トラック運送業界の賃金体系として広く定着してきた売上連動型歩合給をめぐり、労働基準法上の「出来高払制」に該当するか否かの司法判断が真っ向から分かれる事態が生じました。東京高裁が2024年5月に該当性を厳格に否定した一方、水戸地裁下妻支部は2026年2月に該当性を認める判決を下しました。
サカイ引越センター事件と大八物流事件が突きつけた対立点
運送業界において、ドライバーの売上高や運行実績に応じて支給額が変動する歩合給制度は、労働意欲の向上や人材確保のインセンティブとして活用されてきました。しかし、この歩合給が労働基準法および労働基準法施行規則第19条第1項第6号に規定される「出来高払制その他の請負制によって定められた賃金」に該当するか否かをめぐり、裁判所の判断が二立しています。
出来高払制に該当するかどうかは、時間外労働に対する割増賃金(残業代)の計算構造を決定づける最重要ポイントです。固定給であれば時間単価に対して1.25倍以上の割増率が適用されるのに対し、出来高払制として認められた歩合給部分は、すでにその時間内の基礎賃金が含まれていると解釈されるため、総労働時間で割った単価の0.25倍以上の割増率を上乗せすれば足りるとされています。このため、出来高払制の該当性が否定された場合、企業側には過去に遡って莫大な未払割増賃金の支払い義務が発生します。
出来高払制をめぐる2つの重要判決の比較
下表は、売上連動型歩合給の有効性および出来高払制該当性が争われた2つの主要な判例の対比です。
| 比較項目 | サカイ引越センター事件 | 大八物流事件 |
|---|---|---|
| 裁判所・判決日 | 東京高等裁判所(2024年5月15日判決) | 水戸地方裁判所下妻支部(2026年2月27日判決) |
| 事件番号 | 令和5年(ネ)第4464号、同第5382号 | 令和6年(ワ)第41号 |
| 争点となった給与 | 現業職の売上等に連動する業績給等 | 売上高・運送実績に連動する歩合給 |
| 出来高払制の該当性 | 否定(厳格に解釈) | 肯定(真逆の判断) |
| 主な判断理由 | 労働給付の成果(作業量・運搬距離)と賃金額が明確に連動しておらず、売上額等との相関関係にとどまる | 運送業務の実績や売上に応じた成果給としての性質を認め、出来高払制に当たると判断 |
| 判決の結論 | 会社側の控訴棄却(約950万円の未払賃金と付加金を命じた一審を支持) | 退職者の未払割増賃金請求に対し、出来高払制を前提として一部認容 |
サカイ引越センター事件の第一審(東京地裁立川支部、2023年8月9日判決)および控訴審(東京高裁、2024年5月15日判決)では、出来高払制と認められる要件として「労働者が提供した労働給付の成果そのもの」と賃金額が明確に連動している必要があると判示されました。荷主への請求金額や売上高は、作業量だけでなく営業条件や運賃相場など労働者の直接的な労力以外の要素が絡むため、売上連動給は労基法上の出来高払制には該当しないと判断されています。
一方、大八物流事件(水戸地裁下妻支部、2026年2月27日判決)では、運送実績や売上高に連動した賃金についてサカイ引越センター事件と真逆の判断が下され、出来高払制への該当性が肯定されました。同一の「売上連動型歩合給」であっても、法廷地や賃金規程の文言、運用の詳細によって判断が180度割れる実態が浮き彫りとなっています。
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サプライチェーン各プレイヤーに及ぶ波紋
司法判断のブレは、運送事業者のみならず、ドライバーの待遇やバックオフィスを支えるシステム環境にも直接的な影響を及ぼしています。
運送事業者:就業規則の抜本的見直しと財務リスクの顕在化
運送会社にとって、売上連動型歩合給が東京高裁のように出来高払制ではないと判断された場合、割増賃金の算定基礎が0.25倍から1.25倍へと跳ね上がります。これは過去3年分の未払残業代請求や労働基準法第114条に基づく付加金の支払いに発展する可能性を秘めており、中小事業者の財務基盤を直撃します。
