物流業界においてカーボンニュートラルの実現が急務となる中、次世代燃料や自動運転といった大規模なテクノロジー投資に注目が集まりがちです。しかし、真の持続可能な物流網を構築するためには、現場で日々消費される「足元の資材」から環境負荷を低減していく地道な取り組みが不可欠です。
そうした中、日本郵船、郵船商事、レクザムの3社は、再生ポリエステル繊維を99.5%使用した自動車固縛用ベルト「eco CLASPER(エコクラスパー)」を開発し、新造自動車専用船「ELDER LEADER」への本格導入を発表しました。このニュースは、船舶の燃料転換というマクロな対策だけでなく、現場の消耗品というミクロな視点からも脱炭素化を推し進めるという、物流業界全体のグリーン化における重要なマイルストーンとして注目を集めています。
本記事では、この再生繊維固縛ベルト導入の背景や詳細を整理するとともに、運送事業者や倉庫事業者、さらには資材メーカーなど、物流エコシステム全体に与える影響や今後の展望について、LogiShiftの独自の視点から深く解説します。
共同開発製品「eco CLASPER」本格導入の背景と詳細
今回の画期的な取り組みは、単に環境に優しい素材を採用したというだけにとどまりません。過酷な海上輸送の現場において、人命や高額な貨物を守るための「安全性」と「環境配慮」をいかに両立させたかという点が非常に重要です。まずは、この製品が開発され、導入に至った背景と事実関係を紐解いていきましょう。
自動車専用船における固縛作業の過酷な実態と課題
自動車専用船(PCTC:Pure Car and Truck Carrier)は、一度の航海で数千台に及ぶ完成車を輸送します。航海中の激しい波の揺れや強風から車両を守るため、一台一台の車両を甲板にしっかりと固定(ラッシング)する必要があります。この固縛作業で使用されるラッシングベルトは、1隻あたり数万本単位で必要とされ、さらに高い張力や摩擦、塩害にさらされるため、定期的な交換が避けられない消耗品です。
膨大な資材消費と廃棄プロセスの見直し
これまで、これらの固縛ベルトはバージン素材の石油由来ポリエステルなどで製造されることが一般的でした。そのため、製造時の温室効果ガス(GHG)排出はもちろんのこと、使用後の廃棄処理に伴う環境負荷も長年の課題となっていました。使い捨てに近い形で大量消費される資材のサプライチェーンを根本から見直すことが、海運業界の脱炭素化において隠れた重要テーマとなっていたのです。
再生繊維99.5%使用と耐久性の両立
今回発表された「eco CLASPER」は、これらの課題を解決するために3社が2022年から共同開発を進めてきた製品です。主な事実関係は以下の表の通りです。
| 項目 | 内容 | 関連するステークホルダー | 期待される効果と実績 |
|---|---|---|---|
| 対象製品 | 自動車固縛用ベルト「eco CLASPER」 | 日本郵船、郵船商事、レクザムの3社協業 | 石油資源消費の抜本的な抑制と廃棄物削減 |
| 素材の特徴 | 再生ポリエステル繊維を99.5%という高い割合で使用 | 資材サプライヤー、繊維メーカー、製造工場 | 製織などの製造工程におけるGHG排出量を従来比約28.3%削減 |
| 導入状況 | 2024年3月26日、新造自動車専用船「ELDER LEADER」に導入 | 船舶運航チーム、港湾荷役事業者、荷主企業 | 日本郵船の全自動車専用船(約120隻)への展開で年間約400トンのGHG削減を試算 |
| 実証プロセス | 2022年からの開発および実船(自社運航船)での運用試験 | 安全管理部門、品質保証部門、現場の作業スタッフ | 日本郵船の厳しい安全基準をクリアし従来品と同等の強度と耐久性を証明 |
特に注目すべきは、再生原糸を99.5%も使用しながら、海上輸送という過酷な環境に耐えうる強度と耐久性を確保した点です。一般的に、再生繊維はバージン材と比較して強度が低下したり、品質のばらつきが生じやすいという懸念があります。しかし、2024年以降に「CASSIOPEIA LEADER」などの実船で試作品の運用試験を繰り返し、十分な性能を有することが評価されたからこそ、今回の正式導入に至りました。
参考記事: 環境負荷低減とは?物流実務担当者が知るべき基礎知識と具体策完全ガイド
資材のグリーン化が物流各プレイヤーに与える影響
日本郵船という業界のリーディングカンパニーが、基幹事業である自動車輸送において環境配慮型資材の本格導入に踏み切ったことは、物流業界全体にドミノ倒しのような影響を与える可能性を秘めています。各プレイヤーが直面する具体的な影響を考察します。
海運・陸運事業者における資材調達基準の再定義
輸送事業者にとって、これまで資材調達の最優先事項は「コスト」と「安全性」でした。しかし今回の事例は、調達基準に「環境性能(GHG削減貢献度)」が強力に組み込まれる時代の到来を意味しています。
トラック運送業界への波及の可能性
この動きは海運に留まりません。トラック運送事業者においても、荷崩れを防止するためのラッシングベルトや荷締め機、緩衝材などが日々大量に使用されています。荷主企業からの脱炭素化の圧力が強まる中、陸運事業者もトラックの電動化(EV化)を待つだけでなく、「荷台で使う資材のエコ化」という即効性のある対策を求められるようになるでしょう。大手運送会社を中心に、資材調達のガイドラインを見直す動きが加速することが予想されます。
倉庫・物流センターにおける副資材の脱炭素化ドミノ
海運や陸運と同様に、倉庫や物流センターでも膨大な量の副資材が消費されています。
梱包材やパレットの環境対応の加速
