政府は2026年10月23日、海上貿易で貨物の引き渡し請求権を表す船荷証券(B/L)を電子データで授受できるようにする商法改正案を閣議決定した。英国やシンガポールなど主要海運国の法制化に追随する措置であり、今国会での法案成立を経て2027年度中の施行を目指す。
船荷証券(B/L)電子化を巡る商法改正の全容と経緯
船荷証券(Bill of Lading:B/L)は、運送人が荷主から貨物を受領したことを証明し、荷揚地において証券の正当な所持者に対して貨物を引き渡すことを約束する有価証券である。従来の商法および国際海上物品運送法は紙媒体の証券発行・交付を前提としており、裏書や手渡しといった物理的な移転手続きが義務付けられていた。今回の法改正は、この「紙の原本性」に基づく法体系を刷新し、電磁的記録による船荷証券の流通を法的に認めるものである。
新設される法的概念と法改正の要点
改正案では、国際的な法規範である国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)の「電子的移転可能記録モデル法(MLETR)」を参考に、紙の船荷証券と同様の効力を持つ法概念が盛り込まれた。紙の物理的占有や交付を電子データ上で再現するため、以下の仕組みが新設される。
| 従来の紙ベースの概念 | 新設される電子データの概念 | 法的な機能・実務上の定義 |
|---|---|---|
| 船荷証券(紙原本) | 電子船荷証券記録 | 指定のプラットフォーム等に保存される貨物引渡請求権の電磁的記録 |
| 証券の占有・所持 | 電子船荷証券記録の支配 | システム上で特定者のみが処分・譲渡権限を行使できる排他的な状態 |
| 証券の交付・引渡し | 電子船荷証券記録の提供 | システムを介して権利の支配権を相手方のアカウントに移転する行為 |
| 裏書譲渡 | 電子裏書 | 電子署名等を付与し、電磁的記録の譲渡履歴と権利移転を記録する行為 |
| 紙と電子の併用対応 | 相互転換規定 | 実務の移行期を考慮し、電子記録から紙、紙から電子への転換を可能にする規定 |
この法整備により、システム上で記録された「電子船荷証券記録」を「支配」することが、従来の「紙の船荷証券の所持」と同等の対抗要件や権利行使能力を持つことになる。また、一部の国や取引先が電子化に対応していない過渡期の実務を支えるため、紙原本と電子データの相互転換手続きも法的に担保される。
2021年の規制改革から閣議決定に至る時系列
国際海上コンテナ物流において、主要船社が加盟するDCSA(Digital Container Shipping Association)は2030年までに電子船荷証券(eBL)の採用率を100%にする目標を掲げている。日本国内でも紙のB/L処理に伴う貨物滞留やコストが問題視され、産業界と関係省庁による制度改革が進められてきた。
| 年月 | 出来事 | 主な内容・審議項目 |
|---|---|---|
| 2021年6月 | 規制改革実施計画の閣議決定 | 船荷証券の電子化に向けた制度設計等の調査審議推進を明記 |
| 2022年2月・4月 | 法制審議会に部会設置 | 諮問第121号に基づき商法(船荷証券等関係)部会を設置し、法制化の検討を開始 |
| 2023年3月 | 中間試案の取りまとめ | 電子船荷証券記録の「支配」要件や第三者対抗要件に関する骨子を公表 |
| 2024年6月 | アクションプラン策定 | 関係省庁が「貿易手続デジタル化に向けたアクションプラン」を公表 |
| 2024年9月 | 法制審議会が改正要綱採択 | 「商法(船荷証券等関係)等の改正に関する要綱」を法務大臣に答申 |
| 2025年12月 | 貿易コンソーシアムの要望書提出 | TradeWaltzを事務局とする企業連合が法務大臣へ早期法改正を要望 |
| 2026年8月 | 日本貿易DX協会による早期成立要望 | アジア近隣国からの輸入における貨物滞留・保証費用問題を挙げ、次期国会での成立を要請 |
| 2026年10月 | 商法改正案の閣議決定 | 政府が改正案を閣議決定。2027年度中の施行を目標に設定 |
山下法務大臣は閣議後会見において「貿易コストの削減や業務の効率化が期待される。速やかに成立するよう法務省としても力を尽くす」と表明した。紙の原本到着遅延による港湾での保管料や保証状(L/G)発行に伴う銀行手数料、国際宅配便(クーリエ)費用など、業界団体が指摘してきた具体的なコストの削減が法改正の主眼となっている。
参考記事: BL(船荷証券)とは?3つの役割やMaster/Houseの違い、電子化まで分かりやすく解説
電子B/L解禁が貿易サプライチェーン各層にもたらす実務変化
船荷証券の電子化が法的に認められることで、荷主企業、フォワーダーや船社、ITプラットフォーマーのオペレーションとコスト構造には直接的な変化が生じる。
運送事業者・フォワーダー:書類到着待ちによる貨物滞留とL/G実務の解消
国際海上運送を担う船会社や利用運送事業者(フォワーダー)において、最も劇的な改善が見込まれるのが近隣国(中国、韓国、台湾、東南アジアなど)航路における貨物引渡オペレーションである。
これらの短距離航路では、コンテナ船が日本の港に到着するまでの日数が2〜4日程度と極めて短い。一方、紙のOriginal B/L(原本)は、現地船社での発行、輸出者への手渡し、銀行経由での買い取り・送付、輸入者への国際宅配便送付という物理的経路をたどるため、貨物が港に到着しても原本が届かない「書類遅延(ドキュメント・ラグ)」が常態化していた。
