国土交通省は2026年8月26日、トラック適正化二法に基づき導入される適正原価制度に関し、実際の運賃交渉では適正原価を直接使わず、より高額に設定した「モデル運賃」を活用する方針を提示した。現行の標準的な運賃と同様のタリフ形式を採用することで、法的拘束力を持つ最低原価を基準とした買い叩きを防止し、荷主との合意形成を円滑に進める条件を整える。
適正原価検討会における「モデル運賃」構想の提示と制度設計のタイムライン
2026年8月26日に開催された第2回「適正原価の設定に向けた有識者検討会」において、国土交通省は適正原価制度の実務運用に関する重要な素案を公表した。2025年6月11日に公布された「トラック適正化二法(貨物自動車運送事業法の一部を改正する法律等)」では、公布後3年以内(遅くとも2028年6月11日まで)の適正原価制度の施行が義務付けられている。
参考記事: 国交省、8月26日に適正原価検討会を開催!6団体聴取で取引見直しへ
制度設計に至る経緯とこれまでの時系列
日本のトラック運送業界では、長年にわたり実勢相場に基づく運賃のダンピングや多重下請け構造に伴う低収益が問題視されてきた。2024年4月に適用開始されたドライバーの時間外労働上限規制(年間960時間)への対応を経て、2025年の法改正により、トラック運送事業における公的な運賃規制は質的な大転換を迎えている。
| 年月 | 主な出来事および制度決定事項 | 実務・業界への影響 |
|---|---|---|
| 2020年4月 | 改正貨物自動車運送事業法に基づく「標準的な運賃」初告示 | 運賃交渉の公的参考指標が初めて導入される |
| 2024年3月 | 「標準的な運賃」の改定告示(平均約8%引き上げ) | 待機時間料・荷役作業料の別建て化と燃料サーチャージ基準改定 |
| 2024年4月 | トラックドライバーの時間外労働上限規制(年960時間)適用 | 物流2024年問題への突入、労働時間短縮と輸送能力不足の顕在化 |
| 2025年6月 | トラック適正化二法の成立(6月4日)および公布(6月11日) | 法的拘束力を持つ「適正原価」制度創設と標準的な運賃の廃止方針決定 |
| 2026年4月 | トラック適正化二法の先行規制(1年以内施行項目)が施行 | 違法白トラ利用規制、委託次数制限の努力義務、実運送体制管理簿作成義務化 |
| 2026年7月 | 第1回「適正原価の設定に向けた有識者検討会」開催 | 利潤を含まない原価定義と算定式アプローチの提示、買い叩き懸念の指摘 |
| 2026年8月 | 第2回「適正原価の設定に向けた有識者検討会」開催 | 6団体ヒアリング実施、交渉指標として「モデル運賃」を活用する方針提示 |
| 2026年12月 | 検討会による提言取りまとめ(予定) | 適正原価の骨子、算定式、モデル運賃の枠組みの確定 |
| 2028年6月まで | 適正原価制度および「5年ごとの事業許可更新制」全面施行 | 適正原価割れの継続取引に対する事業許可更新拒否の適用開始 |
参考記事: 2028年6月全面施行!国土交通省の適正原価制度で運送事業者の淘汰が加速
第2回検討会で示された議論の焦点と公表発言
2026年8月26日に実施された第2回検討会では、受注側である公益社団法人全日本トラック協会(全ト協)や全日本運輸産業労働組合連合会のほか、発注側(荷主側)として日本商工会議所、全国商工会連合会、全国農業協同組合連合会、一般財団法人出版文化産業振興財団の計6団体に対するヒアリングが行われた。
全ト協の寺岡洋一会長はヒアリングにおいて、全国の会員事業者から集まった1,500件もの要望を踏まえ、一般貨物とは原価構造が大きく異なる特別積合せ(特積み)輸送の別建て設定や、多様な車型・車種ごとの詳細な原価設定を国交省に求めた。
