国土交通省が告示を予定するトラック運賃の「適正原価」について、現行の標準的な運賃と比較した場合に走行距離あたりの単価が約35%減少する試算が明らかになりました。近畿地区の10トン車による500km運行では、標準的な運賃のキロ単価324円に対し、実車率の見直しを反映した適正原価の試算は210円まで下落します。
実車率見直しがもたらす適正原価の単価下落と制度設計の全貌
国土交通省が進める「適正原価」の制度設計に伴い、現行の距離制タリフ(運賃表)との乖離が数値として具体化しました。物流産業新聞社の試算によると、物価変動がない前提のもとで国交省が進める実車率の見直しを反映させた場合、トラック走行距離あたりの単価が現行の標準的な運賃から約35%減少する見通しです。
500km運行試算にみる標準的運賃と適正原価の乖離
現行の標準的な運賃と、実車率見直しを織り込んだ適正原価の試算値を比較すると、距離制タリフの単価は大きく落ち込みます。
| 項目 | 現行の標準的な運賃(2024年3月告示) | 適正原価(試算値) | 差分・減少率 |
|---|---|---|---|
| 対象車種・運行条件 | 近畿地区・10トン車・500km運行 | 近畿地区・10トン車・500km運行 | 同条件 |
| 合計運賃額(税抜) | 16万2,120円 | 10万5,000円 | 約35%減少 |
| 走行1kmあたり単価 | 324円 | 210円 | 114円減少(約35%減) |
| 制度上の法的性格 | 行政が提示する交渉の参考指標 | 法律上収受すべき最低ライン(下限規制) | 努力目標から義務へ転換 |
現行の標準的な運賃は、片道運行(帰り荷なし)を前提とした「実車率50%」を基礎に設計されてきました。往路の運賃の中に復路で発生する燃料費、人件費、車両償却費などの運行コストを包含させることで、事業者の採算を成立させる構造です。
しかし、適正原価の検討では実車率の基準見直しが進められています。復路運行のコストが運賃収受の基礎から切り離された場合、実質的な片道分の走行原価のみがタリフ換算されるため、見かけ上の距離単価は35%程度切り下がる計算になります。
適正原価制度の導入ロードマップ
2025年6月11日に公布された改正貨物自動車運送事業法(トラック適正化二法)に基づき、適正原価制度は法制化されました。公布から3年以内となる2028年6月までの全面施行に向け、以下の工程で制度設計が進められています。
| 時期・スケジュール | 決定事項・政策の動き | 実務・市場への影響 |
|---|---|---|
| 2020年4月 | 初代「標準的な運賃」告示 | 実車率50%前提、交渉の参考指標として創設 |
| 2024年3月 | 「標準的な運賃」改定告示 | 平均約8%引き上げ、荷役・待機料を別建て明記 |
| 2025年6月11日 | トラック適正化二法の公布 | 適正原価の義務付け、事業許可5年更新制が確定 |
| 2026年7月17日 | 第1回 適正原価有識者検討会 | 座長に山内弘隆氏選出、算定方式・実車率の議論開始 |
| 2026年8月26日 | 第2回 有識者検討会 | 業界団体ヒアリング、モデル運賃提示案を公表 |
| 2026年12月 | 提言取りまとめ(予定) | 算定式構造、実車率の取り扱い基準の確定 |
| 2027年中 | 国土交通省による適正原価の告示(予定) | 新基準公表に伴う移行・周知期間の開始 |
| 2028年6月まで | 適正原価制度の全面施行 | 下限割れ取引の継続に対し事業許可更新拒否を適用 |
国土交通省貨物流通事業課の解釈では、適正原価は法律上「収受すべき最低ライン(下限)」と位置づけられています。一方、これまでの標準的な運賃は「上位モデル」と整理されており、両者の法的な役割は根本から異なります。
参考記事: 国土交通省の実車率50%見直し、新タリフ最大半額で収益悪化に直結
「適正原価」と「モデル運賃」の二層構造
適正原価そのものは法令遵守に必要な最低限の原価であり、利潤を含みません。そのため、国土交通省は実際の運賃交渉の現場において、適正原価をそのまま提示するのではなく、適正な利潤を上乗せした「モデル運賃」を活用する方針を2026年8月26日の検討会で提示しました。
| 比較項目 | 適正原価(下限規制) | モデル運賃(交渉指標) |
|---|---|---|
| 制度の目的 | 運賃ダンピングの法的阻止 | 運賃交渉における目安の提示 |
| 利潤(事業報酬)の扱い | 利潤を一切含まない | 適正な利潤を上乗せ |
| 提示形式 | 実績データを代入する「算定式」 | 直感的に参照できる「タリフ(運賃表)」 |
| 法的拘束力 | あり(違反継続で事業許可更新拒否) | なし(合意形成のための参考水準) |
| 主な適用場面 | 監査・行政処分・許可更新審査 | 荷主企業との価格交渉の着座 |
2026年8月に公表された国土交通省のアンケート調査によると、現行の標準的な運賃を活用して交渉した事業者は90%に達しているものの、告示水準の8割以上を収受できている事業者は約35%にとどまります。さらに、過半数を超える53%の事業者が「5〜7割」の水準にとどまっており、参考指標だけでは市場の実勢価格を引き上げきれない実態が示されています。
この構造的限界を是正するため、国は「下限となる適正原価」と「推奨値となるモデル運賃」を明確に分ける二層構造の制度設計を進めています。
参考記事: 国交省標準運賃、53%が収受5〜7割止まりで強制力欠如が課題
サプライチェーンの主要プレイヤーが直面する課題
