
- 納品書:輸出者(Shipper)から輸入者(Consignee)へ貨物が引き渡されたことを証明する。
- 請求書:ShipperがConsigneeに対して代金の支払いを要求する。
ここまでは一般的な教科書通りの定義ですが、物流の「超」現場視点で見ると、この3役を兼ねるがゆえの苦労が絶えません。たとえば、輸出拠点において貨物をコンテナにバンニング(積み込み)する際、現場ではインボイスとパッキングリスト(梱包明細書)を徹底的に照合します。もし、インボイス上の数量と実際の出荷数量に1個でもズレがあれば、税関でのストップは免れません。
さらに深刻なのは、出荷のピーク時にイレギュラーな数量変更が発生したケースです。システム上のデータ更新が間に合わず、現場の担当者が手作業でパッキングリストの数量を修正したものの、インボイスの請求金額の再計算が漏れてしまうといったミスが頻発します。ShipperやConsigneeの記載漏れ一つが、コンテナの船積み遅延(ロールオーバー)という大事故に直結し、結果として高額なデマレージ(滞船料)やストレージ(保管料)を請求されるリスクをはらんでいるのです。
【重要】日本の「インボイス制度(適格請求書)」と貿易のインボイスの決定的違い
貿易担当者や物流会社の新人社員が最も混乱しやすいのが、国内の消費税法に基づくインボイス制度と、貿易実務におけるインボイスの違いです。経理部門から「輸出のインボイスに登録番号が入っていない!」と指摘され、社内トラブルになるケースが現場では後を絶ちません。両者は全く異なる目的と法律に基づく書類です。
| 比較項目 | 貿易のインボイス(Commercial Invoice) | 国内のインボイス制度(適格請求書) |
|---|---|---|
| 適用法令 | 関税法、外国為替及び外国貿易法など | 消費税法 |
| 主な目的 | 輸出入時の通関申告、関税額の算出、代金請求 | 国内取引における仕入税額控除の適用 |
| 提出先 | 税関、フォワーダー、輸入者(Consignee) | 国内の取引先(買い手)、税務署(監査時) |
| 必須項目 | Shipper/Consignee情報、単価、原産国、建値(FOB等) | 適格請求書発行事業者登録番号、適用税率、消費税額 |
貿易のインボイスは「国をまたぐ貨物の価値と詳細を証明する書類」であり、消費税の仕入税額控除を目的とした適格請求書とは完全に切り離して考える必要があります。ただし、輸入時に税関が発行する「輸入許可通知書」が、国内消費税法上のインボイス(仕入税額控除の証明書)の役割を果たす場合があります。そのため、経理部門と物流部門の連携時には「今は関税法上のインボイスの話をしているのか、消費税法上のインボイスの話をしているのか」を社内で明確に定義することが、組織的課題を解決する第一歩となります。
通関手続きにおけるインボイスの法的要件と税関の公的見解
税関(一次情報)の観点から見ると、インボイスは関税額や輸入消費税額を決定するための最重要根拠資料です。関税法上、輸出入申告にはインボイスの提出が義務付けられており、記載内容に不備があれば即座に通関保留(カスタマイズ・ホールド)となります。大前提として「誰が、誰に、何を、いくらで、どのような条件で取引したか」が客観的に証明できる必要があります。
現場実務で頻発するトラブルの代表例が、アンダーバリュー(過少申告)を疑われるケースです。例えば、無償のサンプル品や代替品を海外へ送る際、「タダだから」と単価を「0円(Zero Value)」で記載してしまうミスが散見されます。しかし、WTO関税評価協定に基づく税関の基準では「価値のないモノは存在しない」と判断されます。たとえ無償であっても、原材料費等に基づいた正当な市場価値(Customs Value)を記載した上で、「No Commercial Value (Value for customs purpose only)」と明記したプロフォルマインボイス等を使用するなどの適切な使い分けが必須です。公的な法的要件を正確に理解した上で、いかに不備を防ぎ「止まらない通関」を実現するかが、物流担当者の腕の見せ所です。
貿易実務で使われるインボイスの種類と高度な使い分け
貿易取引においてインボイスには複数の種類が存在し、どのフェーズでどの書類を発行するかが通関のスピードを大きく左右します。国内の「適格請求書」との違いを理解した後は、実務に登場する多様なインボイスの使い分けをマスターする必要があります。
