国土交通省が全日本トラック協会の会員企業など約1,200社を対象に実施した実態調査において、荷主との交渉で標準的な運賃を活用した企業の割合が90%に達したことが分かりました。一方で、実際に収受できた金額は標準的な運賃の5〜7割にとどまると回答した企業が全体の53%を占め、制度に強制力がない点が最大の課題として挙げられています。
標準的な運賃を巡る実態調査の全貌と浮き彫りになった構造的課題
国土交通省は2026年8月26日に開催された第2回「トラック運送業の適正原価設定に向けた有識者検討会」において、2026年3月から4月にかけて実施した「標準的な運賃の浸透・活用状況等に関する調査」の結果を公表しました。
本調査は、全日本トラック協会の会員企業約1,200社および「ホワイト物流」推進運動で把握された荷主約200社を対象に、運賃交渉の進捗や収受実態を把握する目的で実施されたものです。
標準的な運賃の活用状況と収受実態
調査結果によると、トラック運送事業者の90%が運賃交渉の現場で標準的な運賃を活用している実態が明らかになりました。内訳としては、全体の57%が「標準的な運賃などを考慮した自社運賃」を提示し、33%が「標準的な運賃そのもの」を提示しています。
荷主との交渉結果については、45%の事業者が「希望額を収受できた」と回答し、33%が「一部収受できた」と回答しました。交渉に応じてもらえなかった、あるいは収受できなかったとする回答は6%にとどまり、価格転嫁に向けた交渉のテーブルにつく動き自体は定着しつつあります。
しかし、実際に収受できた運賃の水準に目を向けると、国が算出した目安と現場の実勢価格との間に深刻な乖離が存在することが浮き彫りになりました。
| 告示運賃の収受達成水準 | 回答企業比率 | 実務現場における状況 |
|---|---|---|
| 100%(同等)以上 | 11% | 一部の元請や高付加価値輸送に限定 |
| 8〜9割収受 | 24% | 一定の価格転嫁に成功している層 |
| 5〜7割収受 | 53% | 最もボリュームが大きく実勢運賃と乖離 |
| 5割未満・収受不可 | 12% | 価格転嫁が全く進んでいない層 |
集計結果が示す通り、告示された標準的な運賃に対して「8割以上」を収受できている企業は合計で35%に過ぎず、半数を超える53%の事業者が「5〜7割」の収受水準にとどまっています。
制度運用における課題と運送現場からの切実な指摘
標準的な運賃の制度運用に関して運送企業が抱える課題(複数回答)では、法的拘束力の欠如を指摘する声が突出しました。
最も多かった回答は「標準的な運賃に強制力がないこと」で752件に上りました。次いで「標準的な運賃の水準が実勢運賃の水準と乖離していること」が552件、「自社の運行形態に対応していないこと」が107件と続いています。
回答企業からは具体的な不満や要望として、以下のような意見が寄せられています。
- 「法的根拠のない付帯料金は支払う理由がないと荷主担当者から拒絶されるため、運賃と同様に支払いを法的に義務化してほしい」
- 「標準的な運賃と実勢運賃の開きが大きすぎるため、告示運賃をそのまま提示すると荷主から露骨に嫌な顔をされ、関係悪化を懸念して強く出られない」
- 「一部の事業者だけが提示してもダンピングを行う競合に仕事を取られるため、すべての運送企業に対して標準的な運賃の提示を義務付けてほしい」
荷主企業における理解が徐々に広がりを見せる一方で、法的強制力のない「参考指標」にとどまる現行制度の限界が明確に表れた形です。
原価計算の実施状況と中小零細事業者の遅れ
今回の調査では、適正な運賃交渉の基礎となる「原価計算」の実施状況についても確認が行われました。その結果、回答企業全体の23%が「原価計算を実施していない」と回答しました。
適切な価格転嫁を進めるためには、自社の保有車両ごとに発生する固定費や変動費、運行にかかる時間や距離あたりのコストを精緻に算出した上で、標準的な運賃の考え方を援用して運賃額を導き出す必要があります。しかし、特に経営資源が限られる中小零細事業者においては、コスト構造を可視化するための社内リソースやノウハウが不足しており、勘や他社の相場に頼った運賃設定から脱却できていない実態が浮き彫りとなりました。
標準的な運賃から「適正原価」への移行ロードマップ
標準的な運賃は、2018年の議員立法による貨物自動車運送事業法改正で時限措置として導入され、2020年4月に初めて告示されました。その後、物価上昇や燃料高騰を踏まえ、2024年3月に平均約8%の運賃引き上げや待機時間料・積込料の別建て明確化などを盛り込んだ改定が実施されました。
