現場でどれほど輸配送の効率化を試みても、営業の無理な短納期対応や工場の稼働率優先による余剰在庫が重なり、トラックの手配難と運賃高騰に苦しむ状況が続いています。味の素やアイリスオーヤマが実践する手法は、物流部門の枠を超えて調達・製造・営業の各プロセスを同期させ、サプライチェーン全体(SCM)の構造を再設計することで、こうした積載効率の低下や長時間荷待ちを根本から解消します。
味の素・アイリスオーヤマに学ぶ全体最適型SCMの基礎知識
物流の現場改善が限界を迎える最大の要因は、社内の各部門が自組織の利益や指標を優先する「部分最適(マキシマイゼーション)」に陥っている点にあります。これに対し、先進企業は調達から製造、販売、配送に至る商流全体を同期させる「全体最適(オプティマイゼーション)」へと舵を切っています。
部分最適から全体最適への転換構造
多くの企業において、営業部門は売上目標を追うために納品リードタイムの短縮や多頻度小口配送を請け負い、製造部門は製造原価を下げるために工場の高稼働率を維持して大量の見込み生産を行います。その結果として生じる出荷波動の偏りや過剰在庫、突発的な配車要請のしわ寄せが物流現場に集中し、車両の実車率や積載率を低下させています。
全体最適型SCMでは、物流を単なる「荷物の運搬作業」ではなく「経営戦略の中枢インフラ」と位置づけます。配送網の積載上限や運行ダイヤを起点として、営業の受注締め切り時刻や工場の生産スケジュールを逆算して設計します。
【従来の部分最適構造】
[製造部門] 稼働率優先の大量生産・ロット出荷
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[営業部門] 顧客獲得優先の即日納品・小口配送約束
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[物流部門] 突発的な配車手配・低積載運行・長時間の荷待ち(歪みの集中)
【全体最適(オプティマイゼーション)構造】
[物流統括管理者(CLO)]
│ 全社ルールの是正・改善指示
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[調達・製造] [営業・販売] [物流・運行]
出荷能力に 受注条件の 実車率向上と
合わせた生産 平準化・統一 荷待ちゼロの実現
先進2社が構築したSCMの独自モデル
味の素とアイリスオーヤマは、異なる事業ドメインでありながら、自社の枠組みや部門間の壁を取り払ったSCMモデルを確立しています。
味の素:競合企業と物流網を共有する「F-LINE」モデル
味の素は、カゴメ、日清オイリオグループ、日清製粉ウェルナ、ハウス食品グループ本社、Mizkanの大手食品メーカーと連携し、2017年に「F-LINE株式会社」を設立しました。
食品業界では、各社が同じ配送先(卸や量販店の物流センター)に対して個別にトラックを走らせており、納品バースの渋滞や積載率の低下が共通の課題となっていました。味の素は「商品開発や販売は競争領域だが、配送インフラは協調領域である」と定義し、競合他社と拠点を統合した共同輸配送網を構築しました。納品伝票や外装サイズ、パレット規格の標準化を進めたことで、1台あたりの積載効率を大幅に引き上げています。
アイリスオーヤマ:「メーカーベンダーシステム」と拠点自動化
アイリスオーヤマは、製造業(メーカー)と卸売業(ベンダー)の機能を自社で一貫して担う「メーカーベンダーシステム」を運用しています。
全国の主力工場に大型自動倉庫を併設し、消費地から半径100~300km圏内をカバーする配送拠点を配置しました。大河原工場をはじめとする各拠点には、総投資額約40億円規模の自動倉庫やケースコンベアシステムを配備し、パレットの仕分けや構内搬送を無人化・自動化しています。工場での生産完了と同時に自動倉庫へ格納し、出荷指示に合わせてトラックへ直結させることで、トラックドライバーの荷待ち時間をほぼゼロに抑える体制を整えています。