Commercial Invoice(商業送り状):貿易取引の中核となる標準書類
Commercial Invoice(商業送り状)は、商品の明細、価格、決済条件、輸送条件などを記載した、貿易取引における中核となる書類です。実務の現場では、単なる請求書としてではなく、輸出入申告の根拠となる「税関への申告書」として極めて厳格に扱われます。
近年では、EPA(経済連携協定)やFTA(自由貿易協定)を活用して特恵関税の適用を受ける企業が増加しています。この際、Commercial Invoiceに記載された品名、HSコード、原産国などの情報が、商工会議所などが発行する「原産地証明書(Certificate of Origin)」の記載内容と1文字でも異なると、特恵関税の適用が否認されるリスクがあります。現場では、これらの書類間の完全一致(コンシステンシー)を担保することが極めて重要です。
Proforma Invoice(プロフォルマインボイス):契約前・L/C開設時の重要性
プロフォルマインボイス(Proforma Invoice)は、契約締結前や前払い決済時、またはL/C(信用状)開設のために発行される「仮の送り状」です。性質としては「確定した見積書」に近い役割を持ちます。
現場の実務において、プロフォルマインボイスの取り扱いは非常にデリケートです。たとえば輸入者がプロフォルマインボイスを銀行に提出してL/Cを開設したのち、実際の出荷時に作成されたCommercial Invoiceと内容(単価の端数や、梱包都合による数量のわずかなブレなど)が異なってしまうと、銀行から「ディスクレパンシー(不一致)」と判定されます。これにより代金の回収が数週間遅れる、あるいは最悪の場合は回収不能に陥る危険性があります。そのため、出荷指示を出す前に「プロフォルマインボイスの内容と実際の出荷内容が100%一致しているか」を血眼になってダブルチェックする体制が必要です。
公的な要求による特殊なインボイス(税関送り状・領事送り状)
通常の貿易取引はCommercial Invoiceで完結しますが、輸出先の国の法律や公的な要求により、特殊なインボイスの提出が義務付けられている場合があります。
- 税関送り状(Customs Invoice):カナダやニュージーランドなど、特定の国が指定する公定フォーマットの送り状です。現地の税関が、不当な廉価販売(ダンピング)やアンダーバリューを防止し、適正な関税評価を行うために要求します。通常のインボイス項目に加え、輸出国内での国内販売価格(Fair Market Value)の記載が求められるなど、作成には専門知識が必要です。
- 領事送り状(Consular Invoice):中南米や一部の中東諸国向けで要求されます。輸出国内にある輸入国の大使館や領事館にインボイスを持ち込み、査証(ビザ)を取得したものです。領事館の予約が取れない、書類の些細な不備で突っぱねられるなど、査証取得までに数日から数週間かかるケースも珍しくありません。
【実務の深掘り】三国間貿易における「スイッチ・インボイス(Switch Invoice)」
高度な貿易実務として知っておくべきなのが、三国間貿易(仲介貿易)におけるスイッチ・インボイス(Switch Invoice)です。例えば、日本の商社(仲介者)が中国の工場(輸出者)から商品を仕入れ、米国の顧客(輸入者)に直送するケースを想定します。
この際、中国の工場が発行したインボイスがそのまま米国の顧客に渡ってしまうと、仕入原価や工場の連絡先が米国の顧客に筒抜けになってしまい、次回から「中抜き(直接取引)」されるリスクが生じます。これを防ぐため、日本の商社は貨物が輸送されている間に、自社名義で販売価格を記載した新たなインボイスを発行し、書類を「差し替え(スイッチ)」します。このスイッチ作業において、原産地証明書やB/L(船荷証券)との整合性をいかに保ちながら合法的に処理するかが、高度なフォワーディングスキルを要する領域となります。
実務で失敗しない!インボイスの書き方と税関が求める必要項目
税関指定フォーマットは存在しない?通関を最速でクリアする基本ルール
貿易実務において最も根幹となる書類がCommercial Invoiceですが、実は日本の税関を含む世界中の多くの税関において「絶対にこのレイアウトでなければならない」という公定フォーマットは存在しません。しかし、フォーマットが自由であることと、記載内容が自由であることは全く別問題です。