公益社団法人全日本トラック協会の「2025年度版 トラック運送事業の賃金・労働時間等の実態」(2026年7月公表)によると、男性大型運転者の変動給のうち歩合給が44.2%を占めています。長年定着してきた給与体系が法的に否認されるリスクを回避するため、事業者は就業規則や賃金規程の総点検を行い、歩合給の算定根拠を「売上」から「走行距離・作業件数」などの明確な労働成果へ再設計するか、固定給主体の体系へシフトするかの経営判断を迫られています。
ドライバー:インセンティブ維持と割増賃金受給の公正性
ドライバー側にとっては、働いた成果に見合うインセンティブが担保されるかどうかが最大の関心事です。売上連動給は荷量や運賃が高い案件を担当するモチベーションになっていた側面がありますが、出来高払制の枠組みが崩れると、会社側が割増賃金リスクを恐れて歩合比率を大幅に引き下げる動きにつながりかねません。
一方で、長時間労働に見合う割増賃金が適正に計算されてこなかったドライバーにとっては、法的な権利救済の契機となります。成果に応じた適正な報酬と、労働基準法に則った正確な残業手当が両立する給与体系でなければ、深刻な人手不足の中でドライバーの定着を図ることは困難です。
テクノロジーベンダー:複雑化する給与計算・労務管理への対応
運送業特有の複雑な賃金計算を担う勤怠管理・給与計算SaaSベンダーには、法解釈の揺れに対応できる高度なシステム設計が求められています。歩合給の項目ごとに「出来高払制(割増率0.25)」と「通常給与(割増率1.25)」を柔軟に切り替えられるロジックの実装が必要です。
デジタコデータから走行距離や実作業時間を自動抽出し、売上金額ではなく「作業実績量」に連動した賃金計算を自動化するソリューションの需要が急速に拡大しています。
参考記事: 全ト協の調査で大型賃金39.5万円に|固定給シフトで変わる運送業界
参考記事: トラックドライバー給料推移グラフ|賃金14年で18%上昇と2026年問題の実態
LogiShiftの視点:売上連動から「作業原価連動」へのパラダイムシフト
今回のサカイ引越センター事件と大八物流事件による司法判断の二立は、運送業界における「属人的な歩合給モデル」の限界を示しています。これまでは「売上の◯%を歩合として支給し、残業代もその枠内で0.25計算する」という実務運用が慣習的にまかり通っていましたが、東京高裁の厳格解釈が示す通り、荷主との契約運賃や売上額をそのまま歩合の算定基礎に置く手法は法的な脆弱性を抱え続けています。
さらに、2028年6月までに全面施行される改正貨物自動車運送事業法の「適正原価」制度を踏まえると、企業の賃金設計は根本的な転換を迫られます。適正原価の算定式では、人件費が固定費として組み込まれる方向で議論が進んでおり、売上に応じた曖昧な歩合給は制度の趣旨と整合しにくくなります。
今後は、売上連動を名目にした出来高払制への過度な依存を脱却し、デジタルタコグラフ等で捕捉された「運行時間・作業件数・走行距離」という純粋な労働給付量に基づく明確な業績給体系へ再編するか、基本給を中心とした固定給シフトを完了させる必要があります。法的な安全性を欠いた給与体系の放置は、偶発的な労使紛争によって事業継続を断たれる重大な経営リスクにほかなりません。
参考記事: 2028年6月全面施行!国土交通省の適正原価制度で運送事業者の淘汰が加速
参考記事: 標準的な運賃の2024年改定ポイント|実務での計算・届出と荷主交渉術
まとめ:明日から自社の賃金規程を見直すための実務
司法判断が二立する現況下において、運送事業者が直ちに着手すべき対応を整理します。
- 賃金規程における歩合給の算定根拠を総点検する
自社の歩合手当が「売上高や請求額」に直接連動していないかを確認し、東京高裁の判断枠組みに照らして出来高払制として否認されるリスクの有無を社内法務や社会保険労務士と検証します。
- 割増賃金の算定ロジックと計算シートの安全性を確認する
歩合給を基礎として0.25倍で残業代を計算している場合、仮に出来高払制が否定された際の未払割増賃金の総額を試算し、潜在的な財務インパクトを可視化します。
- デジタル運行実績と連動した新賃金制度の設計に着手する
デジタコや輸配送管理システムの稼働実績データを用い、「荷役作業時間」「走行距離」「配送件数」など明確な作業成果に紐づく透明性の高い賃金体系への移行を計画的に進めます。



