物流現場で日々繰り返されるピッキングや積載率の改善努力が、経営層から単なる「現場のコスト削減」としか評価されない構造的な断絶が存在します。花王の執行役員で物流統括管理者(CLO)を務める森信介氏が提唱する「逆ROICツリー」は、現場の泥臭いカイゼン活動を財務指標であるROIC(投下資本利益率)へと直結させ、物流を企業価値を生み出す戦略投資へと転換します。
逆ROICツリーと花王・森CLO主導の「物流経営」の基礎知識
物流部門が社内で正当に評価されない根本原因は、現場のオペレーション指標と経営層が見る財務指標が分断されている点にあります。この課題を解消する革新的なフレームワークが「逆ROICツリー」です。
逆ROICツリーとは何か
一般的な「ROICツリー」は、財務指標であるROICを頂点とし、売上高利益率や投下資本回転率などの財務構成要素へとトップダウンでブレークダウンしていく構造を持ちます。これに対し、花王の森信介CLOが実践する「逆ROICツリー」は、物流現場の日々の改善活動(ボトムアップ)を出発点としています。
トラックの荷待ち時間短縮、倉庫内の動線短縮、積載率の向上といった現場の個別改善が、どの財務勘定科目に影響を与え、最終的に投下資本利益率をどれだけ押し上げるかを逆算で可視化します。
| 階層 | 主な指標・活動内容 | 経営・財務への接続 |
|---|---|---|
| 現場KPI(起点) | 荷待ち時間短縮、積載率向上、誤出荷率低減 | 現場の工数削減と車両回転率の改善 |
| 中間指標 | 配送便数削減、余剰在庫圧縮、残業時間削減 | 変動費・固定費の抑制と運転資本の最適化 |
| 財務指標 | 営業利益の増加、運転資本・固定資産の圧縮 | 利益の最大化と投下資本の極小化 |
| 最終目標(頂点) | ROIC(投下資本利益率)の向上 | 持続的な企業価値・株主価値の創出 |
森信介CLOの着任と花王における改革の歩み
花王は国内に10の生産工場と31の物流拠点を持ち、年間約170万トンに及ぶ貨物を自社主導で配送するサプライチェーンを有しています。しかし、拠点の老朽化や取扱品目数が約3倍に急増したことで、従来の現場運用は限界を迎えていました。
ヤマト運輸で巨大物流ターミナルの構築を主導した森信介氏が着任して以降、花王は物流機能を経営の独立した柱へと格上げしました。
| 年月 | 実施事項・体制変更 | 具体的な取り組みと狙い |
|---|---|---|
| 2024年10月 | 森信介氏が花王に着任 | 執行役員として参画しSCMの構造課題を抽出 |
| 2026年1月 | ロジスティクス部門の独立新設 | 物流を生産部門から独立させCLOを設置 |
| 2026年4月 | 共同配送コンソーシアム「CODE」発足 | 異業種9社とデータ連携による共同配送を開始 |
| 2026年7月 | 「CLOオブザイヤー2026」大賞受賞 | 経営一体型のSCM改革が高く評価され最高賞を受賞 |
| 2026年8月 | 日経ビジネス「経営教室」公開 | 逆ROICツリーによる企業価値向上論を提示 |
参考記事: 生産主導の脱却へ!花王が国内31拠点を新体制で統括しSCM改革が加速
なぜ今、現場改善と財務指標を結ぶ逆ROICツリーが重要なのか
物流現場の改善が単なるコスト削減にとどまらず、全社的な経営課題として扱われなければならない背景には、法制度の厳格化と輸送力の限界があります。
2026年4月施行の改正物流効率化法とCLO義務化
2026年4月1日より本格施行された改正物流効率化法(物資の流通の効率化に関する法律)では、年間貨物取扱量が一定規模(年間9万トン以上など)を超える特定荷主に対し、役員クラスの「物流統括管理者(CLO)」の選任が法的に義務付けられました。
CLOには、営業部門や生産部門に対して物流負荷を抑える是正を求める「物流改善命令権」の実質的な行使が求められます。他部門を説得し、全社を巻き込むためには、感情論ではなく「現場の改善がどれだけ企業価値を高めるか」を財務の共通言語で説明する論理武装が欠かせません。
個社最適の限界と「運べなくなるリスク」
少子高齢化に伴うトラックドライバー不足と労働時間規制により、国内の輸送力は年々縮小しています。
自社だけの都合で「過剰な即日納品」や「長時間の荷待ち」を強いる荷主は、運送会社から契約を解除される「物流難民化」のリスクに直面しています。自社倉庫内の効率化(部分最適)だけでは限界があり、製配販の垣根を越えた全体最適と、他社との共同配送(協調領域)へのシフトが不可欠です。
参考記事: 2026年7月発表の日経ビジネスCLOオブザイヤーで花王が大賞!物流経営が加速
参考記事: 選任が迫る物流統括管理者と改正物流総合効率化法2026年への必須対応
逆ROICツリーがもたらす4つの定量的・定性的メリット
現場の活動を逆ROICツリーで財務指標に統合することで、企業経営および物流現場には劇的な変化が生じます。
1. 現場設備投資の回収スピード向上と拘束時間50%削減
花王の豊橋工場における次世代自動倉庫では、立体自動倉庫や自動運転フォークリフト、バース予約システムを導入しました。
入出庫作業の平準化により、トラックドライバーの拘束時間を従来比で約50%削減することに成功しています。現場改善が車両回転率を高め、固定資産の稼働効率向上を通じて投下資本利益率(ROIC)に直接貢献しています。