一方、国土交通省の原田修吾大臣官房総括審議官兼物流統括調整官は会合冒頭において、荷主と物流事業者が互いを不可欠なパートナーと位置付け、物流を単なるコストではなく価値を創造するサービスへと発展させるための信頼関係を繋ぐツールが適正原価であると言及した。さらに、適正原価を継続して下回る事業者は市場から退出することになり、物流事業者にとっては己を律する基準となるが、これを最大限に活用して適正運賃の収受をドライバーの賃金に結び付ける好循環を創出する必要性を強調した。
参考記事: 標準的な運賃の2024年改定ポイント|実務での計算・届出と荷主交渉術
「適正原価」と「モデル運賃」の構造的比較
第2回検討会で突如として浮上した「モデル運賃」は、これまでの適正原価議論における実務上の懸念を解消するために考案された枠組みである。第1回検討会において、委員から「利益を含まない最低原価が公表された場合、荷主側がその数値を取引の基準とみなし、現在それを上回る運賃で契約している案件まで原価水準へ引き下げられる(買い叩きの口実になる)のではないか」という強い懸念が示されていた。
この懸念を払拭するため、国交省は「法令違反を裁く基準(適正原価)」と「実際の商取引で提示・合意を目指す基準(モデル運賃)」を明確に切り分ける方針を固めた。
| 比較項目 | 適正原価(新制度の法的基準) | モデル運賃(交渉用新指標) | 標準的な運賃(現行・順次廃止) |
|---|---|---|---|
| 制度的位置づけ | 安全維持に必要な最低限の原価 | 運賃交渉を円滑化するための推奨基準 | 能率的経営原価と適正利潤の合算指標 |
| 利潤(事業報酬)の有無 | 含まない(営業利益ゼロの原価) | 含む(適正利潤・将来投資原資を加算) | 含む(能率的経営原価に適正利潤を上乗せ) |
| 法的拘束力 | あり(継続未達は法令違反) | なし(努力目標・交渉の目安) | なし(参考告示・行政指導の目安) |
| 不遵守時の処分 | 事業許可の更新不許可(市場退出) | 直接的な罰則・処分なし | 直接的な処分なし |
| 提示形式 | 稼働データを代入する「算定式」 | 車種・距離・時間別の「タリフ(運賃表)」 | 車種・距離・時間別の「タリフ(運賃表)」 |
| 主な活用場面 | 行政監査、事業許可更新の審査基準 | 荷主との日常的な契約交渉・見積提示 | 荷主との運賃改定交渉、行政届出 |
適正原価は、人件費、燃料費、修繕費、安全投資費用などの「事業継続に不可欠な費用」で構成され、企業の利益は一切含まれない。各事業者の稼働時間や走行距離の実績データを代入して計算する「原単価方式(算定式)」によって導き出される。
これに対して「モデル運賃」は、適正原価に適正な利潤を上乗せし、従来の標準的な運賃と同様に距離や時間に応じたマトリクス形式の「タリフ(運賃表)」として国が提示する想定である。運送事業者は複雑な原価算定式を荷主に提示することなく、タリフを用いて明瞭に見積もりを提示できるよう設計される。
制度具体化に向けた実務上の未確定要素
モデル運賃構想が示された一方で、制度の実効性を左右する重要論点は依然として流動的である。
第1に、適正原価に上乗せされる「適正利潤」の割合や、タリフとして提示されるモデル運賃の具体的な金額水準が定まっていない点である。現行の標準的な運賃と比較してどの程度の乖離が生じるのか、具体的な試算基準は公表されていない。
第2に、運行における「空車回送」と「実車(実車運行)」の扱いである。現行の標準的な運賃では往復走行における実車率を「50%(片道実車・片道空車回送)」として原価が計算されてきた。しかし、制度設計の過程において、片道の走行実車距離のみを基準として原価を算定する案が浮上しており、もし実車率の想定が見直された場合、走行距離あたりの基準運賃額が大幅に引き下げられる恐れが指摘されている。