しかし、目安にとどまる標準的な運賃では運賃ダンピングの抜本的抑止が困難であることから、政府は2025年6月に「トラック適正化二法(改正貨物自動車運送事業法等)」を公布しました。これにより、従来の標準的な運賃を発展的に解消し、法的拘束力を持つ事実上の最低運賃規制となる「適正原価」制度を導入することが法制化されました。
| 時期・スケジュール | 主な決定事項・法制度の動き | 運送事業者および荷主への影響 |
|---|---|---|
| 2020年4月 | 「標準的な運賃」初告示 | 交渉の努力目標・目安として運用開始 |
| 2024年3月 | 「標準的な運賃」改定告示 | 平均約8%引き上げ、荷役・待機料を別建て化 |
| 2025年6月 | トラック適正化二法の公布 | 法的拘束力を持つ「適正原価」制度創設が決定 |
| 2026年3月〜4月 | 国交省による浸透・活用実態調査 | 9割活用も53%が5〜7割収受、強制力不足判明 |
| 2026年8月26日 | 有識者検討会(第2回)で調査公表 | 適正原価の算定基準・実車率の議論へ反映 |
| 2026年12月 | 検討会による提言取りまとめ予定 | 算定式の基本構造や義務化の骨子確定 |
| 2027年中 | 国土交通省による「適正原価」の告示 | 新基準の公表と制度移行に向けた周知期間 |
| 2028年6月まで | 「適正原価制度」の全面施行 | 基準未達取引の継続で事業許可更新拒否が適用 |
適正原価制度は、公布から3年以内となる2028年6月までに全面施行される予定です。従来の標準的な運賃が「適正な利潤を含む推奨運賃」であったのに対し、適正原価は「法令を遵守して事業を継続するために最低限必要な原価(利潤は含まないフロア価格)」として規定されます。この基準を継続して下回る運賃で取引を行った事業者は、5年ごとの事業許可更新が認められず、市場からの退場を余儀なくされる厳しい枠組みとなります。
参考記事: 標準的な運賃の2024年改定ポイント|実務での計算・届出と荷主交渉術
参考記事: 国土交通省が2028年6月適正原価を全面施行、取引見直しが必須に
サプライチェーン関係者に押し寄せる構造変化と具体的影響
今回の調査で浮き彫りとなった「標準的な運賃の強制力のなさ」と「収受率の低迷」は、物流の主要プレイヤーに対して次なる制度改革への対応を強く促しています。
1. 運送事業者:タリフ依存の脱却と「データ武装」による価格防衛
運送事業者にとって、アンケート回答で示された「53%が標準的な運賃の5〜7割収受にとどまる」という現実は、行政が定めたタリフ表を提示するだけの受動的な交渉スタイルが限界を迎えていることを意味します。
荷主側に対して「国の基準表がこうなっているから」と提示しても、強制力がないことを知る荷主や購買担当者からは「競合他社はもっと安く受けている」「実勢価格と離れすぎている」と反論され、結果として大幅な値引きを受け入れざるを得ない構図が続いています。特に待機時間料や積込・取卸料などの付帯業務費用について、法的根拠の薄さを理由に支払いを拒否されるケースが後を絶ちません。
さらに、原価計算を行っていない23%の事業者は、2028年6月までに導入される適正原価制度において致命的な危機に直面します。適正原価は固定のタリフ表ではなく、自社の実車率、走行距離、稼働時間などのデータを代入する「算定式」によって算出されるため、自社の運行原価を正確に把握できていない事業者は、荷主への適正価格提示ができないばかりか、自ら法令違反の下限運賃を下回って取引を継続し、許可取り消しに追い込まれるリスクを抱えることになります。
参考記事: 貨物自動車運送事業法第24条と2026年7月9日の原単価方式転換への必須対応
2. 行政・規制当局:実効性担保へのプレッシャーと算定式設計のジレンマ
国土交通省および規制当局には、現場から寄せられた752件の「強制力不足」という声を重く受け止め、実効性のある法執行体制を確立することが求められています。
アンケート調査結果が公表された2026年8月26日の有識者検討会において、全日本トラック協会の幹部からは「荷主に対して下請法や物流特殊指定に基づく強い法的措置が課されなければ制度が機能しない」「マッチングサイト事業者が適正原価を下回る運賃を提示している場合は是正指導の対象とすべき」といった踏み込んだ要求が突きつけられました。
行政側は、トラック・物流Gメンによる荷主への監視・是正指導を強化する一方で、2028年に向けて制度化を進める「適正原価」の具体的な水準設定において極めて困難な舵取りを迫られています。荷主企業の反発を恐れて算定基準(例えば実車率の前提など)を引き下げてしまえば、適正原価が実勢運賃を下回る「デフレ促進タリフ」と化してしまい、運送事業者を保護する目的が形骸化するリスクがあるためです。
