日本経済団体連合会や日本商工会議所など主要経済5団体は、2026年10月19日に開催された国土交通省の第4回「適正原価の設定に向けた有識者検討会」において、適正原価制度の運用に関する意見書を共同で提出しました。
意見書では、2028年6月に施行される適正原価制度の実効性を確保するため、適正原価を下回る運賃収受を継続して行う場合の明確な定義付けと、荷主側がサプライチェーン全体で価格転嫁を行える環境整備が不可欠であると表明しています。
経済5団体が意見書で求めた適正原価運用の要件と制度化のスケジュール
2026年10月19日の第4回検討会にオブザーバーとして意見書を提出したのは、日本経済団体連合会、日本商工会議所、全国中小企業団体中央会、全国商工会連合会、全国農業協同組合中央会(JA全中)の5団体です。
発注側である荷主企業や中小企業、農業関係者を網羅する経済界の代表が、トラック適正化二法(改正貨物自動車運送事業法)の中核である適正原価制度の具体的な設計について、政府に対して明確な要望を取りまとめました。
提出された意見書の骨子は以下の3点に集約されます。
- サプライチェーン全体での価格転嫁の仕組み構築: 適正原価の実効性を担保するためには、荷主企業が自社の取引先や最終消費者にコストを転嫁できる市場環境の整備を前提とすること
- 「継続して行う場合」の客観的定義: 処分対象となる「適正原価を下回る運賃・料金の収受を継続して行う場合」について、恣意的な運用を防ぐ明確な基準を設けること
- 算定要素の政策的限定: 原価の構成要素となる「輸送の安全確保に必要な経費」や「事業継続投資の原資」は、荷主と運送事業者の双方に配意し、政府が政策的に明確かつ具体的に推進している事項に限定すること
適正原価制度を巡るこれまでの審議経緯
トラック適正化二法に基づく適正原価制度は、2025年6月の公布以降、月1回ペースで有識者検討会が重ねられてきました。荷主業界と運送業界の双方が納得する算定基準と運用ルールの策定に向け、以下の工程で議論が進んでいます。
| 時期 | 政策・制度の動き | 主な審議内容と業界団体の動向 |
|---|---|---|
| 2025年6月11日 | 改正貨物自動車運送事業法公布 | 適正原価の法制化と事業許可5年更新制の導入が確定 |
| 2026年7月17日 | 第1回 適正原価検討会 | 算定式アプローチの提示、実車率基準見直しの議論着手 |
| 2026年8月26日 | 第2回 適正原価検討会 | 全日本トラック協会、日本商工会議所、JA全中等へのヒアリング |
| 2026年10月1日 | 第3回 適正原価検討会 | 経済団体連合会が車格別実車率を提案、運輸労連等が要望 |
| 2026年10月8日 | 出版・新聞7団体の要望書提出 | 日本新聞協会等が深夜専用便の特性を踏まえた猶予期間を要請 |
| 2026年10月13日 | 国土交通大臣閣議後会見 | 2028年6月施行の維持と、2030年度許可更新に向けた段階的導入を表明 |
| 2026年10月19日 | 第4回 適正原価検討会 | 経済5団体が連名で意見書提出、経済産業省が効率化インセンティブ維持を指摘 |
| 2026年12月(予定) | 有識者検討会の提言取りまとめ | 算定式の基本構造および実車率・安全経費の算入基準を確定 |
| 2028年6月まで | 適正原価制度の施行 | 違反事業者への是正指導等を開始 |
| 2030年度初頭 | 事業許可更新申請の受付開始 | 適正原価割れ継続取引に対する許可更新拒否の本格適用 |
参考記事: 国交省、8月26日に適正原価検討会を開催!6団体聴取で取引見直しへ
制度施行と事業許可更新制のタイムライン
2026年10月13日の閣議後会見において、井林辰憲国土交通大臣は、出版・新聞業界などから寄せられていた施行猶予の要請に対し、議員立法で定められた「2028年6月までの施行」自体の先送りは困難であるとの見解を示しました。
