日本新聞協会や日本雑誌協会など出版・新聞関連の7団体は2026年9月28日、トラック新法に基づく「適正原価制度」について、1〜2年の猶予期間と5〜6年かけた段階的導入を求める要望書を高市首相宛てに提出した。全産業の平均賃金などを織り込んだ適正原価を一斉適用した場合、輸送各段階でコストが急騰し物価高を招く懸念があるとして、激変緩和措置と物流効率化への公的支援を木原稔官房長官に訴えている。
出版・新聞7団体による要望書の提出経緯と適正原価の制度骨子
2026年9月28日、日本新聞協会理事の山口寿一氏(読売新聞グループ本社社長)や日本雑誌協会理事長の野間省伸氏(講談社社長)、日本出版取次協会、一般財団法人出版文化産業振興財団などの代表者が首相官邸を訪れ、木原稔官房長官へ要望書を手渡した。
面会後の取材に対し山口理事は、法律の趣旨には賛同しつつも、直ちに導入された場合の物流現場の混乱や物価高への懸念を表明し、猶予期間と段階的な導入を求めた旨を説明した。これに対し木原官房長官は、法律策定時と比較してインフレや原油高が進んでいる実情に触れ、要望を受け止めて検討する姿勢を示している。
適正原価制度の定義とトラック新法における位置づけ
要望の対象となった「適正原価制度」は、2025年6月11日に公布されたトラック適正化二法(「貨物自動車運送事業法の一部を改正する法律」および「貨物自動車運送事業の適正化のための体制の整備等の推進に関する法律」)に規定された取引規制である。
本制度は、トラックドライバーの処遇改善や輸送安全の確保を目的とし、運送事業者が運行を維持するために必要な原価水準を国が法的に定めるものである。人件費の単価算出には全産業の平均賃金水準が反映されるほか、燃料費などの変動費、安全確保に必要な設備費用などが合算される。従来の「標準的な運賃」が利潤を含んだ推奨指標であったのに対し、適正原価は「事業継続に必要な最低限のコスト(利潤を含まない)」として定義され、これを下回る運賃取引には行政処分や指導が科される。事実上の「下限運賃規制」として機能する点が最大の特徴である。
| 項目 | 従来の「標準的な運賃」 | 新設される「適正原価制度」 |
|---|---|---|
| 法的拘束力 | なし(努力目標・交渉の目安) | あり(継続して下回る取引を法的に制限) |
| 利潤の含有 | 能率的な経営原価に「適正利潤」を上乗せ | 「適正利潤」は一切含まない最低限の原価 |
| 違反時の措置 | 直接の罰則なし | 荷主・事業者への指導処分、許可更新の拒否 |
| 提示形式 | 車種・距離・時間別のタリフ(運賃表) | 実績データ(距離・時間等)を代入する算定式 |
| 制度の扱い | 適正原価の導入に伴い順次廃止予定 | 2028年6月までに全面施行予定 |
参考記事: 国土交通省が2028年6月適正原価を全面施行、取引見直しが必須に
適正原価をめぐる政策スケジュールと要望書の具体的要求
国土交通省は2026年7月17日に「適正原価の設定に向けた有識者検討会」を立ち上げ、制度の算定式や運用指針の議論を進めている。同年8月26日の第2回検討会では主要団体へのヒアリングが実施され、荷主側として出版文化産業振興財団や日本商工会議所、全国農業協同組合中央会(JA全中)が参加した。
要望書が提出された2026年9月28日には、国交省が10月1日に第3回検討会を開催し、日本新聞協会や日本経済団体連合会(経団連)などへヒアリングを行うことを発表している。年内に提言がまとめられ、2027年中の告示を経て、公布から3年以内となる2028年6月までに全面施行される予定となっている。
| 年月・時期 | 政策決定および検討会の動向 | 業界・実務への影響 |
|---|---|---|
| 2025年6月11日 | トラック適正化二法の公布 | 適正原価制度と許可更新制の導入が確定 |