2. 異業種共同配送コンソーシアム「CODE」による配送効率20%向上
花王は自社内にとどまらず、三菱食品など異業種大手9社と共同配送コンソーシアム「CODE」を設立しました。
外部クラウド基盤上でデータを標準化し、「かさばるが軽い日用品」と「小さくて重い食品・書籍」を同一トラックに混載するマッチングを実現しました。支線配送領域における配送効率を約20%向上させ、トラックの運行本数とCO2排出量の大幅な削減を達成しています。
3. 「製・配・販の壁」打破による過剰在庫と特急便費用の撲滅
従来の製造業では、工場の稼働率を優先する生産部門と、納期短縮を約束する営業部門のしわ寄せが物流現場に集中していました。
CLOが逆ROICツリーを根拠に介入することで、突発的なチャーター便費用や過剰な滞留在庫の保管費用を、発生元の営業・生産部門へ直接配賦できるようになります。不合理な即日配送や過剰生産が自発的に抑制され、運転資本が大幅に圧縮されます。
4. 運送会社から優先される「選ばれる荷主」への進化
荷待ち時間の削減やパレット化を推進する荷主は、運送会社から高い評価を受けます。輸送力が逼迫する局面でも安定的に車両を確保できるようになり、サプライチェーンの寸断リスクを回避できます。
| 評価指標 | 導入前の課題(部分最適) | 導入後の効果(全体最適・逆ROIC) |
|---|---|---|
| 現場ガバナンス | 物流部門が生産部門の下請け | 生産・販売・物流が対等な三本柱へ昇格 |
| トラック待機時間 | 到着順受付で長時間の荷待ちが発生 | バース予約と自動化で拘束時間50%削減 |
| 積載率・配送密度 | 自社単独輸送で空荷・低積載が常態化 | 異業種混載(CODE)で配送効率20%向上 |
| 財務評価 | 単なる「コストセンター」として経費削減要求 | 投下資本利益率(ROIC)を高める戦略部門へ転換 |
参考記事: 花王株式会社が2026年4月に挑む製配販の壁打破で物流効率化が加速
参考記事: 花王株式会社など9社が配送効率20%向上へ、データ標準化が必須対応に
失敗しないための「逆ROICツリー」実践3ステップ
物流現場の改善を財務成果へ結びつけ、社内を動かすための実践的な導入ステップを解説します。
ステップ1:現場の物理制約と改善ファクトを定量数値化する
「現場が忙しい」「人手が足りない」といった定性的な主張では、経営層や他部門は動きません。
まずはバース予約受付システムやWMS(倉庫管理システム)のログを活用し、トラックの荷待ち時間、ピッキング作業の歩行距離、顧客別の特急便発生回数を客観的データとして測定します。「現場を知らずデータは生きない」という森CLOの基本原則に基づき、泥臭い物理的制約を可視化することから始めます。
ステップ2:現場KPIと財務勘定科目を結ぶ逆ROICツリーを設計する
測定した現場データを、企業の財務諸表(P/LおよびB/S)の構成要素へと接続します。
- 荷待ち時間の短縮 → トラック回転率向上・待機料削減(P/L:物流費の低減)
- 需給連携による適正在庫化 → 外部倉庫保管料の削減(P/L:保管費の低減)+ 棚卸資産の圧縮(B/S:運転資本の削減)
- 自動化機器の導入 → 省人化による労務費削減(P/L:販管費削減)+ 固定資産回転率の改善(B/S:投下資本の効率化)
このように、現場のカイゼン活動が最終的にROICのどの要素を改善するかを1枚のマップに落とし込み、経営会議で提示します。
ステップ3:CLOの権限に基づき「6割の完成度」でスモールスタートする
最初から全社一斉に完璧な体制を整えようとすると、社内の利害調整で改革が停滞します。
主要な1拠点や特定の配送ルートに絞り、6割の完成度でバース予約の導入や納品リードタイムの延長を先行実施します。そこで得られたコスト削減と待機時間短縮の実績を提示し、成功モデルを他部門や取引先へ横展開していくアジャイルなアプローチが確実です。
参考記事: AGS提言|2026年4月施行のCLO義務化と装置産業化で挑む物流DX
明日から取り組むべき即時アクション
花王の森信介CLOが示した逆ROICツリーの思想は、すべての荷主企業が物流を「コストセンター」から「価値創造の源泉」へと転換するための強力な指針です。
- 自社倉庫の荷待ち時間と特急便コストのデータを抽出する
手書きの受付簿や配車実績から、待機時間と追加発生運賃を数値化し、現場の課題を客観的なファクトとして整理します。
- 現場改善KPIと財務項目(P/L・B/S)の対応表を作成する
積載率向上や動線短縮が、どの勘定科目と運転資本の圧縮につながるかを可視化するツリーを設計します。
- 特定の1ライン・1拠点に絞って条件緩和やデータ連携をスモールスタートする
完璧な合意形成を待たず、アジャイルに実行した先行成果を社内へ示すことで、全体最適への改革を加速させます。
物流を経営の主軸へと引き上げ、持続可能な企業成長を実現する第一歩を今すぐ踏み出しましょう。
出典: 日経ビジネス電子版
出典: 花王株式会社 ニュースリリース
出典: LOGISTICS TODAY
出典: LNEWS(物流ニュース)
出典: 株式会社Hacobu ニュースリリース