一方で、法的な罰則(事業許可更新の拒否)が直接適用される「5年ごとの事業許可更新制度」の実際の申請開始は2030年度初頭となる見込みです。国土交通省は、2028年6月の施行から2030年度の許可更新受付までの2年間を実質的な経過措置期間と位置付け、段階的な制度導入を図る方針を示しています。
経済5団体が今回の意見書を提出した背景には、この4年間の移行プロセスにおいて、荷主・運送事業者の双方が予見可能性を持って対応できる制度設計を確立させたい狙いがあります。
経産省が指摘した算定構造と効率化インセンティブの課題
第4回検討会では、経済産業省からも実務上の課題が提示されました。
適正原価の適合判定が「運送会社全体の一定期間における総稼働時間や収支」を基準に行われる場合、個別の運行を発注する荷主企業にとって「自社が発注した運賃水準が適正原価を満たしているか」を個別に判定することが極めて困難になるという構造的問題です。
また、荷主企業が荷待ち時間の削減や積み込み作業の機械化を進めてトラックの拘束時間を短縮した場合、稼働時間の減少によってその運行の適正原価算定額そのものが下がってしまいます。その結果、荷主側の効率化努力が単なる運賃引き下げ要因となり、運送事業者にコスト削減の成果が還元されず、双方の改善インセンティブを削ぐリスクが懸念事項として挙げられています。
参考記事: 国土交通省の適正原価制度、運賃2倍懸念の新聞業界が猶予を要請
サプライチェーン各層に生じる具体的な影響
法的拘束力を持つ適正原価制度の具体化と、経済5団体による意見書の提出は、製造業者、運送事業者、そして規制を執行する行政当局のそれぞれに業務運用の見直しを迫ります。
製造業者・荷主企業への影響
製造業者や流通業をはじめとする荷主企業は、物流コストの増加分を製品価格へ転嫁する体制の確立が求められます。
中小企業庁が2026年3月に公表した調査では、トラック運送業の「価格転嫁してもらえている状況」は全32業種中31位であり、運送コストの転嫁が最も進んでいない業種の一つです。適正原価制度が2028年6月に施行されれば、従来の低運賃による委託取引を継続することは法的に不可能となります。
荷主企業は、運送事業者から提示される運行データ(拘束時間、走行距離、実車率など)に基づき、自社の発注単価が適正原価を満たしているかを検証しなければなりません。適正原価を遵守するために増加した物流費を、卸売業者や最終消費者への販売価格にどのように織り込むか、営業部門と連携した価格転嫁スキームの策定が不可欠となります。
運送事業者(元請・実運送)への影響
運送事業者にとっては、運賃ダンピングの抑止につながる反面、データに基づく厳密な原価管理が義務付けられる環境へと変化します。
国土交通省のデータによると、トラック運送事業者の99.9%が中小企業であり、赤字企業の割合は48%〜63%に上ります。さらに保有車両10両以下の小規模事業者では営業利益率がマイナス2.3%に落ち込んでいます。
新制度では、適正原価を下回る取引を「継続して行った」場合、2030年度から始まる許可更新審査で事業許可が更新されないリスクを負います。運送事業者は、デジタルタコグラフ等の運行データを活用して自社の運行原価(固定費・変動費・安全管理費)を正確に算出し、利潤を上乗せした「モデル運賃」を荷主に提示できる体制への移行が必要です。
元請事業者においては、荷主から収受する運賃だけでなく、下請けに支払う傭車費用についても適正原価を下回らない管理体制が求められます。
参考記事: 2028年6月全面施行!国土交通省の適正原価制度で運送事業者の淘汰が加速
行政・規制当局への影響
国土交通省および経済産業省などの関係省庁は、多様な産業特性を包摂できる客観的な算定基準を2026年12月までに固める必要があります。