| 2026年4月1日 | 再委託次数の制限(原則2次以内努力義務)等 | 多重下請け構造の是正に向けた規制が先行施行 |
| 2026年7月17日 | 第1回 適正原価検討会の開催 | 算定式アプローチと原価要素の骨子提示 |
| 2026年8月26日 | 第2回 適正原価検討会の開催 | 出版・農業・トラック協会等のヒアリング実施 |
| 2026年9月28日 | 出版・新聞7団体が高市首相宛てに要望書提出 | 1〜2年の猶予と5〜6年の段階的導入を要請 |
| 2026年10月1日 | 第3回 適正原価検討会の開催 | 日本新聞協会や経団連等からのヒアリング |
| 2026年12月 | 有識者検討会による提言取りまとめ(予定) | 適正原価の基本算定式および運用の方向性確定 |
| 2027年中 | 国土交通省による適正原価の正式告示(予定) | 新基準の周知期間開始、契約改定作業の本格化 |
| 2028年6月まで | 適正原価制度の全面施行(予定) | 下限割れ取引に対する処分・許可更新拒否の適用 |
出版・新聞関連7団体が提出した要望書では、品目や業種を問わずに一律導入された場合、一次輸送から二次・三次輸送に至る各段階のコストが同時に跳ね上がり、書籍や新聞のみならず国民生活全般の物価を急激に押し上げると指摘している。その上で、以下の4項目を政府へ求めた。
- 導入影響の精緻な分析と、透明性を確保した政策決定の推進
- 個別産業の物流実態や輸送特性に応じた柔軟な制度設計の確保
- 運送事業者だけでなく荷主側にも持続的利益をもたらす枠組みの構築
- 1〜2年の猶予期間を設定した上で5〜6年かけた段階的導入の実施、および物流効率化に向けた設備・システム投資への公的支援
参考記事: 国交省、8月26日に適正原価検討会を開催!6団体聴取で取引見直しへ
適正原価の法制化が各ステークホルダーに及ぼす影響
適正原価の導入とそれに対する荷主団体の激変緩和要望は、運送事業者、流通関係者、規制当局の取引環境にそれぞれ異なる実務課題を提示している。
運送事業者:低運賃競争の排除と算定根拠提示の実務負荷
運送事業者にとっては、法律で下限コストが担保されることにより、荷主からの不当な買い叩きを排除できる法的な後ろ盾が得られる。全産業平均賃金を基準とした労務費や燃料高が運賃に直接反映されるため、ドライバーの賃金引き上げ原資を確保しやすくなる。
一方で、適正原価は固定的なタリフではなく、事業者の運行実績データを算定式に代入して算出する仕組みが予定されている。自社の走行距離、稼働時間、実車率、付帯作業時間をデジタルタコグラフ等で正確に把握・立証できなければ、荷主との価格交渉において適正原価の妥当性を証明できない。下請・孫請への委託手数料も含め、下限割れの取引を継続した場合は5年ごとの事業許可更新で不許可処分を受けるリスクを負うため、自社原価のデータ管理が経営継続の必須条件となる。
参考記事: 2028年6月全面施行!国土交通省の適正原価制度で運送事業者の淘汰が加速
卸・問屋・流通業者:輸送コスト急増への直面と配送網の再構築
出版取次や新聞販売網をはじめとする流通事業者は、多段階に及ぶ輸送ネットワークを抱えている。適正原価の導入により、取次拠点から全国の書店への幹線輸送、地域デポからのルート配送など、各中継拠点で発生する運賃が一斉に底上げされる。
日本出版取次協会の試算では運賃水準が現状の約2倍に膨らむ懸念が示されており、従来の配送頻度や個別配送網をそのまま維持することは困難となる。同一地域に向かう他社便との共同配送や、異業種トラックへの混載、納品リードタイムの延長受け入れなど、配送スキーム自体の統廃合を進めなければ輸送コストの急増を吸収できない状況に直面している。
参考記事: 共同配送とは?仕組みと混載便との違い・導入メリットをわかりやすく解説