参考記事: アイリスオーヤマに学ぶ年9万トン基準と物流統括管理者の勝ち筋
2026年4月施行の改正物流効率化法と全社連携の必然性
部分最適から全体最適への移行は、企業の自主的な改善活動にとどまらず、法規制の面からも義務付けられています。
年間取扱貨物量9万トン以上の「特定荷主」に対する法的義務
2026年4月1日より全面施行された改正物流効率化法(物資の流通の効率化に関する法律)により、一定規模以上の貨物を取り扱う事業者に対する規制が大幅に強化されました。前年度の取扱貨物重量(トラック輸送分)が年間9万トン以上となる荷主企業は「特定荷主」に指定されます。対象は自社製品を出荷する第一種特定荷主(発荷主)、原材料や仕入製品を引き取る第二種特定荷主(着荷主)、フランチャイズ本部等の特定連鎖化事業者の3区分にわたります。
特定荷主に課される法的措置は以下の3点です。
- 物流統括管理者(CLO)の選任届出: 役員・執行役員クラスの責任者を任命し、国へ届け出る義務
- 中長期計画の策定・提出: 荷待ち時間の短縮や積載効率の向上に向けた5カ年計画の作成
- 定期報告書の提出: 計画の進捗状況および実測データを毎年度国へ報告する義務
国土交通省の試算によると、対象企業は国内で約3,200社(実数約2,100社)に上り、これらの企業群だけで国内トラック輸送貨物量の約5割を占めています。
| 項目 | 努力義務フェーズ(2025年4月〜) | 本格施行・義務化フェーズ(2026年4月〜) |
|---|---|---|
| 対象企業 | 全国の荷主・物流事業者 | 年間取扱貨物量9万トン以上の特定荷主 |
| 責任者の配置 | 担当者の配置(努力義務) | 役員級CLOの選任・届出(法的義務) |
| 計画策定 | 荷待ち短縮・積載率向上の配慮 | 中長期計画の作成・提出(法的義務) |
| 罰則規定 | 行政指導・助言の対象 | 勧告・是正命令・社名公表・最大100万円の罰金 |
従来の物流部長と役員級CLOにおける権限の違い
特定荷主に選任が義務付けられたCLO(Chief Logistics Officer)は、従来の物流部長とは権限と職責が根本から異なります。物流部長の管轄が倉庫オペレーションや運賃交渉といった部門内の実務管理にとどまっていたのに対し、CLOは調達、製造、営業、販売を含む全社サプライチェーンを統括します。
| 比較項目 | 従来の物流部長 | 物流統括管理者(CLO) |
|---|---|---|
| 役職・階層 | 部長級(現場オペレーション責任者) | 役員・執行役員クラス(経営意思決定者) |
| 管轄領域 | 物流部門・委託先倉庫の運用 | 調達・生産・営業・販売・物流の全工程 |
| 評価指標 | 部門内の物流コスト削減(単年PL視点) | サプライチェーン全体の持続可能性・資産効率 |
| 越境権限 | 他部門への要請・相談にとどまる | 営業条件の改定、生産・納品計画の変更命令 |
| 法的責務 | なし | 主務大臣への選任届出、定期報告の作成・提出 |
AIや動態管理システムで荷待ちの発生要因や積載率の低下を可視化しても、営業が顧客の「午後納品指定」を譲らなかったり、工場が「前倒し出荷」に応じなかったりすれば改善は進みません。CLOは経営陣としての権限を行使し、部門間の利害対立を調停して取引慣行の改定を実行する役割を担います。
参考記事: 改正物流効率化法で年9万トン荷主にCLO義務化|営業ルールの改定権限を付与
2030年に予測される輸送力不足とコスト増加の試算
2024年4月に適用されたトラックドライバーの時間外労働上限規制(年960時間)に加え、就業者の高齢化が進行しています。国土交通省等の試算によると、非効率な商習慣を放置した場合、2030年度には国内の輸送能力の約34%が不足し、全国で約9億トン相当の貨物が運べなくなる恐れが指摘されています。