農産物の集荷や地方発の長距離幹線輸送のように、構造的に復路の積載(帰り荷)が困難な輸送領域において、空車回送コストを適正原価やモデル運賃にどのように組み込むかは、関係団体の利害が鋭く対立する最大の焦点となっている。
3つの主要プレイヤーに与える影響と直面する課題
「適正原価」と「モデル運賃」を組み合わせた重層的な制度設計は、運送事業者、荷主企業、行政当局のそれぞれに異なる実務対応を迫る。
運送事業者:買い叩き防止の盾の獲得と「拘束力なきタリフ」の限界
運送事業者にとって、交渉専用の指標としてモデル運賃が整備されることは、適正原価への運賃切り下げ(下限への張り付き)を回避するための防壁となる。
もし適正原価のみが公表された場合、荷主企業から「国の基準である適正原価を満たしているのだから問題ない」と強弁され、既存の利益分を削られるリスクが高かった。利益が上乗せされたタリフ形式のモデル運賃が存在することで、事業者はこれまでと同様のタリフ営業を継続しつつ、交渉の基準額を高位に維持することが可能となる。
しかし、最大の懸念はモデル運賃に「法的拘束力がない」点にある。適正原価を下回る取引は事業許可更新拒否という強大な罰則で禁止されるのに対し、モデル運賃はあくまで努力目標にすぎない。結果として、荷主との力関係において優位に立てない多くの中小運送事業者が、拘束力のある「適正原価ギリギリ」の水準で合意を強要される事態が懸念される。自社の稼働データ(実車率、待機時間、固定費・変動費の内訳)を精緻に把握し、モデル運賃で提示した見積もりの正当性を論理的に立証できなければ、十分な利益を確保することは困難である。
製造業者・流通業者(荷主企業):下限監視と「モデル運賃基準」への取引見直し
製造業や卸売業・小売業などの発注側荷主は、運賃調達に対する基本的な姿勢の根本的な転換を迫られる。
これまでの物流費抑制策は「市場相場での安値調達」が基本であったが、適正原価制度の導入に伴い、下限基準(適正原価)を下回る運賃での発注は違法行為となる。仮に荷主側が優越的な立場を利用して適正原価未満での契約を継続させた場合、貨物自動車運送事業法に基づく「違反原因行為」としてトラック・物流Gメンによる是正指導や企業名の公表対象となる。さらに、契約先の運送会社が5年ごとの事業許可更新を通過できずに事業停止となれば、自社の出荷網が途絶するサプライチェーンリスクを直接被ることになる。
加えて、交渉現場において運送事業者からモデル運賃に基づく見積もりが提示された際、それを不当に拒絶して適正原価水準まで一方的に買い叩く行為は、下請法や独占禁止法上の優越的地位の濫用に問われるリスクを孕む。荷主企業は、物流統括管理者(CLO)の管轄のもと、自社の出荷実態(荷待ち時間、荷役作業の有無、帰り荷の確保容易性)を精査し、モデル運賃を起点とした持続可能な取引契約への改定を進めなければならない。
行政・規制当局:形骸化の防止と「実車・空車基準」の精緻な法制化
国土交通省をはじめとする規制当局には、二重構造となる新制度の実効性をいかに担保するかという重い舵取りが課されている。
法的拘束力を持つ適正原価と、拘束力を持たないモデル運賃を併存させる方針は、現場の買いたたきを防ぐための現実的な配慮である。しかし、一歩間違えれば、過去の標準的な運賃が直面したのと同様に、モデル運賃が単なる「絵に描いた餅」として有名無実化し、市場全体が適正原価という最低基準へ収斂してしまう恐れがある。