新聞や出版のような深夜専用便、農産品のように季節波動が大きく片道運行が常態化している分野など、業種ごとに実車率や運行形態は大きく異なります。画一的な算定式を適用すれば、特定業種において輸送契約の打ち切りや事業者の撤退を招くおそれがあります。
また、「継続して適正原価を下回る場合」という処分の要件について、対象となる期間(通年決算ベースなのか、四半期単位なのか)や許容されるスポット取引の範囲など、監査現場で迷いが生じない客観的な判定基準を策定・周知する責任を担っています。
参考記事: 国土交通省の適正原価タリフ試算は標準比33%減、下限とモデルの二層構造へ
LogiShiftの視点:制度設計の焦点は「下限割れ判定の期間」と「改善成果の配分」
適正原価制度を巡る議論において、経済5団体が「継続して行う場合の明確な定義」と「政策的に推進する事項への限定」を求めた点は、今後の物流契約の実務を大きく左右する重要な論点です。
「継続性」の定義が取引の現場に与える影響
トラック運送の現場では、季節波動や突発的な復路の空車運行、荷主の工場の突発停止などにより、一時的に採算を下回るスポット運行が発生することは避けられません。もし「継続して」の解釈が厳格すぎれば、事業者は柔軟な配車を躊躇し、逆に曖昧すぎればダンピング取引の抜け道となります。
実務上は、年度決算や半年単位の運行実績に基づき、対象荷主との取引全体で原価回収ができているかを判定する枠組みが現実解となります。荷主側も、特定の運行便単体ではなく、年間契約全体として適正原価を上回る支払い構造になっているかを管理会計上で担保する仕組みが求められます。
物効法と適正原価制度の制度的整合性
2025年4月に施行された改正物流総合効率化法(物効法)では、荷主企業に対して荷待ち時間の削減や積載率向上の努力義務が課されています。しかし、荷待ち時間を削減して拘束時間を短縮した結果、適正原価の算定値が下落し、運賃総額が一方的に削られるのであれば、荷主と運送事業者が共同で効率化に取り組む動機が失われます。
この矛盾を防ぐためには、適正原価をあくまで「法令違反を問う最低限のフロア」として機能させ、実際の契約では利潤や効率化インセンティブを上乗せした「モデル運賃」を基準指標として交渉する二層構造の運用を徹底する必要があります。効率化によって削減された拘束時間分の原資を、運送事業者側の利益率向上やドライバーの賃金還元としてシェアする契約条項の普及が不可欠です。
参考記事: 国土交通省の適正原価、標準運賃比35%減試算で下限タリフ210円へ
今後の取引見直しに向けた対応策
2028年6月の制度施行および2030年度の事業許可更新に向け、荷主企業と運送事業者は取引条件の再確認を進める必要があります。
- 荷主企業における物流費の原価把握と価格転嫁の準備
自社が発注している主要航路の運行形態(拘束時間、待機時間、付帯作業)を洗い出し、現行の支払運賃が安全コストや労務費を反映した水準になっているかを精査する。適正原価施行に伴う輸送費上昇を見込み、販売先との取引価格への転嫁スケジュールを策定する。 - 運送事業者における稼働実績データの一元管理
デジタルタコグラフや配車管理システムを活用し、車両ごとの走行距離、拘束時間、待機時間、燃料消費実績を運行ごとに集計できる体制を整備する。自社の原価構造を可視化し、適正原価を下回らない論理的な運賃提示を行う準備を整える。 - 多重下請け構造の見直しと委託手数料の適正化
元請運送事業者は、実運送事業者に支払う委託運賃が適正原価を下回らないよう、自社の中抜きマージンを精査する。適正原価制度では元請・再委託の双方に義務が課されるため、実運送事業者との直接契約への移行や中継拠点の見直しを検討する。
出典: トラックニュース
出典: 国土交通省
出典: CARGO NEWS
出典: LOGISTICS TODAY