さらに、運賃や荷役費の上昇に伴い、2030年の輸送コストは2022年比で34%増加し、荷主企業の営業利益率を大きく圧迫すると試算されています。物流部門単独のコスト削減交渉は限界に達しており、全社を挙げたサプライチェーンの合理化が不可避となっています。
参考記事: 物流総括管理者設置義務とは?2026年施行に向けた選任基準と企業が備えるべき実務対策
部門横断の物流改革がもたらす定量的・定性的メリット
調達、製造、営業が物流データを共有し、全社でサプライチェーン最適化に取り組むことで、輸送効率の改善と事業リスクの低減が実現します。
定量的な効率化効果
全社で物流制約に合わせた業務運用を導入した場合、トラック1運行あたりの稼働効率が直接的に向上します。
- 積載効率の大幅な改善: 営業部門が発注ロットの単位をパレット単位や満車単位へ改定することで、国土交通省が掲げる目標値(積載効率50%への引き上げ)の達成が可能になります。
- 荷待ち・荷役時間の削減: トラック予約受付システム(バース予約)と工場の出荷スケジュールを連動させることで、平均1時間34分発生していた荷待ち時間を大幅に短縮し、アイリスオーヤマの事例のように待機時間「ほぼゼロ」を達成できます。
- 運行車両台数の削減: 味の素などのF-LINEモデルに見られる共同输配送やルート集約により、同一納品先への重複運行を排除し、運行車両数を2〜3割削減できます。
定性的な経営インパクト
法令遵守にとどまらず、事業継続性を高める副次的な効果が生じます。
- 運送事業者から選ばれる荷主への転換: ドライバーの拘束時間を短縮し、附帯作業を排除した荷主は、実運送事業者から敬遠されず、輸送力逼迫下でも優先的に車両が割り当てられます。
- 法令違反に伴う信用リスクの排除: 中長期計画の未提出や是正命令違反による「社名公表」「最大100万円の罰金」といった行政処分を確実に回避できます。
- サプライチェーン全体の在庫圧縮: 調達・製造・販売がリアルタイムでデータを同期させることで、営業部門が抱え込んでいた安全在庫が適正化され、運転資本(キャッシュフロー)が改善します。
各部門が負うべき役割と得られる効果は以下の通りです。
| 部門 | 改革前の課題 | SCM連携後の取り組み | 部門にもたらされる効果 |
|---|---|---|---|
| 調達部門 | 原材料の突発納入による入荷渋滞 | 入荷時間枠の事前分散予約 | 工場構内の受入業務平準化 |
| 製造部門 | 倉庫スペースを圧迫する大量生産 | 物流出荷能力と同期した生産計画 | 保管スペース逼迫の解消 |
| 営業部門 | 締め切り直前の当日受注・即日配送 | リードタイム延長と発注ロット統一 | 納品トラブル・欠品の抑制 |
| 物流部門 | 急な手配・低積載・運賃高騰 | 共同配送の運用と計画配車 | 車両確保の安定化・コスト低減 |
参考記事: 改正物流効率化法で2000人超のCLO誕生|特定荷主の選任義務と罰則
物流部門以外を巻き込むSCM改革の導入4ステップ
全社を巻き込んだ物流改革を成功させるためには、形骸化しやすい委員会の設置で終わらせず、評価制度や業務プロセスの改定に踏み込む必要があります。
ステップ1:経営直下でのSCM横断ガバナンスの立ち上げ
CLOを中心として、調達・製造・営業・経営企画の責任者が参画する「サプライチェーン統括委員会」を常設組織として組成します。
- 専任事務局の設置: 物流部門の担当者だけでなく、経営企画や生産管理の担当者を加えたタスクフォースを編成します。
- 部門横断KPIの導入: 営業部門の評価指標に「売上高」だけでなく「満車積載率」や「リードタイム遵守率」を組み込み、製造部門の指標に「物流拠点への出荷平準化率」を設定します。各部門が物流効率化に協力する人事評価上の動機付けを行います。
ステップ2:営業取引条件と納品ルールの再設計
現場の物流負荷を生み出している最大の要因である商慣習を見直します。