当局は、第3回以降の有識者検討会を通じて、空車回送や実車率の算定ルールを極めて精緻に設計する必要がある。一律の実車率を適用するのではなく、業種・品目・地域ごとの実態に応じた補正基準を設けなければ、地方の一次産業輸送や特殊輸送が成り立たなくなる。さらに、制度施行後はトラック・物流Gメンの監視機能を最大限に発揮させ、運送事業者に対する原価調査と荷主企業に対する契約内容の監査を連動させ、実効性のある運用体制を確立することが求められる。
LogiShiftの視点(独自考察):多層的公的基準への移行と「下限張り付き」の攻防
物流業界における取引構造は、長年続いた「市場相場に依存した下限なき自由価格競争」から、「法的な最低基準(適正原価)と交渉目安(モデル運賃)」を併用した多層的な公的基準に基づく取引構造へと決定的に転換しつつある。
この構造転換において本質的に注視すべきは、実務現場で確実に発生する「下限(適正原価)への張り付き圧力」と、それを打破するための「原価データの立証力」である。
適正原価制度の設計上、適正原価には企業の営業利益が一切含まれていない。もし運送事業者がモデル運賃での妥結に失敗し、適正原価そのもので契約を結び続けた場合、行政処分や免許取消は回避できるものの、企業の営業利益率は恒常的にゼロ%となる。これは将来の車両代替投資やDX投資、ドライバーへの追加的な待遇改善を不可能にし、中長期的な事業停止を招くことを意味する。
モデル運賃に法的拘束力がない以上、運送事業者が荷主に対して利益分を正当に要求するための武器は、国のタリフ表の提示にとどまらない。各運行における「自社の実車率」「1キロ・1時間あたりの固定費・変動費」「待機時間の実績」をデジタルデータとして客観的に開示し、「モデル運賃に記載された利潤が必要不可欠である理由」を論理的に説明できる企業のみが、健全な収益性を維持できる。
一方の荷主企業にとっても、運送事業者を適正原価に抑え込む行為は、自らのサプライチェーンの首を絞める自殺行為となる。トラックドライバーの不足が構造化する中、営業利益ゼロのギリギリで走る運送会社はいずれ車両更新や人材確保に行き詰まり、真っ先に配車を引き揚げる。モデル運賃を単なる「割高な運賃表」とみなすのではなく、自社の荷物を優先的かつ安定的に運んでもらうための「インフラ維持費用」として位置づけられるかどうかが、荷主企業の調達部門における最大の試金石となる。
明日から意識すべきこと
2028年6月までの適正原価制度全面施行および2026年年内の提言取りまとめを見据え、運送事業者および荷主企業が明日から直ちに取り組むべき実務アクションを提示する。
- 自社の運行データから「原単価」と「実車率」を精緻に可視化する
デジタコや動態管理システムを活用し、車両1台・1運行あたりの実車距離、空車回送距離、待機時間を分単位で抽出してください。自社の正確な運行実態を把握することが、告示されるモデル運賃や算定式との差異を分析する必須条件となります。
- 「運賃」と「料金(付帯作業・待機時間)」を契約書面上で完全分離する
長時間の荷待ちや荷役・付帯作業を運賃に含めて無償提供する慣習を即刻是正してください。適正原価およびモデル運賃の双方が「純粋な走行対価」と「役務・待機の対価」を切り離す設計となるため、現行契約書の条項を早期に見直し、別建て請求の書面化を推進してください。
- モデル運賃を基準とした「適正利益を含む価格交渉」のシミュレーションを開始する
適正原価の告示を待つのではなく、現行の標準的な運賃をベースに、自社に必要な適正利潤(営業利益率5〜8%程度等)を織り込んだ見積もりモデルを作成してください。荷主側も、適正原価割れによるコンプライアンス違反リスクを回避するため、運送パートナーとの間で運行効率化(空車率低減や荷待ち短縮)を前提とした定期的な対話の場を設定してください。
出典: 物流ウィークリー
出典: 国土交通省
出典: 日本流通新聞
出典: CARGO NEWS
出典: LNEWS



