国土交通省が主導するトラック運送業の「適正原価検討会」は、2026年10月開催予定の第4回会合において制度設計の骨子となる「論点整理」を取りまとめる方針を示しました。2028年6月までの全面施行を前に、運賃下限の基準となる実車率の設定や距離制タリフの算定式を巡り、荷主団体からの意見表明が先行する一方で現場を担う運送側の実態反映が求められています。
第4回適正原価検討会で進む「論点整理」の経緯と審議スケジュール
2025年6月11日に公布された「貨物自動車運送事業法の一部を改正する法律(トラック適正化二法)」に基づき、国土交通省は法令遵守に必要な最低限の原価を定める「適正原価」の制度設計に着手しています。検討の場である「適正原価の設定に向けた有識者検討会」は、2026年7月の第1回開催以降、月1回ペースで議論を重ねてきました。
トラック適正化二法の成立から論点整理に至る時系列
適正原価は、2028年6月までに導入される「事業許可の5年更新制」と連動し、基準を下回る運賃での継続取引に対して事業許可の更新拒否が適用される強制力を持ちます。2026年10月の第4回会合で論点整理が行われた後、年内の提言取りまとめに向けた工程が進められています。
| 時期・年月 | 決定事項・政策動向 | 検討会および業界の動き |
|---|---|---|
| 2025年6月11日 | トラック適正化二法の公布 | 適正原価制度の創設と事業許可5年更新制が確定 |
| 2026年4月 | 多重下請け是正規制の施行 | 実運送体制管理簿の作成義務化などが先行適用 |
| 2026年7月17日 | 第1回 適正原価検討会 | 山内弘隆座長のもと、算定方式や骨格の議論を開始 |
| 2026年8月26日 | 第2回 適正原価検討会 | 全ト協や労働組合、荷主団体へのヒアリング実施 |
| 2026年10月1日 | 第3回 適正原価検討会 | 経団連、全国通運連盟、日本新聞協会が意見表明 |
| 2026年10月中 | 第4回 適正原価検討会(予定) | 国交省が制度設計に向けた「論点整理」を取りまとめ |
| 2026年12月 | 提言取りまとめ(予定) | 算定式や実車率の取り扱い基準の最終確定 |
| 2028年6月まで | 適正原価制度の全面施行 | 基準未達取引の継続に対して許可更新拒否を適用 |
参考記事: 2028年6月全面施行!国土交通省の適正原価制度で運送事業者の淘汰が加速
検討会で浮上した「実車率」と「距離制タリフ」の対立点
検討会において最大の争点となっているのが、運賃算定の基礎となる「実車率」の扱いです。現行の「標準的な運賃」は、復路に荷物がない片道運行(実車率50%)を前提に、復路で生じる人件費や燃料費などの運行コストを往路の運賃に組み込む構造をとっていました。
これに対し、適正原価の算定において復路コストを切り離し、走行実績に連動した実車率を代入する方式へ変更された場合、距離ごとの運賃単価が大幅に下落する試算が示されています。
| 比較項目 | 標準的な運賃(現行告示) | 適正原価(制度設計案) | 制度上の主な相違 |
|---|---|---|---|
| 前提となる実車率 | 50%(復路コストを往路に内包) | 実績連動(復路コストの除外を検討) | 算定基礎の変更による単価減 |
| 近畿10t車・500km運賃 | 16万2,120円(324円/km) | 10万5,000円(210円/km)※試算値 | キロ単価で約35%(114円)減少 |
| 利益(事業報酬)の扱い | 能率的な経営原価+適正利潤 | 適正な利潤を一切含まない最低原価 | 推奨値から下限規制(フロア)へ |
| 法的拘束力 | なし(参考指標・努力義務) | あり(下限割れ継続で許可更新拒否) | 違反者への市場退場処分を規定 |
| 提示形式 | 距離・時間別のタリフ(運賃表) | 実績値を代入する「算定式」 | 実績データ入力による個別算出 |
第3回検討会では、日本経済団体連合会(経団連)が2024年度の実車率実績として「63.43%」というデータを提示し、車格別や運行形態に応じた柔軟な設計を要請しました。また、日本新聞協会など出版・新聞関係7団体は、専用車両による深夜・早朝運行のため帰り荷の確保が難しく、往復コストの全額負担が義務化されると運賃が約2倍に達するとして、2026年10月8日に大臣宛てで段階的導入や猶予期間を求める要望書を提出しています。
荷主側の意見表明が相次ぐ一方で、復路貨物を自社で確保できない中小実運送事業者からは、下落したタリフが一人歩きして適正な運賃収受が困難になることへの懸念が強まっています。
参考記事: 国土交通省の適正原価制度、運賃2倍懸念の新聞業界が猶予を要請
参考記事: 国土交通省の適正原価、標準運賃比35%減試算で下限タリフ210円へ
サプライチェーン各層が直面する制度設計の論点
適正原価検討会が「論点整理」の段階へと入る動きは、実運送事業者、荷主企業、行政当局のそれぞれに異なる課題を突きつけています。