現代の通関手続きは、NACCS(輸出入・港湾関連情報処理システム)等を通じた電子データ申告が主流です。しかし、その基礎データを入力するのは通関業者の担当者(通関士や通関従業者)です。視認性の悪い独自レイアウトのインボイスを作成すると、通関業者のデータ入力時に読み間違いや確認のタイムロスが発生し、結果として通関リードタイムの遅延を招きます。通関を最速でクリアするためには、「誰が見ても瞬時に情報が拾える標準的なレイアウト」を心がけることが基本ルールです。
【項目別】インボイスに記載すべき必須項目一覧と書き方の鉄則
税関の審査担当者は、インボイスとパッキングリストを照らし合わせ、申告内容に矛盾がないかを厳格にチェックします。以下に実務上必須となる項目と、現場でミスが多発するポイントをまとめました。
| 必須項目 | 記載内容と実務上の注意点・トラブル対策 |
|---|---|
| Shipper / Consignee | 輸出者と輸入者の正式な社名、住所、電話番号、担当者名。近年は欧州向け(EORI番号)や米国向け(EIN)など、各国のTax IDの記載を求められるケースが増加しています。 |
| Invoice No. / Date | 任意の管理番号と発行日。通関業者とのやり取りで常にキーとなるため、自社の採番ルールを明確にしておく必要があります。 |
| Description of Goods | 「Car parts」のような曖昧な記載はNG。「Steering wheel for passenger car」など、材質や用途まで具体的に記載し、税関がHSコード(税番)を特定できるようにする鉄則があります。 |
| Quantity / Unit Price / Total | 通貨単位(USD, EUR, JPYなどISO規格コード)を明記すること。価格には必ずインコタームズ2020(FOB TOKYO, CIF NEW YORKなど)を併記し、関税評価額の根拠を示します。 |
| Country of Origin | 製品が製造された原産国。前述の通り、特恵関税を適用する場合は原産地証明書との完全な一致が求められます。 |
| Signature | 作成権限者の肉筆サイン、またはシステムから出力された電子署名。サイン漏れは書類不備として通関が保留される代表的な原因です。 |
無料の「商業送り状テンプレート」を利用する際の危険性とカスタマイズ術
「インボイス 書き方」と検索し、無料で手に入る商業送り状テンプレートをダウンロードしてそのまま使用する新人担当者がいますが、これは非常に危険な行為です。ダウンロードしたテンプレートはあくまで「最低限の枠組み」にすぎません。
自社の商材や仕向け地に合わせてカスタマイズすることが必須です。例えば、木材のパレットや木箱を使用している場合、インボイス上に「This shipment contains Non-Wood Packing Material(非木材梱包材を使用)」またはISPM15(国際基準)に準拠した処理済み木材である旨の文言を追加しなければ、現地の植物検疫で輸入を拒否される国があります。また、ワシントン条約(CITES)に該当しない商材であることの証明文言を付記するなど、商材の特性に合わせた「自社専用のテンプレート」へと昇華させる必要があります。
成功のための重要KPI:通関リードタイムと申告エラー率の管理
物流部門のマネージャーがインボイス業務を評価・改善するためには、定性的な感覚ではなく定量的な「KPI(重要業績評価指標)」を設定することが不可欠です。インボイスの品質を測る重要KPIとして、以下の2点が挙げられます。
- 申告エラー率:通関業者にインボイスを提出した後、「品名が不明確」「単価が不自然」などの理由で差し戻しや問い合わせが発生した件数の割合。これを低減することで業務の無駄を省きます。
- 通関リードタイム:書類提出から税関の輸入許可(または輸出許可)が下りるまでの時間。インボイスの記載がパーフェクトであれば、税関の審査はスムーズに進み、最短で許可が下ります。
これらのKPIを継続的にモニタリングし、頻発するエラーの原因を分析してインボイスの作成フォーマットや入力マニュアルにフィードバックすることが、強靭な物流体制の構築に直結します。
貿易実務担当者が陥りやすいインボイス作成時の致命的ミスと対策
品名の曖昧表記とアンダーバリュー(過少申告)が招く税関保留・事後調査リスク