距離単価の35%減少試算と二層構造への移行は、運送事業者、荷主企業、行政当局のそれぞれに異なる実務対応を迫ります。
運送事業者(実運送・元請)
運送事業者にとって最大の懸念は、適正原価のキロ単価210円という試算値が荷主側に「国の公認価格」として誤認されるリスクです。適正原価は利潤を含まない最低原価であるため、この金額で契約を結び続ければ、企業としての投資余力や利益はゼロになります。
中小運送事業者の約9割は資本金5,000万円以下であり、自社の運行原価を正確に把握できていない事業者が23%存在する調査結果も出ています。固定的なタリフ表に依存してきた事業者は、自社の車両減価償却費、ドライバーの労務費、燃料費、待機時間コストをデジタルタコグラフ等の運行データから算出し、荷主に対して「適正原価+自社の適正利益」を論理的に証明できなければ、運賃を最低ラインまで引き下げられる危険に晒されます。
また、元請事業者に対しては、自社が収受する運賃だけでなく下請運送会社へ支払う委託運賃においても適正原価を下回らない義務が課されます。利用運送において過度な中抜きを行うビジネスモデルは、2028年以降、法的に維持できなくなります。
参考記事: 2028年6月全面施行!国土交通省の適正原価制度で運送事業者の淘汰が加速
製造業者・流通業者(荷主企業)
製造業や流通業などの荷主企業にとっては、調達・物流購買プロセスの全面的な見直しが必須となります。適正原価のキロ単価210円を下限と捉えず、従来の324円からの「実質的な値下げ口実」として利用した場合、トラック・物流Gメンによる是正指導や社名公表の対象となるリスクがあります。
さらに、適正原価を下回る運賃で契約を押し付けた結果、委託先の運送事業者が事業許可の更新を受けられず退場した場合、自社の製品を出荷できなくなる輸送能力遮断に直結します。中小企業庁の調査では、トラック運送業の発注側における価格転嫁率は全32業種中最下位に位置しています。
荷主企業は、安価な運賃を買い叩く姿勢を改め、提示された「モデル運賃」を基準にしながら、復路荷物の確保や荷待ち時間の削減、パレット化による荷役作業の効率化など、運送事業者の運行効率そのものを高める協調体制を構築しなければなりません。
参考記事: 積載率とは?計算方法や実車率との違い・改善に向けた実践アプローチを解説
行政・規制当局
国土交通省をはじめとする規制当局には、新制度の趣旨に関する徹底した周知と厳格な運用の両立が求められます。適正原価が「下限規制」であり、運賃交渉の指標は「モデル運賃」であるという区分が荷主企業の購買部門に正しく伝わらなければ、制度の導入がかえって運賃相場を下落させる引き金になりかねません。
全日本トラック協会の寺岡洋一会長が指摘するように、会員事業者の95%以上を占める中小零細事業者は荷主に対する価格交渉力が極めて弱い立場にあります。国交省は、適正原価を下回る取引を継続する事業者を行政処分するだけでなく、不当な低運賃を強要する荷主に対して物流特殊指定や貨物自動車運送事業法第24条に基づく是正措置を厳格に執行する実効性を担保する必要があります。
参考記事: 国土交通省が2028年6月適正原価を全面施行、取引見直しが必須に
LogiShiftの視点
今回の試算が示したキロ単価35%減という数値は、トラック運送業界の価格決定メカニズムが「行政告示のタリフ依存」から「運行実績と原価構造の直接連動」へと完全に切り替わることを意味しています。
近畿10トン車500km運行において、標準的な運賃の324円から適正原価の210円へと基準が分かれた背景には、実車率の見直しがあります。全ト協の馬渡雅敏副会長が指摘した通り、復路荷物を自社で日常的に確保できるのは一部の大手事業者に限られており、実車率が低い片道運行を余儀なくされている中小事業者が多数を占めます。もし実車率の算定前提が一律に引き上げられれば、帰り荷のない運行を行う事業者は、キロ単価210円の適正原価では固定費すら回収できず、構造的な赤字に追い込まれます。
今後、生き残りを分けるのは「モデル運賃をベースとした原価証明力」と「実車率の向上策」です。適正原価は2028年6月までに事業許可の5年更新制と連動して運用されます。運送事業者は、デジタコデータを活用して自社の運行ごとの実車率とキロあたり変動費、時間あたり固定費を割り出し、荷主に対して「帰り荷がない運行条件であれば、実車率50%前提のモデル運賃でなければ適正原価を下回る」ことを論理的に主張する体制を固めなければなりません。
同時に、荷主側も下限ギリギリの原価調達を追求するのではなく、共同輸配送や中継輸送の導入によって運行の実車率自体を引き上げる取引改善を進める必要があります。
参考記事: 国土交通省の適正原価策定で実車率50%見直しへ!運賃半減を防ぐ経営管理
まとめ
適正原価制度の導入と試算値の公表は、今後の運賃交渉の前提を大きく変える転換点です。制度施行に向けて、各実務担当者は以下の対応を進める必要があります。
- 自社の運行実態に基づく正確な原価データの算出
運行ごとの走行距離、拘束時間、実車率をデジタルタコグラフ等から集計し、自社の固定費・変動費の損益分岐点単価を可視化します。
- 適正原価とモデル運賃の位置づけの社内徹底
適正原価は「事業停止を避けるための下限」、モデル運賃は「利益を確保するための交渉基準」であることを営業部門および経営層で共有します。
- 荷主との運行効率改善に向けた事前協議の開始
復路貨物の確保、荷待ち時間・付帯作業の分離請求など、実車率や拘束時間の改善を伴う取引条件の再設計を推進します。
出典: 物流ウィークリー
出典: 国土交通省
出典: LOGISTICS TODAY