実運送事業者:復路コスト除外によるキロ単価下落リスク
全日本トラック協会の報告によると、トラック運送事業者の95%以上は中小零細事業者で構成されています。国交省が2026年8月に公表した調査では、標準的な運賃を活用して交渉した事業者が90%に上るものの、告示運賃の8割以上を収受できている事業者は35%にとどまり、53%の事業者が「5〜7割」の水準で受注している実態が明らかになりました。
適正原価が利潤を含まない下限値として設定される際、実車率基準の見直しによってキロ単価が210円(近畿10トン車500km運行の試算)のように低く設定された場合、荷主側から「国の公認価格」として扱われる危険性があります。さらに、中小運送事業者の23%が自社の原価計算を行えていない実態もあり、自社の運行実績データを根拠として主張できなければ、下限の最低原価で固定化されるリスクを負うことになります。
参考記事: 国交省標準運賃、53%が収受5〜7割止まりで強制力欠如が課題
製造業者・荷主企業:実車率向上と輸送形態別の柔軟な原価反映要請
荷主企業や製造業側は、適正原価の法制化に伴う輸送コストの急激な増加を警戒しています。経団連が求めている車格別実車率の導入や、帰り荷確保による効率化成果の運賃への反映は、実車率を一律に固定化されることによるコスト負担増を回避する狙いがあります。
一方で、専用便や定時便を利用する荷主企業は、復路を自社運行で埋められない場合、実車率50%ベースの往復コストを請求されるか、適正原価制度に適合する新たな共同輸配送スキームの構築を迫られます。単なる運賃引き下げ交渉はトラック・物流Gメンによる是正指導の対象となるため、荷待ち時間の削減や検収作業の効率化など、運送側の拘束時間を削る合理化策を提示することが取引維持の条件となります。
行政・規制当局:事業許可更新制と連動する下限規制の実効性担保
国土交通省は、市場における運賃ダンピングを法的に抑止するため、利潤を含まない「適正原価」を下限規制とし、荷主との交渉の目安として適正利潤を乗せた「モデル運賃」を提示する二層構造の制度設計を進めています。
行政当局にとっての課題は、荷主企業の事業継続に配慮しつつ、いかにドライバーの賃金原資となる運賃水準を法的に担保するかという点にあります。適正原価の基準を下げすぎれば法令違反を防ぐ実効性が失われ、高すぎれば荷主側の反発を招いて物流網の維持が難しくなるため、第4回会合で示される論点整理の内容が制度の実効性を左右します。
参考記事: 国土交通省が2028年6月適正原価を全面施行、取引見直しが必須に
LogiShiftの視点:適正原価の制度化がもたらす取引構造の転換
トラック運送業界の運賃決定メカニズムは、個別の力関係や市場相場に依存した曖昧な交渉から、国が算定式と基準値を定める客観的な「適正原価」を基準とした透明性の高い枠組みへと移行しています。
今回の適正原価制度において決定的な点は、提示形式が固定的なタリフ一覧表から、走行距離、稼働時間、実車率などの実績データを代入する「算定式」へとシフトする点です。これは、運送事業者が自社の運行データを把握していなければ、自社の正当な原価を主張することも、下限割れの不当性を立証することもできない仕組みになることを意味します。
経団連や出版・新聞関係団体が活発に意見書を提出し、荷主側の実態に合わせた制度緩和を働きかけている現在、実運送事業者が声を上げなければ、制度の前提条件が荷主側の運行データや実車率実績(63.43%など)に引き寄せられて確定する可能性があります。
復路の貨物が確保できない実運送の運行実態や、待機時間・付帯作業にかかる実際のコスト構造を、業界団体や行政ヒアリングを通じて公式な論点整理の場へインプットすることが求められています。
参考記事: 国土交通省の実車率50%見直し、新タリフ最大半額で収益悪化に直結
まとめ:明日から自社原価の可視化と制度動向の把握に着手する
適正原価の論点整理が本格化する中で、実運送事業者の経営層および運行管理者は、制度の決定を待つのではなく先行して運行コストを客観的に証明できる体制を整える必要があります。
- デジタルタコグラフ等の運行データから自社の実車率と走行距離を算出する
車両ごとに往路と復路の積載実態を把握し、自社の運行が実車率50%に近いのか、帰り荷を確保できているのかを客観的な数値として集計します。
- 待機時間料や付帯作業費を運賃本体と明確に区分して記録する
適正原価の算定式では料金原価が独立して扱われるため、荷待ち時間や手積み・手降ろしの実績時間を日報からデータ化し、証拠として残します。
- 2026年10月に国交省が公表する検討会の論点整理資料を確認する
第4回適正原価検討会で示される算定基準や実車率の取り扱い方針を精査し、自社の運行形態にどのような影響が及ぶかを試算します。
出典: 物流ウィークリー
出典: 国土交通省 報道発表資料
出典: 読売新聞