インボイス作成において、最も致命的なミスが「品名の曖昧表記」と「アンダーバリュー(過少申告)」です。前章でも触れましたが、品名欄に「Parts」や「Apparel」とだけ記載した場合、税関は関税率を決めるためのHSコードを特定できず、貨物は保税地域で足止めされます。
さらに恐ろしいのがアンダーバリューに対するペナルティです。「無償サンプルだから0円」といった安易な記載や、海外取引先からの要求に応じて意図的に低い金額を記載する行為は、密輸や脱税に等しい重罪です。仮にその場は通関許可が下りたとしても、税関は数年後に事後調査(Customs Post-Clearance Audit)と呼ばれる税務調査にやってきます。過去に遡ってアンダーバリューが発覚した場合、不足していた関税・消費税の追徴課税に加え、悪質な場合は「重加算税」が科されます。また、一度でも税関のブラックリスト(要注意業者)に登録されると、以後の通関で全量検査の対象となり、物流網全体が麻痺する事態に陥りかねません。
パッキングリスト(梱包明細書)との整合性チェック:現場で必ず確認すべき4項目
Commercial Invoiceと並んで通関に不可欠なのがパッキングリストです。出荷直前の現場変更などにより、これら2つの書類間でデータが不一致になるトラブルは日常茶飯事です。通関手続きのストップを防ぐため、以下の4項目を必ずクロスチェックする体制を構築してください。
- ShipperとConsigneeの完全一致: スペルミスや法人格(Co., Ltd. や Inc.)の省略、インボイスとパッキングリストでの記載のブレがないか。
- 数量と単位の整合性: インボイスの請求対象となる数量(PCS, SETなど)と、パッキングリストに記載された梱包数量(CTN, PLTなど)の関係性が明確か。単位の混同による計算エラーがないか。
- マーク&ナンバー(Case Mark): 実際の貨物(段ボールや木箱)に印字・貼付された荷印(シッピングマーク)と、書類上の記載が完全に一致しているか。これが異なると貨物の引き取り時(搬出時)に迷子になります。
- 重量(Net Weight / Gross Weight)と容積(CBM): 商品単体の重量(NW)と梱包資材を含んだ総重量(GW)の計算が論理的に破綻していないか。
L/C(信用状)決済におけるディスクレパンシー(不一致)の恐怖
インボイスの不備は、税関だけでなく「銀行」というもう一つの関門でも重大なトラブルを引き起こします。L/C(信用状)取引の場合、銀行はUCP600(信用状統一規則)という極めて厳格な国際ルールに基づいて書類を審査します。
L/C条件に指定されたスペルと、インボイスに記載されたスペルがピリオドやカンマ一つでも違えば、「ディスクレパンシー(不一致)」として銀行は代金の支払いを拒否します。ディスクレパンシーを解消するためには、買主(輸入者)にL/Cの条件変更(アメンド)を依頼するか、書類を全て作り直す必要があり、莫大な手間と手数料が発生します。最悪の場合、代金回収が長期化し、企業の資金繰り(キャッシュフロー)を著しく悪化させるリスクを孕んでいるのです。
貿易業務の未来:インボイス電子化と貿易DXの推進
ここまで、通関実務における必須書類の基本や、正確な「インボイス 書き方」の重要性について解説しました。しかし、知識として理解していても、いざ現場で日々数十〜数百件の出荷を捌くとなれば話は別です。多くの現場ではいまだにアナログな手法に依存しており、それが物流スピード低下とヒューマンエラーの最大のボトルネックとなっています。本セクションでは、次世代の物流網を構築するための「貿易DX」の最前線と、その導入に伴う組織的課題を深掘りします。
Excel手入力の限界とヒューマンエラーが引き起こすサプライチェーンの断絶
多くの荷主企業や物流企業の現場では、未だに無料のテンプレートをダウンロードし、ExcelやWordを利用してインボイスを手作業で作成しています。しかし、この属人的な「コピペ作業」には限界があります。単価の「0」を一つ少なく入力するだけでアンダーバリューの疑いをかけられ、前回のデータを漫然と使い回すことで最新のIncoterms(貿易条件)や原産国が反映されない事故が多発します。
さらに深刻なのが、部門間のサイロ化による確認作業の増大です。営業部門が入力した曖昧な品名データを、物流部門が通関用に翻訳し直し、さらに経理部門が消費税の仕入税額控除処理と混同して横槍を入れる……といった不毛なやり取りが、実務担当者のリソースを激しく奪っています。