商品の保管や出荷に使用されるストレッチフィルム、PPバンド、緩衝材、段ボール、さらにはプラスチックパレットなど、これらはすべて石油由来の製品が大半を占めています。「eco CLASPER」の成功事例は、倉庫事業者に対しても「再生素材を活用した消耗品への切り替え」を促す強力なメッセージとなります。特に、リターナブル資材の導入や、バイオマスプラスチック、再生プラスチックを活用した梱包材への転換は、今後ますますスタンダードになっていくでしょう。
資材メーカー・商社に求められるエコ性能と安全性の両立
郵船商事やレクザムのように、物流資材を提供するメーカーや商社にとっては、エコ素材を用いた製品開発能力が今後の競争力を決定づける最大の要因となります。単に「再生素材を使っています」というアピールだけでは不十分であり、物流現場の厳しい要求水準を満たす「耐久性」や「作業性」を科学的に証明し、実地テストを通じて顧客の信頼を勝ち取るプロセスが必須となります。今後は、異業種(例えば最先端の繊維技術を持つ化学メーカーなど)との協業やオープンイノベーションを通じて、高機能なエコ資材を生み出す動きが活発化するはずです。
参考記事: カーボンニュートラル物流とは?現場担当者が知るべき実務知識と実践ガイド
LogiShiftの視点:消耗品から読み解く物流脱炭素化の未来
今回の「eco CLASPER」導入のニュースを深掘りすると、今後の物流業界における環境戦略の核となる重要なインサイトが見えてきます。企業が今後どのように動き、何を準備すべきか、独自の視点から予測と提言を行います。
Scope 3排出量削減の具体策としての「資材見直し」の重要性
企業が自社の温室効果ガス排出量を算定・報告する基準として「Scope 1, 2, 3」という概念が定着しています。海運会社にとって、自社運航船の燃料燃焼に伴う排出はScope 1に該当し、ここは代替燃料(LNGやアンモニア、メタノールなど)への転換という中長期的な巨大プロジェクトで対応が進められています。
サプライチェーン全体での排出量可視化への対応
一方で、今回のような「購入した製品(資材)」に伴う排出は「Scope 3(カテゴリ1)」に分類されます。Scope 3の削減は自社だけの努力では完結せず、サプライヤーを巻き込んだ取り組みが不可欠です。本件は、資材調達というScope 3の領域において、サプライヤーと協働して約28.3%という具体的な削減効果(全船展開で約400トン)を叩き出したという点で、非常に価値のある成功事例です。今後、国内外の荷主企業からScope 3の削減目標提示を求められる物流企業にとって、消耗品のグリーン化は「すぐに着手でき、かつ数値化しやすい確実な打ち手」として重宝されることになるでしょう。
参考記事: Scope 1, 2, 3とは?物流・サプライチェーン実務担当者が知るべき基礎知識と算定ガイド
トレードオフを乗り越えるサプライチェーン協業の価値
環境対応製品の導入にあたって最大の障壁となるのが「コスト増」と「品質リスク」というトレードオフです。再生ポリエステル繊維の固縛ベルトも、開発初期には強度面での課題や、バージン材と比較した製造コストの壁があったはずです。
しかし、日本郵船というエンドユーザーが長期的なコミットメントを示し、実船での検証の場を提供することで、レクザム(製造)や郵船商事(調達・調整)がリスクを取って開発に投資できる環境が整いました。この「3社による共同開発」というスキームこそが、エコ資材を社会実装するためのベストプラクティスです。荷主や元請け企業が単に「エコな資材を安く持ってこい」と要求するのではなく、現場を提供して共に創り上げる「共創の姿勢」が、今後の物流業界には強く求められます。
中小物流企業が明日から始めるべき脱炭素経営への一歩
このニュースを見て、「大企業だからできることだ」と切り捨てるのは早計です。むしろ、中小規模の運送会社や倉庫事業者こそ、このアプローチから学ぶべき要素が多くあります。
数億円の投資が必要なEVトラックの導入や、太陽光パネルの設置だけが脱炭素経営ではありません。明日からでも始められるアクションとして以下のような取り組みが考えられます。
- 現場の資材棚卸し: 現場で大量に消費し、廃棄しているプラスチック製品や化成品のリストアップ。
- 代替品の調査: 再生素材やバイオマス素材で作られたストレッチフィルム、テープ、ラベル、ユニフォームなどの代替品を検討する。
- スモールスタートでの検証: 一部の車両や特定のラインだけでエコ資材を試験導入し、作業性やコストへの影響を検証する。
こうした小さな積み重ねを「我が社はScope 3の削減に向けて、梱包資材のエコ化に取り組んでいます」と荷主企業にアピールすることで、環境意識の高い荷主からの評価向上や、新規案件の獲得に繋がる可能性が高まります。
参考記事: 脱炭素経営とは?物流現場の課題から実践ロードマップまで徹底解説
足元の資材から始めるグリーン物流への転換
日本郵船など3社による再生繊維固縛ベルト「eco CLASPER」の本格導入は、物流現場に溢れる「消耗品」にメスを入れた画期的な取り組みです。年間約400トンのGHG削減という確かな成果は、安全性と環境配慮を両立させた実証実験の賜物であり、海運のみならず陸運や倉庫など、あらゆる物流セクターに波及する可能性を持っています。
物流業界の経営層や現場リーダーは、大型設備投資の動向を注視する一方で、自社の現場で消費されている「足元の資材」に改めて目を向けるべきタイミングに来ています。サプライヤーと協働して資材のグリーン化を進めることは、Scope 3の削減に直結し、将来にわたって選ばれる物流企業となるための強力な武器となるはずです。明日からでも、まずは自社の資材リストを見直すという第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
出典: LOGI-BIZ online