原本がない状態で貨物を引き取るため、輸入者は銀行に手数料を支払って信用状保証状(L/G:Letter of Guarantee)を開設し、船会社に差し入れる実務を余儀なくされていた。電子B/Lが施行されれば、システム上の権利移転操作が数分から数時間で完了するため、原本到着待ちによるコンテナヤードの貨物滞留、超過保管料(デマレージ)、L/G発行手数料の負担が一挙に解消される。船社側にとっても、紙のB/L原本回収・照合業務やL/Gの管理・保管リスクが消失し、カウンター業務の大幅な削減につながる。
製造業者・荷主企業:調達リードタイムの短縮と貿易金融の資金化サイクル迅速化
海外から原材料や部品を調達する製造業、製品を輸出するメーカーにとって、電子B/Lの導入はサプライチェーン全体のリードタイム短縮とキャッシュフロー改善に寄与する。
従来の紙取引では、B/L原本の紛失リスクに備えて「フルセット(通常3通原本)」を発行し、航空便を分けて発送するなどの厳重な管理が行われていた。万一紛失した場合は、貨物価格の100〜130%相当の担保金を銀行に長期間差し入れるなどの重大な財務リスクを負う必要があったが、電子記録化によって原本紛失のリスクそのものが排除される。
さらに、為替手形や信用状(L/C)を伴う荷為替取引において、輸出企業は船積完了後に電子船荷証券記録を即座に取引銀行へ提供できるようになる。銀行側の書類審査や船積書類の送付がデータ連携で完結するため、輸出企業は船積みから代金回収までの期間を大幅に短縮できる。輸入企業側も、貨物到着と同時に権利移転を受けて即座に通関・引き取りへ移行できるため、工場の生産ラインに向けた調達の確定精度が向上し、安全在庫の圧縮が可能となる。
参考記事: 輸出入管理システムとは?基礎知識から業務効率化のメリット・選定ポイントまで解説
SaaS・テクノロジーベンダー:貿易DX基盤の需要拡大とAPI連携の加速
商法改正によって「電子船荷証券記録」が法的権利を持つ対象として定義されることで、貿易DXプラットフォームを提供するテクノロジーベンダーの市場環境は大きく変化する。
これまでの電子B/L実務は、特定プラットフォーム(TradeWaltz、Bolero、edoxOnlineなど)の利用規約に基づき、参加者間でのみ合意形成を行う「契約ベース(Club Rule)」で運用されていた。今後は国内法に準拠した電子B/Lサービスとして提供可能となるため、法的な曖昧さを懸念して導入を見送っていた大手荷主や金融機関の参入障壁が取り払われる。
ベンダー側には、法務省令などで定められる「電磁的記録の支配」を満たす厳格なセキュリティ要件、非改ざん性を担保するブロックチェーン基盤の実装、ERPや港湾関連システム(Cyber Port、NACCS)とのAPI連携機能が強く求められることになる。
参考記事: 物流ブロックチェーンとは?基礎知識から導入メリット、最新事例まで完全ガイド
電子B/L法制化で問われるプラットフォーム相互接続と業務標準化
今回の商法改正案閣議決定は、長年にわたり紙の原本移転に拘束されてきた国際貿易インフラが、完全なデータドリブン運用へと切り替わる転換点である。しかし、法整備が完了したとしても、自動的にサプライチェーン全体が効率化するわけではない。
直面する課題は「電子船荷証券プラットフォームの相互運用性(インターオペラビリティ)」の確保である。世界にはすでに複数の電子B/Lプラットフォームが存在するが、輸出者、輸入者、船会社、銀行の双方が同一のシステムを利用していなければ、データの授受や権利移転が行えないという分断が生じやすい。
主要船社が推進するDCSAのオープン標準APIや、国連モデル法(MLETR)に準拠したデータ交換基準を各システムがどこまで共通化できるかが、普及の鍵を握る。企業にとっては、自社が導入する貿易管理システムが閉じたネットワークではなく、外部プラットフォームや銀行システムと柔軟にデータ接続できるアーキテクチャを備えているかの見極めが不可欠となる。
2027年度の制度施行に向けて明日から着手すべき実務対応
2027年度中の施行に向けて、貿易に関わる事業者は以下の3点について社内検討と準備に着手する必要がある。
- 近隣国輸入におけるL/G発行・デマレージ発生頻度の棚卸し
自社取引のうち、中国や東南アジア航路で紙B/Lの到着待ちによりL/G差し入れや保管料が発生している取引ルートを洗い出し、電子B/L化によるコスト削減効果を試算する。
- 取引先銀行および利用船社・フォワーダーの電子B/L対応方針のヒアリング
為替取引を行う主力銀行の電磁的記録取扱い方針や、提携先フォワーダーがどの電子プラットフォーム(TradeWaltzや船社独自システム等)の導入を計画しているかを確認する。
- 社内貿易管理システム(輸出入システム・ERP)のAPI連携要件の整理
将来的に「電子船荷証券記録」のステータス変更や裏書処理を基幹システムと連動できるよう、既存システムのデータ連携仕様と改修ロードマップを点検する。
出典: Infoseekニュース
出典: TBS NEWS DIG
出典: 法務省
出典: 一般社団法人日本貿易DX協会
出典: LOGISTICS TODAY