AI-OCR技術と貿易プラットフォームを活用した業務効率化とデータ一元化
これらの手作業の限界を打破するのが、貿易DXの推進です。最新の物流現場では、海外取引先からPDFで送付付される書類をAI-OCR(光学式文字認識)で読み取り、Shipper、Consignee、品名、単価、HSコードを自動でテキストデータ化する手法が普及し始めています。
さらに一歩進んだ企業では、クラウド型の貿易プラットフォームを導入し、自社のERP(基幹システム)やWMS(倉庫管理システム)とAPI連携させることで、インボイスとパッキングリストをワンクリックで不整合なく同時生成しています。一部の先進的なプラットフォームでは、ブロックチェーン技術を用いてデータの改ざんを防止し、荷主、フォワーダー、船社、税関、銀行といったステークホルダー間で情報をリアルタイムに共有する取り組み(TradeWaltz等に代表される概念)も実用化フェーズに入っています。
DX推進時の組織的課題:部門間連携とマスターデータ管理(MDM)
しかし、「システムを入れれば全て解決」というほど貿易実務は甘くありません。DX推進時に現場が最も直面する組織的課題が、MDM(マスターデータ管理)とイレギュラー処理の定義です。
例えば、無償のサンプル品やクレーム対応の代替品を出荷する際、システムが「売上0円」と判定してインボイスを発行できず、エラーで停止してしまうケースが頻発します。実務では無償であっても税関に対して適正な市場価格(Customs Value)を申告しなければならないため、こうした「非定型業務」をシステム上でどう例外処理するかの設計が必要です。また、取引先マスタや品目マスタ(HSコードとの正確な紐付け)を誰がどう継続的にメンテナンスするのか、海外ベンダーに対してシステム入力フォーマットの標準化をどう要求していくのかといった、部門や国境を越えたルール作りこそがDX成功の鍵を握ります。
システム依存の落とし穴:WMSダウン時に備える究極のBCP(事業継続計画)
最後に、物流現場のプロフェッショナルとして絶対に考慮すべきなのが、「システムがダウンした時のバックアップ体制」です。クラウド型の貿易システムや社内WMSが通信障害やサイバー攻撃で停止した場合でも、コンテナ船や航空便の搬入カットタイム(CY CUT / CFS CUT)は待ってくれません。船積みに間に合わなければ、莫大な損害が発生します。
万が一のシステム障害に備え、ローカル環境のPCに最新の商業送り状テンプレートを保管し、最低限の手入力で必須項目を打ち込んで出荷を強行できる『緊急時手動オペレーション(BCP対策)』をあらかじめマニュアル化しておく必要があります。定期的な避難訓練のように、システムを使わずにアナログでインボイスを作成する訓練を行うことこそが、真の危機管理です。
貿易DXは単なるペーパーレス化ではなく、情報伝達の正確性とスピードを極限まで高める戦略的投資です。システムの圧倒的な利便性と、いざという時の現場の泥臭い運用カバー(バックアップ体制)の両輪を備え、いかなる状況でも止まらない強靭なサプライチェーンを築き上げることが、これからの貿易実務担当者に求められる最大のミッションと言えるでしょう。
よくある質問(FAQ)
Q. 貿易におけるインボイス(商業送り状)とは何ですか?
A. 貿易におけるインボイス(商業送り状)とは、輸出入申告の根拠や関税額の決定、国際決済の基準となる最も重要な書類です。単なる貨物の明細書ではなく、国境を越えて貨物を輸送する際に欠かせない「貿易の心臓部」として機能します。通関手続きをスムーズに進めるための必須書類となります。
Q. 貿易のインボイスと日本の「インボイス制度(適格請求書)」の違いは何ですか?
A. 貿易のインボイス(商業送り状)が輸出入や通関手続きに必要な国際的な貨物明細・請求書であるのに対し、日本の「インボイス制度」における適格請求書は、国内の消費税の仕入税額控除を受けるための税務書類です。名称は同じですが、目的や法的要件、使用される場面が根本的に異なります。
Q. プロフォルマインボイスとコマーシャルインボイスの違いは何ですか?
A. コマーシャルインボイス(商業送り状)が実際の輸出入申告や決済に使われる確定的な書類であるのに対し、プロフォルマインボイスは契約前や信用状(L/C)開設時に使われる仮の書類(見積送り状)です。取引条件の事前確認などで使用され、正式な通関には原則コマーシャルインボイスが必要になります。