参考記事: トラックGメンとは?行政処分のリスクと荷主企業が講じるべき不当慣行対策
参考記事: 国土交通省の実車率50%見直し、新タリフ最大半額で収益悪化に直結
3. SaaS・テクノロジーベンダー:中小運送の原価可視化を支えるDX機会
原価計算を未実施である運送企業が23%存在するという事実は、物流向けSaaSやテクノロジーベンダーにとって広大な市場開拓の余地を示しています。
原価計算に取り組めていない事業者の大半は、専用の管理システムを導入する資金力やITスキルを持つ専任担当者が不足している中小零細企業です。これらの企業に対して、デジタルタコグラフやスマートフォンアプリと連動し、日々の運行記録から「車両別・運行別・荷主別の原価単価」を自動算出できるクラウドツールの需要が急速に高まっています。
単なる動態管理や日報作成にとどまらず、荷待ち時間や荷役作業の実態を客観的なログデータとして記録し、そのまま荷主向けの運賃請求書や是正要請エビデンスとして出力できるソリューションが、今後の運送DXにおける必須要件となります。テクノロジーベンダー各社には、運送現場の業務負荷を増やすことなく、法改正に適合した原価データを生成できる実用性の高いツールの提供が求められます。
LogiShiftの視点:制度依存から「自律的原価証明」へのパラダイムシフト
今回の調査結果は、行政のガイドラインに頼った運賃引き上げ交渉が構造的な限界に突き当たっている現実を明確に示しています。全体の90%が制度を活用しながらも、過半数が希望水準の5〜7割にとどまっているという事実は、「国のお墨付き」を提示するだけでは荷主の購買ロジックを崩せないことの証左です。
注目すべきは、運送企業が求める「強制力の付与」が、2028年6月施行の「適正原価制度」によって法的に実現される点です。しかし、運送事業者が認識すべき重大なポイントは、新制度における適正原価が「適正な利潤を一切含まない最低限のコストライン」として設計されていることです。
仮に行政が適正原価を下回る取引を法的に禁止したとしても、それはあくまで法令違反となる下限(フロア)を画定するに過ぎません。その下限基準に頼るだけでは、事業継続に必要な適正利潤を確保することはできず、企業は低収益体質から抜け出せません。
運賃交渉の本質は、受動的な「公定価格の要求」から、自社固有の運行コストや安全投資費用を実データに基づいて提示する「自律的な原価証明」へと根本的に移行しています。23%の中小事業者が原価計算を行っていない現状は、言い換えれば自社の事業コストを論理的に説明できないまま交渉に臨んでいる状態です。
今後生き残る運送事業者は、車両稼働実績、待機時間、荷役作業の実態をデジタルデータとして精緻に蓄積し、「なぜこの運賃が必要なのか」を数字で立証できる体制をいち早く整えた企業に限られます。制度の強制力に期待を寄せるだけでなく、自社の原価構造を可視化して交渉のテーブルで主導権を握る「データ武装」こそが、運送企業にとって真の生存戦略となります。
参考記事: 2028年6月全面施行!国土交通省の適正原価制度で運送事業者の淘汰が加速
まとめ:適正運賃収受に向けて明日から取り組むべき実務アクション
標準的な運賃の活用率が9割に達しながらも、収受額が5〜7割にとどまり強制力不足が叫ばれる現状を打破するため、運送事業者が明日から着手すべきアクションを整理します。
- 保有車両ごとの運行原価と固定費・変動費の精密な棚卸しを実施する
自社で原価計算を行っていない23%の事業者に該当する場合は直ちに見直しを行い、車両減価償却費、人件費、燃料費、修繕費などを走行キロ当たり・時間当たりで数値化する作業に着手します。自社の損益分岐点となる原単価を把握しなければ、適正原価制度への対応も荷主との価格交渉も成立しません。
- 待機時間料や荷役作業費などの付帯業務を運行ログで客観的に記録する
荷主から支払いを拒絶されやすい待機時間や契約外の荷役作業について、デジタルタコグラフやスマートフォンアプリを活用して客観的な作業時間ログを収集・保管します。法的根拠を問われた際に感覚値ではなく分単位の実績データを提示できるように体制を整えます。
- 2028年の適正原価全面施行を見据えた契約条項と運賃体系の再構築を進める
現行の標準的な運賃をベースとした交渉を継続しつつ、2028年6月までに導入される適正原価制度の算定式を意識した運賃構成案を作成します。下請事業者への委託運賃を含め、法令で定められる最低原価ラインを下回る取引が発生していないかを総点検し、段階的な契約改定を進める必要があります。