- 発注締め時間の前倒しとリードタイムの延長: 受注から納品までのリードタイムを「当日翌朝納品」から「翌々日以降納品」へと緩和し、計画配車を行える時間を確保します。
- 納品単位の標準化: バラ積み・バラ降ろしを禁止し、JIS規格パレット(11型:1,100mm×1,100mm)を採用したパレット単位納品を取引条件に明記します。
- 価格体系への反映: 小口多頻度発注に対しては配送付加料金を適用し、まとまったロットでの発注には値引きを設定するなど、顧客側にも平準化を促すインセンティブを設計します。
ステップ3:データ連携基盤による製造・物流プロセスの同期
工場や倉庫の稼働データを可視化し、関係者間で共有するシステム基盤を整備します。
- バース予約受付システムの全拠点導入: トラックの到着時刻を時間帯ごとに予約管理し、特定時間への車両集中を防ぎます。
- 輸配送管理システム(TMS)と基幹系システム(ERP)の連携: 受注データから配送ルートや必要車両数を自動算出し、工場の出荷ピッキング作業と同期させます。
- 運送事業者との動態データ共有: 実運送事業者のデジタルタコグラフやGPS動態データを取り込み、荷待ち時間の実績を行政への定期報告フォーマットへ直結させます。
参考記事: 国土交通省など3省が特定荷主の中長期計画作成要点を公開|10月末提出に対応
ステップ4:他社とのアライアンスと協調領域の拡大
自社単独での積載率向上に限界がある場合、同業他社や同一納品先を持つ異業種との協調を進めます。
- 納品先の重複する企業との共同配送: 味の素のF-LINEのように、同一地域内の卸や小売店舗へ配送しているメーカー同士で荷物を合積みし、積載効率を高めます。
- 幹線輸送のモーダルシフト: 長距離輸送区間においては、貨物鉄道や内航海運、自動運転トラックを活用した中継輸送網へとシフトし、長距離運行ドライバーの負担を排除します。
【全社SCM改革の導入ロードマップ】
[ステップ1: 体制整備]
役員級CLOの選任 ── サプライチェーン統括委員会の設置 ── 部門横断KPIの設定
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[ステップ2: 商慣習是正]
発注締め時間の前倒し ── リードタイム延長 ── パレット化・取引約款改定
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[ステップ3: データ同期]
バース予約システム導入 ── TMS・ERPデータ連携 ── 動態データの自動蓄積
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[ステップ4: 外部連携]
同業・異業種との共同輸配送 ── 幹線モーダルシフト ── プラットフォーム化
社内展開を成功させるための実践アクション
改正物流効率化法への対応や輸送力不足の回避は、物流担当部署の努力だけで達成できる課題ではありません。経営層、営業部門、製造部門が一体となり、事業戦略の根幹としてサプライチェーンを再設計する体制が求められます。
- 自社の取扱貨物量と拠点別荷待ち時間の算出
まずは前年度のトラック輸送貨物重量を精査し、年間9万トン基準への該当有無を確認します。同時に、主要な工場や物流センターにおけるトラックの滞在時間、荷待ち時間、平均積載率の実態数値をデジタルデータで集約します。
- 役員級CLOの選任と営業・製造ルールの見直し着手
事業運営上の決定権を持つ役員をCLOに任命し、主務大臣への届出手続きを進めます。選任されたCLOの指揮のもと、営業の納品リードタイムや工場の出荷締め切り時刻について、物流負荷を軽減するための是正計画を策定します。
- 取引先および同業他社との協調輸配送の検討
自社拠点内でのバース予約やパレット化を進めるとともに、納品先が重なるパートナー企業との荷合わせや共同配送の可能性を協議し、中長期計画へ具体的な数値目標として落とし込みます。