行政・規制当局:ドライバー処遇改善の実効性と激変緩和のバランス調整
国土交通省をはじめとする規制当局は、2030年に推計される全国の輸送能力34%不足を回避するため、トラックドライバーの賃金水準底上げを急務としている。適正原価制度はその中核となる政策であり、実効性を損なうような大幅な規制緩和は避けたい立場にある。
しかし、今回のように出版・新聞といった社会インフラを担う荷主団体から物価高騰や物流混乱への具体的な懸念が表明されたことで、制度設計の舵取りは複雑さを増している。年内の提言取りまとめにおいて、業種別の運行特性に応じた原価係数の設定や、段階的な移行基準、共同化支援策をどの程度盛り込めるかが、制度の円滑な着地に直結する。
LogiShiftの視点|運賃抑制から「荷姿・商流の共同化」による総コスト抑制へ
出版・新聞関連7団体による要望書提出は、トラック新法がもたらすコストインパクトが荷主企業の許容限度に達しつつある実態を浮き彫りにした。これまで運賃交渉における価格決定権を握ってきた荷主側が、首相官邸に対して法的な激変緩和を直訴せざるを得ないほど、適正原価制度の拘束力は強力である。
物流取引は「市場原理に基づく自由な価格競争」から「法律で規定された原価を下限とする規制市場」へと根本的にルールが変わる。行政処分を伴う適正原価が施行されれば、単価引き下げを目的とした値引き交渉はコンプライアンス違反に直結するため、荷主側が運賃単価そのものを抑え込む手段は封じられる。
今後の焦点は、運賃単価の上昇を受け入れた上で、いかに「無駄な輸送量そのものを削るか」という総コストのマネジメントへ移行する。出版流通を例にとれば、2025年における書籍の返品率は31.9%に達しており、売れ残った本を回収・廃棄するために膨大な輸送リソースが消費されている。適正原価によって運賃が引き上がれば、この返本輸送にかかるコスト負担は事業継続を脅かすレベルに達する。
すでに講談社、集英社、小学館の大手3社と丸紅が出資するPubteXでは、オフィス用品配送トラックの空きスペースに書籍の追加注文分を混載する「注文流通ソリューション」を2026年10月から稼働させるなど、商流と物流を切り離した共同運行へのシフトが始まっている。自社専用の物流網に固執せず、競合他社や異業種とアセットを共有して積載率を引き上げることが、法的コスト上昇に対する現実的な防衛策となる。
参考記事: 丸紅・PubteX、返品率31.9%の出版流通を異業種混載で刷新
適正原価の段階的導入が認められるか否かに関わらず、2028年6月までの制度施行に向けた流れそのものは確定している。荷主企業に求められるのは、猶予期間の獲得に依存することではなく、自社のサプライチェーンから待機時間、低積載運行、不要な返本・返品といった構造的ロスを排除するオペレーション改革の実行である。
まとめ:明日から実務で着手すべき運行と契約の精査
適正原価制度への移行に向け、荷主企業および運送事業者の実務担当者が直ちに着手すべき取り組みは以下の通りである。
- 自社運行における原価構成要素と付帯作業実態の可視化
待機時間料や荷役作業料、燃料サーチャージが基本運賃と明確に分離されているかを確認する。運行データをもとに、適正原価の算定式に代入される実車率や稼働時間を数値で把握する。
- 共同配送および積載効率向上のための同業・異業種連携の検討
自社専用便での運行維持が困難になる前提で、近隣事業者や同一納品先を持つ他社とのアセット共有を検証する。ロットサイズの見直しや納品頻度の平準化による積載率向上を協議の俎上に載せる。
- 2026年12月の検討会提言を踏まえた運賃契約の見直し計画策定
年内に公表される有識者検討会の最終提言を把握し、自社の取引単価が下限基準を下回るリスクを精査する。2027年の正式告示を見据え、段階的な運賃改定と運行改善を組み合わせた取引条件の協議を開始する。



